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北の大地で、学びと感動のリゾートステイを
2025.5.16
リゾナーレトマム、2泊3日で循環型農業を学ぶ夏限定プログラムを開催
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リゾナーレトマムでは、7月20日(日)~8月31日(日)の期間、夏休みの自由研究にもぴったりな、2泊3日の体験型宿泊プログラム「酪農Academy ~夏休みの自由研究~」を開催。約100ヘクタールの広大なファームエリアで放牧牛と触れ合いながら、酪農や循環型農業の仕組みを楽しく学べるほか、搾乳やアイス作りも体験できる。
酪農体験を提供する「ファーム星野」は、かつて700頭の牛が飼育されていた場所。その原風景を生かした「旅×農業」の循環型プロジェクトに取り組んでおり、北海道らしい美しい風景の中で多彩なアクティビティを提供している。
本プログラムの特色は、牛の生態を知る「事前レクチャー」に始まり、実際に牛を牛舎に移動させる「牛追い」や搾乳、餌やりなどの野外学習、さらに搾りたてのトマム牛乳を使ったアイス作り体験まで、生産から消費という酪農の一連の流れを理解できる点だ。
また、学びを通して気付いたことは「モーモーワークシート」に書き留め、項目に沿って書き記すことで、自分だけの酪農の自由研究が完成する仕組みだ。
参加対象は小学生とその家族。料金にはリゾナーレトマム2泊3日の宿泊に加え、朝食、体験一式、オリジナルエプロン貸出も含まれる。自由研究を“思い出”としても“学び”としても残せるプログラムは、家族の絆も深めるとっておきの時間になるはずだ。
◆リゾナーレトマム「酪農Academy ~夏休みの自由研究~」
【期間】2025年7月20日(日)~8月31日(日)チェックインまで
【料金】2泊3日小学生64,760円~、大人82,800円~(4名1室利用時1名あたり、税・サ込)
【含まれるもの】リゾナーレトマム宿泊2泊3日、朝食、モーモーワークシート、野外学習(事前レクチャー、牛追い、搾乳、餌やり)、アイス作りセット、オリジナルエプロン貸出
【定員】2家族まで(1家族当たり小学生は2名まで・最少催行人数 小学生1名より)
【予約】公式サイトにて10日前まで受付
【対象年齢】小学1年生~小学6年生
※動物防疫上の理由により、日本国内在住者でチェックイン当日から7日以内に海外渡航歴がある方、外国在住者でチェックイン当日まで日本での滞在日数が7日に満たない方は参加不可
※動物の体調により、実施できない場合があります 。
※牛追い体験・搾乳体験は対象年齢者のみ参加可能です。(大人1名同伴必須)
※当プログラムで提供するものはすべて日本語での対応のみとなります。
※天候によって内容が変更、または一部中止になる可能性があります。
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ポケモンたちと夢のビーチバカンスを
2025.5.15
グランド ハイアット 東京「ポケモン コラボレーション サマー 2025」
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グランド ハイアット 東京では、6月20日(金)~8月31日(日)までの期間限定で、「ポケモン コラボレーション サマー 2025」を開催。ピカチュウやラプラス、カビゴンたちと夏のバカンスを楽しめる特別宿泊プランが登場する。
巨大なラプラスやカビゴンのぬいぐるみがリゾート感を演出する1日1室限定の「ポケモン ビーチリゾート スイートステイ」は、広さ120㎡を誇る「チェアマン スイート」が舞台。
ディナーは、フシギダネをイメージしたバーガーや、ゼニガメのタルトなど、遊び心と美味しさを両立したルームサービスメニューを、朝食には、ピカチュウの焼き印が入ったフルーツパンケーキ付きのアメリカンブレックファストを用意。
宿泊者には、ビーチバッグやキャップなど夏のレジャーに最適な限定アメニティグッズが贈られるほか、ピカチュウやポッチャマのぬいぐるみを持ち帰ることができる。
よりカジュアルに楽しめるのが、1日5室限定の「ポケモン ビーチリゾート ステイ」。スタンダードタイプの客室のベッド周りには夏らしいポケモンのイラストが配され、ラプラスのぬいぐるみも持ち帰りOK。朝食はホテル1階の人気レストラン「フレンチ キッチン」のブッフェに、ピカチュウのパンケーキを特別にプラス。さらに、ビーチバッグ、キャップ、ビッグTシャツの3点も用意。
どちらのプランも、客室内のさまざまな場所に夏をテーマにしたポケモンたちのイラストがあしらわれ、ポケモンたちとリゾートステイを楽しんでいるような気分に。夏の思い出作りはもちろん、家族や大切な人の記念日にもおすすめだ。
©Pokémon. ©Nintendo/Creatures Inc./GAME FREAK inc.
ポケットモンスター・ポケモン・Pokémonは任天堂・クリーチャーズ・ゲームフリークの登録商標です。
◆1日1室限定・ポケモン ビーチリゾート スイートステイ
【宿泊期間】2025年6月20日(金)チェックイン~9月1日(月)チェックアウト
【料金】1室2名利用時 550,000円~ ※価格は予約状況などにより変動
※1日1室限定。限定室数に達し次第終了。
◆1日5室限定・ポケモン ビーチリゾート ステイ
【宿泊期間】2025年6月20日(金)チェックイン~9月1日(月)チェックアウト
【料金】1室2名利用時 104,500円~ ※価格は予約状況などにより変動
※1日5室限定。限定室数に達し次第終了。
*宿泊希望日の3日前までに要予約
*キャンセルポリシーは予約時に公式WEBサイトにてご確認ください
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ミシュランガイド選出のホテルにレジデンス型客室が誕生
2025.5.13
アートデスティネーション「⽩井屋ホテル」が⻑期滞在も可能な3 部屋のレジデンス型客室をグランドオープン
©Shinya Kigure
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今年、創業5周年を迎える群⾺県・前橋市のアートデスティネーション「⽩井屋ホテル」が、⻑期滞在も可能な3 部屋のレジデンス型客室を隣接建物内に増設し、2025年4⽉15 ⽇(⽕)にグランドオープンした。
301号室「valo」は、フィンランド語で「光」を表す明るい⾊調の部屋 ©Shinya Kigure
302号室「metsä」は、フィンランド語で「森」を表す落ち着いた配⾊の部屋 ©Shinya Kigure
⽇本を代表するファッション・テキスタイルブランド「minä perhonen(ミナ ペルホネン)」が監修した2 つの客室は、ブランドのオリジナルファブリックを張ったビンテージチェア、ベッドスローやカーテン、ミナ ペルホネン デザイナーの皆川 明⽒によるアートワークに⾄るまで、こだわりのインテリアの中で快適なひと時を過ごすことができる。
401号室「プレミアムレジデンス」は黒を基調とした部屋 ©Shinya Kigure
そしてもう一部屋、プレミアムレジデンスは、カッシーナをはじめ、ピエール・ジャンヌレ、ル・コルビュジェ、シャルロット・ペリアン、フィリップ・スタルク、イサム・ノグチ、ミゲル・ミラなど名だたるデザイナーによる数々の名作インテリアでコーディネーションされた客室。
3部屋とも光が注ぎ込むオープンスペースにベッドルーム、リビング、ダイニングキッチンの機能を取り⼊れ、バスルームにはドラム式洗濯乾燥機を常設。ベランダからは、群馬の名峰、赤城山を臨むことができる。
あなたもミシュランガイドに選出されたホテルで、優雅なホテルライフを満喫してみてはいかが。
◆⽩井屋ホテル
【所在地】群⾺県前橋市本町2-2-15
【電話番号】027-231-4618
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日本のプレミアムなホテル
2025.4.28
パレスホテルが展開する「Zentis Osaka」は、まるで邸宅のような心満たされる空間
Photo by Stirling Elmendorf
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大阪・堂島浜にある「Zentis Osaka(ゼンティス大阪)」は、日本を代表する「パレスホテル東京」を運営する「株式会社パレスホテル」が展開する、地上13階、総客室数は212室(内スイートルームは2室)の宿泊主体型ホテルだ。宿泊主体型ホテルとは、大型バンケットホールや多数のレストランを持たない、最高の滞在のために工夫とサービスを追求するホテルを指す。ここではまるで邸宅で過ごすような滞在を体験でき、日頃の緊張を解放するような心地よさに包まれる。快適な滞在を追求した空間とおもてなしを紹介する。
デザイン性の高い空間と自然の融合。光と緑を感じる心地よさ
新大阪駅からタクシーで約15分の堂島浜にある当ホテルは、ビジネスでも観光でも利便性の高い好立地にある。
緑あふれたホテルの入り口からフロントへ進むと、2階のレストラン&バーラウンジへと続く大きな階段がある。
階段の奥には大きな窓に囲まれた、明るく緑を感じる宿泊者専用のゲストラウンジがあり、中央にはゆったりとしたソファ、さらに壁際には、PCを開いて仕事に集中できるようなボックス席もある。この心地よい空間は、まさに「邸宅のリビング」である。
ここは24時間使用できるうえ、無料のコーヒーや紅茶もあるので、客室とは気分を変えたいときなどにもぜひ活用したい空間だ。
またラウンジからガーデンへ出ることもできるので、テラス席で風を感じることもできる。
都会の喧騒を忘れさせてくれる、緑豊かなエントランス。
左手は1階エレベーターホール。ディスプレイでエレベーターがカモフラージュされているようだ。Photo by Stirling Elmendorf
宿泊者専用のゲストラウンジ。Photo by Stirling Elmendorf
Zentis Osakaの魅力の一つが、デザイン性の高い空間にある。「SIXTY SoHo New York」や「The Hari London」など、世界のラグジュアリーホテルのデザインを数多く手掛けてきたインテリアデザイナー、タラ・バーナード氏によって手掛けられた。共用スペースや客室、レストラン、ガーデンなどは、ブリティッシュテイストで統一感のある印象に仕上げられている。
スタイリッシュでありながらも決して奇抜ではなく、デザイン性が高いのにどこか温もりを感じられる、そんなデザインは多くの人の滞在を豊かにしているはずだ。
空間はコンパクトながら、計算され尽くされたインテリアの心地よさ
全212の客室は、コンパクトな「Studio」、広い窓辺の「Corner Studio」、ゆったりとした「Suite」の3タイプがあり、どの客室も温かみのある⾃然な素材や色を取り入れており、日本人アーティスト江原正美氏の作品がアクセントとなっているのが印象的である。
各部屋にはデスクワークがしやすいようにテーブルとチェアが置かれており、コンパクトながらも機能的な空間になっている。
また全室Apple TVが完備されており、Netflix やAmazon Primeなどのアプリにも接続できるので、⾃宅の延長線上の時間も約束されている。
さらにバスアメニティはオーストラリアの⾃然派スキンケアブランド「Hunter Lab」が並んでいるのもお伝えしておきたい。
「Studio」25㎡とコンパクトながら、機能的なインテリアは落ち着く空間だ。 Photo by Stirling Elmendorf
またホテル内には、「最高の身支度を整える場所」をコンセプトにした、宿泊者専用の24時間利用可能な多目的ルーム「Room 001」がある。ランドリーやアイロン、アイロン台、ネスプレッソのコーヒーメーカーのほか、デザインや大阪に関する書籍に加え、靴磨き師によるシューシャインサービス(有料)や、フレグランスアドバイザーが選んだその時の気分や季節にふさわしい香水が試せるフレグランスバーが設置されている。まさにここは美を得る空間だ。
宿泊者が24時間使用できる多目的ルーム「Room 001」。
「Room 001」はフィットネスルームと隣接している。
2階には、広々とした空間のバー&レストラン「UPSTAIRZ Lounge, Bar, Restaurant (アップステアーズ ラウンジ、バー、レストラン)」があり、朝食からランチ、アフタヌーンティ、ディナー、バーを楽しむことができる。
メニューの監修をする大土橋信也氏は、国内外の名店で修業を重ねて、2015年9月に「CRAFTALE(クラフタル)」のシェフに就任し、『ミシュランガイド東京2017』から『ミシュランガイド東京2024』まで8年連続で1つ星に輝いた実績を持つ。
フランス料理をベースにしているが、大阪の食文化を昇華させた遊び心を加えた、まさにここでしか味わえない料理である。
開放的なオールデイダイニング「UPSTAIRZ Lounge, Bar, Restaurant」。ここは一般客も利用できる。
朝食の小鉢セット。洋食を積極的に取り込んだ和食というだけあって、朝から栄養バランスが考えられた、体に優しい朝食。
2025年7月に、5周年を迎えることを記念し、2026年3月31日までアニバーサリープランを発表している。レストランでは5周年記念コースが楽しめる。
上質で快適なホテルステイを目指している「Zentis Osaka」での滞在は、心地よく快適なだけではなく、自宅にいるようなホッとできる空間でもある。きっとホテルスタッフのさりげない気遣いや、基本的には宿泊者しかいない安心感があるのかもしれない。
ぜひ大阪の定宿にしたい、そんなホテルである。
Text by Yuko Taniguchi
大阪府大阪市北区堂島浜1-4-26
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日本のプレミアムなホテル
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永遠の聖地、伊勢神宮を巡る
2025.4.29
伊勢神宮を参拝するなら知っておきたい礼儀や知識あれこれ
桜の季節を迎えた内宮の宇治橋。
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先日行われた祭祀でのことだ。祝詞の奏上が始まってまもなく、ふいに風が起こった。サーッと音を立てて祭場を吹き抜けたその風は、しばらくするとぴたりと止み、今度は鳥の鳴く声が聞こえてきた。
神宮ではさまざまな音が聞こえてくる。川のせせらぎ、鳥のさえずり、そして、玉砂利を踏み締める音。参道を歩くたび、不思議と心が安らぐのは、人工的な音が耳に入ってこないこともあるのだろう。特に木々を揺らす風の音は、心身に溜まった塵芥(ちりあくた)を一掃し、清浄にしてくれるよう。「伊勢」の枕詞は、「神風や」。たとえば祭祀の最中に、ふいに一陣の風が吹き抜けたとき、そして、御正宮での参拝中に、風もないのに御幌(みとばり)が静かに上がったとき、ふと、「神風」という言葉が浮かんでくる。
今回は、そんなご神気あふれる神宮の参拝に関するあれこれを紹介しよう。
天皇陛下や皇族も、伊勢神宮では外宮から内宮へと参拝するのがならわしである
まず、神宮参拝にあたっては、外宮が先というならわしがあるのをご存知だろうか。
天皇陛下や皇族の方々も、内宮より先に外宮をお参りされるという。理由としては、主に2つの説が考えられている。1つは地理的な条件。現在のように、内宮と外宮の間に高速道路が通り、先に内宮からお参りできるようになったのは、実はごく近年のこと。
それ以前の、特に徒歩で参詣していた時代は、宮川を船で渡って伊勢に入るしか方法がなく、最初に到着するのが外宮だった。2つ目は「外宮先祭(げくうせんさい)」、つまり、神宮の祭祀がすべて外宮で先に行われることから、参拝の順序もそれに倣っているとする説だ。
ちなみに、この「外宮先祭」は、天照大御神が、自らの祭りの前に、まず外宮の祭りを行うように託宣されたと、『太神宮諸雑事記(だいじんぐうしょぞうじき=神宮の創建から平安末期までの主要事項が記された書)』に記されているという。
外宮の御祭神、豊受大御神(とようけのおおみかみ)は、天照大御神のお食事を司る神。
天照大御神が伊勢の地に鎮座されて500年ほど経った雄略天皇の御代に、天照大御神が天皇の夢に現れ、「丹波国、比治(ひじ)の真名井(まない)にいます御饌都神(みけつかみ=神饌の神)である等由気大神(とゆけのおおかみ)を、私の近くに迎えてほしい」と告げられたことから、現在の伊勢市山田地区にお宮を建て、等由気大神(豊受大御神)を迎えられたことがはじまりとされている。
ちなみに豊受大御神は、お米をはじめ、衣食住や産業の守護神ともされており、いわば、私たちの日々の営みを支えてくださる神様。やはり、両宮ともにお参りしたいところだ。
毎月1日、11日、21日の朝に行われる神馬牽参(しんめけんざん)では、神馬が菊の御紋の馬衣をつけ、両正宮にお参りをする。馬引(うまひき)に促され、ただ無心に神馬が頭を下げる姿は、本来の参拝のあり方を示しているよう。
神宮で個人的なお祈りはダメと聞くが、本当なのか?
