AIの時代と「問いを立てる力」
見えない進化を支えてきた作り手の営みに、いま大きな変化が押し寄せている。AIだ。
臼井 AIが入ってきて、デザインやブランドといったクリエイティブの領域は、思った以上のスピードで変わりますよね。厄介なのは、AIが「それらしいけれど、どこか変なもの」を、そこそこ作れてしまうこと。専門性のある人は「これはおかしい」とわかるけれど、ない人には同じように見えてしまう。そういうものが世の中に氾濫してくると、正直、恐ろしくなる。お金も人も足りない地方などでは、すでにそうしたものが溢れ始めているとも聞きます。
水野 グラフィックは、AIで結構、手軽に作れてしまう。プロダクトはまだ、完成品まで仕上げるのが難しいので、AIには壁がある。ただ、作ることがどんどん簡単になっていく分、そこから何を「選ぶ」のか――良し悪しを見極める審美眼が、これからめちゃくちゃ重要になってくると思います。
臼井 自分はモノを作る時、ただ流れに合わせて突っ走るのではなく、「自分たちが本当に行きたい場所」から逆算して、それをどう作るのかを考える「バックキャスティング」を大事にしています。そうしないと、変なところに流れ着いてしまう。僕はもともとこの逆算型だったので、水野さんの本を読んだ時、考え方がすごく似ていると感じました。
水野 「何が売れるか」から考えると、たいしたものは生まれない。どんな世の中にしたいか、どんな暮らしを変えたいか――大きな志(大義)から逆算して作ったものほど、長く売れ、長く求められることが多いと信じています。
この「逆算」と「世界観づくり」を、日本人ははるか昔から実践してきた、と水野氏は葛飾北斎を例に語る。
水野 葛飾北斎は、現実と想像の間にあるものを描いているんですよね。有名な「神奈川沖浪裏」の、あの大波。実際にはあんな光景は見られない。想像の中に現実を溶け込ませ、独自の世界観を立ち上げている。こうした世界づくりは、日本人がずっと続けてきた伝統文化で、その本質はエンターテインメントなんです。作り手が「言いたいこと」ではなく、受け手が「見たいもの・知りたいもの」を差し出したものが、流行り、残っていく。AIには立てられない「問い」を立てる力――そこに力を注げるのは、まだしばらくは人間なのかなと思っています。