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2026.9.20
千五百年の伝統を新たな形で世界へ広げる、越前和紙問屋「杉原商店」
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集落を囲むなだらかな山々から、清らかな水が流れ込む。福井県越前市は、奈良時代から続く手漉き和紙の産地として知られている。この「和紙の里」に、伝統の技と現代の最先端空間デザインを繋いでいる一軒の産地問屋がある。明治4(1871)年創業の株式会社杉原商店だ。
伝統工芸を取り巻く環境が厳しいことは、越前和紙も例外ではない。そんななか、社長の杉原吉直さんは、それまでになかった発想で「不燃和紙」や「漆和紙(うるわし)」を生み出し、紙すき職人や建築家、デザイナー達と共に越前和紙の潜在能力を引き出している。「作らない」問屋という立場だからこそ「作り出せた」新たな越前和紙の可能性。その経緯や、未来へ続く取り組みについて、話を伺った。
和紙の美しさを知らしめた、産地問屋のプロデュース
NEWoMan高輪のメインエントランスを彩った越前和紙のディスプレイ。圧倒的な迫力と美しさで、駅から向かう人たちの視線を釘付けにした。
2025年9月12日。この日オープンしたNEWoMan(ニュウマン)高輪のメインエントランスでは、真白なオブジェがひときわ注目を浴びていた。杉原商店が手がけた、越前和紙のディスプレイだ。大空間に、継ぎ目のない一枚紙が美しいドレープを描き、透け感や陰影を生み出す繊細な和紙細工が立体的に組み上げられている。訪れる多くの人たちが立ち止まり、写真や動画を撮りながら感嘆の声を揚げていた。
当初、このディスプレイは開店祝賀用の企画として2ヶ月限定で展示される予定あったという。しかし、オープン直後から買い物客をはじめ、建築家やデザイン関係者の間で大きな話題を呼び、最終的に翌年1月まで約5ヶ月間もの長期にわたった展示になったのだ。
杉原商店三代目の社長であり、杉原家十代目当主である、杉原吉直さん。自らを「和紙ソムリエ」と名乗り、越前和紙の技を様々なものとつなげている。仲間とバンドを組み、ライブ活動をする一面も。
「紙という薄い1枚のものが、巨大な商業空間の照明や空調環境に耐え、見る人を惹きつけ続けることができた。この成功は、私たちの越前和紙が、単なる『伝統的な工芸品』にとどまらず、現代の建築や商業空間を彩る『空間デザイン素材』として十分に通用することを証明するできごとになりました」と杉原さんは言う。
しかも、NEWoManから『和紙で巨大な空間演出ができないか』という依頼を受けてから約2ヶ月という短期間での完成だったというから驚きだ。
商業施設の大型ディスプレイ制作には半年以上の準備期間を要するものが多い。しかし、杉原さんは即座にチームを組み、現地視察と手描きのラフスケッチを作成し、予算設計と並行して素材の調達・加工プロセスの設計に着手した。産地問屋として各工房の得意分野や現在の手空き状況をリアルタイムで把握している杉原商店だからこそ、極めて短い時間でありながら、高品質な大判和紙の調達と加工が実現できのだろう。
「紙座」として栄えた歴史。越前の地の利と技
杉原商店から歩いて3分。大瀧神社・岡太神社(おかもとじんじゃ)は、全国で唯一の「紙の神様」を祀る。
なぜ越前和紙はこれほどまでにダイナミックで多彩な表現が可能なのだろうか。その理由は、地理的・歴史的背景と、戦後の高度経済成長期に培われた独自の技術基盤にある。
越前は、古くから北陸街道や北前船の航路を通じて京都や奈良といった日本の文化的中心地と強く結びついていた。同時に、大陸からの先進技術や文化を受け入れる地理的拠点でもあった。奈良時代の正倉院文書(737年)「越前国大税帳」は和紙に記録されており、すでに官立の紙漉き場が存在していたことが知られている。
「江戸時代以前、越前には織田信長や豊臣秀吉、さらには江戸幕府から特定の保護と特権を与えられた「紙座(かみざ)」と呼ばれる職人・商人組合が存在していました。紙座では、幕府や諸大名が公文書や奉書紙(ほうしょし)として用いる最高級の公用紙を独占的に生産・供給していたんです。国家の最高機密や公的な決定を記載するための紙ですから、破れにくく、経年劣化に強い卓越した品質が求められます。その技術を脈々と受け継いでいるのが、越前和紙なんです」。杉原さんは誇らしげだ。
一方で、現代の越前和紙を象徴する技術の一つに「大判の和紙」がある。一枚で畳数枚分にも及ぶような巨大な手漉き和紙は、ほかの産地では容易にまねできない。