もっとも、ここで気になるのが、神宮で個人的な願いごとをして良いか?という点である。
筆者自身、長年モヤモヤと抱えてきたこの問いを、今回、さまざまな文献を紐解きながら、改めて調べてみた。結果、やはりしない方が良いという結論に至った。その理由は、神宮は古来「私幣禁断(しへいきんだん)」、つまり、御正殿への幣帛(へいはく=神様へのお供え物)を奉るのは天皇だけという長い歴史があり、日々の祈りの内容も、皇室の繁栄と五穀豊穣、国の安泰と国民の幸せという、公の願いごとばかりだからだ。
つまり、私たちが日々平穏無事に暮らせるよう、知らないところで祈り続けてくれている、まずはそのことに感謝すべきだろう、と思うのだ。
なぜ神宮にはおみくじがないのか?
「一生に一度はお伊勢参り」と言われるほど、参拝できることが大吉
何より、先人たちも感謝の祈りを捧げてきた。そもそも、江戸時代に大ブームとなった「御蔭(おかげ)参り」も、人は日頃から、神仏や先祖、自然など、見えない何かの力添えや恵み、つまり「御蔭」を受けて生きており、それに対する感謝を表す気持ちから始まったという。
古来神宮におみくじが存在しないのも、お参りできること自体が、「御蔭」による幸せなこと、つまり大吉に相当するという信仰があり、おみくじを引く必要性がなかったからと聞く。それほど神宮参拝は、自ずと感謝の気持ちが湧き起こる、有り難い体験だったのだろう。
外宮の御正宮前で。御幌が静かに開くだけで、なぜかありがたい気持ちになる。
神宮を参拝することは、身も心も清め、清々しい気持ちであることが大切
一方、先人たちの言葉も参考になる。たとえば、鎌倉時代末期から室町時代初期にかけて生きた臨済宗の僧、夢窓疎石(むそうそせき)は、52歳のときに外宮を参拝。その際、当時の神職に私幣禁断の理由を尋ね、その答えを、自身の法話集『夢中問答集(上)』に記している。
それによれば、伊勢の神宮を参拝するときに大切なのは、精進潔斎をして身体を清め、神道で言う罪穢れに触れない「外清浄」と、胸中に名誉や利益の望みを持たない「内清浄」で、私幣、つまり個人的にお供え物を捧げることは、胸中にある望みを神様に祈っていることであり、「内清浄」とは言えないという。
つまり、真実の神宮参拝とは、肉体的な清浄である「外清浄」と、精神的な清浄の「内清浄」が1つになったときに実現する、というのである。
参拝は、手水で手を洗い、口をすすぎ、洗い清めるところからはじまる
さらに、南北朝時代の医師であり、連歌師でもあった坂十仏(さかじゅうぶつ)は、『太神宮参詣記』の中で、この「内清浄」と「外清浄」の考えをより深め、両者が1つになる境地に達すれば、神の心と自分の心の隔てがなくなり、神に祈ることはなくなる。これが真実の参拝だと記している。
なんとも難しく、また耳の痛い話で、自分がその境地に達するのは到底無理だと思わざるを得ないが、せめて参拝に臨むときは、まず手水舎で手と口を清め、長い参道を、心を清浄にする気持ちで静かに歩き、自分なりに御神前に向かう準備を整えるよう努めたいとは思っている。加えて、以前話をうかがった、とある水神を祀る古社の宮司の言葉も、肝に銘じていることの1つ。
外宮の宮域内の風景。北御門(きたみかど)口参道から、少し脇に逸れた小道を進んだ末社、大津神社の近辺は、深山に入ったような趣がある。
内宮の宇治橋を渡って、右手に見える神路山(かみじやま)は、季節ごとに色を変える。心静かに参拝する導入となる風景。
神宮はパワースポットなのか?
本来の自分の姿が最大のパワー。それを取り戻す場所が神宮なのだろう
「一般に、パワースポットという言葉がよく使われますが、パワーはいただくものではなく、本来はみんなが常に持っているもので、気がつかないだけです。しかも、日頃いろいろなものを見たり聞いたり触れたりすることで、その人本来の姿が隠れ、気が枯れてしまうんです。それを取り去って、本来の自分の姿に戻す。それが「身」を「削(そ)ぐ」、つまり禊(みそぎ)です。
人間は、自分本来の姿でいることが、生きる上で1番パワーがあるんです」–––。身も心も清浄にし、素の自分で御祭神と向き合う。参拝とは、すべてお見通しの神様の前で、素の自分をお見せする行為なのかもしれない。
もっとも、そんな小難しい理屈は抜きにして、ただ作法通りに、心を込めて2拝2拍手1拝をし、ありがとうございますと感謝の言葉を捧げるだけで、なぜか清々しく、さっぱりした心地になれるのも、お伊勢参りの不思議。試す価値はあると思う。
だが、それでも個人的な願いごとがしたい、そういう人は、神楽殿で御饌(みけ)や御神楽(おかぐら)を上げてはどうだろう。御饌は、神饌をお供えし、奏上される祝詞を通して私たちの願いごとを天照大御神に取り次いでいただくこと。一方御神楽は、御饌とともに雅楽を奏し、舞楽を加えて御神慮をお慰めするという、丁寧にご祈祷を行うことを指すという。実は筆者も、先日御神楽を上げさせていただいたばかり。
その際、神事の後で、神様にお供えされた神饌の御神酒や御米、御塩などを分けていただくとともに、––––これを食することで、神様の御蔭をいただく「直会(なおらい)」となる––––授与されたのが、お神札(ふだ)だった。
時折、風が木々を揺らす音に包まれる。内宮で。
内宮の宮域内にも、小さな自然が息づいている。さまざまな自然に触れ、神域の空気と少しずつ同化して、御正宮へと向かう。
お神札(ふだ)やお守りは神宮と私たちを繋ぐ絆である
神宮のお神札は、「神宮大麻(たいま)」と呼ばれている。「大麻」は、祓いの道具を意味する「おおぬさ」とも読み、古くは伊勢の御師(おんし)、つまり、「御祈り師」と呼ばれる神職が、ご祈祷を行ったしるしとして、大麻を和紙に包んだり、箱に納めたりして渡したのがはじまりとされている。
もっとも、この時代に御師たちが行っていたご祈祷は、神道で言う罪や穢れを祓うための祝詞『中臣祓(なかとみのはらい)』を唱えることによってなされていたと考えられ、その証として、ご祈祷に用いた祓いの道具、つまり大麻を象った祓串(はらいぐし)を、回数に応じて願主に渡していたという。
神宮のお神札が、江戸時代まで「御祓大麻」、「お祓いさん」などと呼ばれていたのは、多いときで千度、万度と、お祓いの詞を唱えてご祈祷されたからだったのだ。だが、明治4年(1871)に御師の制度は廃止。その後、大麻の奉製は、すべて神宮によって行われるようになり、名称も「御祓大麻」から「神宮大麻」に変更されたという。
ちなみに、筆者が御神楽を上げた際に授与されたのは、長方形の木箱に納められたお神札。これは、「箱大麻」「神楽大麻」「お万度さん」とも呼ばれ、昔からの御祓大麻の伝統の姿をとどめているという。
かつて御師たちは、箱の中にお神札や神宮暦などを入れて諸国の神宮崇敬者たちに配り歩き、授与された人々は、その箱を畏れ多いと、高いところに棚を作り安置した。これが、現在の神棚のはじまりと考えられ、箱は「御祓箱」と呼ばれていたという。
現在不要になったものを廃棄する意味として、御祓箱という言葉が使われるのは、本来はお神札が入った御祓箱を、毎年暮れに新調する際、古い箱が不要になることから使われるようになったと言われている。
お神札のご用材を切り始めるにあたって行われる「大麻用材伐始祭(たいまようざいきりはじめさい)」が行われる祭場。
「大麻用材伐始祭」の最後では、素襖烏帽子姿の工匠3名が、神路山の方角に向かって、手斧を左・右・左と3回振り下ろす所作を行う。
4月には一年の神宮大麻の木を伐り始める儀式
「大麻用材伐始祭(たいまようざいきりはじめさい)」が執り行われる
神宮では、そんな神宮大麻のご用材を伐り始めるにあたって、毎年4月中旬に「大麻用材伐始祭(たいまようざいきりはじめさい)」が行われている。
もっとも、祭場は、かつて御料地からご用材を求めていた伝統に従って、内宮に近い山々に囲まれた場所に設けられ、神宮大宮司をはじめ、職員や関係者が参列するなか、御山から木をいただくことを山の神にご奉告し、作業の安全を祈願する神事が執り行われる。
冒頭の風は、この祭祀の最中に起こった。御祭神であっても、山の神であっても、神職が奉仕する姿は、常と変わらず丁寧に、だが、すみやかに、粛々と。祀られる山の神も、さぞお喜びになっていることだろう。
お神札は、家庭や会社を神々に守っていただく御守りのような存在という。たとえお参りに行けなくても、神宮とのご縁がつながっているようで、我が家の心強い存在となっている。
1月上旬に行われる大麻暦奉製始祭(たいまれきほうせいはじめさい)では、その年最初の神宮大麻に、神宮の印章である御璽(ぎょじ)を捺され、お札の奉製が始められる。
Text by Misa Horiuchi
伊勢神宮
皇大神宮(内宮)
三重県伊勢市宇治館町1
豊受大神宮(外宮)
三重県伊勢市豊川町279
文・堀内みさ
文筆家
クラシック音楽の取材でヨーロッパに行った際、日本についていろいろ質問され、<wbr />ほとんど答えられなかった体験が発端となり、日本の音楽、文化、祈りの姿などの取材を開始。<wbr />今年で16年目に突入。著書に『おとなの奈良 心を澄ます旅』『おとなの奈良 絶景を旅する』(ともに淡交社)『カムイの世界』(新潮社)など。
写真・堀内昭彦
写真家
現在、神宮を中心に日本の祈りをテーマに撮影。写真集「アイヌの祈り」(求龍堂)「ブラームス音楽の森へ」(世界文化社)等がある。バッハとエバンス、そして聖なる山をこよなく愛する写真家でもある。
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星のやに泊まる、星のやを知る
2025.4.11
「星のや沖縄」宿泊記 その3 沖縄の伝統工芸、芭蕉布の魅力に触れる特別プログラムを体験
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「非日常」をテーマに、各施設それぞれが独自のホスピタリティでゲストを迎える「星のや」。そのホスピタリティのひとつが、ゲストが参加する多彩なプログラムです。土地の文化や伝統をベースにして作り込まれた各プログラムは、「星のや」の新たな魅力となっています。
「星のや沖縄」宿泊記の第3回では、国の重要無形文化財・喜如嘉(きじょか)の芭蕉布の美しさと品格に触れる特別プログラム「涼風を装う芭蕉布サロン」と、その開発に携わった「星のや沖縄」のスタッフにフォーカスしていきます。
「星のや沖縄」で体験する、芭蕉布の魅力に触れる特別プログラム
沖縄の風土と歴史が育んだ、いわば沖縄の伝統工芸の象徴ともいえる芭蕉布。沖縄本島北部の大宜味村(おおぎみそん) 喜如嘉(きじょか)へ足を運び、こうした芭蕉布の工房を訪れ、すべて手作りで行われる製作の現場を見学し、作り手から直接話を聞くことができる特別プログラムが、「星のや沖縄」に誕生しました。
「涼風を装う芭蕉布サロン」とネーミングされたこのプログラムでは、工房見学だけでなく、芭蕉布を仕立てた羽織を実際にまとう涼やかな着心地体験や、芭蕉布の衣裳を身に着けた踊り手による、琉球古典舞踊を鑑賞するなど、充実の内容で構成されています。
糸芭蕉が生い茂る、大宜味村喜如嘉の畑
2メートルから大きいものは3メートルを超えるくらいでしょうか。糸芭蕉が幅1メートルほどの小径の左右に連なって茂り、それが奥の方まで続いています。風に揺れる葉の先端は白く枯れ、幹の表面の一部は剥がれ落ちようとしています。初夏を思わせる光が振り注ぐ2月下旬、沖縄本島北部の大宜味村(おおぎみそん)喜如嘉(きじょか)では、糸芭蕉の収穫が最後の時期を迎えようとしていました。
芭蕉には、実芭蕉、花芭蕉、糸芭蕉の3種類があり、芭蕉布の素材となるのが糸芭蕉。ちなみに、実芭蕉に実るのがバナナ。また、芭蕉は木ではなく多年草に属し、幹のように見えるのは、実は一枚一枚の葉の根元が重なってできた茎で、植物学的には「偽茎」と呼ばれる。
糸芭蕉の収穫、それは文字通り「糸」にする繊維の収穫で、その繊維を繋いだ糸を織ってできあがるのが芭蕉布です。薄く張りがあり、さらりとりした肌触りで、高温多湿の南国にはなくてはならない風通しのよい生地は、琉球王朝時代には王族が身に着けるだけでなく、中国や日本への最上の貢ぎ物として重宝されてきました。
古くから喜如嘉の女性たちが担ってきた芭蕉布は、第二次世界大戦前後の混乱期に一時期衰退したものの見事に復興を遂げ、「喜如嘉の芭蕉布」として1974(昭和49)年に国の重要無形文化財に指定されました。また復興に向けて中心となって尽力した平良敏子さんも、2000(平成12)年に人間国宝に認定されました。
風通しがよく、薄く張りがある芭蕉布は「トンボの羽」とも称され、琉球王朝時代は王族の夏の装いにも用いられていた。現在では夏のお洒落着として、着物愛好家にとっての垂涎の一着となっている。
4年の歳月をかけて、芭蕉布プログラムを構築
喜如嘉に同行してくださったのは、このプログラム開発の中心となった「星のや沖縄」の松原未來さんです。
「沖縄を代表する工芸のひとつである芭蕉布を、なんとか『星のや沖縄』のプログラムに取り入れたい。そう思って、喜如嘉を訪れたのが4年前のことです。その頃は、人間国宝の平良敏子さんもご存命でしたが、プログラムの内容に関しては主に、義娘の美恵子さんとご相談させていただきました」
「人々の生活から生まれた、沖縄の暮らしに根付いた布であること。すべての工程が手作りであり、糸芭蕉を栽培することから作業が始まること。芭蕉布がそうした布であることをゲストの方々が実感し、しかも博物館に展示されている美術品としてではなく、実際にまとい、その素晴らしさを体感していただく。そのためにはどうすればよいかをいろいろ考えました」
「涼風を装う芭蕉布サロン」をはじめ、さまざまなプログラムを開発してきた松原未來さん。「星のや沖縄」の庭園には、糸芭蕉や実芭蕉をはじめとする亜熱帯の植物が生い茂る。プログラム参加者は、まずは「芭蕉布インビテーション」として、施設到着後にこの庭をスタッフの案内のもとで巡り、植物としての芭蕉の特性などの基礎知識を得る。(写真は「星のや沖縄」の庭園にて)
松原さん自身も芭蕉布の歴史や作業手順を勉強するために、「星のや沖縄」から車で2時間弱かかる喜如嘉まで何度も足を運びました。松原さんの熱意に打たれ、平良美恵子さんも次第にいろいろなアドバイスを授けてくれるようになったそうです。
「繊維と繊維を繋いで糸にする『苧績み(うーうみ)』と呼ばれる作業や、その糸を用いて織る作業に適した時期は、湿度の高い5月から6月です。作業に携わる方々にとって一番適した時期に、ゲストにその作業を見ていただきたい、という事からプログラムの期間を3月から6月までとしました」
「見学できる工程は、その日の作業内容によって異なってきます。工房見学というと普通は『織り』の部分を注目しがちですが、芭蕉布の場合はその前の段階で幾つもの手作業があり、それがとても大切であることをわかっていただけたら、と思います」
