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永遠の聖地、伊勢神宮を巡る
2025.10.30
伊勢神宮の三節祭の一つ、最も重要なおまつり神嘗祭(かんなめさい)
外宮の由貴夕大御饌(ゆきのゆうべのおおみけ)の儀のため、斎館を出る黒田清子祭主。
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静謐、かつ清浄な空気が、夜の神域を満たしている。頭上には星。時折、カカカカカ、と鳴くムササビの声が、木立の中でひときわ響いて聞こえてくる。
年間に、約1500ものおまつりが行われる伊勢の神宮。なかでも三節祭と呼ばれる10月の神嘗祭(かんなめさい)と、6月・12月の月次祭(つきなみさい)は、浄闇(じょうあん)と呼ばれる清らかな闇の中で行われる。昼間のざわついた空気は一掃され、明かりも、手や足元を照らすごくわずかな松明やかがり火だけ。
今回は、そんな非日常の神域で行われる夜のおまつりの、なかでも神嘗祭についてご紹介しよう。
天照大御神に新穀を奉り、収穫の感謝を捧げる祭典、神嘗祭(かんなめさい)
毎年10月に行われる神嘗祭は、その年に収穫された新穀を、何よりまず天照大御神をはじめとする神々にお供えし、その恵みに対して感謝を捧げる、神宮で最も重要視されてきたおまつり。
この日は由貴大御饌(ゆきのおおみけ)と呼ばれる特別な神饌がお供えされ、米を蒸して作るという御飯(みいい)や小判型の御餅(みもち)、さらに御酒(みき)も新穀が用いられる。
神々が新穀をお召し上がりになり、新しいエネルギーを得ることによって、その威光が大いに高まると信じられてきたのである。
神様の衣も新調。榊も一新され、神嘗祭当日を迎える。
神嘗祭では、新穀だけでなく、さまざまなものが新調されるという。
たとえば、神饌やお祓いに不可欠な御塩(みしお)もその1つ。夏の間、御塩浜と呼ばれる塩田で、日本の伝統的な製塩法によって精製された荒塩(あらじお)は、毎年10月と3月に土器に詰めて焼き固められ、堅塩(かたしお)に仕上げられて保存される。
10月5日の御塩殿祭(みしおどのさい)では、御塩がうるわしく奉製されるように祈願された後、荒塩を土器に入れて焼き固める作業が行われる。
昔ながらの織機で10日ほどをかけて織られる和妙(にぎたえ=絹)。
また、神御衣(かんみそ)と呼ばれる神様の衣も、毎年10月1日から約10日間、昔ながらの織機(おりき)を用いて和妙(にぎたえ=絹)と荒妙(あらたえ=麻)が織られ、神嘗祭前日の神御衣祭(かんみそさい)で、天照大御神に奉られる。
さらに、神嘗祭の前日には、神職たちによって御正殿の御掃除も行われ、鳥居や御門、神垣などを飾るすべての榊と、榊に付けられた和紙製の紙垂(しで)も一新されるという。
神々の衣食住すべてを清らかな状態にして、おまつり当日を迎えるのだ。
一方、奉仕する神職たちも、心身を清浄にしておまつりに臨む。まず前月の晦日、つまり9月30日に、大祓(おおはらえ)で各自の罪や穢れを祓い清め、その後、神嘗祭の前々日から斎館に籠るという。
神宮を訪れるたび、心身ともに清らかですがすがしい心持ちになるのは、1000年以上もの長い間、神職や奉仕員たちが手をかけ、心を尽くして神々の衣食住を整え、自らも清浄さを心がけておまつりを続けてきた、その積み重ねによるのだろう。
神御衣祭に奉る和妙(にぎたえ=絹)が美しく織り上がったことに感謝を捧げる神御衣奉織鎮謝祭(かんみそほうしょくちんちゃさい)の様子。布のほか、針や糸なども奉納される。
おまつりに先駆けて行われる、伊勢市民による初穂曳
神嘗祭の中心となるのは、神々にご馳走をお供えする由貴大御饌(ゆきのおおみけ)の儀。外宮は10月15日と16日、内宮は16日と17日、それぞれ2度行われる。神宮のおまつりは、すべて外宮先祭(げくうせんさい)、つまり外宮から先に行われるのだ。
もっとも、夜のおまつりに先駆けて、10月15日の午前中には、ハッピ姿の伊勢市民が奉曳車に初穂を乗せ、木遣歌(きやりうた)やかけ声もにぎやかに伊勢市街を練り歩いた後、外宮の宮域内に曳き入れる陸曳(おかびき)という市民行事が行われる。
