ホワイトカカオ カルメロ種
カカオの木の若葉には、赤みを帯びたものと若草色のものがある。メキシコホワイトカカオになるカルメロ種は、若草色をした若葉で、カカオの実は涼しげな夏虫色(淡い緑色)をしていた。清少納言『枕草子』にある「…なつむしのいろしたるもすゞしげなり」の如くである。
明治カカオクリエーター®の宇都宮洋之さんから、この品種をバランコ®という名前で明治が商標登録したことを訊いた。スペイン語で白いという意のBlanco ブランコと、マヤ神話に登場するジャガーの神イシュバランケー(シュバランケ)を合わせた造語だそうだ。
発酵を終えたホワイトカカオ豆は、天日干しになっていた。ホワイトカカオ豆の断面はこの時点ではまだ白い。乾き過ぎないように数日かけて少しずつ乾燥させる
この品種は、かつてワイン農家だったカルロス・エチェベリーアという男性の情熱によって守られてきたものだった。物語は百年近く前にカルロスが小さなカカオ農園エル・カルメロを手に入れたことから始まる。農園には生カカオ豆の断面が100%白色をした品種があった。カルロスはそれをクリオロ・ブランコと呼んで、ワイン畑で培った接ぎ木の技術を生かしてこつこつと増やし、50ヘクタールのクリオロ・ブランコ畑にしたのだった。これが現在カルメロ種として知られるホワイトカカオである。そしてカカオの質の高さを誇りエル・カルメロという農園名を、スペイン語で宝石を意味するラ・ホヤに改めた。残念なことにカルロスの死後、跡を継いだ息子は父が宝石と讃えたカカオ畑に価値を見出せずサトウキビ畑に変えてしまう。かろうじて娘のクララが父の遺志と情熱を受け継いで、2.5ヘクタールだけ父のカカオを育てることにした。それが2010年にパリのサロン・デュ・ショコラで開催されたインターナショナルチョコレートアワードの受賞につながり、ラ・ホヤ農園の名が欧米でも広く知られるようになったことを知る人は少なくない。2年後にはメキシコ政府推奨品種として認定され、農園の未来は輝きにあふれていた。ところが数年前にクララが他界してからは、農園は荒れ、再び種の存続が危ぶまれる状態に陥ったのだ。
ホワイトカカオの接ぎ木の作業。左上から右上、左下から右下へと作業が進む。ホワイトカカオの穂木から芽の部分だけを取り、切り込みを入れた台木の皮の部分に差し込み、上からテープで巻きつけて固定していく
ホワイトカカオは前回ご紹介したように、一度でも生カカオ豆が紫色をした品種と交配すると100%白色をしたカカオ豆には戻らない。宇都宮さんによれば、接ぎ木によって苗木から育てることは、クローンを作ることなので、紫色のカカオ豆の品種が混ざることなく、限りなくホワイトカカオを栽培することが可能になるという。
苗木センターで接ぎ木の作業を見せてもらった。芽のついた穂木を土台となる台木と合わせていく作業を、5・6人のスタッフが手際よく進めていた。芽接ぎ法と呼ばれるこの方法は、日本でもワインや桜や桃などの栽培に広く使われている。
苗木センターには作業を終えた6万本の苗木が待機していた。将来的には前回ご紹介したカカオ農園で接ぎ木を始めとする全ての作業ができるようになるという。苗木が沢山できるので、地元に還元するために地元の農家に無償で配布する予定もある。ただし自然交配で育てるようになると、これまで説明してきた理由で生カカオ豆が100%白色になるとは限らない。
現場スタッフとミーティングをする明治カカオクリエーター®の宇都宮洋之さん。2016、2017、2018 の3種類を食べ比べてみると、同じホワイトカカオでも味わいに違いがあることがわかる。出来上がったチョコレートの色も年代によって違う
宇都宮さんが発酵と乾燥作業を担う現場スタッフとミーティングをする場に同席させてもらった。2016年から2018年まで3種類の年別メキシコホワイトカカオを皆で食べ比べる。そして発酵・乾燥したカカオ豆の断面の画像をそれぞれ年度別に見ていった。例えば2016年度のカカオ豆の断面は、別の年のカカオ豆が茶色になっているのに対してかなり白く見えた。これは発酵が足りなかったことを示しているのだそうだ。そこで翌年は目的温度を超えるまで発酵を長くすることで味が向上したという。こうしてさまざまなデータを元に改善していく。
私も現場で話を聞きながら食べ比べてみて違いが実感できた。2017年度のものは、とりわけナッティでクリーミーな仕上がりだ。農作物のために年によって違いが出るというだけでなく、その後の発酵・乾燥工程によって、これほど違った味わいが生み出されることに驚かされた。この二つの行程をコントロールすることで味を作り出すことは、農園からチョコレートまでを手がけるFARM TO BARだからこそできることであり、カカオクリエーター®の醍醐味とも言えるだろう。
農園ではホワイトカカオの植樹をして、植樹の場所を印した記念プレートを作成してもらった
ラ・ホヤ農園の宝石は、バランコ®として明治カカオクリエーター®の宇都宮さんを始めとする明治ザ・チョコレートのチームへ受け継がれることになった。
宇都宮さんは国立農牧林研究所(INIFAP)のアバンダーニョ博士から、メキシコホワイトカカオに使っているカルメロ種は、ラ・ホヤ農園から来たものだから大切にして欲しいと言われたそうだ。古代マヤ人が大切に守ってきたカカオは、情熱ある地元農家に再び見出され、結果的に時代と国を超えてメキシコホワイトカカオへと託されたのだった。
text © Mika Ogura 2019
《本シリーズは全4回を予定しています。“カカオの旅4”に続く》
“カカオの旅1” >> コチラから
“カカオの旅2” >> コチラから
【プロフィール】
小椋三嘉(おぐら・みか)エッセイスト、食文化研究家。
十数年のパリ暮らしを経て帰国。2008年にはフランス観光開発機構・ パリ観光会議局の名誉ある「プレス功労賞」を受賞。フランスのチョコレート愛好会「クラブ・デ・クロクール・ド・ショコラ」の会員。著書は『高級ショコラのすべて』、『チョコレートのソムリエになる』、『ショコラが大好き!』、『アラン・デュカス進化するシェフの饗宴』、『パリを歩いて―ミカのパリ案内―』など多数。
【商品情報】
●明治ザ・チョコレート メキシコホワイトカカオ ダーク
限定商品「明治ザ・チョコレート メキシコホワイトカカオ」は、世界的にも非常に希少といわれているメキシコ産の“ホワイトカカオ” を使用し、苦味や渋みが少なく、クリーミーな旨味やコクが口いっぱいに広がる味わいに仕上げました。「メキシコホワイトカカオ」が昨年のサロン・デュ・ショコラ東京会場や一部百貨店で人気を博したことを受け、今年のバレンタイン期間に装いも新たに限定発売します。
3枚入り 1620円(税込) カカオ分70%
●明治ザ・チョコレート メキシコホワイトカカオ ミルク
「メキシコホワイトカカオミルク」は、「メキシコホワイトカカオダーク」にミルクを合わせ、より芳醇でコク深い 味わいを実現しました。
3枚入り 1620円(税込) カカオ分63%
【販売場所】
サロン・デュ・ショコラ 2019(1/22〜29:新宿NSビル・イベントホールで開催)、阪急うめだ本店、ジェイアール名古屋タカシマヤを始めとする一部百貨店に加え、通販サイト(1/8〜数量限定:アマゾン、ロハコ、Rakuten Direct)でも販売します。
【お問合せ】
明治 お客様相談センター
TEL:0120-041-082