松原未來さんは2020年の開業時から、スタッフとして「星のや沖縄」のさまざまな業務に携わってきた。現在ではプログラム開発を主に行う一方で、支配人として施設全体を統括する役割も担う。
「星のや沖縄」から車で2時間弱。喜如嘉は海沿いの静かな村
「芭蕉布会館」には、芭蕉布を織るのに用いる道具や、財布やバッグなど芭蕉布を素材とする小物も展示販売されている。
このプログラムでは、まず喜如嘉に設けられた「芭蕉布会館」へ向かいます。館内に展示されている芭蕉布制作に用いる道具や、作業現場を記録した映像などを観て、芭蕉布の概要を把握した後は、平良敏子さんが設立した「芭蕉布織物工房」を特別に見学。
工房には数台の高機(たかはた)が並び、そのうちの幾つかでは織り手が作業を行っていました。筬(おさ)を打ち込む手織り機独特の音が、リズミカルに響いてきます。少しづつ出来上がってくる芭蕉布の美しさに見とれていると、「芭蕉織物工房」の平良美恵子さんから声がかかりました。
「畑へ行きましょう。芭蕉布を知るには、まず畑を見ることから始まります」
芭蕉布作りは畑仕事から。「織り」はすべての作業の1割にも満たない
平良さんの案内で、糸芭蕉の畑に分け入ります。平良さん自ら行う「苧倒し(うーとーし)」と「苧剥ぎ(うーはぎ)」の作業を、近くから拝見します。糸芭蕉を切り倒し、根元から皮を剥いでいきます。皮は一番外側から芯の部分まで4つに分けられ、着物の生地になるのは3番目の一番上質な部分だそうです。切り倒した糸芭蕉から滲み出た樹液で平良さんの指先が赤く染まっています。作業の合間に平良さんが語ってくれました。
切り倒した糸芭蕉の皮を剥ぐ「苧剥ぎ(うーはぎ)」を行う平良さん。一番外側の皮は、座布団やテーブルクロスなどに使われる。(見学できる内容は、プログラムの実施時期や工房で行われている作業によって、その都度異なります)
「布を織るのは当り前の作業です。それよりも、原材料をすべてこの喜如嘉周辺でまかなっている、ということが大切なのです。糸芭蕉を3年かけて育て、そこから繊維を採り、『績む(うむ)』と呼ばれる作業で糸にして、縒りを掛けて丈夫にした糸を染め、その前後にも数多くの作業を経て、ようやく『織り』に到達します。『芭蕉布作りは畑仕事から』と言われていますが、まさにその通りで、『織り』は全体の1割にも満たないパートです」
糸をねじり合わせて強くする「撚り掛け(よりかけ)」に使う糸車の横に座る平良さん。手にしているのは、菅串に手作業で繭状に巻かれた、緯糸(よこいと)用の地糸。
糸芭蕉の畑に油かすや牛糞などの堆肥を撒いたり、「葉落とし」と呼ばれる剪定のような作業を行ったりと、良質な繊維を採るためには、日ごろの手入れがとても重要。その一方で、1本の糸芭蕉から採れる上質な繊維は約5グラム、1反の布を織るにはおよそ1キログラム、つまり200本の糸芭蕉が必要となるそうです。こうした気が遠くなるような作業を、喜如嘉の女性たちは連綿と続けてきました。
「工房では、糸芭蕉の繊維が糸となり、その糸が芭蕉布になっていくすべての行程を見ることができます。現在、綿糸や絹糸などの、大半の糸の原材料は海外産で、それを輸入して糸に加工し、織元はその糸を仕入れて工場で織っています。それとは正反対の、しかもモーターを一切使わない織物の原点の姿が工房には残っています」
高機が並ぶ工房内。畑仕事から織りまで、すべての作業にスタッフ全員が関わり、力を合わせて芭蕉布を作りあげていく。
「星のや沖縄」に戻り、羽織に仕立てた芭蕉布をまとう
工房で黙々と作業を進める女性たちの姿を目の当たりにし、頭が下がる思いを抱き『星のや沖縄』に戻ります。板張りの道場に、芭蕉布を仕立てた羽織が運ばれてきました。驚くほど薄いのに張りがあり、「トンボの羽」と称されてきたことに納得。福木染ならではの品格を感じさせる黄色は、陽の光を受けて黄金色にも見えます。
「御田無(ウンチャナシ)」と呼ばれる羽織の一種をまとう。先ほど目の当たりにした地道な作業が、こんな軽い布になったかと思うと、感動もひとしお。(©Hoshino Resort)
「喜如嘉の工房での地道な作業の積み重ねが、こうした素晴しい布を生み出します。およそ2時間の短い時間での体験ですが、地道な作業を目の当たりにしたことで、その素晴らしさをより実感していただけるのではないでしょうか」
プログラムの開発にあたった松原さんはそう語ります。
展覧会で展示されるほと貴重な芭蕉布の衣裳をまとった踊り手による、琉球古典舞踊を見学。美しい舞と三線の音色に酔いしれる。(©Hoshino Resort)
琉球文化にリスペクトを払い、それを現代に昇華して新たなプログラムを考案
「芭蕉布だけでなく、染織でいえば紅型や、読谷村(よみやんそん)のやきものなど、沖縄にはさまざまな伝統工芸が脈々と続いています。紅型ややきものを題材としたプログラムは、すでにいくつか実施してきましたが、これからも新たなプログラムを創り続けようと考えています。たとえば、沖縄には琉球王朝時代から続く重陽の節句の行事があります。家族の健康と長寿を願うその行事をベースにして、新たなプログラムを組み立てることができれば、と考えています」
幸いにも、沖縄には伝統工芸以外に、数多くの文化や風習が根付いています。そうした文化や風習にリスペクトを払いつつ、そのエッセンスを現代に昇華していくことができれば、と思います」
沖縄には石塁や土塁で囲まれた「グスク」と呼ばれる史跡が点在しています。「グスク」の石塁を模した「グスクウォール」に囲まれた「星のや沖縄」のテーマは「グスクの居舘」。かつて「グスク」内で、さまざまな琉球文化が花開いたように、「グスクの居館」では、琉球文化を現代に昇華させた多彩なプログラムが生まれ、それが新たな非日常をもたらしています。
西の空を茜色に染めながら太陽が沈んでいく。一年中24時間利用可能なインフィニティプールで遊ぶゲストも、しばし時を忘れて、美しい夕陽を見つめている。
◆星のや沖縄「涼風を装う芭蕉布サロン」
・開催日 2025年3月1日~6月30日
・料金 1名 265,000円(税・サービス料込)*宿泊料別
・含まれるもの 芭蕉布インビテーション、芭蕉布会館や工房の見学、琉球古典舞踊の鑑賞、ンチャナシ試着体験
・予約方法 公式サイトにて2週間前まで受付
・定員 6名(2名から実施)
・対象 星のや沖縄宿泊者
・備考 見学できる作業内容は、実施日によって異なります。
◆沖縄ラグジュアリーの最高峰 「星のや沖縄」とは
沖縄に残る数少ない自然海岸沿い約1㎞にわたって、低層階の客室棟で構成される「星のや沖縄」。全4タイプ全100室の部屋のうち、最上級スイートは4室、ドッグ対応可能の部屋も1室用意。
広大な敷地内には、フロント機能のほかにショップやライブラリー、ラウンジを備えた「集いの舘」、スパ施設、琉球空手を習う道場など、さまざまな施設が機能的にレイアウトされています。
最大級の海辺カフェとして、宿泊客以外も利用できる「バンタカフェ by 星野リゾート」や、ステーキやシーフード、ハンバーガーなどのメニューが豊富な「オールグリル」も、人気を博しています。
徒歩10分のところには、村営の「ニライビーチ」があります。自然の海で泳ぐのも、プールとは異なる楽しさです。。
text by Sakurako Miyao
photography by Azusa Todoroki
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鹿児島の「宝」を巡る旅
2025.4.4
日本一の荒茶生産地鹿児島で、海外を見据えた挑戦を続ける「池田製茶」と「鹿児島堀口製茶」
美しい緑が続く、南薩地方の茶畑。背後に聳える美しい稜線の山は、薩摩富士とも呼ばれる開聞岳。
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豊かな自然と、そこで暮らす人々の知恵が結びついたとき、その土地にはさまざまな「宝」が生まれる。鹿児島県の各地で生まれ、光り輝く数々の「宝」。それらは今や、世界が注目する存在になりつつある。
「南の宝箱 鹿児島」を巡る旅。今回は荒茶生産量で2024年度に日本一となった鹿児島県で、とりわけ注目を集める2つの製茶舗、「池田製茶」と「鹿児島堀口製茶」を訪ねた。また、クラフトビールのひとつとして試みた「抹茶ビール」が好評な、鹿児島市内のバーを紹介する。
2024年度、鹿児島県が荒茶生産量でついに日本一を達成
2025年2月、嬉しいニュースが鹿児島県に飛び込んできた。2024年度の荒茶の生産量で、ついに鹿児島県が静岡県を抜いて全国一位になったと、農林水産省が発表したのだ。荒茶とは、茶畑で摘んだ茶葉を加工したもので、いわばお茶の一次加工品。
荒茶の生産量が日本一となったことは、鹿児島県が日本一の茶処となったことを物語っている、と言っても過言ではない。また、世界的な抹茶ブームが示すように、日本産の、とりわけ鹿児島産のお茶が世界で広まりつつある。今回訪ねた「池田製茶」と「鹿児島堀口製茶」は、荒茶生産量日本一と鹿児島産のお茶の世界進出の両方に、大きな枠割を果たしている製茶舗といえるだろう。
池田製茶
「茶師十段」の称号を持つ、茶葉の目利きが仕上げる極上の茶
「池田製茶」の池田研太さんが茶葉のテイスティングを行っている。テーブルは、煎茶や碾茶(てんちゃ)など、さまざまな種類の茶葉が用意されている。慣れた手つきでテイスティングを進めながら、池田さんは語る。
「茶葉の優劣を決めるポイントは形状、色沢、香気、水色、滋味の5つです。同じ煎茶でも、浅蒸しか深蒸しかでまったく味わいは違います。また、茶葉そのものも、同じ種類であっても県内の生産地によって味は変わってきます。それを見極めてこそ、品質の高いお茶が出来上がります」
テイスティングを行う池田さん。JR九州が運行するクルーズトレイン「ななつ星」車内でも茶室を担当。スイートのゲストは池田さんが淹れる、極上の茶を味わうことができる。
池田さんが丁寧に淹れた3種類の茶は、確かに香り、色、味すべてが違い、それぞれが特徴を持っていた。日本茶の世界の奥深さが垣間見えた瞬間だった。
池田さんは、「池田製茶」の社長のほか、茶師十段の肩書を持つ。茶師十段とは、「全国茶審査技術競技大会」の結果をもとに授与される、茶審査鑑定技術における最高位の称号で、この制度が開始されてからのおよそ70年の歴史のなかで、若干名しか取得者が出現していない、極めて取得が難易な称号である。
中央の皿に入っているのが、高級抹茶の原料となる碾茶(てんちゃ)。しっとりとした柔らかな茶葉は、一番茶ならではの風合い。
テイスティングの際には、100度近い湯を注ぐことが基本とのこと。茶葉の違いで、水色も大きく異なるのが、一目瞭然。
目利き、ブレンド、焙煎。おいしさを決める3つプロセスに関わるのが「茶師」
「池田製茶」は自前の茶畑を持たず、鹿児島県各地の生産者から茶葉を目利きして仕入れ、ブレンド、焙煎まで手掛ける製茶舗だ。「目利き」に始まり、茶師十段の池田さんの卓抜の技による「ブレンド」と、旨みを最大限に引き出す「焙煎」を自社工場で行うことによって、さまざまな味わいの茶を生み出している。
「どの産地でどのように栽培されたかを確かめながら品質を見分け、それぞれを絶妙の配分でブレンドしていくことも大切ですが、焙煎もとても重要な工程です。焙煎の程度の差で、アミノ酸、カテキン、カフェインそれぞれの引き立ち方がまったく変わってきます。それが、味や香り、水色などに大きく関わってきます」
「このように、仕入れ、ブレンド、焙煎の3つのプロセスで、それぞれ細心の注意を払わないと、よいお茶はできません。『茶師』として茶葉に磨きをかけ、おいしいお茶に仕上げる。それが私たちの仕事です」
「池田製茶」は、海外における抹茶のニーズの高まりに対応すべく、抹茶専用工場も建設。現在では、煎茶工場と抹茶工場のふたつを持つ、鹿児島では唯一の製茶舗となった。抹茶工場では、一般向けの抹茶は巨大な粉砕機が用いられるが、茶道で使われる最高級の抹茶は、石臼を用いて丁寧に挽かれる。
1台の石臼が挽くことができる高級抹茶は、1時間でわずか40グラム。この数字が、抹茶がいかに貴重なものかを物語る。
茶葉を焙煎する香りに包まれて育った幼少時代
「池田製茶」は、鹿児島市の中心地である天文館で1948年から製茶舗を営んでいた。池田さんで三代目にあたる。
「天文館で祖父が開いた製茶舗は、自宅も兼ねていましたから、幼いころから茶葉を焙煎する香りに包まれていました。茶に誇りを持って日々働いている祖父の姿を見て育ち、自分も迷うことなく茶師の道に進みました」
天文館の店舗を大幅リニューアルすると同時に、新ブランド立上げ
2021年、池田さんは「池田製茶」の天文館店舗を大幅リニューアルし、同時に「池田選茶堂」という新たなブランドを立ち上げた。モダンな趣の店内には、池田さんが丹精込めて作り上げた数々のお茶が、洗練されたパッケージとともに、美しくディスプレイされている。
暖簾に描かれたシンボルマークは、その昔、鹿児島の地でオリジナルブレンドティを楽しんでいたであろう異人の姿を空想してイラスト化。
池田さんのスぺシャリテともいえる「知覧 華」はじめ、「玉露」「浅蒸」「深蒸」などから「玄米茶」まで、多種多彩な茶が並ぶ。また、店舗の奥には瀟洒なカウンターが設けられ、そこでは、月毎に茶葉を変えた水出し茶の試飲をすることもできる。
初代から引き継いだ香りをベースに、配合比や火入れ加減など試行錯誤し辿り着いた「知覧 華」は、「池田選茶堂」のフラッグシップ的存在。
店舗奥のカウンターでは、月替わりに茶葉を変えた水出し茶を試飲することができる。一枚板のカウンターはバーのような趣。
「IKEDA」ブランドを広めるために、イタリアにも会社を設立
「茶舗というと、大きな茶箱がずらりと並んだ昔ながらの店構えが普通ですが、新ブランドを立ち上げた際には、ロゴマークなども一新し、店舗もセレクトショツプとカフェが合体したような雰囲気にしました。また、世界的な抹茶需要の増大に対応するために、県内初の抹茶専用工場を建て、2024年にはイタリアに会社を設立しました。今後はヨーロッパで『IKEDA』ブランドを広めていきたいと考えています」
プライベートではトライアスロンにも出場する池田さん。前を向き、泳ぎ、走り続けるトライアスロンレースと同様、池田さんは絶えず前だけを向いている。
池田選茶堂
鹿児島県鹿児島市千日町3-11
Tel:099-226-3381
営業時間:10時~18時
定休日:日曜・祝日
鹿児島堀口製茶
約300ヘクタール。国内では最大規模の茶畑を運営
鹿児島湾の東側に位置し、南北に細長く伸びる大隅半島。豊かな自然に恵まれ、本土最南端にあたる佐多岬で知られるこの半島には、起伏が無く広大な、農業に格好の土地が広がる。「鹿児島堀口製茶」は、この大隅半島を中心に自社と契約農家を含めると約300ヘクタール、東京ドーム64個分に相当する、国内では最大級の規模の茶畑を運営している。