神嘗祭では、天皇陛下が皇居内の水田でお手植えされ、また収穫された御初穂をはじめ、全国の一般農家からも初穂が奉献されるのだ。これらの稲束は懸税(かけちから)と呼ばれ、感謝を込めて神々へ捧げられる。
さらに、翌10月16日の午前中には、やはり奉献された初穂を、今度は初穂舟と呼ばれる舟に乗せ、五十鈴川を遡って内宮の宮域内に曳き入れる川曳が行われる。
全国の農家から奉献された懸税(かけちから)は、御正殿から2番目の垣に当たる内玉垣(うちたまがき)に掛けられる。古くは年貢のようなものだった考えられている。
内宮の宮域内に初穂を曳き入れる初穂曳きの様子。伊勢市民たちが五十鈴川を遡る形で、初穂舟を曳いていく。途中、橋の下を舟が通るときは、橋を渡る人や車を一時通行停止にする場面も。稲魂(いなだま)が宿る尊いお米の上をまたがないという、日本人独特の心遣いが感じられる。
神嘗祭のはじまりは、地主神への祈りと、
奉仕する神職一人ひとりが神の御心にかなうかを占う神事から
神嘗祭のはじまりは、夕刻5時。
夜に行われる由貴大御饌(ゆきのおおみけ)の儀に先立って、まず内宮の御正宮で、興玉神祭(おきたまのかみさい)と御卜(みうら)の儀が行われる。
興玉神は、天照大御神がご鎮座される場所である大宮処(おおみやどころ)の地主神。御正殿の周囲をぐるりと囲む垣の内側、つまり、御垣内(みかきうち)の西北の隅に祀られている。その神前で、奉仕する神職全員が、これから始まる神嘗祭が支障なく行えるように、祈りを捧げるのだ。
その後、やはり御垣内(みかきうち)の中重(なかのえ)と呼ばれる、清浄な石が敷き詰められた上に、祭主以下、すべての神職たちが着座。その1人ひとりが神の御心にかなうかを占う、御卜(みうら)の儀が行われる。
古式の姿をとどめる庭上座礼(ていじょうざれい)
神宮の祭祀は、他の神社のように社殿などの殿内の床上ではなく、すべてこの中重(なかのえ)のように、屋外の白石が敷き詰められた上に、薄い敷物(舗設=ふせつ)を敷いて座る、庭上座礼(ていじょうざれい)という作法で行われる。
おまつりの一場面。拝礼をする神職たち。
社殿がなかった時代の古代の祭祀は、神は人々の招きや願いに応じて天から降り来たり、しばし巨岩や大木を依代として人間界で過ごした後、再び天へ戻ると考えられていた。神宮の庭上座礼には、そんな古式の祭祀の姿がうかがえるのだ。
神慮にかなうかを、音で知らせる日本独特の音への感性
さて、御卜の儀は、3人の神職によって進められる。まず1人が、今回奉仕する神職1人ひとりの名前を読み上げ、そのつど、別の神職が息を吸って、まず「うそぶき」と呼ばれる口笛のような音を、続けて別の神職が、笏(しゃく)で箏板を叩き、コンという音を鳴らす。無事両方の音が鳴れば、名前を呼ばれた神職の奉仕は、神意にかなったとみなされる。
なかでも注目したいのは、「うそぶき」が、息を「吐く」のではなく、「吸う」ことによって音が鳴らされること。これについては、鎌倉時代に書かれた『皇太神宮年中行事』に、以下の一文が記されている。
『音の鳴るをもってきよらかとしる、鳴らざるをもって不浄としるなり』。
「つまりうそぶきの音が、清浄か不浄かを知らせるということです」。神宮の広報室次長の音羽悟さんは言う。
「神慮にかなうか」という判断に、「清浄か不浄か」が重視され、その告知を音が担うということに、日本独特の音への感性を垣間見る思いがする。
30品目ものご馳走が並ぶ豪華な由貴大御饌。心を尽くしてお供えされる神饌
そして、夜。
太鼓が3度打ち鳴らされ、いよいよ由貴夕大御饌(ゆきのゆうべのおおみけ)の儀が始まる。由貴大御饌の儀は、宵(午後10時)と暁(午前2時)の2度行われ、宵を夕(ゆうべ)、暁を朝(あした)と表現されているのだ。
ほどなく、太鼓が再び3度鳴らされ、遠くから神職が参進する音が聞こえてきた。玉砂利を踏みしめ歩く一糸乱れぬその音は、途中修祓(しゅはつ)を行うために祓所(はらえど)に参入したときにしばし止み、その後は御正宮を目指してひたすら近づいてくる。
