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京都通信
2026.9.21
京都で月を愛でる──平安から続く観月の文化と美意識
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秋の夜、ふと見上げた空に浮かぶ月。その美しさに足を止める時間は、昔も今も変わらないのかもしれません。
京都では平安時代から、月を愛でる文化が育まれてきました。月そのものだけでなく、水面に映る姿や、移ろう表情、周囲の景色とともに月を楽しむ。そこには、日本ならではの美意識が息づいています。
今回の京都通信では、平安時代〜現代にいたる観月の風習から、月見団子に見る地域の違いまで、月をめぐる文化をたどりながら、お月見の魅力を紐解いていきたいと思います。
平安貴族が愛でた月
月を愛でる文化は、いつ頃から親しまれてきたのでしょうか。
古くから、日本人にとって月は身近な存在。月の満ち欠けを基準とした暦、月の神様への信仰、そして文学や情緒の源泉として、日本人の暮らしや文化に深く根付いてきました。
そこへ中国の観月文化が加わったのが平安時代。以来、お月見の風習が宮廷を中心に広まったといわれています。
日本人は、月の満ち欠けや月齢に合わせて、十六夜、立待月、寝待月など、美しい名前をつけて親しんできた。
広く親しまれるきっかけとなったのが、嵯峨天皇による観月の宴。現在、大覚寺の東に位置する大沢池がその舞台となりました。
嵯峨野のなだらかな山並みを借景に水をたたえるこの池は、嵯峨天皇の離宮・嵯峨院の苑池として造られた日本最古の人工林泉。中国の洞庭湖を模したことから「庭湖」とも呼ばれ、唐風文化を好んだ嵯峨天皇の趣向が随所に感じられます。
中秋の名月の夜、嵯峨天皇は文化人や貴族らとともに、色鮮やかな龍頭鷁首を浮かべて詩歌を詠み、管弦を奏でながら月を愛でる——そんな風雅なひとときを過ごしたとされています。
月を映して味わう。観月の美意識
観月の楽しみは、夜空に浮かぶ月を見上げることだけではありません。
実は、お月見の風習が広まった平安時代、月をじっと見つめることは良くないことと考えられていました。
平安時代初期に書かれた『竹取物語』には、月を眺めて物思いに耽るかぐや姫が「月の顔見るは忌むこと」とたしなめられる場面があります。また、『源氏物語』宿木の巻にも、「月見るは忌みはべるものを」という表現が。
それでも、人々は月を愛でてきました。
平安貴族たちは、月を直接見るのではなく、池の水面や盃のなかのお酒に映る“逆さ月”を愛で、風流を楽しんだとされています。
静かな水面に美しい姿を映した“逆さ月”。
このように、古くから人々は、月そのものだけでなく、月がつくり出すさまざまな景色にも心を寄せてきました。
日が暮れて、空の青が少しずつ深まり、やがて月が昇る。
十五夜に近づくにつれ、満ちていく月。
雲に隠れていた月が、ふと姿を見せる、その瞬間。
情景の美を見出すだけでなく、満ち欠けする月の姿に、時の移ろいやもののあわれを感じ取っていたのではないでしょうか。
今年のお月見は、そんなことに思いを馳せながら、月を眺めるひとときをゆっくりと味わってみるのもよいかもしれません。
現代に受け継がれる月見の文化 京都で楽しむ観月会
平安時代の貴族たちが楽しんだ観月の文化は、長い年月を経た今も受け継がれています。中秋の名月の頃になると、各地で観月会が催され、月にまつわる行事を楽しむことができます。もちろん、それは京都でも。
普段は見ることのできない夜の神苑と、秋の味覚、京都の情緒を一度に楽しむ特別な一夜です。
ライトアップされた神苑の幻想的な景色とともに、名月を愛でる秋の夜。
まずは、ライトアップされた名勝庭園「平安神宮神苑」へ。昼間とは異なる趣の庭園をゆっくりと散策し、静寂に包まれた秋の夜を堪能します。ディナー会場となるのは、神苑を臨む会館。旬の味覚をふんだんに取り入れた、この夜だけの特別なコースで、実りの秋を五感で味わいます。食事の時間には、舞妓さんによる舞も披露。艶やかな装いと優美な舞を間近で鑑賞したあとは、舞妓さんとの写真撮影も可能です。
美しい月を愛でながら、京都ならではの秋の風情と、古都の伝統文化に触れる特別なひとときを過ごしてみてはいかがでしょうか。
〈~中秋の名月を愉しむ~観月ディナー〉
開催日程:2026年9月25日(金)
公式サイト:https://www.heianjingu.com/party/afternoontea/usual/kangetsu-heian/
国の重要文化財に指定されている仁和寺の「二王門」と美しい満月。
そのほか、月にちなんだ法要や雅楽・舞楽を楽しめるものから、茶席や食事とともに付きを愛でるものまで、さまざまなイベントが。大覚寺・大沢池では毎年、3日間にわたって「観月の夕べ」が開かれます。1,000年以上の時を経てもなお、同じ場所で月を眺められることに、昔と今とが月を介してつながっているような感慨を覚えます。
こうした観月会をきっかけに、古くから続く月見の文化に触れてみるのも一興です。
月見団子に見る地域の文化
江戸時代になると、お月見の風習は庶民にも広まります。ただ月を愛でるだけでなく、秋の収穫を祝い、翌年の豊穣を祈るための行事として定着。月に見立てたお団子をお供えするようになったのは、この頃からだといわれています。