広大な茶畑で効率的な農業を進めるため、「鹿児島堀口製茶」では機械化、省力化が進んでいる。(©鹿児島堀口製茶)
3代目社長が推進する、流通やマーケティングまで視野に入れた「スマート農業」
大規模な茶畑での効率的な農業を行うために、「鹿児島堀口製茶」では茶摘み機や除草機械などの自動化を進める一方で、先端技術を取り入れて生産のみならず流通や販売、マーケティングなども視野に入れた、次世代型農業「スマートIPM農法」を推進している。その先頭となっているのが、3代目社長の堀口大輔さんだ。
「『伊藤園』での経験が、大きな糧になっています」と堀口さん。工場の目に前には、広大な茶畑が広がる。堀口さんは、「鹿児島堀口製茶」が生産した製品の販売を担う「和香園」の社長という肩書も併せ持つ。
堀口さんは、東京の大学を卒業後、大手茶製品メーカーの「伊藤園」に勤めた後、2010年に鹿児島へ戻り、家業の「鹿児島堀口製茶」の業務に加わった。「鹿児島堀口製茶」では化学農薬だけにたよらない茶生産を確立し、機械<wbr />化による省力化を推進していたが、堀口さんが着手したのは、<wbr />更なる品質の向上と新たなブランド開発だった。
海外マーケットを見据え、新商品を開発
「1948年に創業した『鹿児島堀口製茶』が手掛けてきた商品は、それまでも一定の評価をいただいていました。しかし海外マーケットを見据えたとき、このままではいけないと思い、『健康・簡便性・寛ぎ』という新たな価値を付加した新ブランド、『TEAET(ティーエット)』を誕生させました。『TEA』と『DIET』を組み合わせた造語です。パッケージデザインもお洒落にしたところ、アンテナショップなどで好評をいただき、新たな需要の掘り起こしとなりました」
「TEAET」のラインナップには、手軽にお茶を楽しむことができるようにと、パウダーやティーバッグも加わった。パッケージも、従来のお茶の概念を超えた斬新さ。(©鹿児島堀口製茶)
新ブランド「カクホリ」で、30年前に祖父と父が挑戦していた「和紅茶」に再び挑む
「TEAET」に続いて発表したのが「カクホリ」ブランドだった。ロゴマークは、「堀口」の漢字をデザイン化して新たに前面に押し出し、海外マ―ケットも意識した訴求力のあるパッケージデザインとなった。品質にもこだわり、深蒸し煎茶を基軸として、ほうじ茶や烏龍茶、紅茶まで8種類のラインアップが整えられた。
とりわけ注目を集めたのが、和紅茶と称される「カクホリ紅茶べにふうき」だった。
「じつは、30年ほど前に、祖父と父が『ウーロン紅茶』を手掛けていました。とても美味しいお茶でしたが、時代が早すぎたのでしょうか、いつの間にか商品のラインナップから無くなっていました。紅茶に関しても、昔から紅茶を製造する技術は会社として持っていましたが、世界を見据え、日本で製造している紅茶の味とは一線を画す特徴ある商品を目指し、製造技術をさらに進化させて作ったのが『カクホリ紅茶べにふうき』です」
用いられている「べにふうき」は、紅茶や烏龍茶専用の茶葉として品種改良されたもので、国内ではおもに鹿児島が生産の中心となっている。
イギリスの老舗百貨店「フォートナム&メイソン」で販売開始
満を持して発売した「カクホリ紅茶べにふうき」はヨーロッパ、とくに紅茶の本場であるイギリスで高い評価を受け、「ティ―アカデミー」が主催し、「世界最高峰のお茶コンクール」ともいわれる 「THE LEAFIES」で金賞を受賞した。
日本国内でも「日本茶アワード」で2022年から3年連続でプラチナ賞を獲得するなど、高い評価を得た。
とりわけ、「THE LEAFIES」での3年連続受賞を機に、2025年1月からロンドンの英国王室御用達百貨店「フォートナム&メイソン」での取り扱いが始まるという、快挙を成し遂げた。
和紅茶はインドやスリランカ産の紅茶と比べると渋みや苦みがそれほどなく、まろやかとされているが、「カクホリ紅茶べにふうき」は適度な重みや渋みが、紅茶ファンから高い評価を得ている。ティーカップから甘やかな花の香りが微かに立ち上り、口に含むとほのかにマスカットの風味が広がる。
海外で高い評価を得たのは「カクホリ紅茶べにふうき」だけではない。2025年3月には、米国 「Global Tea Championship 2025」にて、「カクホリ深蒸し煎茶 おくみどり」が1カテゴリー、「緑茶伝説 極」が2カテゴリーと、計3カテゴリーで最優秀賞を受賞した。
標高の高い高原地帯の環境を人工的に作り出し、茶葉を広げて萎れさせる独自の製法で、ダージリンのような色味や香りを出すことに成功。そこに「べにふうき」の独特の風味が加わり、まろやかなフレーバーが生みだされた。
和紅茶に注力する一方で、緑茶の新たな楽しみ方も広める
「国産の紅茶は今後大きな可能性を秘め、海外からも注目を集めています。その一方で、昔ながらの急須で入れた緑茶の消費量は残念ながら年々減っています。それを食い止めるためにも、製茶会社として単に茶を造るだけでなく、お茶のおいしさや楽しみ方を提案する場をもっと多くの方に提供していかなければならないと思います」
堀口さんは熱く語る。
工場に併設されたレストラン「茶音の蔵」で、お茶の新たな楽しみを体験する
お茶のおいしさを楽しむ場のひとつが、「茶音の蔵」だ。「鹿児島堀口製茶」の茶工場に隣接したレストランでは、お茶と和の融合をコンセプトに、茶園のお茶と旬の食材を用いたランチコースを味わうことができる。ジャズが流れる空間で、コースの最後を締める薫り高い抹茶をいただいた時、日本の食文化における「お茶」の大切さを改めて感じた。
「茶音の蔵」の食事は、「至れりコース」(税別2,600円)と「尽くせりコース」(税別3,600円)の2つのコース。
食事の締めくくりは、デザートの抹茶ムースと、一服のお薄。抹茶をふんだんに用いたムースは、製茶工場直営のレストランならではの香りと味わい。
©鹿児島堀口製茶
茶音の蔵
鹿児島県志布志市有明町原田1203-7
Tel:0120ー464-300
営業時間:11時30分~15時
定休日:月曜日・第1,第3火曜日(月曜祝祭日の場合は翌日休み)
和香園(原田本店)
鹿児島県志布志市有明町原田1203-7
Tel:0120ー050-424
営業時間:8時~17時
定休日:年中無休(元日のみ休み)
鹿児島市内のバーで、抹茶を用いた新たなテイストのビールを味わう
茶の湯だけでなく、今やさまざまな食の分野で使われているのが抹茶。鹿児島市内には、「池田選茶堂」の抹茶を用いたクラフトビールを手掛けているバーがある。その名も「抹茶ビール」。ビールの泡とともに立ち上がる抹茶の香りを、ぜひ味わいたい。
Photography by Azusa Todoroki(Bowpluskyoto)
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永遠の聖地、伊勢神宮を巡る
2025.3.27
米と日本人を繋ぐ、伊勢神宮の祈りとは?
麻苧で束ねられた抜穂
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日本人にとって大切なお米は、神と人を結ぶお供え物でもある
日本人にとって、お米は大切な主食。伊勢の神宮の祭祀も、稲作に関するものが実はほとんどという。そもそも稲作は、縄文時代後期に日本に伝来したとされている。以来、お米は稲魂(いなだま)という神霊が宿る食べ物と信仰され、神々へお供えされるとともに自身もいただき、それによって神様とつながり、力が授かると考えられてきた。数ある食べ物のなかで、なぜお米が日本人の主食となり、古来、神宮の祭祀の中心に据えられてきたのか。
今回は、日本人とお米、そして、神宮の祭祀について紹介しよう。
『日本書紀』に行き着く日本人とお米の関わり
日本人とお米の関わりの起源を辿っていくと、『日本書紀』に行き着く。この連載の第1回で紹介した天孫降臨、つまり、天照大御神の孫にあたる瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が、大御神から三種の神器(じんぎ)を託されてこの地上世界に降り立ったとき、もう1つ託されたものがあった。それが、神々の住む高天原(たかまのはら)の神聖な田で稔った稲穂。
この稲穂を基に、大御神は地上世界で稲を育てるよう、瓊瓊杵尊に授けたという。さらに、『日本書紀』の別の段では、大御神が、お米をはじめとする五穀、つまり豆や麦、粟、きびを地上世界の人々が食べて生きるべきものと位置づけたと伝えている。
「稲(いね)」の語源は「生命(いのち)の根」。豊かな国づくりの源は稲作だった
この神話を後世に伝えるメッセージと捉えるならば、天照大御神の子孫にあたる歴代の天皇は、稲作を広め、それによって豊かな国づくりを目指したと解釈することもできるだろう。
ちなみに、稲の語源は「生命(<u>い</u>のち)の根(<u>ね</u>)」。古くはこの地上世界も、神代の伝えで「豊葦原(とよあしはら)の瑞穂の国」、つまり、「水に恵まれ、稲が立派に稔る国」と呼ばれていたという。
伊勢神宮の神様に供えるお米は「神宮神田」で育てられる。
ともあれ、お米は日本人の主食となり、人々は稲作を中心とした暮らしを営むようになった。天皇陛下も、皇居内の御田(みた)で自ら田植えと稲刈りを行い、毎年稲が稔ると、その初穂をまず天照大御神に、感謝の祈りとともに捧げている。
古来、神宮の祭祀が稲作の暦––––つまり、季節の巡りに合わせて田を耕し、籾種を蒔いて苗を育て、その苗を水田に移し植えた後、雨などの自然の力を借りながら稲穂を稔らせ、収穫する、という一連の作業––––に沿って行われてきたのは、ひとえに、大御神によって授けられた神聖な稲穂を毎年無事に収穫して、その御心に報い、ご神恩に感謝を捧げるためなのだ。
2月からはじまる五穀豊穣の祈り「祈年祭(きねんさい)」
では、神宮では、年間を通して、どのような稲作に関する祭祀が行われているのだろう。
起点となるのは、2月に行われる「祈年祭(きねんさい)」。「年ごいのまつり」とも呼ばれるこの祭祀は、内宮、外宮の両正宮だけでなく、125社すべてで約1週間かけて行われ、五穀豊穣が祈念される。ちなみに、稲は年ごとの周期で稔ることから、「年」とも呼ばれ、「年ごい」は稲を乞う、つまり、豊作を祈念する意味になるという。
2月17日に行われる祈年祭で、奉幣の儀を行うために御正宮へ向かう勅使と黒田清子祭主、そして神職たち。奉幣とは、神様に幣帛(へいはく=神様にお供えする神饌以外のものの総称)を捧げることで、伊勢の神宮では、祈年祭、神嘗祭(かんなめさい)新嘗祭(にいなめさい)のときに、天皇陛下が遣わされた勅使が幣帛をご奉納になる。
神嘗祭では、天皇陛下からの初穂とともに、伊勢地方の農家も、懸税(かけちから)と呼ばれる初穂の稲穂を御垣に懸ける。収穫した稲穂をなるべく早く大御神にお届けする真心の表れが、懸税という。
脈々と受け継がれてきた各地で行われる春の祭り。それは「予祝(よしゅく)」
2月は春の耕作始めにあたる時期。
宮中をはじめ、全国各地で豊作を祈る春祭りが行われ、なかには、牛とともに田を耕し、収穫するまでの一連の農作業を模した所作を伴う祭りもある。これは、あらかじめ期待する結果を模擬的に表現することによって、その通りの結果が得られるとする、いわゆる「予祝(よしゅく)」に基づいた風習で、先人たちの生きる知恵とも言うべき信仰が、祭りという型を通して、脈々と受け継がれている証でもある。
もっとも、神宮の「祈年祭」は、そんな春祭りとは一線を画し、静寂の中、厳かに粛々と進められる。祭祀の際は、神職が古体の文章で書かれた神様への言葉、つまり祝詞(のりと)を、微音というかすかな声で奏上。
現代語では、そのゆかしさ、典雅さは伝わらないが、あえて意訳すると、「人々が苦労して育てた稲が良く育ったならば、初穂をたくさん差し上げ、お酒もたっぷりお供えします」という部分に、予祝の要素を感じさせる。祝詞には、言葉そのものに霊力があり、声にして発すると、その通りのことが実現するという言霊信仰が秘められているのだ。
「神田下種祭(げしゅさい)」から「神田御田植初(おたうえはじめ)」へ
その年の稲の豊作を願い、お供え用の米作りをはじめる儀式が続く
その後、4月上旬になると、内宮から2,5kmほど離れた神宮神田(しんでん)において、忌種(ゆだね)と呼ばれる清浄な籾種を蒔く「神田下種祭(げしゅさい)」が、5月中旬には、育った苗を水田に移し植える「神田御田植初(おたうえはじめ)」が行われる。
この神田は、元を辿れば、倭姫命(やまとひめのみこと)が、天照大御神にお供えするお米をここで作るようにと定めたと伝わる場所で、大御神が伊勢の地に鎮座した当初から存在するという。
興味深いのは、「御田植初」が、「祭」より格下の「式」という扱いになっていること。これは、田植えが世に広まったのが、室町時代から桃山時代にかけてのことで、それ以前は、籾種を直接田に蒔く直播(じかまき)栽培だけだったことが関係しているという。
つまり、清浄な籾種を直接神田に蒔く「神田下種祭」は、早苗を水田に植える「神田御田植初」より歴史が古いということだ。内容も、たとえば籾種を播く神事の前に、神職などが神田正面の小高い忌鍬山(ゆくわやま)に登り、まず山の神に、農具である鍬を作るために必要な樫の木を1本いただく許しを乞い、それから伐り倒した木で実際に鍬の柄を作って、その木の根元と枝葉を山の神にお返しするという、自然を敬い、感謝を捧げる祈りの原点とも言うべき神事が、人目に触れないところで行われる。
神田下種祭では、神田を管理する作長(さくちょう)が、忌鍬山の樫の木で作った清浄な鍬で田を耕し、苗代を作る所作が行われる。このとき、神職により御田歌(みたうた)が歌われる。
神田御田植初では、太鼓、笛、ササラ、鼓による田楽(でんがく)の囃子に合わせて、保存会の若い男女が足並みを揃え、苗が1列ずつ植えられる。
神宮の神田で行われる神田下種祭で、祭場に向かう神職や参列者。
5月と8月の2回行われる「風日祈祭(かざひのみさい)」
農作物の成長に風雨の災害がないように祈念する
やがて、神田に青々とした苗が一斉に並び植えられると、内宮の別宮、風日祈宮(かざひのみのみや)で、「風日祈祭(かざひのみさい)」が行われる。稲の生育に最も大切な5月と8月に行われる、この2度の祭祀では、「雨甘く、風和(やわらか)に」、つまり、天候が順調で災害もなく、ほどよい雨と風がいただけるようにと祈願される。
古くは7月1日から8月31日までの2ヶ月間、毎日朝と夕に、風雨の災いなく豊作であるよう祈る祭祀が、この風日祈宮で行われていたという。
今でこそ品種改良が進み、日々当たり前のようにお米がいただけるようになったものの––––もっとも、昨年からそうもいかなくなってきたが––––、本来、自然の力に左右される農作物である稲が、これまで2000年以上も毎年収穫でき、多くの人々の食卓に並んできたことは、いかに奇跡の連続だったか、その重みを、かつての「2ヶ月間、毎日2回」という祭祀の数から感じずにはいられない。