間近に迫ってくる参進の音。それに伴って聞こえてくる、ひそやかな「おー」という警蹕(けいひつ=先祓い)の声。静かな、だがたしかな存在感を放つ音とともに、純白の斎服を身につけた神職たちが、かがり火の中に浮かび上がる。その姿は、ほどなく白い御幌(みとばり)の向こうに消えていった。
ここから先は、時折聞こえるさまざまな音と文献を頼りに、祭祀の様子を想像することになる。
外宮の御幌(みとばり)の向こうに姿を消す神職たち。
大正時代の神職、阪本廣太郎の著書『神宮祭祀概説』によれば、由貴大御饌は、御正殿の前に置かれた素木(しらき)の案と呼ばれる大きな机の上にお供えされるという。
ちなみに、由貴とは「神聖でこの上なく尊い」、大御饌は「立派なお食事」という意味。その言葉通り、神饌には、神宮御園(みその)と呼ばれる菜園で収穫された野菜や果物のほか、海川山野の旬の食材が30品目も並ぶという。
特にアワビは、内宮の由貴大御饌の儀の直前に、御正宮正面の石階段の下にある御贄調舎(みにえちょうしゃ)で、生のアワビを調理する儀式が行われる。
この儀式では、天照大御神のお食事を司どる御饌都神(みけつかみ)であり、外宮の御祭神でもある豊受大御神(とようけのおおみかみ)をお迎えし、その神前で、神職が清浄な小刀と御箸を用いて、アワビに3度切り込みを入れ、御塩で和えるという。
いかに心を尽くして神饌をお供えするか、この儀式1つからもうかがい知ることができる。
外宮の御正宮へ向けて参進する祭主以下神職たち。
内宮の別宮、荒祭宮で行われる由貴大御饌の儀。神嘗祭は、内宮、外宮の両正宮だけでなく、別宮、摂社、末社、所管社に至るまで、125社すべてで行われる。
さらに、神饌をお供えする際は、龍笛(りゅうてき)や篳篥(ひちりき)などの楽の音に合わせて、神楽歌が歌われる。
ちなみに由貴大御饌の儀では、御酒は3献差し上げることになっていて、その1献ごとに、言葉や節を変えて楽が奏でられ、神楽歌が歌われるのだ。
神宮独特の拝礼作法である八度拝と八開手(やひらで)、そして楽の音や神楽歌
清らかな音に満ちた夜のおまつり
大宮司が微音(=神様だけに聞こえるような微かな声)で祝詞を奏上するのは、1献目の御酒を差し上げた後。続いて、神宮独特の拝礼作法である八度拝、八開手(やひらで)が行われる。
この拝礼作法は、座した状態から立ち上がる「起拝(きはい)」という所作を、まず4度繰り返し、次に伏した姿勢で柏手(かしわで)を8つ打つ。そして、座したままで一拝。再び同じ順序で、4度の起拝と8つの柏手を繰り返すという流れになっている。
八度拝の様子。2025年9月に行われた遷宮関係のおまつり御船代祭の一場面。八度拝と八開手という一連の作法を神職全員で行うことにより、個の存在が消え去り、自ずと全員の呼吸が1つになっていく感覚が生まれると、先の『神宮祭祀概説』には書かれている。
浄闇の中、時折聞こえる楽の音と神楽歌。そして、しめやかな八開手の音。年に1度の新穀をお供えする神嘗祭の夜のおまつりは、真心の奉納と表現したくなるような、清らかな音に満ちていた。
天皇陛下から奉献される幣帛を、勅使が奉る奉幣の儀
最後を締めくくる御神楽(みかぐら)の儀
翌10月16日は、外宮で正午から(内宮は17日)、天皇陛下が奉献される幣帛(へいはく)を、勅使が奉る「奉幣の儀」が行われる。幣帛とは、神饌以外のお供え物のこと。貨幣がなかった時代は、絹織物などが最も貴重な品とされていたことから、神宮では今もその伝統を受け継いで、五色の絹など、数種の織物を奉献していただくという。
最後は、神宮の楽師による御神楽(みかぐら)の儀。夕刻から夜にかけて、4時間にわたり奉納される楽と舞で、神嘗祭は締めくくられる。
「夜は神様が活動される時間です。日が暮れて暗くなると1日が終わり、新たな1日が始まる。そのもっとも大切な1日のはじまりのときに、神様の御心をお慰めさし上げる。そんな古代人の考え方が今に受け継がれています」と音羽さん。
古式をとどめた神宮の祭祀には、日本人が大切にしてきた心が詰まっている。
おまつりの間中、焚かれるかがり火。
Text by Misa Horiuchi
伊勢神宮