「昭和の高度経済成長期、公団住宅や一般住宅の建設ラッシュに伴い、大量の襖紙(ふすまがみ)が必要とされました。越前の職人たちはこの需要に応えるため、複数人で一気に漉き上げる大型の漉き桁(けた)と専用の設備を開発したのです。この時代に培われた大判制作のインフラとノウハウが、現在の建築・インテリア向け和紙の基盤となっているんです」。
越前には和紙だけでなく、越前漆器、越前打刃物、越前焼といった多種多様な伝統産業が集積している。この地では、1000年以上前から最高峰の技術と素材が集まり、相互に刺激し合ってきたのだろう。そんなものづくりの風土も、越前和紙の技の背景として影響しているに違いない。
紙の神様のお膝元、大瀧神社の参道沿いに位置する杉原商店。建物は国の登録有形文化財に指定されている。
その越前で、江戸時代中頃から、杉原家は紙漉き職人として歩みを始めた。農地に乏しい山あいの地で、幕府や領主の保護のもと「紙年貢」を認められ、最高級とされる越前奉書などの生産を代々支えてきた歴史を持つ。
明治4(1871)年の廃藩置県と「紙座」の撤廃に伴い、吉直さんの祖先にあたる杉原半四郎さんが和紙屋を創業。大正期には大正天皇御大典用紙を調進する栄誉を授かり、敷地内には今も文化財となる蔵群が残っている。
職人として技術を磨いた江戸期の情熱と、明治以降の問屋としての知見を受け継ぐ吉直さんは、2010年に社長に就任する前から、建築向けのシフトを進め始めていた。
コロンブスの卵的な着眼点が、建築資材への扉を開く
2005年に川越の由緒ある寺の境内に完成した、和紙づくしの茶室「平成の二畳台目」。壁も天井もすべて和紙で、やわらかな光が広がる空間になっている。
和紙を建築市場に広める上で、最大の障壁となっていたのが「火災に対する安全性」だった。建築基準法では、商業施設、ホテル、病院、高層ビルなどの内装では、不燃材料の使用が厳しく義務付けられているからである。
従来の不燃和紙は、和紙の繊維自体に不燃薬品を浸透させる手法が一般的だった。しかし、この方法では和紙特有の風合いや手触り、独特の発色が失われ、経年変化によって不燃薬剤が表面に白く浮き出るなどの欠点がある。
そこで杉原さんは発想を転換。和紙単体で不燃を目指すのではなく、「石膏ボードやガラスといった不燃基材に対し、特定の施工法と接着剤を用いて和紙を一体化させる」というアプローチで、国土交通省から正式に『不燃材料認定』を取得したのだ。「和紙本来の美しさ、風合い、透光性を損なうことなく、建築基準法の厳しい内装制限をクリアすることが可能になったんです」。
リッツカールトン京都では、京都和傘工房日吉屋とのコラボレーションも話題になった。
不燃認定取得後は、国内外のトップ建築家やインテリアデザイナーからのオファーが増え、国立競技場関連の施設や有名ホテル、高級ブランドの旗艦店などで、越前和紙が広く取り入れられるようになった。
「建築家の方々は『これまで使いたくても法律の壁で使えなかった和紙が、自由に使えるようになった』と非常に喜んでくれました。現在では国内のみならず、オーストラリアやヨーロッパなど海外の建築プロジェクトへも輸出が広がっています」。
2014年1月、パリのゲランのニューイヤーウインドウ「WASHI」では、和紙提供とプロデュースを手がけた。
産地問屋の仕事は、『問診』と『処方箋』の提供
越前和紙の産地から目と鼻の先に、越前漆器の産地・河和田(かわだ)地区がある。こちらも1500年の歴史を誇る伝統工芸。杉原さんは、隣どうしという距離感を活かし、和紙の表面に本漆を何度も塗り重ねる「漆和紙(うるわし)」の開発に着手した。
和紙の持つ柔軟性と光を柔らかく透かす特性に、漆がもたらす深い艶、耐水性、堅牢性が加わることで、従来の和紙や漆器単体では表現できなかった新しい質感のプロダクトが誕生した。そのとき、アドバイザーとして併走してくれたのは、リビングデザインプロデューサーの山田節子さんだった。それまでも、建築やショーウインドウのデザインで国内外のクリエイターと共に多くのプロジェクトを進めてきた杉原さんは言う。
「産地の中にずっといると、自分たちの持っている技術や素材の本当の価値に気づけなくなることがあります。だからこそ、外部の優秀なクリエイターの目が必要です」。
地元福井の酒蔵・吉田酒造の最年少女性杜氏が手がけた8年貯蔵酒「老梅仙」のパッケージをプロデュース。
一般的な問屋の仕事は、商品を仕入れて卸す「在庫管理と配送」である。しかし、杉原さんが実践しているのは、顧客のイメージを具現化するコーディネートやプロデュース業務だ。
「建築家やデザイナーは『こういう空間を作りたい』という概念やイメージを持っています。しかし、それを実現するためにどの職人のどんな技術を使えばいいかはわかりません。一方で、職人は素晴らしい技術を持っていますが、現代の空間デザインのトレンドや建築基準法などの専門知識を持っていません。間に立った私たちの仕事は、双方の言葉を通訳し、最適な解を導き出す『問診』と『処方箋』の提供だと考えています」