内宮の別宮、風日祈宮で行われる風日祈祭。現在は5月14日と8月4日の2度行われ、5月のみ菅(すげ)で編んだ御笠と御蓑がお供えされる。笠と蓑は、かつて農作業の必需品で、ほどよい雨と風をいただくシンボルでもあるという。
収穫の秋、9月に実施される「抜穂祭(ぬいぼさい)」
お供えする御料米の初穂を抜き奉る儀式
こうして稲は収穫のときを迎え、9月初旬には、やはり神宮神田で「抜穂祭(ぬいぼさい)」が行われる。
抜穂とは、忌鎌(いみかま)と呼ばれる清浄な鎌で稲刈りをした後に、稲穂だけを1本1本抜き取るという古代の収穫法で、鋭利な鎌がない時代の名残と考えられている。
古式のままに麻苧(あさお)で束ねられた抜穂は、数日間、神田で自然乾燥された後、辛櫃(からひつ=神饌など祭祀に必要な品々を入れて運ぶ檜の箱)に納められ、内宮は、御正殿と同じ神明造(しんめいづくり)で建てられている御稲御倉(みしねのみくら)へ、外宮は、日々神饌を調理する、いわば神様の台所である忌火屋殿(いみびやでん)で保管される。
抜穂祭を行うため、神田に向かう神職と奉仕員。
最も重要な祭祀「神嘗祭(かんなめさい)」
収穫された新穀を最初に天照大御神に捧げて感謝をする
そして10月、いよいよ神嘗祭(かんなめさい)が行われる。
神宮で最も重要、かつ最大の祭祀とされる神嘗祭は、天皇陛下自らが刈り入れされた初穂をはじめ、全国各地の農家から、その年に獲れた新穀を天照大御神に献じ、感謝を捧げる祭祀。大御神から授かった稲穂を今年も無事に稔らせ、その御心に報いることができた感謝とともに祈られるのは、皇室の安泰と、人々が平和で豊かで、平穏な暮らしが送れるようにという願い。神宮では創建以来、さまざまな祭祀を行って天照大御神に感謝を捧げ、それとともに五穀豊穣と国家の繁栄、人々の幸せを祈り続けてきたのである。
春に豊作を祈り、秋は収穫に感謝する
思えば日本では、古来新穀をいただくことで、神々や天皇陛下、さらに一般人に至るまで新しい力が授かると信じられてきた。
だからこそ、何よりもまず神嘗祭で天照大御神に初穂を捧げ、次いで天皇陛下が、宮中で天神地祇(てんじんちぎ)、つまり、天上世界と地上世界、それぞれに住む神々に新穀を供え、ともに召し上がるという新嘗祭(「にいなめさい」神宮でもこの日に合わせて新嘗祭が行われる)を行って、最後に村々で秋祭りが行われ、人々がいただくという流れになっていた。昔は新嘗祭が終わるまで、人々が新穀を食べることを控えた背景には、そんなお米への信仰が広く浸透していたからなのだろう。
御稲御倉。内宮の御正宮から、別宮の荒祭宮(あらまつりのみや)へ向かう途中にある。
皇室のご安泰、国民の幸福に日々祈りが捧げられている
神饌でも、お米は水や塩とともに中心的な存在だ。
大きな祭祀はもちろん、毎日朝と夕の2度、内宮と外宮の御祭神にお食事を差し上げる「日別朝夕大御饌祭(ひごとあさゆうおおみけさい)」でも、前夜から斎館に籠り心身を清めた神職が、火鑽具(ひきりぐ)で火を鑽り出し、その忌火(いみび)と呼ばれる清浄な火と、神々の住む高天原の水と和合したと伝わる外宮の上御井(かみのみい)神社の井戸から汲み出した神聖な水とでお米を蒸し、御飯(おんいい)と呼ばれる「おこわ」にしてお供えされるという。
1粒の籾種から2000粒、3000粒のお米を稔らせる稲は、考えれば考えるほど稀有な食べ物。日頃忘れていたお米のありがたみを、神宮の祭祀を通して気づかされた。
毎日朝と夕の2度、外宮の御正殿の裏にある御饌殿(みけでん)で行われる「日別朝夕大御饌祭」に奉仕する神職たち。内宮と外宮の御祭神にお食事を奉るこの祭祀では、忌火屋殿で神饌が調理された後辛櫃に納められ、御塩で清められる。その後、禰宜が発する警蹕(けいひつ)という御先払いの低い声とともに御饌殿に運ばれる。
Text by Misa Horiuchi
伊勢神宮
皇大神宮(内宮)
三重県伊勢市宇治館町1
豊受大神宮(外宮)
三重県伊勢市豊川町279
文・堀内みさ
文筆家
クラシック音楽の取材でヨーロッパに行った際、日本についていろいろ質問され、<wbr />ほとんど答えられなかった体験が発端となり、日本の音楽、文化、祈りの姿などの取材を開始。<wbr />今年で16年目に突入。著書に『おとなの奈良 心を澄ます旅』『おとなの奈良 絶景を旅する』(ともに淡交社)『カムイの世界』(新潮社)など。
写真・堀内昭彦
写真家
現在、神宮を中心に日本の祈りをテーマに撮影。写真集「アイヌの祈り」(求龍堂)「ブラームス音楽の森へ」(世界文化社)等がある。バッハとエバンス、そして聖なる山をこよなく愛する写真家でもある。
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旅館の矜持 THE RYOKAN COLLECTIONの世界
2025.3.31
相模湾の眺め、美食、温泉……「ひらまつ」のもてなしのすべてがここに。「THE HIRAMATSU HOTELS & RESORTS 熱海」 女将・荒井眞由美
玄関で出迎える荒井女将。正面に飾られたのは書家・井上有一の作品。他にホアン・ミロや陶芸品のコレクションも見事だ。
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「ザ・リョカンコレクション」に加盟する旅館の女将や支配人を紹介する連載「旅館の矜持」。今回は「THE HIRAMATSU HOTELS & RESORTS 熱海」の女将・荒井眞由美さんをご紹介します。
「THE HIRAMATSU HOTELS & RESORTS 熱海」は、相模湾を一望する高台につつましやかに佇む瀟洒な宿です。自らを、〝ヨーロッパの旅館″と呼んでいます。全6軒あるHIRAMATSU HOTELSのなかで2番目にできました。熱海は多くの文豪や財界人が時を過ごした文化の匂いが感じられる温泉街ですが、宿の風情はこの土地により一層の興を添えています。宿のコンセプトである「滞在するレストラン」は、いまや確実に認知されてきています。スタート時点から先頭に立ってここを率いてきた、女将の荒井眞由美さんに話を伺いました。
唯一無二の相模湾の眺望
「THE HIRAMATSU HOTELS & RESORTS 熱海」のオープンは2016年で、開業してから9年が経ちます。私がここで女将を務めてから、同じ月日が流れたことになります。
この宿について誇らしく思うことが二つあります。
朝焼けをバックに施設の外観を遠望する。高台に位置することが一目でわかる。大きな水盤と数寄屋造りの母屋が見事。
一つは現代の名工と謳われた木下孝一棟梁の手による数寄屋造りの母屋です。漆黒の屋根瓦から障子の貼り方一つにいたるまで、細部に目を凝らせば凝らすほど素晴らしい。あまり使うことはありませんが、お茶室はプロの方が見ても敬嘆なさるようです。壁の漆喰塗に現れた侘び寂びの世界には、思わずため息が出ます。
二つ目は、目線が水平線とちょうど同じ高さになる相模湾の眺望。快晴の日には、初島、大島はもちろん、三浦半島や房総半島までを一望できます。この景色に心癒されるお客様はとても多いのです。ですから、景色に向かって、「本当にいつも、ありがとう」と言っています(笑)。
ダイニング脇のテラスにて。食前のアペリティフ、食後のディジェスティフをとりながらここで過ごすのもすこぶる快適だ。
「親戚の家」に泊まりに来た感覚
黙っていてもこうした恩恵の元にある宿ですけれども、そこに魂を入れるのは私たちスタッフです。「THE HIRAMATSU HOTELS & RESORTS 熱海」の最大の特徴は、ゲストの皆様に、どこか懐かしく、和んでいただけることだと思っています。それが端的に感じられるのはリピーターの多さですね。
私が思い描いている理想像は、宿を「親戚の家のように」思っていただくことなのです。家族とまで言うのはおこがましいですから、「親戚」ぐらいの表現に留めておきますが。まるで親しい人の住まいを再訪するときのように、わざわざお土産を手にされて来て下さるお客様が多いこともあるので、ある程度は叶えられているのかも知れません。だとすれば、女将冥利に尽きますね。
2つある特別室の内の「松の間」、遠くに初島が見える。座卓での夕食・朝食を選ぶことも可能だ。
「松の間」のテラスに設えられた露天風呂。お風呂につかりながら水平線までの大パノラマを見渡せるのは唯一無二だろう。
全13室で、すべての客室がオーシャンビューだ(写真は「1F コーナースイート」)。いつでも名湯を楽しむことができるし、ソファでくつろぐのもいい。
くつろいでフランス料理のフルコースを
この宿の中心となるのは、温泉はもちろんですが、フランス料理のディナーです。料理長の猪野圭介、クリエイティブディレクターの鈴木健太郎、ふたりのシェフが、地元食材をつかって創りあげます。猪野は伝統的なフランス料理、鈴木はモダンスタイルのフランス料理を得意としています。
相模灘と近隣の畑の恵み、そして全国から旬の素材が届く。ひらまつ各店で研鑽を重ねたふたりのシェフが、極上のフランス料理に仕上げてくれる。
熱海という土地は、魚介類に恵まれているだけではなく、美味しい野菜がたくさん採れるのです。シェフは漁港や畑に通い、地域との関係性を深める良い機会になっています。料理は、土地の利を活かした魚介と野菜を盛り込み、日本全国から取り寄せた旬の素材も組み込んだフルコースです。
夕食時のダイニングから見える、暮色に染まった空と水盤上の篝火は幻想的ですらある。リゾート感が最高潮を迎える刻だ。
湯上りの寛いだ装いでそのままダイニングにいらっしゃる方もいらして、ご自宅のようなリラックスした気分でフランス料理のフルコースをたのしめることも魅力です。当宿のコンセプトは「滞在するレストラン」ですから、食の場面で十二分にリラックスしていただけることが私どもの喜びですね。
「宿の顔は総支配人じゃなくて女将」
HIRAMATSU HOTELSは、賢島(三重)、熱海(静岡)、仙石原(神奈川)、宜野座(沖縄)、京都、軽井沢 御代田(長野)の順番で出来ました。そもそも私どもは、レストラン発祥のホテルですが、レストランが宿を作ってしまうのは珍しいんじゃないでしょうか。
さらに珍しいのは、開業当初、未経験の分野であるのに、ホテル経験者を一人も入れなかったことです。ひらまつでレストランやブライダルに携わっていたメンバーだけで、旅館事業を始めました。
いま振り返っても驚きを隠せませんが、それが当時のひらまつらしさなのです。レストランのひらまつらしさを出すためには、それが大切だというのが創業者の考え方でした。
私が女将になったいきさつは簡単です。創業者に「この宿の顔は女将だよ。だから、女将をやってくれ」と言われたからです。創業者はフランスのオーベルジュをイメージしていたと思いますが、宿というものには顔がないとダメだと気付いたんでしょうね。私に声がかかったのは、完成するたった2カ月前のことでした。
どうして創業者が私を指名したかと言いますと、これも簡単です。場所が東京から近い熱海だから、おそらく著名人がたくさんいらっしゃるし、お客様の要求のハードルが高いことが容易に予測できたわけです。私はブライダルで様々なお客様に接していて、経験を積んでいたので、臨機応変に対処できると思われたのでしょう。
実際に来て下さるお客様は、どなたでもご存じのような文化人や著名人、外国の著名人がとても多いですね。
ホテル業はゼロからのスタート
女将業はゼロからのスタートでしたが、ホテルの開業自体もゼロからです。ひらまつで培ってきたレストランとブライダルのノウハウがあるだけで、宿泊業に関してはまったくの手探りです。レストランとホテルの間で大きく違うのは、滞在時間です。そこが最大の課題でしたね。
実際に開業してみると、最初はお客様からたくさんのご指摘がありました。困難なことばかりで、落ち着くまでには1年半ぐらいかかったかしら。悩み多き日々でしたが今日まで続けられたので、頑張ったね!と自分をほめています。
「松の間」の縁側にて。「開業から困難なことばかりで、落ち着くまでには1年半ぐらいかかったかしら」
「ひらまつイズム」と建築の継承
「ザ・リョカンコレクション」に加盟している他の施設の多くは、歴史も伝統も文化も確固たるところばかりでしょう? 重要なテーマとして、前代や前々代あるいはもっと以前からの「継承」が常にありますよね。
そういう意味では、当ホテルが継承したのは、レストランやブライダルで培った接客の文化であり、とにかく美味しいものを味わっていただくという文化です。ひと言にすると、「ひらまつイズム」ということになるのでしょう。
さきほど親戚の家に来たような気持ちと言いました。考えてみれば、この数寄屋造りの建築は以前、ある会社経営者の別荘兼ゲストハウスだったんですね。その方は奥様と一緒に、細部に至るまで趣味の良い贅を尽くされたのです。
人が住んでいた温もりがそこかしこに残っているのもそこに理由があると思います。だからこそ、いま泊まりに来られるお客様もそれを感じて、和まれるのではないでしょうか。
日本家屋が持つ温もりは、「梅の間」と「松の間」の2つの特別室にお泊りいただくのが一番です。とは言え、エントランスやダイニングやテラスなどのパブリックスペースでも、十分に堪能できます。
障子一つ取っても、難しい技術で貼ってある箇所は、京都の職人さんのところでやってもらっています。そういう意味で、この数寄屋造りの建築を維持していくことも大事な「継承」の一つと言えます。
アパレル業界からブライダル業界へ
そもそもの身の上話をしますと、私はひらまつに来る前は、アパレル業界で働いていました。でも、私の頭の一角をずっと占めていたのはブライダル業界でした。そんなときに、ひらまつがレストランウエディングを始めることになったのですね。いまからちょうど29年前の1996年のことです。
その頃のブライダルの主流は、まだまだホテルや結婚式場の時代でした。ですから、ひらまつが着手しようとしたことは、時代の一歩先、二歩先を行っていました。ウエディングにおけるコーディネーターというのは――当社ではコンシエルジュと呼んでいますが――お客様の要望を一から十まで伺って結婚式を作り上げることです。
この時もウエディングの経験者を外部から採用せずに始めました。レストランでお付き合いのあるお花屋さんや、お客様が持ち込まれたドレスショップなど、一緒にウエディングをつくりあげていくパートナーとなる契約先を徐々に増やしていきました。
こうしてウエディングに携わって20年間が経ったところで、私はホテルをゼロからやることになったわけです。
ブライダル コンシェルジュとして活躍していたころのポートレート。
「ひらまつアカデミー」の立ち上げ
出発点からしますと、現在というのはまさに隔世の感がありますね。