皇大神宮(内宮)
三重県伊勢市宇治館町1
豊受大神宮(外宮)
三重県伊勢市豊川町279
文・堀内みさ
文筆家
クラシック音楽の取材でヨーロッパに行った際、日本についていろいろ質問され、<wbr />ほとんど答えられなかった体験が発端となり、日本の音楽、文化、祈りの姿などの取材を開始。<wbr />今年で16年目に突入。著書に『おとなの奈良 心を澄ます旅』『おとなの奈良 絶景を旅する』(ともに淡交社)『カムイの世界』(新潮社)など。
写真・堀内昭彦
写真家
現在、神宮を中心に日本の祈りをテーマに撮影。写真集「アイヌの祈り」(求龍堂)「ブラームス音楽の森へ」(世界文化社)等がある。バッハとエバンス、そして聖なる山をこよなく愛する写真家でもある。
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星のやに泊まる、星のやを知る
2025.10.28
「星のや竹富島」宿泊記 その3 「種子取祭」を迎える竹富島の文化を「ミーニシ島時間」で満喫する
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「星のや竹富島」宿泊記の第3回は、「種子取祭」を迎え、竹富島の文化を最も色濃く感じることができる秋に実施される「ミーニシ島時間」を紹介。竹富島の畑文化に触れる貴重な体験をはじめ、秋限定の特別な朝食や、祭事でしか耳にすることのできない音楽など、秋ならではの島時間を満喫する充実プログラムが、訪れる人を待っています。
「星のや竹富島」宿泊記 その1 島に伝わる「ウツグミ」の精神と、流れる時間に身をゆだねる はこちらをクリック
「星のや竹富島」宿泊記 その2 降り注ぐ無数の星に見守られながら味わう極上フレンチ、「群星(むりかぶし)ディナー」のひととき はこちらをクリック
降り注ぐ太陽の光は煌めき、樹々の緑は鮮やかに輝いていますが、ふと気がつくと北風が吹いています。竹富島に秋がやってきました。季節の変わり目を島に告げるこの北風は、島言葉で「ミーニシ」。この「ミーニシ」が吹くと、島の最大の伝統行事、「タナドゥイ」と呼ばれる「種子取祭」が近づいてきたことを、島の人々は実感します。
「星のや竹富島」では、9月1日から11月30日までの間、「ミーニシ島時間」と名付けた滞在プログラムを実施。「種子取祭」に向け、次第に色濃くなっていく竹富ならではの島文化を肌で感じることができる貴重な体験が、訪れる人を待っています。
「ミーニシ島時間」を味わうには、まず「種子取祭」のことを知っておく必要があります。国の重要無形民俗文化財にも指定されているこの祭は、毎年旧暦9月(新暦では10月から11月)の間、干支(えと)では甲申(きのえさる)から癸巳(みずのとみ)にあたる10日間に開催される、五穀豊穣と子孫繁栄を願う竹富島の伝統行事です。とりわけ奉納芸能が執り行われる2日間は、竹富を離れた人々も数多く帰郷し、島は一年で最も賑わいます。600年の歴史を持つといわれる「種子取祭」を迎える秋は、いわば竹富島に流れる島時間が、祭に向けて次第に凝縮されていく時期。そんな秋の竹富島を堪能する滞在、それが「ミーニシ島時間」です。
五穀豊穣を願う神事の一端で、特別なお出迎え
チェックイン後、「ミーニシ島時間」を考案したスタッフの一人の與那城 日南楽(よなしろ ひなた)さんに案内していただき、施設内の一画へ向かいます。その一画にはなんと畑が広がっていました。竹富島特有の畑文化を継承するために設けられたその畑では、粟をはじめとして、「ヌチグサ」と呼ばれるさまざまな薬草や、小浜大豆などが栽培されているそうです。
この畑に、「サン」と呼ばれる、魔除けの意味を込めて先端を結わえた、ススキの葉を3本立てます。與那城さんが、「サン」の前で手を合わせ祈り始めました。
「サン」の前で端座した與那城さんの敬虔な姿は、畑を清浄な“気”で包みこみ、見る者の心まで豊かになったかのような気分にさせてくれます。
畑にススキの葉の先端を結わえた、3本の「サン」を挿して土を清め、五穀豊穣を願う。
「ミーニシ島時間」は、種子取祭にちなむ、特別なお出迎えから始まる。