伝統とは「守ること」ではなく「変わり続けること」
飛騨高山にある「森と暮らしの研究室・椅子と珈琲」は、10年以上のつきあいになるという、建築家・隈研吾さんとのコラボレーション。
「いろいろなことに挑戦してきましたが、自分で英断を下して進んできたわけではないんです。周りの方のアドバイスを素直に受け入れていただけ。2001年に越前和紙を視察に来られた東京デザインセンター社長の船曳鴻紅さんから『これから建築向けで注目されるから、ビッグサイトの展示会に出なさい。“大きな紙ができます、値段はいくらです”って立っていればいいから』と言われて、その通り展示会に出たら賞をいただいて。でも、すぐに注文がくるわけありませんよね。そうしたら、展示会で知り合った方が『名刺交換した相手にアポイントを取れ。俺が運転手になって連れて行くから』と。そして『手書きで礼状を書くんだぞ。寝ている暇ないぞ』なんて言われて、愚直にその通りに手紙を書き続けました」。
その翌年、六本木ヒルズ森ビル本社を皮切りに、各方面からの依頼が相次ぐようになったという。その柔軟な発想とグローバルな視点の背景には、自身の生い立ちとキャリアが深く関係しているかもしない、とも。
「小学5年生の時、作文コンクールで北陸代表に選ばれて、副賞として2週間のヨーロッパ研修旅行に連れて行ってもらいました。その頃は、東京に行くのも珍しい時代でしたから、カルチャーショックで。世界には自分の知らない文化や人たちがいて、それが意外と近いところにあるんだ、という感覚を幼少期に持てたことが、海外展開や新しい取り組みへの心理的ハードルを下げてくれたのかもしれません」。
伝統を受け継ぐことと、進化し続けること。一見相反するようなことを軽やかにやり続けている杉原さん。越前和紙、ひいては伝統工芸の未来について尋ねると、即座にこんな言葉が返ってきた。
「1500年の歴史があるから今があるのではなく、その時代時代の人々が必要とする形に変革し続けてきたからこそ、1500年続いてきたのです。昔と同じものを作り続けることだけが伝統を守ることではありません」。
伝統的な「紙座」の誇りを根底に持ちながら、建築資材化、異業種融合、グローバル展開といった新しい挑戦を重ねる杉原商店。存続の危機に瀕する日本の多くの伝統工芸にとって、杉原氏の姿は、未来を照らすひとつの光になるような気がした。
2018年冬、敷地内にある築100年の土蔵をリノベーションし、ストア&和紙ギャラリー「和紙屋」としてオープンさせた。有形文化財に指定されている大正時代の蔵の中で、越前和紙の歴史や新しい可能性・使い道を発信。国内外の訪問客や地域の人々が立ち寄れる拠点になっている。
株式会社 杉原商店
福井県越前市不老町17-2
Photos by Naoki Mizuno
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2026.9.22
歌舞伎俳優 坂東玉三郎さん 「後世に伝えるべき歌舞伎衣裳の素晴らしさと、それを支える職人技」
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2023年6月、東京の「セイコーハウス銀座ホール」で「坂東玉三郎衣裳展 四季・自然・生命─時の移ろいと自然美─」と題する衣裳展が開催された。展示されたのは、いずれも坂東玉三郎さん自身が、衣裳を制作する職人と対話を重ね、長い時間をかけて作り上げてきた、思い出と思い入れのある歌舞伎衣裳ばかり。この衣裳展は海を渡り、英国の「オックスフォード大学付属アシュモリアン美術館」で2023年11月から2025年11月まで約2年間にわたり開催され、英国でも大きな話題を呼んだ。女方の第一人者である玉三郎さんが、自ら歌舞伎衣裳制作に携わり、その美しさを国内のみならず、海外へも広めている。「PREMIUM JAPAN AWARD 2026」の受賞は、その熱い思いに対する敬意の表れである。
2026年8月歌舞伎座「八月納涼歌舞伎」。夏の一夜を夢のような刹那へと誘った玉三郎さんの舞
2026年8月の歌舞伎座「八月納涼歌舞伎」の第三部は、坂東玉三郎さんによる地唄舞『雪』と『残月』だった。『雪』の舞台は後方に置かれた金屏風と、舞台袖両脇の燭台のみ。『残月』にいたっては朧月が天空に浮かぶだけ。極限まで削ぎ落とされた舞台空間で、玉三郎さんが舞う。舞うといっても、身体が移動する範囲は畳一畳ほど。にもかかわらず、ほんのわずかな首の傾きや目線の方向、微かな裾さばきの動きだけで、切ない恋の記憶が呼び起こされるような、溢れんばかりの情感が漂ってくる。