このホテルに来られる方が重要視しているポイントは様々です。アクティビティが好きな方はほぼいらっしゃいません。黙って海を見ることが好きな方、美味しい食事のために来てくださる方、温泉に入って静かな海の音だけを聞きたい方、スタッフとお喋りするのを楽しみにされている方などいろいろです。
迎える私どもは、最適な距離を取りながら、お客様に寄り添う存在でありたい。そして、基本的には、「美味しいものを食べて、ゆっくり温泉につかることがこのホテルのいいところなんだ」と思ってもらえたら、また来て下さると思っています。
事前にご要望があれば、出来る限りお応えしたい。客室が13室しかない、フェイス・ツー・フェイスのホテルだからこそ、それが可能だと思っています。
実は、最近、「ひらまつアカデミー」というものを立ち上げたばかりなのですね。これは後進に「ひらまつイズム」を伝承していく取り組みです。
例えば、ひらまつが考える「おもてなし」や「真のラグジュアリー」とは何かの教育です。そこにはリーデルやベルナルドや江戸切子がどういうものかなど、さまざまな雑学的知識も含まれます。いわゆる “雑学”ってとても大事で、それをきっかけにして、お客様と会話ができますから。私も教える側の一員として、文字にはなっていない経験を伝えていければいいなと思っています。
荒井眞由美 Mayumi Arai
1967年、東京都生まれ。アパレル勤務を経て、1996年、(株)ひらまつ入社。レストランウエディングの黎明期より、ブライダルコーディネーターとして活躍。後、ブライダル事業の統括責任者。2016年「THE HIRAMATSU HOTELS RESORTS 熱海」オープンとともに女将に就任、現在に至る。
構成/執筆:石橋俊澄 Toshizumi Ishibashi
「クレア・トラベラー」「クレア」の元編集長。現在、フリーのエディター兼ライターであり、Premium Japan編集部コントリビューティングエディターとして活動している。
photo by Toshiyuki Furuya
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2025.3.24
「バンヤンツリー・東山 京都」喧騒を離れた、京都のサンクチュアリ
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清水寺と高台寺の間に位置する霊山(りょうぜん)に、世界有数のリゾート&ホテルブランド「バンヤンツリー・東山 京都」が2024年8月に誕生した。52室のラグジュアリーな客室と人気のバンヤンツリー・スパ、そして2つの個性的なダイニングを備えたバンヤンツリー・東山 京都には、ここにしかない体験と時間が約束されている。
世界的に憧れのリゾートホテルと人気が高いバンヤンツリー
バンヤンツリーのはじまりは、1984年へ遡る。バンヤンツリー創業者がタイ・プーケットのバンタオ湾にある550エーカーにおよぶ錫鉱山の跡地を取得し、汚染された土地を浄化するために7,000本を超える樹木を植樹して、酸性化した土壌を10年掛けて改善。
1994年、バンヤンツリーグループのフラッグシップ リゾートとなる「バンヤンツリー・プーケット」をはじめとする、アジア初の統合リゾートである「ラグーナ・プーケット」が誕生する。ラグーナ・プーケットは海辺の大きなラグーンを中心に、現在9つの高級リゾートホテルやヴィラが建ち並び、その近くにはゴルフ場やレストランが点在するプーケット随一の高級リゾートを形成。現在もさらなる開発が続いている。
また他にも、世界的なリゾートブランドの象徴として、世界の景勝地や歴史的な聖地、また美しいビーチやリゾート島などに次々とオープンさせており、地域活性・環境保護・ローカルコミュニティへの還元など、サステナブルな開発を行っている。
人気観光地「京都」につくられた、日本の伝統美に酔いしれる滞在
では、バンヤンツリーグループが京都でどのような世界観を作り出したのか、やはり興味が湧いてくる。
急な坂道をのぼっていくと京都市街を一望できる高台にたどり着く。そこに現れたのは、日本の伝統技術によってつくられた美しい木造の正門。喧騒を離れた静寂の空間と特別な時間の入り口である。
祇園の観光名所まで徒歩圏でありながら、喧騒から離れた静寂に包まれている。
ホテルの入り口にある天然木の門。
バンヤンツリーが描く日本の伝統美として掲げられたコンセプトは「幽玄」だと言う。幽玄とは、深遠な神秘を表す言葉であり、「風姿花伝」や「花鏡」といった世阿弥が残した能楽書に度々使われ、能と深く結びついた概念でもある。
そのコンセプトを象徴するように、ホテル敷地内には約12mの高低差を活かした3つの庭と竹林が広がり、中には「隈研吾建築都市設計事務所」がデザインした能舞台「The Noh Stage」がある。
ホテル敷地の中央にある能舞台「The Noh Stage」。
ホテルロビー。
木組みだけの構造体であるこの能舞台は、周囲の竹林、そして空と溶け合い、独特な建築美を持つ。水盤に浮かび建つその姿は、まるで時空を超えた空間のようであり、人間界と自然界の境界のようにも見える。
東山の霊山エリアといえば、敷地の北には大谷祖廟、南には鳥辺野とよばれた場所があり、古くから現世と来世を隔てる結界のような場所とされている。現在もこのエリアには寺院や神社が多く存在し、街中の賑わいとは異なり、神聖な静けさを保っている。
日本の美意識とリラクゼーションを追求するバンヤンツリーの感性の融合
次は客室を見てみよう。
ホテルのコンセプトである「幽玄」を踏まえ、能舞台にちなみ能の伝書のひとつ「風姿花伝」の中から「秘すれば花」という一節を客室のテーマにも掲げている。大きなヒバの木のバスタブや畳があったり、金箔のアクセントが使われていたり、日本の伝統的な技法が施されている。
「セレニティ・ダブル」。
「ONSENリトリート」のダブル洗面化粧台。
「グランドONSENリトリート」。
「天然温泉」の露天風呂。
ここにはかつて京都では珍しく温泉の源泉を有する老舗宿「ホテルりょうぜん」があったことから、天然温泉を引いており、客室の一部「ONSEN」ルームには天然温泉が引かれている。またゲストのみが使用できる大浴場「天然温泉」も完備。内湯に加えて露天風呂も楽しめる。
シングルルーム4室、ダブルルーム2室を備えた「バンヤンツリー・スパ」。
食に関しても興味津々である。シグネチャーダイニング「りょうぜん」では、地元の食材で作る会席料理、和食割烹料理を提供。京都の清らかな軟水に合う5年熟成の利尻昆布からとったコクのある出汁を堪能したり、京野菜や京都ならではの調味料を使ったり、ここでしか味わえない五感に響くヘルシーな食体験が待っている。
また、20席しかない隠れ家的なバー「BAR RYOZEN」では、県外に流通しない希少な日本酒を含む30種類以上の京都の地酒やプレミアム日本酒のほか、RYOZEN抹茶ジントニックやMirinブリーズなど、ローカル食材を使ったカクテルなど、独創的な味わいが楽しめる。
朝食・昼食・夕食がいただける「りょうぜん」。
美しい日本の美意識が表現された料理。
バンヤンツリー・東山 京都では、宿泊ゲスト向けに日本の文化体験のアレンジも行っている。能面師の工房を訪ねたり、非公開の香道体験をしたり、旅の醍醐味でもあるプレミアムな体験も叶えてくれる。
「京都」の街中の喧騒から離れて、バンヤンツリー・東山 京都が作り出す空間や時間に遭遇すると、古都・京都の本当の魅力を静かに感じることができるはずだ。
Text by Yuko Taniguchi
京都府京都市東山区清閑寺霊山町7番地
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鹿児島の「宝」を巡る旅
2025.3.28
焼酎の郷 鹿児島から世界へ羽ばたくジャパニーズウイスキー4つの蒸留所
ウイスキー蒸留所に併設された試飲コーナーで、蒸留所限定商品をはじめとするさまざまな銘柄のウイスキーを味わうのも、蒸留所巡りの楽しみのひとつ。「マルス津貫蒸溜所」に隣接するカフェバー&ショップ「寶常(ほうじょう)」にて。
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豊かな自然と、そこで暮らす人々の知恵が結びついたとき、その土地にはさまざまな「宝」が生まれる。鹿児島県の各地で生まれ、光り輝く数々の「宝」。それらは今や、世界が注目する存在になりつつある。「南の宝箱 鹿児島」を巡る旅。今回は鹿児島ならではの焼酎造りの伝統と技術をいかし、世界に通用するジャパニーズウイスキーを目指す「マルス津貫蒸溜所」「嘉之助蒸溜所」「火の神蒸溜所」「菱田蒸溜所」の4つの蒸留所と、そうしたジャパニーズウイスキーを味わう2軒のバーを紹介する。
都道府県別では最多のウイスキー製造所が点在する鹿児島県
日本の伝統的酒造りがユネスコの無形文化遺産に認定される一方で、ジャパニーズウイスキーも大きな注目を集め、輸出額では日本酒を上回るまでにいたっている。全国でウイスキー蒸留所(正確にはウイスキー製造免許場)は180カ所近く存在するが、なかでも都道県別では鹿児島県が13か所と最多を誇る(2024年国税局調査)。
火山性のシラス台地が濾過した清浄な水、かねてから焼酎を手掛けていた蔵元に伝わる酒造りの技術。この二つを兼ね備える鹿児島の蒸留所からは、ここ数年、個性豊かなウイスキーが相次いで生みだされている。
マルス津貫蒸溜所(本坊酒造株式会社)
発祥の地、津貫で再開されたモルト原酒蒸留
豊かな緑に覆われた山々が美しい稜線を見せて連なる薩摩半島の山間に、突如として姿を現す巨大な塔。高さ26メートルの威風堂々たる塔の壁面に鮮やかに描かれた「津貫」の文字。
ここが、100年以上と、焼酎の製造では鹿児島県でも有数の歴史と規模を持つ「本坊酒造」が手掛ける「マルス津貫蒸溜所」だ。かねてから長野などでウイスキー製造を手掛けている「本坊酒造」が、発祥の地である南さつま市の津貫(つぬき)で、モルト原酒蒸留を再開したのは2016年のことだった。
歴史を感じさせる石蔵と、聳え立つ「旧蒸留塔」とのコントラストが目を引く。(©本坊酒造)
巨大な蒸留器は、焼酎造りに注いできた熱い思いの証
1970年代前半まで稼働し、「本坊酒造」を代表する芋焼酎を製造していた蒸留器を覆う建屋として建築されたその塔は「旧蒸留塔」と呼ばれている。一歩足を踏み入れると、その蒸留器の巨大さに驚かされる。純度の高いアルコールを精製する際に生じる独特の臭みを除去するために設けられた長い蒸留管を備えた蒸留器は、「本坊酒造」が焼酎造りに注いできた熱意そのもの。
そうした蒸留器が、稼働を終えた現在でもシンボルとして遺されているのは当然で、そこには深い歴史を感じさせる。周囲の壁面には、鹿児島の焼酎造りをリードしてきた「本坊酒造」と本坊家の来歴をまとめたパネルも展示されている。
発祥の地である津貫での焼酎造りや、本坊家の歴史が展示された「旧蒸留塔」の内部。
現在の「マルス津貫蒸溜所」では、「津貫」の名前を冠したシングルモルトウイスキーが造られている。山間の盆地特有の寒暖差のある気候と、周囲の山々からの恵みである良質な湧水。そこに長年の焼酎造りで培われた歴史と技術が加わり、地名を冠した「津貫」銘柄が誕生。国内外で高い評価を得ている。
樽詰めされた原酒は、重厚な石蔵の貯蔵庫で熟成を待つ
ウイスキー造りの工程に欠かすことのできないのが熟成だ。「マルス津貫蒸溜所」では、石蔵の中で原酒が熟成の歳月を待つ。ヨーロッパの古城を思わせる重厚な外壁に囲まれた内部は静寂そのもの。控えめな照明に照らされた樽がずらりと並ぶ様子に圧倒される。
気がつくとほのかにウイスキーの香りが……。熟成を待つ間に、樽からほんの少しずつ蒸発する原酒がもたらす薫香だ。太い梁、石を積み上げた壁、コンクリートの床。薫香はすべてに深く沁み込み、それがまた歴史を醸成していく。
静まり返った石蔵樽貯蔵庫には、ほのかにウイスキーの芳香が漂う。
美しい日本庭園を眺めながら試飲。まさにジャパニーズウイスキーのひととき
蒸留所の隣には、かつて「本坊酒造」の二代目社長・本坊常????が暮らした邸宅「寶常(ほうじょう)」がリノベ-ションされ、カフェバー&ショップとして来訪者に公開されている。客座敷を改装したゲストルームは緑豊かな日本庭園に面し、石蔵樽貯蔵庫とは一転、明るく開放感に満ちた空間だ。
ウイスキーの試飲や蒸留所のグッズなども販売。使用する樽、熟成度合のなどで微妙に異なってくるウイスキーの風味の差を、身をもって体験することができる。見事に手入れされた日本庭園を眺めながら飲むウイスキー。それは、まさに「ジャパニーズウイスキー」ならではの味わいだった。
試飲カウンターでは、蒸留所限定のウイスキーを試すこともできる。
マルス津貫蒸溜所
鹿児島県南さつま市加世田津貫6594
Tel:0993-55-2121/営業時間 9:00~16:00/休館 12/30~1/3 ※臨時休業あり
入館 無料(試飲は全て有料)/売店 有り(寶常 Cafe Bar&Shop)
- 見学時間 蒸溜所(自由見学):約30分 寶常(有料試飲・売店):約15分
嘉之助蒸溜所(小正嘉之助蒸溜所株式会社)
東シナ海を見下ろす絶景の高台に建つ瀟洒な蒸留所
海亀の産卵地として知られる、東シナ海に面した吹上浜を見下ろす台地に建つ「嘉之助蒸溜所」。「マルス津貫蒸溜所」が山の蒸留所ならば、「嘉之助蒸溜所」は、海の蒸留所と呼ぶのが相応しいかもしれない。
2017年に誕生したこの蒸留所は、140年以上の歴史を持つ老舗焼酎メーカー「小正醸造」が設立した。「小正醸造」といえば、「メローコヅル」の名で知られる樽熟成の米焼酎を手掛けてきた酒造である。焼酎を専門としてきた老舗酒造が、ウイスキーを始めたのには、4代目にあたる小正芳嗣さんの熱い思いがあった。
蒸留所の外観は、景観を損なわないよう、周囲の砂丘に溶け込むような色調でまとめられている。(©嘉之助蒸溜所)
世界で通用するウイスキーを造り、いつか蒸留所の原点である焼酎を広めたい
「『メローコヅル』は日本で初めて樽熟成を行った焼酎です。6年という長期の樽貯蔵を経て、1957年に発売が始まりました。まろやかでとても素晴しい焼酎で、日本では今でも多くの方に愛されています。ところが、4代目となった私が、海外に販路を求めようとしても、当時海外では、蒸留酒を食中酒として飲む文化が無く、さらに世界の蒸留酒の多くがアルコール度数40%以上であるのに対し、25%程度である本格焼酎は中途半端だという理由で、日本人海外駐在員などが利用する日本料理店などにニーズはとどまり、なかなか販路が広がりませんでした」
「それならば『メローコヅル』で培った樽熟成の技法で世界に通用するウイスキーの味わいを通して、私の原点である焼酎と焼酎文化を世界に広めたい。そんな思いで2017年に、このウイスキー蒸留所を立上げました。『嘉之助』とは、世界を見据えて『メローコヅル』を生み出した、私の祖父にあたる2代目、小正嘉之助の名前です」