お出迎えを終えた與那城さんに話をうかがいました。
「沖縄本島で生まれ育った私が、スタッフとして竹富島に住むようなり、最初に感じたのは沖縄と竹富の文化の違いでした。もちろん、沖縄にも独自の文化が残っていますが、竹富島の方が残っている文化の色合いが濃く、それが日常生活の中にしっかりと根付いているような気がします。『星のや竹富島』に足を運んでくださる方々に、こうした竹富独自の文化を少しでも味わっていただければと思い、種子取祭が行われる秋ならではの『ミ―ニシ島時間』を考えてみました」
「島のお祭の準備を手伝わせていただくことで、少しづつ、島に迎え入れられているような気がします」と、與那城さん。
「今年(2025年)の種子取祭は、干支の関係で11月11日から20日までですが、その前からさまざまな神事が始まります。いま私が行ったのは、種子取祭の期間中に行われる、『種子下ろし』という儀式の一部です。結んだすすきの葉の右は地の神に、左は天の神に、真ん中は病魔から竹富を救ったという伝説の漁師、アールマイにそれぞれ捧げられています。こうして清められた土地に粟の種を蒔き、その豊かな収穫を祈るのが、種子取祭の起源といわれています」
「サン」を作る際に用いるススキの葉と、種籠。籠のなかには、粟の種が入っている。
「私自身、竹富で暮らし始めた直後は、右も左も分かりませんでしたが、数多くある島の祭事のお手伝いを何度かさせていただくと、逆に『今度はちょっとここを手伝って』と声をかけていただけるようになりました。そうなると、少しづつ島の暮らしに溶けこんでいるような気がして、嬉しくなります。種子取祭を迎える秋は、もしかしたら竹富島がもっとも竹富島らしくなる季節かもしれません。『ミーニシ島時間』で体験することができる幾つかのプログラムで、お客様が少しでも多く竹富の文化に触れていただければ、と思います」
祭事にちなんだ唄と踊り、そして三線の音色を楽しむ
部屋で少し寛いだ後、「ゆんたくラウンジ」へ。ラウンジでは「ミーニシ島時間」のプログラムのひとつとして、竹富島出身の唄い手と踊り手による「夕凪の唄~秋の調べ~」が開催されます。秋の祭事や、種子取祭でしか見ることのできない奉納芸能が演目となるこの30分の公演で、種子取祭の雰囲気を一足先に味わうこともできます。
陽も次第に傾き、窓の外に見えるプールの水面が少し陰り始めたころ、唄と踊りが始まりました。揺蕩(たゆた)うような三線の音色に合わせ、ゆったりとした、そして、どことなくユーモアを感じさせる動きの踊りが続きます。
竹富島に伝わる古謡の調べにのった、ゆったりとした踊りに酔いしれる。種子取祭の際にしか見ることのできない演目が演じられることも。
唄われるのは主に「古謡」。竹富島の暮らしの中から生まれ、唄い継がれてきた、まさに土地の歴史そのものが刻み込まれた唄です。種子取祭ならではの五穀豊穣を願う唄から、長寿を願う唄、あるいは恋愛を題材にした唄など、内容はさまざま。「ゆんたくラウンジ」のソファーで寛いでいるゲストの誰もが、ゆったりとした島時間に包まれています。気が付くと、空は藍色から茜色に変わり、夕闇が少しづつ迫ってきていました。
踊を披露してくださった、宮良次子(みやらつぐこ)さんと、三線と唄を担当してくださった、花城敏明(はなしろとしあき)さん。
八重山の島々特産の豚や海の幸、そして命草(ヌチグサ)と呼ばれる野菜やハーブをふんだんに用い、そこにフレンチのエッセンスを駆使して美しく仕上げられた「星のや竹富島」の夕食は、「島テロワール」と名付けられています。この独創的な「島テロワール」を、お薦めのワインで堪能したあとは、再び「ゆんたくラウンジ」へ。八重山の焼酎をナイトキャップ代わりにいただき、部屋へ戻ります。夜空を見上げると、零れ落ちてくるかのような星空でした。
八重山の食材をふんだんに用い、そこにフレンチの手法を組み込んだ「島テロワール」は、ワインとも好相性。この日のメインは「熟成牛サーロインとマグロの炭火焼き 島醬油と黒糖のアクセント」©Hoshino Resort
種子取祭にちなんだ食材をふんだんに用いた「種子取祭朝食」