舞台は無限の広がりを見せつつ、その一方でしめやかに舞う玉三郎さんの神々しいまでの姿に空間のすべてが集約され、それが凛とした気配となって新たに空間へと放射されていく。衣裳はいずれも白。『雪』はちりめんで、『残月』は綸子だ。玉三郎さんのしなやかな動きに沿い、やはりしなやかに身体により沿う純白の衣裳が、夏の一夜を夢のような刹那へ誘う。
会場を訪れた誰もが目を見張った、豪華絢爛な歌舞伎衣裳
3年前、「セイコーハウス銀座ホール」での「坂東玉三郎衣裳展 四季・自然・生命─時の移ろいと自然美─」の会場に足を運んだ人は、間近で見る玉三郎さんの衣裳の豪華さと美しさ、そして斬新な意匠に誰もが目を見張った。
たとえば『助六所縁江戸桜』に登場する三浦屋揚巻が重ね着している裲襠(うちかけ)の1枚目。背中には、金糸の注連縄、鏡餅など「人日の節句(1月7日)」の飾り物が手刺繍で施され、なんと作り物の伊勢海老までも。斬新というかシュールというべきか、見る人の度肝を抜く意匠だ。それを脱ぐと、今度は「上巳の節句(3月3日)」の趣向が背中一杯に刺繍されている。そこでは枝垂れ桜の下に幔幕が張り巡らされ、火炎太鼓を打ち鳴らしながら花見の宴が催されている。
女方の最上位とされる「立女形」によって演じられる揚巻が、舞台に登場する際に重ね着している裲襠(うちかけ)の1枚目。金糸の注連縄、門松、鏡餅が手刺繍で施され、真ん中には大きな伊勢海老が鎮座する。(2001年6月歌舞伎座)©Takashi Kashihara
一枚目を脱ぐと、「上巳の節句」をモチーフとした、豪華絢爛たる意匠が現れる。満開の枝垂れ桜の下、幔幕が張り巡らされ、火炎太鼓を打ち鳴らしながら花見の宴が盛大に催されている。(2001年6月歌舞伎座)©Takashi Kashihara
近代の歌舞伎衣裳に取り入れた琳派の意匠
「背中に伊勢海老を背負うなんて、まさに、なんでもありの歌舞伎衣裳そのものですね。でも、この伊勢海老は、楽屋で仕度が整ってから背中に付けていただくので、私からは見えないのです。改めて見ると、なんとも凄いものを背負っているのだな、と驚きます」
また、『廓文章』の扇谷夕霧の衣裳は、枝垂れ柳に鷺が舞い、裾回りには流水が描かれている。
「これは琳派の影響を受けています。日本の美意識に脈々と息づいているのが琳派です。ここ百年ほどの歌舞伎衣裳の流れは、明治の先輩俳優方が伝統の琳派模様に、近代絵画の画風を取り入れたものです。六代目の歌右衛門さんや六代目の菊五郎さんは横山大観さんや東山魁夷さんに依頼して衣裳を考案してもらっていました」
「私は先輩方が作り上げてきたこうした近代の歌舞伎衣裳に、私なりの構想で琳派模様を取り入れています。自分で作り始めたのは30代の半ばくらいですが、唐織や刺繍を施した衣裳作りに多く関わったのは40代からです。先輩方が着ていらっしゃった衣裳は私には小さいので、私の寸法にしなければなりませんでした。それで少し大きめに染め直していただいたりすると、今度は他の方には大きすぎたりもします。それで、自分自身の衣裳を作るしかなかったのです。必要に迫られての衣裳作りでした」
伝統芸能の歌舞伎には予め決められた「型」があり、衣裳もこの役はこの衣裳という具合に、決まり事がある。長年受け継がれてきたこうした決まり事を守りながら、そこに玉三郎さんの美意識を時には大胆に反映させ、新たな歌舞伎衣装が生まれた。
『廓文章』で扇谷夕霧が纏う衣裳。凍てつく冬の夜、枝垂れ柳に雪が舞うなか鷺が水辺で佇む。冬の夜の寂しさを表す一方で、夕霧太夫の華やかさと儚さをも表現。演目の内容を玉三郎さんが独自に解釈し、琳派調に描いた。(2001年10月歌舞伎座)©Takashi Kashihara
歌舞伎は肉体表現そのもの。そして衣裳は皮膚
『雪』と『残月』の衣裳に関して、玉三郎さんは事前の記者会見で「衣裳はどちらの演目も白に落ち着きました」と語っている。仄暗い照明に溶け込みながらも、輪郭が際立つ「白」。幾重もの思慮を重ねての「白」の選択だったのだろう。玉三郎さんにとっての衣裳とは……。
「歌舞伎は肉体表現そのもので、衣裳までも含んだ肉体表現だと思います。いうなれば衣裳は皮膚にもなるのです。助六の揚巻でも、お客様が『この人は一日中この衣裳を着ている』と思ってくださるように着ることが大切です。軽い衣裳のように見えてしまったら、舞台は途端に貧弱なものになります。また、私は先輩の女形から『女形は裾の角まで神経を行き届かせなさい』と教育されてきました。それぐらい、衣裳の隅々にまで気を使わなければなりません。ただ、一度舞台に立つと、裾の様子は自分からは見えません。どのように裾を引いているかは、自分で分かっていなければなりません。そのためには、裾にどれくらい芯を入れればよいかを自分で把握しておく必要があるのです」
衣裳を「軸」で着る
それにしても、たとえば三浦屋揚巻の裲襠。ふんだんに刺繍が施された分厚い裲襠を重ね着し、おまけに背中に海老まで背負って重くないのだろうか?