4代目小正芳嗣さんは「嘉之助蒸溜所」を立ち上げる際、本場スコットランドのウイスキー蒸留所を数多く巡り、知見を広めた。
長年の焼酎造りが培った技術が可能にした、3基の蒸留器の使い分け
「嘉之蒸溜所」では3基の蒸留器が稼働している。それぞれ形状や性能が異なる蒸留器で原酒を造り分け、それらを組み合わせることで、さまざまなバリエーションの香りや味を備えた原酒ができあがる。
3基の蒸留器を持つウイスキー蒸留所は、日本でも稀有な存在だ。
「嘉之助蒸溜所」の母体である「小正醸造」は、「嘉之助蒸溜所」から車で5分ほどのところにある「日置蒸溜蔵」で、そこでは現在も焼酎を製造している。「日置蒸溜蔵」では、もともと7基もの蒸留器を使いこなし、数々の焼酎を生みだしてきた。こうした技術が継承されているからこそ、ウイスキー造りに必要な、複雑で手間のかかる工程も可能となった。定番商品のうち、ポットスチルウイスキーの原酒は、焼酎の技術を活かしてここで生みだされている。また、通常使われるバーボン樽やシェリー樽に加え、「メローコヅル」を貯蔵してきた樽を用いてウイスキーを熟成させるなど、さまざまな工夫や取り組みが随処に見られる。
窓の向こうに広がる雄大な東シナ海を眺めながら味わう「MELLOW」なウイスキー
蒸留所見学で最後に訪れる試飲コーナーは、「嘉之助蒸溜所」で造られるウイスキーのコンセプトでもある「MELLOW」の名を冠した「THE MELLOW BAR」。一枚板のカウンターとガラス張りの窓の向こうに、雄大な東シナ海が広がる。
「海に近い蒸留所ですから、スコットランドのウイスキーによくあるような、ピートが強調された、いわば苦みと塩辛さが際立つテイストも考えてはみました。でも、『KANOSUKE』が造るウイスキーは、やはり柔らかくメローでなければならないと思い、そちらの方向にはもっていきませんでした」
小正さんのレクチャーを受けながら、「嘉之助蒸溜所」のフラッグシップともいえる、「シングルモルト嘉之助」をはじめとする3種類のウイスキーを飲み比べる。
微妙に異なる味わいのなかに共通するのは、上品で優しい甘苦さ。そこには小正さんの言葉通り、確かに、「メローコヅル」から連綿と受け継がれ、焼酎造りの技術を活かした造りの「KANOSUKE」が大切にしてきた樽熟成ならではの柔らかで豊潤な味わいが息づいていた。
東シナ海を一望することができる「THE MELLOW BAR」。試飲に登場する銘柄は、「シングルモルト嘉之助」のほか「嘉之助 HIOKI POT STILL」「嘉之助 DOUBLE DISTILLERY」など。
嘉之助蒸溜所
鹿児島県日置市日吉町神之川845−3
Tel:099-201-7700/営業時間 10:00~17:00(ショップは16:30まで)
休館 月曜日(月曜が祝日の場合は営業)、年末年始、その他臨時休業あり。
※見学は事前予約制。見学希望日の1週間前までに申し込み要。見学料は1,000円(テイスティング込み)。詳細および申し込みは嘉之助蒸溜所HPへ。
火の神蒸溜所(薩摩酒造株式会社)
本土最南端のウイスキー蒸留所が枕崎に誕生
芋焼酎の「さつま白波」で知られる、「薩摩酒造」の「火の神蒸溜所」が、2023年からウイスキー製造を開始した。これによって、本土最南端のウイスキー蒸留所が誕生したことになる。全面ガラスのモダンな蒸留棟の内部に設けられた2基のモルトウイスキーの蒸留器にくわえ、敷地内にはグレーンウイスキー用の連続式蒸留器も備えられている。
先端科学を扱うラボをも思わせる、全面ガラスの蒸溜棟。(©火の神蒸溜所 )
「クーパレッジ(樽工房)」を持つ、日本でも珍しい蒸留所
「薩摩酒造」は、「マルス津貫蒸溜所」を持つ「本坊酒造」を基軸とする「本坊グループ」の一員を担う酒造メーカーである。したがって、ウイスキー造りでは先輩にあたる「本坊酒造」からのアドバイスも受けながらの蒸留所立上げとなった。「火の神蒸溜所」の最大の特徴は、モルトウイスキーに加えてグレーンウイスキーの製造体制が整っているだけでなく、「クーパレッジ」と呼ばれる「樽工房」を所有していることだ。
「薩摩酒造」は、「さつま白波」と並ぶ代表銘柄「神の河」を生産するにあたり、焼酎業界で唯一の「樽工房」と「樽貯蔵庫」を設置している。ウイスキーの味を決める重要な役割を担う樽を自前で扱う焼酎蔵はほとんどない。20年の歳月が経ち、それがウイスキー造りで再び脚光を浴びることとなった。
樽のメンテナンスは、ウイスキー製造には不可欠の作業
訪れた「クーパレッジ」では、3人の若い職人が、樽のメンテナンスに取り組んでいた。巨大な空樽を自在に操り、フープと呼ばれる箍(たが)の調節や、天面や底板の取り換えなど、仕入れた樽の修復を行っている。
樽は原酒が長い時間を過ごす家のようなもの。その家を手入れし、原酒にとって居心地の良い環境に整える作業は、無くてはならない縁の下の力持ちのような存在。現在、日本には樽職人は数十名しかいないといわれている。そういった点でも「クーパレッジ」を持つ「火の神蒸溜所」が持つポテンシャルは高いといえよう。
天板と側板との間に生じる隙間を防ぐパッキングとして、蒲(がま)の茎をはめ込む。
若き職人たちの地道な作業が、美味しいウイスキーを生む。誇りを持って仕事に臨む姿は美しい。
枕崎の風土が育むシングルモルト。ファーストリリースに集まる期待
ファーストとなるシングルモルト「火の神」は、2026年にリリースが予定されている。また、2025年内には、蒸留棟の一般公開や、蒸留棟と同じ敷地内にビジターセンターを備えたゲスト用のスペース設立も予定されている。
チーフディスティリングマネージャーの松嵜聖彦さんは次のように語る。「枕崎は温暖でありながら、夏は暑く、冬は時には雪が降るほど、複雑な気候。しかも海に近く、潮風の影響もありおそらく熟成が早く進む環境です。そんな環境下にあって、本土最南端の蒸留所からどんなウイスキーが生まれるか、私自身も楽しみにしています」ファーストリリースが待ち遠しい。
「同じグループの『マルス津貫蒸溜所』のアドバイスを受けながら設置した蒸留器ですが、津貫とは異なる味わいを目指しています」と、松嵜さん。
樽工房を持つ本土最南端の蒸留所からは、どんなウイスキーが生まれるのか。期待が高まる。
火の神蒸溜所
鹿児島県枕崎市火之神北町388
*ビジターセンターが完成する2025年11月には見学開始予定
菱田蒸溜所(天星酒造株式会社)
県内屈指の超軟水「菱田の地下水」を用いた、まろやかな風味
薩摩半島の反対側、大隅半島でもウイスキー造りが産声を上げた。蒸留所の名前は「菱田蒸溜所」。鹿児島県内随一の軟水といわれる「菱田の地下水」を仕込み水に用いた焼酎の製造元である「天星酒造」が運営する蒸留所である。
菱田地区は良質な伏流水が得られる土地として知られ、明治期には二十数件もの酒蔵が稼働するほど、焼酎造りが盛んな土地だった。「天星酒造」は、そうした酒蔵のひとつとして120年以上前からさまざまな焼酎を生み出してきた。
明治期には二十数軒を数えた菱田地区の酒蔵も、現在では「天星酒造」1軒のみとなってしまった。(©天星酒造)
手掛けた焼酎の品評会での金賞受賞を機にウイスキー造りを開始
「天星酒造」のフラッグシップ的な銘柄である焼酎の「天星宝醇 赤 」が、日本唯一の洋酒品評会である「東京ウイスキー&スピリッツコンペティション」の焼酎部門で2021年、2022年と2年連続で最高金賞を獲得したのを機に、「菱田の水」を用いたウイスキーを造る気運が高まり、蒸留所開設となった。
モルトウイスキーとグレーンウイスキーの両方を製造することができる蒸留器を導入。数年後には同一蒸留所内でのブレンデッドウイスキーの製造も予定されている。
2022年にウイスキー製造免許を取得。モルトウイスキーとグレーンウイスキーの製造が始まった。そして2025年3月、初のオフィシャルボトル「菱田蒸溜所ニューボーンPreludeⅠ」が発売された。
熟成期間3年未満という短期間ではあるものの、超軟水と称される極めて柔らかな菱田の名水と、大隅半島の温暖な気候により、柔らかな口当たりのウイスキーが生まれた。くわえて、「天星酒造」独自の「早垂れ蒸留法」をウイスキーの蒸留にも用いることで、焼酎と同様、滑らかでクセのない風味を得ることができた。
産声を上げたばかりの蒸留所に寄せられる励ましの声
「菱田蒸溜所」の取締役を務める中原 優さんが、以前は滋賀県の「長濱蒸溜所」でウイスキー造りに携わっていたスタッフであることが物語るように、「菱田蒸溜所」は日本最小の蒸留所として知られる「長濱蒸溜所」と姉妹蒸留所の提携を結び様々な技術交流も行っている。
また、産声を上げたばかりの小さな蒸留所には、全国の同業者からも、暖かい励ましの言葉が寄せられている。
蒸留所のスタッフは7名。後列中央が、製造責任者の中原 優さん。(©天星酒造)
2025年3月11日に発売開始となった、初のオフィシャルボトル「菱田蒸溜所 ニューボーン Prelude Ⅰ」。
菱田蒸溜所
鹿児島県曽於郡大崎町菱田1270
Tel:099-477-0510 /営業時間:9:00~16:30
休館: 土・日曜・祝日・年末年始
入館 無料/売店 無し
*見学の場合は事前連絡が必要
巡り歩いた4軒の蒸留所いずれもが、独自の技術を持ち、それを活かした個性豊かなウイスキ造りを誇りを持って推進していた。と同時に、お互いに切磋琢磨しながらも、情報交換などを絶えず行い、鹿児島県全体としてクラフトウィスキーの魅力を高めていこうとする意気込みも感じられた。ジャパニーズウイスキーに日本だけでなく世界からも高い関心が集まっている現在、今後、鹿児島県がその勢いを牽引していく中核となっていくのは間違いないだろう。
鹿児島の旅の夜は、この2軒のバーで鹿児島ウイスキーを心ゆくまで味わいたい
鹿児島を旅したらぜひ訪ねたい、鹿児島発のジャパニーズウィスキーを堪能できるバー2軒を紹介しよう。今回紹介した醸造所のウィスキーを並べて試飲するというのも、ここだけの贅沢だ。
ザ セラー N バロン・ナガサワ
鹿児島の名門ホテル、SHIROYAMA HOTEL kagoshima のメインバー。カウンターで気軽に、ソファ席でくつろぎながらと、楽しみ方はさまざま。ウイスキーベースのカクテルでは、「シングルモルト津貫」とアマレットを合わせた「ゴットファーザー」などがおすすめ。
ザ セラー N バロン・ナガサワ
鹿児島県鹿児島市新照院町41−1 SHIROYAMA HOTEL kagoshima 4F
0570-07-4680 (ナビダイヤル)
営業時間:平日 17:00~23:00(LO 22:30)、土日祝 16:00~23:00(LO 22:30)
※営業日、営業時間は、状況により変更になる場合あり。要確認を。
霧島神宮駅オールデイズラウンジ 光芒─cobo─
JR九州と株式会社IFOO(イフ―)が提携し、駅と地域の賑わいを目標とした駅舎リニューアルと沿線活用プロジェクトの一環として、霧島神宮駅をリニューアルオープン。鹿児島のウイスキーを味わう「光芒」のほか、ギャラリーやプライベートサウナも隣接。
霧島神宮駅オールデイズラウンジ 光芒─cobo─
鹿児島県霧島市大窪418-3
0570-07-4680 (ナビダイヤル)
営業時間:平日 カフェ 10:00~17 :00(ソフトドリンク・アルコール・デザートセット)
ブランチ 8:30~12:00( 植物性素材を使用したブランチセット)
※定休日は不定休確認を。
Photography by Azusa Todoroki(Bowpluskyoto)
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鹿児島の「宝」を巡る旅
2025.3.28
鹿児島の名門蔵「中村酒造場」の6代目杜氏中村慎弥が挑む、伝統と革新の焼酎造り
「中村酒造場」の主な銘柄。左から「なかむら」「玉露」「なかむら(720ml)」「Tear Drop」「Still Life」
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豊かな自然と、そこで暮らす人々の知恵が結びついたとき、その土地にはさまざまな「宝」が生まれる。鹿児島県の各地で生まれ、光り輝く数々の「宝」。それらは今や、世界が注目する存在になりつつある。「南の宝箱 鹿児島」を巡る旅。今回はプレミアム芋焼酎「なかむら」を手掛ける、霧島の名門蔵「中村酒造場」を訪ねた。「蔵を大きくしてはいけない」。この信念のもと、6代目杜氏の中村慎弥さんが続ける挑戦とは……。また、鹿児島の本格焼酎を楽しむことができる、鹿児島市内の2軒の焼酎バーを紹介する。
ユネスコ無形文化遺産に登録された「本格焼酎」の蔵元数は、鹿児島県が日本最多
2024 年12月、日本の「伝統的酒造り」がユネスコの無形文化遺産に登録された。対象となったのは、麹菌を用いる日本独特の技術によって造られる「國酒」と呼ばれる酒類で、そのひとつが「本格焼酎」だ。109 (2025年3月現在)の蔵元が、2,000を超える銘柄の焼酎を造る鹿児島県は、蔵元数、銘柄数ともに日本一。まさに焼酎の本場といえよう。県内に点在する各蔵元は、独自の技術を持ち、個性的な味わいの焼酎を生み出している。今回訪ねた「中村酒造場」は、そうしたなかでも、とりわけ独特の製法を守り続けている蔵元のひとつだ。
長閑な田園地帯に立つ、赤煉瓦の煙突と蔵──中村酒造場(有限会社中村酒造場)
鹿児島市から錦江湾沿いを時計回りに車を走らせると、前方左手には霧島連山の美しい山並みが見え、やがて霧島市国分に入る。長閑な田園地帯の一本道を進むと、訪れる人を出迎えてくれるかのように赤煉瓦の煙突と倉庫が並び立っている。どこかで見たような懐かしい風景。それが「中村酒造場」だ。
「蔵を大きくしない」。中村家に伝わるひとつの信念
「中村酒造場」に伝わる、信念にも似た一言がある。それは「蔵を大きくしない」ということ。その信念通り、蔵の規模は驚くほど小さい。この小さな酒造場が、焼酎好きの間で根強い人気を博している芋焼酎「なかむら」を生み出した。ストレートで口に含むと蜜のような甘さをほのかに感じる、といわれるほど繊細な味を持つ芋焼酎は、小さな蔵だからこそ生まれたといっても過言ではない。
「なかむら」を手掛けたのは、社長である中村敏治さんで、現在では次男の慎弥さんが6代目杜氏として現場の先頭に立っている。
赤煉瓦造りの蔵と煙突は、1888(明治21)年の創業当時のまま。それはどこか懐かしい風景。(©中村酒造場)
ラベルに記された「手造り」の3文字が意味するもの
「中村酒造場」の代表銘柄である「玉露」はもとより、「なかむら」のラベルにも「手造り」の3文字が記されている。普段何気なく使ってしまう「手造り」だが、慎弥さんによると、「手造り」の定義は厳格に定められているそうだ。