関東の月見団子は、満月に見立てた丸い形。まん丸だと、死者の枕元に供える「枕団子」と同じになってしまうため、ほんの少し潰してつくる。
実は、この月見団子には地域による違いがあります。関東では、白く丸い団子を積み上げる形が一般的。一方、関西では、里芋を思わせる細長い形の団子にあんを巻いたものがよく見られます。
そのほか、静岡には「へそもち」と呼ばれる中央がくぼんだ団子を供する地域も。沖縄には細長いお餅に小豆をまぶした「フチャギ」を供える風習があります。
十五夜(中秋の名月)は「芋名月」とも呼ばれ、里芋などを供える風習とも結びついてきました。関西で見られる里芋形の月見団子も、こうした風習を背景にしたものとされています。
関西の月見団子。里芋の形を模しているという説のほか、雲がかかった月を表しているという説も。
また、名月は十五夜だけではありません。
旧暦8月15日にあたる十五夜の約ひと月後、旧暦9月13日を「十三夜」と呼びます。
十五夜が中国伝来の行事であるのに対し、十三夜は日本独自の月見の風習。
十五夜に次いで美しいとされるこの夜の月は、満月ではなく少し欠けた姿をしています。この月を名月として愛でるところに、不完全なもののなかに美を見出す、日本らしい美意識を感じさせます。
十三夜は、栗や豆が収穫できる時期であることから、「栗名月」や「豆名月」とも呼ばれ、月見団子のほか、栗や枝豆、柿、南瓜など、季節の収穫物を供えるのが習わし。
かつては十五夜と十三夜、どちらか一方の月だけを見ることを「片見月」といって、縁起が悪いとされていたそう。人々にとって、十三夜も、それほど身近なものであったことがうかがえます。
月とすすきが彩る、秋の夜。古くから日本人が親しんできたお月見の風景。
今年の中秋の名月は9月25日。でも実は、満月を迎えるのは翌々日の27日なのです。名月と満月の日付がずれることは、しばしば起こるそうですが、2日ずれることは稀。次に起こるのは2043年なのだとか。
さらに、今年は中秋の名月と金運の吉日とされる寅の日が重なる年。そんな夜に月を眺めれば、何だか良いことが起こりそうな気がしてきます。
千年以上の時を超えて、今も私たちの暮らしに残る月見の文化。少しだけ立ち止まって、月を眺めてみる。秋の京都で、そんな時間を楽しんでみてはいかがでしょう。
Text by Erina Nomura
野村枝里奈
京都在住のライター。大学卒業後、出版・広告・WEBなど多彩な媒体に携わる制作会社に勤務。2020年に独立し、現在はフリーランスとして活動している。とくに興味のある分野は、ものづくり、伝統文化、暮らし、旅など。Premium Japan 京都特派員ライターとして、編集部ブログ内「京都通信」で、京都の“今”を発信する。
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2026.9.15
「一枚の布」から未来を切り拓く A-POC ABLE ISSEY MIYAKEへ、高まる世界からの期待
ISSEY MIYAKEの変形素材の技術「スチームストレッチ」で作られた布に蒸気を当てて変形させている様子(「TYPE-I MM project」の制作風景から)。画像提供:©︎ ISSEY MIYAKE INC.
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A-POC ABLE ISSEY MIYAKE(以下、A-POC ABLE)は、コロナ禍の2021年に誕生したイッセイ ミヤケのブランドだ。美しい服を生み出すだけのブランドではない。伝統の素材や職人技を受け継ぐ産地、変形素材やコンピューターアルゴリズムを扱う研究者やスタートアップ、第一線のアーティストから若手クリエイターまで——分野の異なる企業や個人との協業を重ね、これまでにない服作りのあり方を次々と生み出し、日本発のデザインの発想を世界へ届けている。「PREMIUM JAPAN AWARD 2026」では、同ブランドが手がけてきた数々のプロジェクトの革新性と、日本のものづくりの地平を広げてきた貢献。その両面を評価し、同賞を贈ることとした。
熱を加えると、一枚の布が自ら立ち上がる
平らな一枚の布に、高温の蒸気を当てる。すると、布が自ら折れ、ふくらみ、やがて身体を包む立体へと変形していく。まるで布そのものが、これからなるべき形を記憶していたかのようだ。これは魔法ではない。イッセイ ミヤケのブランド「A-POC ABLE ISSEY MIYAKE」(以下、A-POC ABLE)が得意とするスチームストレッチという技術だ。
同ブランドは、2023年、この技術を軸に、Nature Architectsと協業し「一枚の布」が変形し立体的なジャケットやワンピースになる「TYPE-V Nature Architects project」を発表し世界的に話題となった(2025年には同技術で作ったブルゾンを製品化)。
イッセイ ミヤケが1970年代から追い続けてきた「一枚の布」の理想が、一段進化した。
下のカエデのような葉のような布がスチームストレッチの技術で1着の服へと変化する。画像提供:©︎ ISSEY MIYAKE INC.