「おそらく40㎏くらいあると思います。でも舞台に立つと不思議に重さを感じません。軸というか体の全体で着ている感覚なので、重さを感じないのです。でも、衣裳を風呂敷で包んで持つとずっしりと重いのです。ああ、こんな重いもの着ていたんだと思います。『鷺娘』でも、白無垢から娘、そして鷺の精と3枚の衣裳を重ね着しています。以前量ったら17㎏もあり、私自身もびっくりしました」
『雪』や『残月』で玉三郎さんが見せた、しなやかで揺蕩(たゆたう)ように舞いながらも、そこに漂う凛とした気品。そして『助六所縁江戸桜』や『鷺娘』での衣裳の重さを微塵も感じさせない動き。それは衣裳を「軸で着ている」感覚があるからこそ、表現できる次元に他ならない。
何度も職人のもとに足を運び、ようやく完成する衣裳
衣裳展を開催するにいたったきっかけのひとつは、玉三郎さんが抱き続けている危機感だった。
「歌舞伎の衣装はある意味では消耗品でもありますので、きちんと保存されることは稀なことです。そのあたりが、能装束とは異なるところです。私が何かを演じようとしても、その役の為の良い衣裳がない、という場合が続き、それならば自分で作るしかないと決心したのが、そもそもの始まりでした」
衣裳を作るにあたり、玉三郎さんはしばしば自ら職人のところに出向く。
「『雪』の衣裳は、京丹後のちりめん屋さんに足を運んで、どの色でどの重さのちりめんかを相談して幾度か試し織りをし、仕立屋さんとはどれくらい袖口や裾に綿を入れるかを話し合い、ようやくできあがってきたものです。」
歌舞伎衣裳の素晴らしさと、それを伝えることの大切さ
「先輩の俳優さん方が錚々たる画家にお願いすることができたのは、先輩方には絵を見る力がありましたし、画家の方々も依頼されているお芝居の内容を理解する力量と技があったからです。画家だけでなく無名の職人さんたちもそうでした。阿吽の呼吸で衣裳を作ることができたのです。ところが、今ではその双方の関係性が希薄になりつつあります。さらに、職人さんが少なくなってしまっているという問題もあります。地方の衣裳の倉庫や美術館には、昔の座元のところに有った、素晴らしい衣裳が残されていたりもしますが、現在は職人さん達が少ないので、それを手本として再現することが難しくなっています。衣裳だけではありません。歌舞伎の舞台には、さまざまな小道具が登場しますが、そうした小道具を作る職人さんも年々減ってきています。このように職人さんがどんどん減っている状況は、本当に危機的な問題だと思います」
「ですので、歌舞伎俳優も勉強しなければなりません。画家や職人さんまかせではなく、自分がこんな衣裳を着たいという思いを伝え、作り手と会話を重ねることで、はじめて良い衣裳ができてきます。私も画家や職人さんにきちんとした意思をお伝えできるよう、さまざまなことを学んできました。日本の美術だけでなく西洋の絵画や音楽なども吸収し、そこから得たものを衣裳作りに活かしてきました。長い時間をかけて作ったものはやはり素晴らしく、お客様が見れば、出来具合と、その創作過程を理解して楽しんで頂けます。それが役者として嬉しく、有難いたいことなのです」
こうして出来上がった、美術品ともいえる衣裳が展示されることで、少しでも多くの人が歌舞伎衣装の素晴らしさに触れ、それを伝えていくことの大切さに思い至ることを玉三郎さんは望んでいる。
『廓文章』の結末の場面で夕霧が羽織る裲襠。孔雀の胴体と羽根は豪華な金糸で表現され、裾回りは大輪の牡丹が咲き誇る。玉三郎さんは、過去の文献を繙き、それを参照しながら独自の解釈を加えて、この意匠を考案した。(2001年10月歌舞伎座)©Takashi Kashihara
『葵の上』で、源氏の正妻である葵の上の枕元に生霊となって現れる六条御息所が纏う衣裳。唐織という最高級の技法を用いて、藤と御所車が色鮮やかに織り上げられている。(2011年3月 御園座) ©Takashi Kashihara
坂東玉三郎 Bando Tamasaburo
1950年東京生まれ。1964年14代目守田勘弥の養子となり5代目坂東玉三郎を襲名。以来、歌舞伎界を代表する女方として数々の大役を演じる。2012年「歌舞伎女方」保持者として人間国宝に認定。歌舞伎俳優のみならず、俳優、映画監督、演出家として国内外で活躍する。
Photos by Takashi Okamoto
Location provided by Grand Hyatt Tokyo
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「A-POC ABLE ISSEY MIYAKE / AOYAMA」が移転オープン
2026.9.18
空間デザインは吉岡徳仁。南青山に誕生した、A-POC ABLEの発信拠点
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「A-POC ABLE ISSEY MIYAKE / AOYAMA」が移転オープン。場所は旧店舗と同じ、東京・南青山のフロム・ファースト・ビル1階。新店舗は3フロア構成へと拡張し、国内最大のA-POC ABLE ISSEY MIYAKE店舗として新たなスタートを切った。
三宅一生が1998年にスタートしたA-POCは、服づくりのプロセスを変革し、着る人も参加する新たなデザインのあり方を提案してきたブランドだ。その思想をダイナミックに発展させ、さまざまな「ABLE」を生み出すのが、A-POC ABLE ISSEY MIYAKE。新店舗は旗艦店であると同時に、最新のものづくりや多様なアイデア、人々のコミュニケーションが交差するプラットフォームとしての役割も担う。
空間デザインを手がけたのは、吉岡徳仁。白と黒を基調としたモノトーンの空間に、テクノロジーによる革新性と手仕事によって引き出される質感を取り入れ、A-POC ABLE ISSEY MIYAKEのものづくりの思想を落とし込んでいる。
新設されたギャラリー空間「A-POC SPACE」では、オープニング企画としてパリを拠点に活動する写真家・梅本健太による展覧会「PORTRAITS:HANDS」を開催。横尾忠則、名和晃平、ハリ・コスキネンをはじめ、さまざまな分野で活躍する23名のクリエイターたちの「手」の肖像が、ライトボックスを用いて展示される。
ファッションという領域を越え、新たな可能性を発信する場へ。進化を続けるA-POCを、南青山の新たな空間で体感してみてはいかがだろうか。
◆A-POC ABLE ISSEY MIYAKE / AOYAMA
【住所】東京都港区南青山5-3-10 FROM-1st
【営業時間】11:00~20:00
◆「PORTRAITS:HANDS」
【会期】開催中~2026年10月28日(水)
【会場】A-POC ABLE ISSEY MIYAKE / AOYAMA「A-POC SPACE」
© ISSEY MIYAKE INC.