「『木製の保温室にて木箱で自然の換気、通気と手入れ攪拌によって製造した麹によって造られた単式蒸留焼酎』のみが手造りの焼酎と謳うことができると、規約で定められています」淀みなく慎弥さんは説明する。
「中村酒造場」の場合は、麹室が「木製の保温室」に、「木箱」が「麹蓋」に相当し、紛れもなく「手造り」を標榜することができる。
しかし、現在では焼酎の現場においても、安易にこの言葉が使われがちだと、慎弥さんは危惧する。
慎弥さんは東京農業大学で醸造学を学んだのち、山形県の日本酒蔵元で2年間の修業を重ね、その後流通の経験も積んだ。「すべてが、いまの役にたっています」
石造りの麹室の中で育つ米麹
「中村酒造場」の蔵内には、石造りの麹室が設けられている。麹室の内側は木板が貼り巡らされている。この麹室で育った麹を用いる日本酒式の製法が「中村酒造場」の焼酎造りの最大の特徴だろう。焼酎蔵でこの方式を採用しているのは、鹿児島でもわずか数蔵と、大変珍しい手法だ。
慎弥さんの案内で、麹室を見せていただいた。生憎、麹を育てる季節ではなく、部屋はすっきり片付いていたが、天井には開閉できる通気口が設けられている。この通気口が、「自然の換気、通気」での、大切な役割を果たす。麹を育てる間は、この通気口をこまめに開け閉めし、温度と湿度を調節する。その開け閉めは、慎弥さんをはじめとする職人の勘がすべてだ。麹の仕込み時期は、毎日泊まり作業となる。
麹を育てる季節ではないので麹室の中はいたってすっきり。しかし、いわゆる「室つき麹」はこの麹室の中で、静かに眠っている。
新米に麹菌をつける作業は重労働。温度や湿度の調整は、すべて長年の勘が頼り。麹は、麹室に棲む「室つき麹」のほか、鹿児島の老舗「河内源一郎商店」からも購入する。(©中村酒造場)
「麹のもとになる米も大切です。『中村酒造場』の原料米の銘柄は「ヒノヒカリ」。カルシウムやイオウ分の補給を目的とした肥料を用いる『カルゲン農法』と呼ばれる、とても手間のかかる栽培法で育てられた新米です」
麹のもととなる米は、霧島神宮近くの農家と30年近くの契約栽培で入手している。(©中村酒造場)
「霧島神宮近くの農家の方と30年近くのお付き合いで入手しています。この新米に麹菌をつけるのが、なかなか大変な作業です。真夜中まで汗だくになり、最後の方には握力がなくなるくらいの力仕事です」
蔵に棲みついている麹菌や酵母を大切に育て、こうして発酵を促進させることによって、「中村酒造場」独特の、アルコール感が抑えられたまろやかな焼酎が生まれる。
蒸溜を終えた原酒は、創業以来使い続けている甕で仕込まれる。
豊かな湧き水は、霧島山系からの恵み
米だけではない。主原料となるサツマイモは、すべて鹿児島の契約農家から新鮮で良質な芋を入手している。そして水。霧島山系の麓に位置するきし霧島市国分一帯は、地下水が豊富な地域で、「中村酒造場」の敷地内からも、焼酎造りに理想な硬度とミネラルバランスを持った豊富な地下水が、120メートルの深さから湧き出ている。この湧き水があるからこそ、焼酎造りが可能となっているともいえる。
霧島山系から地下深く潜って到達する伏流水は、ミネラルと硬度のバランスが取れた格好の仕込み水となる。(©中村酒造場)
6代目杜氏・慎弥さんがすべてを手掛けた25年ぶりの新銘柄
2021年、「中村酒造場」に新たな銘柄が加わった。慎弥さんが杜氏となって、すべてを手掛けた「Amazing Series 」である。蔵にとっても25年ぶりの新銘柄だった。
「『Still Life』と『Tear Drop』 の2ラインで出したのですが、とくに『Tear Drop』は麹造りで苦労しました」。
慎弥さんによれば、「Still Life」はグレープフルーツとライムに似たフルーティーな香りと紅茶のアロマが重なり、「Tear Drop」はパンケーキやヨーグルト、蜂蜜に似た上質なアロマが薫り立ったそうだ。
「でも、不思議なことに、石蔵には黒麹、白麹だけでなく珍しい黄麹まで自然に発生し、そのおかげ独特の味わいとなりました。この2シリーズおかげ様で完売となり、現在では後継の『the traditional』シリーズを販売しています」
慎弥さんが杜氏となって、すべてを手掛けた「Amazing Series 」の「Still Life」(左」)と「Tear Drop」(右)。ラベルの可愛らしいイラストは新進気鋭の画家、今井麗さんの手によるもの。
大規模な酒蔵でないからこそできる細かな目配りとさまざまな試み。例えば新しい原料を用いた焼酎造り。慎弥さんは伝統と進化を融合させるべく、日夜挑戦を続けている。
「『蔵を大きくしない』。かねてから父親に言われ続けてきたことの大切さを、改めて噛みしめています」
中村酒造場
鹿児島県霧島市国分湊915
Tel:0995-45-0214
*酒蔵見学は実施していません。
鹿児島の夜で、ぜひ足を運びたい焼酎バー2軒
鹿児島焼酎Bar 鹿
鹿児島県内の全蔵元の焼酎600種類銘柄はもとより、鹿児島県産ウイスキー、スピリッツ、リキュールなど、鹿児島産のほぼあらゆる酒が揃う。県内の焼酎蔵をマッピングしたオーナー手作りの地図や、各蔵元の一升瓶のキャップでデザインされた美しいディスプレイが見事。店名の「鹿(ろく)」は、「鹿鳴館」と「鹿児島」に共通する文字から。
鹿児島焼酎Bar 鹿 ROKU
鹿児島県鹿児島市山之口町3-14ぺオニアビル1F
099-224-6886
営業時間:月~金 20:00~2 :30(閉店) 土・祝前日 19:30~2 :30(閉店)
定休日:日曜日(月曜日が祝日の場合は営業、翌日休み)
切子と酒器を楽しむBar すけ
店名が物語るように、カウンター奥には薩摩切子や江戸切子をはじめとして、薩摩焼や錫器などの酒器が美しくディスプレイされ、お好みでその中から選んでお酒をいただくことができる。なかには、ミュージアムピースランクのガラス器もあり、注がれたお酒がより美しく美味しく映える。鹿児島本格焼酎の主要銘柄や、ワイン、シャンパンなども揃う。
切子と酒器を愉しむBar すけ
鹿児島県鹿児島市山之口町7-16 柚木ビル2F
営業時間:月~土 21:00~2 :00(閉店)
定休日:日曜日
Photography by Azusa Todoroki(Bowpluskyoto)
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投稿 鹿児島の名門蔵「中村酒造場」の6代目杜氏中村慎弥が挑む、伝統と革新の焼酎造り は Premium Japan に最初に表示されました。
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京都通信
2025.3.14
京都・桜の名所巡りは賀茂川沿いを北上せよ!混雑知らずのルートで桜満開の上賀茂神社へ
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京都の春、桜に包まれる絶景散歩へ出かけませんか?
市内中心部を南北に貫く地下鉄烏丸線「北山駅」を起点に、およそ180品種の桜が見られる春爛漫の「京都府立植物園」、賀茂川沿いに桜のトンネルをつくる「半木の道」を経て、桜の銘木に彩られた世界遺産「上賀茂神社」へと向かうコースをご紹介。
【START】地下鉄烏丸線「北山駅」
↓(徒歩すぐ)
京都府立植物園
↓(徒歩すぐ)
半木の道
↓(徒歩約10分)
賀茂川沿いの桜並木
↓(徒歩約15分)
【GOAL】上賀茂神社
地元でも愛される穴場の桜スポットを巡りながら、賀茂川のせせらぎと桜のコントラストを楽しむ、春の京都ならではのお花見さんぽをお楽しみください。
◆ここから出発!地下鉄・北山駅
地下鉄烏丸線・北山駅は、京都の玄関口となる京都駅や、観光拠点に便利な四条駅から乗り換えなしで約15分。市内中心部から少し離れた閑静なエリアにあります。最初の目的地「京都府立植物園」の北山門は、駅の3番出口すぐ。券売機でチケットを購入して入園しましょう。
◆京都府立植物園 – 日本最古の植物園で多彩な品種の桜を観賞
1924(大正13)年に開園した「京都府立植物園」は、昨年2024年に創立100周年を迎えた日本最古の公立総合植物園。総面積約24ヘクタールの広大な園内には、国内最大級の観覧温室や、日本各地の山野に自生する植物を自然に近い状態で植栽した日本の森・植物生態園などのエリアが設けられ、およそ1万2千種に及ぶ植物を展示・栽培しています。
桜やチューリップなどが色鮮やかに咲き誇る園内は、まさに春爛漫!
桜の品種数は全国屈指の多さを誇り、バックヤードを含めるとなんと約200品種。来園客が見られるものだけでも180品種500本もの桜があり、3月上旬の早咲き種から4月下旬の遅咲き種まで、長期間にわたり楽しめます。
北山門から入ったら、まずは「桜品種見本園」へ。ここでは野山に自生する野生種を人の手で品種改良したサトザクラを中心に、多種多様な品種を一度に観賞できます。緑色の花を咲かせる「御衣黄(ぎょいこう)」や、黄色の「鬱金(うこん)」など、珍しい品種にも注目です。
観覧温室の北側一帯に広がる「桜林」。見頃の時期にはライトアップも実施されるので夜に訪れるのもおすすめ。
観覧温室の北側にはソメイヨシノやヤエベニシダレを中心とした「桜林」、東側にはピクニック気分でお花見が楽しめる「大芝生地」が。大芝生地の北側に位置する花菖蒲園では、桜の名所・円山公園のシンボル“祇園枝垂桜”の系統を引く銘木「大枝垂桜」も観賞できます。
高さ14m、幅20mにも及ぶ大迫力の「大枝垂桜」。例年3月下旬頃から花菖蒲園で開花する。
〈桜の見頃〉
3月中旬~下旬:河津桜など早咲きの品種
3月下旬~4月上旬:大枝垂桜、ソメイヨシノ
4月上旬~下旬:サトザクラなど遅咲きの品種
【施設情報】
京都府立植物園(きょうとふりつしょくぶつえん)
住所 京都市左京区下鴨半木町
電話番号 075-701-0141
営業時間 9:00~17:00(最終入園 16:00)
休園日 12月28日~1月4日
料金 2025年3月31日まで(入園料のみ):一般200円、高校生150円、中学生以下・70歳以上無料
2025年4月1日から(入園料+温室観覧料)一般500円、高校生・70歳以上250円、中学生以下無料
公式HP https://www.pref.kyoto.jp/plant/
Instagram @kyoto_botagrdns
◆半木の道 – 桜色に染まる賀茂川沿いの散策路
植物園の正門を出ると、すぐ右手に「賀茂川」が流れています。
正式な表記は「鴨川」ですが、地元では鴨川と高野川が合流する“鴨川デルタ”より上流を「賀茂川」、下流を「鴨川」と表記します。
桜並木が続く賀茂川と、北山連峰の山並みが織りなす春の風景。
賀茂川東岸に沿って延びる「半木の道」は、約800mの散策路。濃いピンク色のヤエベニシダレザクラが植えられており、満開時には見事な“桜のトンネル”に! ソメイヨシノが連なる対岸の眺めもキレイです。青空と賀茂川、そして桜が織りなす、京都らしい春の風景を眺めながら、川沿いに北上していきます。
北大路橋〜北山大橋間に約70本のヤエベニシダレザクラが連なる「半木の道」。
半木の道は、北山大橋のたもとが終点。ここまで来たら、河川敷におりて橋の下をくぐりましょう。
桜のアーチが続く「鴨西通」。上賀茂橋から御薗橋までは道の両側に桜が植えられている。
この先は、上賀茂神社にほど近い御薗橋まで、ソメイヨシノの並木道が続きます。そのまま川原を歩くのも良いですが、川の東側を並走する鴨西通に出るのもおすすめ。道路に覆いかぶさるように開花する桜の下を歩くことができます。
川原に向かって大きく枝を伸ばす賀茂川沿いの桜。奥には五山の送り火の「舟形」が見える。
北上するほど人の往来が減り、のんびり穏やかな雰囲気に。観光客で混み合う鴨川下流域と比べ、より静かに京都の桜を楽しめる穴場です。
〈桜の見頃〉
3月下旬~4月上旬
【施設情報】
半木の道(なからぎのみち)
住所 京都市左京区下鴨半木町(賀茂川沿い)
◆上賀茂神社 – 京都最古のお社で由緒ある桜を堪能
賀茂川沿いを30~40分ほど歩くと、御薗橋に辿り着きます。橋のたもとから東に目を向けると、そこに建っているのは上賀茂神社の「大鳥居」。ついに最終目的地へと到着です。
一ノ鳥居から楼門にかけてさまざまな品種の桜が見られる上賀茂神社。朱塗りの社殿と薄紅色の桜の対比も美しい。
世界文化遺産「上賀茂神社」は、京都最古の神社のひとつ。正式名称は賀茂別雷神社。本殿と権殿は国宝に、その他の41棟の社殿は重要文化財に指定されています。境内には「斎王桜」「御所桜」「風流桜」「みあれ桜」などの銘木が点在し、桜の名所としても知られています。
とくに素晴らしいのは、一ノ鳥居から二ノ鳥居までの間に広がる芝生に立つ2本の枝垂れ桜。見事な枝を広げるベニヤエシダレの「斎王桜」と、孝明天皇が京都御所から下賜された樹齢150年を超える銘木「御所桜」です。
堂々たる枝ぶりを見せる一本桜「斎王桜」。その名にふさわしい気品と華やかさを漂わせる。
それぞれ開花時期が異なり、御所桜は斎王桜より1週間ほど早く見頃を迎えます。運が良ければ、白い枝垂れ姿を見せる御所桜と、紅色の花を咲かせる斎王桜を同時に楽しめることも。紅白の桜の花と、青々とした芝生、白砂の参道が美しい景観を見せてくれます。
「神山湧水珈琲 煎」には、門前名物の葵家やきもち総本舗の「やきもち」と珈琲のセットも。
境内のお休み処「神山湧水珈琲 煎」では、上賀茂神社の御祭神・賀茂別雷大神が降り立ったとされる「神山」から流れる名水で淹れた珈琲を味わうことができるので、ぜひ立ち寄ってみてくださいね。
〈桜の見頃〉
3月下旬~4月中旬
【施設情報】
上賀茂神社(かみがもじんじゃ)
住所 京都市北区上賀茂本山339
電話番号 075-781-0011
開門時間 二ノ鳥居5:30~17:00、楼門及び授与所8:00~16:45
公式HP https://www.kamigamojinja.jp/
Instagram @kamigamojinja.official
北山駅から上賀茂神社へと続くこのコースで出合えるのは、地元の人々にも愛される静かな桜の風景。賀茂川の流れを傍らに、桜の木陰をのんびり歩く、京都の春を深く味わう特別なひとときが過ごせます。
Text by Erina Nomura
野村枝里奈
1986年大阪生まれ、京都在住のライター。大学卒業後、出版・広告・WEBなど多彩な媒体に携わる制作会社に勤務。2020年に独立し、現在はフリーランスとして活動している。とくに興味のある分野は、ものづくり、伝統文化、暮らし、旅など。Premium Japan 京都特派員ライターとして、編集部ブログ内「京都通信」で、京都の“今”を発信する。
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