翌朝は爽快な目覚め。箒目も鮮やかに掃き清められた庭に小鳥が降りたち、囀っています。「ミーニシ島時間」の朝食が待っています。名付けて「種子取祭朝食」。その名の通り、種子取祭にゆかりのある食材をふんだんに取り入れた、竹富島の食文化を目と舌で味わう、楽しく美味しい朝食です。
まずは、「ミシャク」と呼ばれるお神酒の一種をいただきます。甘酒にも似たほのかな甘みと微かな酸味が、食欲を搔き立ててくれます。ノンアルコールなので、お酒が苦手な人でも平気。9つの升目に区切られた器には、9種類の料理が美しく盛り込まれています。ラフテースンシ―煮添え、ピンタク枝豆入りアーサー餡添え、島豆腐の粟味噌のアンダンスー添え……。料理の名前が記された紙片と照らし合わせながら、ひとつひとつ確認。料理名に入っているわからない言葉は、スタッフが教えてくれました。ちなみに、「ピンタク」とはニンニクとタコのこと。ニンニクのことを、竹富島では「ピン」と呼ぶそうです。
9つの升目に入った料理は、どれも身体に優しい味わい。「ラフテースンシ―煮添え」は中央下、「ピンタク枝豆入りアーサー餡添え」は左下。
初めて目にする料理が多いのですが、いずれも優しい味わいで、竹富島に流れる土地の力が、身体に届けられるような気がします。びっくりするくらい大きな車麩が入った味噌汁と、滋味豊かな穀物の混ぜご飯もおいしくいただきました。
竹富島は珊瑚礁が隆起してできた島で、土壌が豊かではないために米作りには適さず、島の人々は粟や麦などの穀物を大切に育ててきたそうです。「種子取祭朝食」は、五穀豊穣を願った島人の暮らしと、そこから生まれた「種子取祭」が持つ意味を、改めて思い起こさせてくれます。
神司(かんつかさ)の祈りが込められたお守りを作る
「ゆんたくラウンジ」には、約100年以上前に作られた、はた織り機が置かれています。このはた織り機でお守りの外袋を作るのも「ミーニシ島時間」のプログラムのひとつ。予め経糸(たていと)がセットされている織り機に向かい、緯糸(よこいと)を左右に通しながら打ち込んでいきます。打ち込む度に、ほんの少しづつ、布が織りあがってくるのが分かり、嬉しくなります。
昔ながらのはた織り機で織っていく。根気のいる作業だが、少しづつ織りあがる様子を目の当たりするのは楽しい。
祈祷を受けた五穀と塩を、織りあげた外袋で包んでお守りは完成。はた織りに仕組まれている糸は、竹富島の植物で染めたもの。
與那城さんにお守りの意味を説明していただきました。
「祭事の衣裳を織る際に使われていたはた織り機で織った外袋で、祭事にちなんだ五穀と魔除けの塩と詰めた小瓶をくるみます。このお守りは、竹富島の伝統的な祭事で、神様と人をつなぎ、人々の気持ちを神様に届ける役割を担う、神司(かんつかさ)と呼ばれる女性の祈祷を受けています。神様とともに生きている島の人々の思いが込められたお守りなのです」
「種子取祭」を迎える秋の竹富島で過ごす時間は、それ以外の季節より色濃く、島ならではの文化に触れることができます。五穀豊穣を願う祭事の一端を目の当たりにし、祭事でしか耳にすることができない音楽を聴き、祭事ゆかりの食材を用いた食事を味わう。そんな「ミーニシ島時間」で、島時間を五感で堪能することができました。
◆星のや竹富島「ミーニシ島時間」
・島の暮らしを始める特別なお出迎え
2025年9月1日~11月30日
・夕凪の唄~秋の調べ~
無料/2025年9月1日~11月30日 火曜日/16時45分~17時15分/ゆんたくラウンジ
・種子祭朝食
2025年9月1日~11月30日/1名4,961円(税・サ込)/7時~10時/ダイニング
・五穀のお守り作り
2025年9月1日~11月30日 火曜日・土曜日/1名4,000円(税・サ込)/10時30分~、11時30分~/ゆんたくラウンジ/
各回1組2名/当日10時までに予約
内容が変動する場合もあります。
photos by Nathuko Okada(Studio Mug)
text by Sakurako Miyao
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