Store design: TOKUJIN YOSHIOKA + TYD
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Lounge
Premium Salon
アート探訪記~展覧会インプレッション&インフォメーション
2026.9.12
銀座・和光「四弁花 かぐわしⅡ 硝子・漆・金属・木」
4名の作家のコラボレーション作品「四弁花 刻の華」。素材も技法も異なる個々の作品を一片の花びらに見立て、「四弁」の花が開いたかのように構成した。w21~33×d7~12.7×h1.8~4cm
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8月末にリニューアルオープンしたセイコーハウス6階 セイコーハウスホールで、「四弁花 かぐわしⅡ 硝子・漆・金属・木」が開催されています。4人の作家それぞれが、素材の持つ特性を活かしながら、独自の技法で手掛けた、およそ100点の作品が装いも新たになった会場を彩ります。展覧会名の「四弁花」を彷彿とさせるコラボレーション作品も登場。日本の伝統工芸として古くから用いられてきた素材や技法の進化形に出合うことができる展覧会です。
層をなす板ガラスが内包する、やさしい自然の光 ──硝子・小島有香子──
ガラスが光を含んでいる。その光が見る角度によって、濃さも色合いも細やかに変化していく。正確に言えば光は反射光。しかし、層をなしたガラスが外光を受け、それぞれ微妙な色調のグラデーションを作り、そのグラデーションが重なることにより、あたかもガラスそのものが光を内包しているかのようにやわらかく発光する。
小島有香子さんの作品に用いられている技法は「積層ガラス」。建築資材としてガラス窓などに使われている板ガラスを接着材で複数枚貼り重ねて削り、その断面を見せる手法だ。
Layers of Light ─Moon─ ♯4 w24×d7×h24cm
「層となる断面の模様を予め想定し、デザイン画をおこしてから制作に取り掛かります。最初のうちは試行錯誤の連続でしたが、最近では出来上がりの状態を、ある程度予想できるようになりました。板ガラスのなかには、『熱線反射ガラス』と呼ばれる、熱を反射するように表面が金属でコーティングされているものがあります。そうしたガラスを使うと、ガラスとガラスの重なり目が、自ら発光するかのように、きらりと輝きます」
小島さんの言葉が物語るように、重なり目にシャープに走る光のラインが作品全体を引き締め、緊張感あるたたずまいへと高めていく。
幾何学的な構成の作品に漂う、理知的な雰囲気
幼いころからもの作りが好きだった小島さんは、迷わず美術系の大学に進んだ。そこで選択したのはガラス。吹きガラスをはじめ、研磨ガラスや積層ガラス、鋳造ガラスなど、さまざまなガラス技法を一通り学んだ。そうして選んだのが、積層ガラスだった。
「吹きガラスに比べると時間も手間もかかりますし、形や色の制限も生じてきます。でもその制限のなかであれこれ考えていくことに面白みがあります。精密な設計図を予め作成し、それに基づいて制作していく過程は幾何学的でもあり、もともと理数系が得意でしたから、自分にむいていたのかもしれません」
Layers of Light ─Forest─ (部分)w19×d6.5×h60cm~w10×d3.5×h30cm
確かに、何層もの板ガラスが緻密かつ幾何学的に構成された作品は、理数系の世界を思わせるような理知的な雰囲気すら漂う。しかしその一方で、「時間と手間がかかる」と小島さんが言うように、完成にいたるまでの作業は膨大な時間を要する。
その大半は削るという作業に費やされる。幾時間もかけた研磨によって、ガラスは硬質な透明感を持ち、光を内包するかのように発光し始める。大きな作品の場合、最初は数十キロのガラスの塊。それをグラインダーで削り、その後に丹念に研磨し、最終的には半分以下の重さとなる。まさに時間と手間、そして体力が必要とされる作業だ。
「まさに力仕事です。でも、その力仕事を経て、自分の想定していた表情だけでなく、思いもよらなかった表情を作品が持ち、それが光となって現れたとき、作業の大変さは消え去っていきます」
会場に置かれた大きな作品は、光だけでなく、高貴なエネルギーをも発しているかのようだった。
乾漆が可能にする、どこまでも柔らかな曲線 ──漆・奥井美奈──
奥井美奈さんの作品は温かい。どこまでも優しく柔らかな曲線が、見る者をほっとさせてくれる。手法は乾漆。古くは奈良時代の仏像などにも用いられた、伝統的な漆の技法のひとつである。石膏で作った型に麻布を漆で貼り、厚みがついたら中の型を出し、ベースとなる胎を作り、そこに漆を塗り重ねていく。
「貼る布が木綿ですと、漆が繊維の中まで入りこみ過ぎて、乾くと割れてしまいます。麻布は漆が芯まで入り込まず、ちょうどよい塩梅で、柔軟性も生まれます。ですので、乾漆は古来より麻布を用います。これも先人の知恵なのでしょうね。乾漆は軽くて丈夫で、ある程度の衝撃にも耐えることができます」
乾漆箱「滴り」 w34×d13.5×h11.5cm
作品のフォルムは、型を粘土や石膏で作るときに決まる。それだけ大切な初期作業だが、奥井さんはその工程が楽しいと言う。
「こちらを膨らませてみようか、ここを少し丸くしようかと、できあがりの姿を思い描きながら手を動かしていく過程は、とても楽しいものです。石膏を削りながら、型を仕上げていきます」
奥井さん自身が楽しみながら、自在にイメージを働かせることで、柔らかく流麗な曲線美が生まれる。
曲線の柔らかさを引き立てる、たおやかな朱色
奥井さんの作品のもうひとつの特徴が、柔らかな曲線と調和し、その優しさをより引き立てる、たおやかな朱漆の色合いだ。微かに黄味を帯びた朱漆は、華やかながらも柔和で、伝統的な重々しい朱とは異なり、どこか軽やかでモダンな雰囲気さえ漂わせている。
奥井さんは、奥深い艶を湛えた黒漆の作品も手掛けている。会場の一画には、黒漆と朱漆の作品が交互に並べられ、お互いの色調がより際立つ趣向がこらされている。
乾漆水指「遍く降る」 ⌀20×h17.5cm
奥井さんの漆の技術は、日本を代表する漆芸の産地である石川県の輪島で磨かれた。
「大学卒業後に、石川県立輪島漆芸技術研修所で5年間の研修を経たのち、室瀬和美先生の工房に受け入れていただき、そこでさまざまなことを学びました。先生の技術を間近で拝見できたことに加え、先生はご自身の作品制作だけでなく文化財の修復なども手掛けていらしたので、数々の素晴らしい作品に接することができました。そうした経験も財産となっています。そして作品や仕事を諦めないことを学びました」
現在は横浜にアトリエを構え、制作を続ける奥井さん。
「漆というと、お椀とかお重のようなものを想像しがちですが、こうした自由な楽しい形のものもある、ということを少しでも多くの方に知っていただけたら、と思います。伝統の用の美も大切にしつつ、さまざまな作品にも取り組んでいきたいと思います」
「あやおりがね」。編込まれた金属の平角線がおりなす美しい文様 ──金属・家出隆浩──
「綾織」という名称の織物がある。経糸と横糸の交差する点が斜めになっていく独特の織り方で、ジーンズやコート地などに使われることが多い。この技法を金属に用いたのが、家出隆浩さんの「あやおりがね」と命名された一連の作品である。
銅そのものをはじめ、銅に3%前後の金を加えた「赤銅」、「赤銅」に25%の銀を加えた「四分一(しぶいち)」など、さまざまな金属を細い平角線に加工。その平角線を綾織のように編んで板状にし、銀ロウを流し込んで一体化させたものを鍛金で立体化していく。作品の表情は、まさに編み物。異なる色合いの金属の細板が交差してできる緻密な模様は、モザイクにも似たエキゾチックさを漂わせながらも、編み物ならではの独特の模様は、どことなく懐かしい。
あやおりがね器「はやせ」 w42×d41×h12cm
「金属というのはどうしても硬質で無機質なイメージが付きまといます。そこから脱却するにはどうすればよいかと考え、細くした金属を編むことで、有機的な温かみを持たせることができないかと、試行錯誤して辿り着いたのが『あやおりがね』です。この技法を使っているのはおそらく私一人だけで、日本だけでなく世界でも古今東西例はないと思います」
一抱えもあるほど大きな器の内側と外側には、編込みによって生まれる規則正しいパターンがリズミカルに並び、その模様がたっぷりとした器のフォルムと程よい調和を見せる。
不思議なたたずまいのオブジェ作品「屹立」
会場には、不思議なたたずまいのオブジェ作品も並ぶ。「屹立」と命名された作品は、まさに金属の編み物。仔細に眺めると、何本もの平角線が緻密に編込まれ、長く残して編込んでいないその先端は、あえて長さを揃えずカットされている。いわば、器などの作品になる前の状態がもつ面白さを、そのまま作品としたものだ。
アクリルの台座から文字通り屹立するその作品では、使用されている素材の平金線はあくまでも金属として無機質だが、その先端は少しの振動でか細く打ち震え、作品そのものがひとつの生命体のようにも見える。金工ながらも柔和な表情をもつ他の作品とは一線を画すこの作品は、現代アートとして、見る者の心にさざなみを呼び起こし、不思議な感覚で迫ってくる。
あやおりがね「屹立」 w22×d26×h42cm
「表現様式の違いで、『あやおりがね』の一連のシリーズを『真・行・草』の3種類に分けています。『屹立』は『草』に属しています。『真・行・草』いずれの作品も、一本一本の平角線が編込まれることによって、お互いが影響しあって複雑で美しい模様となっていきます。一本の平角線そのものは、やはり無機質で味気ないもの。それがお互いに関係性を持つことで、それぞれを引き立て合い、美へと昇華していきます」
金属と金属との出合いがもたらす新たな美を求め、家出さんは編み続ける。
木目と象嵌の拡張高い調和 ──木・渡辺晃男──
「木工というのは、自然からの贈り物である木に内在する美しさを、どれだけ引き出すか、ということが大切です。ですので、木目(もくめ)の美しさを可能な限りそのまま残し、象嵌は必要最小限に留めおく。それが制作に向かう際の私の姿勢です」
端正な箱物の作品が並ぶ前で、渡辺晃男さんはそう語る。神代欅、黒柿、ウォールナット、桜……。素材として用いられる木はさまざまだが、どの場合も板材の段階から木目を慎重に見極め、吟味を重ねた部分だけを作品に用いる。
「綺麗な木目に象嵌のような模様を入れるのは、じつは葛藤があります。ですので、象嵌を入れる場合は、シンプルな柾目に効果的に入れます。複雑な木目が多い木ですと、模様が打消しあって両方ともマイナスになってしまいます」
効果的に入れられた象嵌は、柾目の美しさと調和し、作品を引き立てていく。小箱の蓋に散らされた青緑の小さな点は、日本画の顔料の緑青(ろくしょう)で鹿の角を染め、それを小さく粒上にして埋め込んだもので、奈良時代から使われていた技法だ。象嵌で描かれた優美な模様も、唐草文様にも似た、やはり奈良時代からの模様を彷彿とさせる。
神代欅有線寄木象嵌小箱 w30.5×d14×h6.5cm
「奈良にはよく足を運んで、正倉院御物などに見られる古くからの模様などを研究し、それを活かしています。緑青で鹿の角を染めた青緑の色合いが好きで、このようにアクセントで使いますが、じつは染めるには何年もかかるという、大変手間と時間のかかる素材でもあります」
渡辺さんの作品が醸し出す、たおやかさと優美さの源は天平の美にあった。しかし一方で、シャープに走るラインがモダンな様相をも湛える。このラインもじつは寄木象嵌の手法で入れられている。
一本のラインはなんと0.14ミリ幅。その細さで7本から9本ほど入った寄木が一組となって、蓋と側面を彩る。葛藤を経て誕生した端正な象嵌が、神代欅の美しい柾目とあいまって、気高い作品世界を作り上げている。
蓋を開けると、一変してそこは優美な金色の世界へ
神代欅有線寄木象嵌小箱
蓋を開けると、一変してそこは華やかな金色(こんじき)世界が出現する。蓋裏と内側には金砂子が贅沢に使われ、雅やかな趣だ。抑制された蓋表とは対照的な世界に、しばし驚く。
「こうしたところまでに気を配るのが日本の工芸の素晴らしさだと思いますし、細やかな心配りを取り入れるのが、作り手としての喜びです」
昨年、重要無形文化財「木工芸」保持者、つまり人間国宝に認定された渡辺さんは、蓋裏と内側に自らが施した表現を、微笑みを交え楽しそうに語る。
神代欅唐草紋小箱 w27.2×d9.7×h13cm
◆アート探訪記~展覧会インフォメーション
「四弁花 かぐわしⅡ 硝子・漆・金属・木」
会期:2026年9月10日(木) 〜 2026年9月23日(水)
時間:11:00 – 19:00 最終日は17:00まで
- 場所:セイコーハウス 6階 セイコーハウスホール
取材・構成 櫻井正朗 Masao Sakurai
『婦人画報』元編集長代理。陶芸や漆芸など、日本の伝統工芸をはじめ、茶道や歌舞伎などさまざまな日本文化の取材・原稿執筆を担当する。現在ではフリーランスの編集者として、書籍、雑誌、広告制作に携わる。「プレミアムジャパン」では主に伝統工芸・旅行関係の記事を執筆。
写真 高嶋佳代 Kayo Takashima
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軽井沢・南ヶ丘倶楽部で開催。「錦秋茶会 2026」
2026.9.14
秋の軽井沢で、日本の伝統と茶の湯が交差する一日を
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紅葉に染まる秋の軽井沢で、日本の伝統芸能を一日かけて楽しむ「錦秋茶会」が、2026年10月25日(日)、軽井沢南ヶ丘倶楽部にて開催される。
日本舞踊 若月流二代目家元 若月仙之助
邦楽
こうの 紫(唄・三味線)、山本ゆきの(唄・三味線)、望月美沙輔(笛)、島村聖香(打物)、望月左太助(打物)
流派の枠を超え、現代の感性と日本の伝統が響き合うひとときを届ける「錦秋茶会」。能舞台「千ケ滝」では、若月流二代目家元・若月仙之助による日本舞踊と邦楽の特別公演を開催。「春興鏡獅子」をはじめ、端唄や小唄、長唄、長野県の民謡など、多彩な日本の音と舞が披露される。さらに、趣の異なる三つの茶席では、初めての人も気軽に茶の湯を楽しめる。
会場となる南ヶ丘倶楽部は、東京ドームに匹敵する約51,000㎡の広大な敷地を有する文化施設。数寄屋建築家・中村昌生が設計した茶苑「南暁」には、千利休が大阪城内に築いたとされる茶室を復元した「大庵」をはじめ、「広間」「立礼席」の三つの茶室があり、「錦秋茶会」ではそれぞれ趣向の異なる茶席が設けられる。
大庵 奈良 宗久 裏千家今日庵業躰(正教授方) Ⓟ Yumiko Miyahama
広間 川村 喜久 一般財団法人 川村文化芸術振興財団 理事長
「大庵」では、裏千家今日庵業躰(正教授方)の奈良宗久が席主を務め、「広間」では川村喜久が若手工芸作家の作品や現代アートを取り入れた茶席を演出。「立礼席」では「和サロンふじた」お茶ごっこが、作法の手ほどきとともに一服を供する。
茶の湯から工芸、現代アート、邦楽、日本舞踊まで。秋色に染まる軽井沢の森で、日本の伝統に触れる一日を過ごしてみてはいかがだろうか。
◆「錦秋茶会 2026」
【開催日】2026年10月25日(日)
【会場】軽井沢南ヶ丘倶楽部(長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢1052-73)
【時間】10:00~16:00 ※受付9:30~
【定員】150名 ※定員になり次第締め切り
【料金】8,000円~15,000円
※お茶席「大庵」は完売。その他のチケットも定員になり次第販売終了。最新の販売状況は公式サイトにて要確認。
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