最先端の服作りを手掛けながら、もう一方では17世紀に京都で生まれた友禅染の系譜を受け継ぐ手捺染(てなっせん)の技で現代美術家、宮島達男さんの作品を描いたブルゾンを作り、京都市京セラ美術館で展示もしている。最近ではコペンハーゲンのデザインイベントで、布とワイヤーで作った光を纏う照明を出品し大きな話題をさらった。 テクノロジー、伝統の職人技、一次産業、現代アートとA-POC ABLEの活動領域は縦横無尽だ。
産業革命後、大量生産されるようになった西洋の服作りが日本にも広まり定着したのは20世紀になってから。A-POC ABLEは、それが服作りの唯一の答えでも、最終形でもないと世界に示すように、日本各地に眠る素材、技術、アーティストの想像力を見つけ出し、それまで交わらなかった点と点を「一枚の布」という概念の上でつないで、世界に届くプロダクトに変えてきた。
新進気鋭の写真家・梅本健太さんと取り組んだプロジェクト「TYPE-VIII Kenta Umemoto project」。光と影を巧みに駆使し新たな写真表現を追求した代表作「FLŌRA」シリーズのビジュアルを大胆な構図でワンピースやジャンプスーツに熱転写プレスし再構築した。 画像提供:©︎ ISSEY MIYAKE INC.
A-POC ABLEとプロジェクトを共にすることで、協業先とイッセイ ミヤケが手を携えて世界に羽ばたいてきた。Premium Japan Awardでは、こうした前例のないチャレンジや協業したクリエイターたちと高め合う姿勢の両方を評価して、2021年に誕生したこのブランドに賞を贈ることにした。これまでの取り組みにブランドを率いるデザイナーの宮前義之さんに話を聞いた。
A-POC ABLE ISSEY MIYAKEのチームを率いるデザイナーで三宅デザイン事務所のデザインディレクターの一人である宮前義之さん。2011年より “ISSEY MIYAKE”の4代目デザイナーとしてパリコレクション発表に関わる衣服制作を手掛けていた。最近ではアップル社との協業で開発した「iPhone Pocket」で中心的役割を果たすなど八面六臂の活躍をしている。
A-POC――服づくりの工程そのものをデザインする
A-POC ABLEを理解するには、まずA-POCの話から始めなくてはならない。
A-POCは「A Piece Of Cloth」の頭文字、すなわち「一枚の布」のことだ。通常の服は、生地を選ぶところから始まり、その布をデザイナーが設計した服のパーツの形に裁断して、縫い合わせていく。これに対してA-POCでは、あらかじめコンピューターに服のパーツの形、柄、構造、例えば熱で収縮する糸をどこに使うかなどの設計図を先にプログラムしておき、コンピューター制御で布を作るところから始まる。
できあがった布にはあらかじめ服のパーツが切り取りやすい形で織り込まれているので、あとはそれを切り出して、プラモデルのように組み合わせていくことで服が作れる。
1998年、三宅一生さんが藤原大さんと共にコレクションとして発表するや、服のシルエットだけではなく、製造のプロセスそのものを変える画期的な服づくりの技術として大きなニュースとなり、その後、ニューヨーク近代美術館(MoMA)やメトロポリタン美術館にも永久収蔵された。
このA-POCの登場は、当時、アパレルデザインを学び、これから服作りの仕事をしようと考えていた宮前さんにとっても衝撃的な事件だったという。
「今まで自分が学んできたことは何だったんだろう、と思うくらいショックでした。でも同時に、すごくワクワクしたんです」
1998年と言えば、インターネットの普及が始まり、アップルが最初のiMacを発表した年。コンピューターが生活へ入り始めたタイミングで、服づくりもテクノロジーとつながり、新しい時代が幕開いた。その中心にA-POCがあったと、宮前さんは振り返る。
一般の服は既成の布に型紙を当てて服のパーツを切り出して作る。これに対してA-POCでは、最初から服の各パーツの形が埋め込まれた状態の布をつくるところから始める。このため一般の服作りと比べて無駄になる布(裁断ロス)が少ない。写真の「TYPE-IX Synflux project」ではデザインラボラトリーSynfluxの「Algorithmic Couture」というAIとアルゴリズムのデジタル技術でこの裁断ロスを最小に留めている。画像提供:©︎ ISSEY MIYAKE INC.
A-POC ABLEに限らず、イッセイ ミヤケの各ブランドの服作りでは「一枚の布」を出発点に、そこからさまざまな形のアイテムに展開させるという視点を大事にしている。
「用意された生地」から始めない
3年後の2001年、イッセイ ミヤケ入社を決心した宮前さんが最初に任されたのが、このA-POCのブランドだった。
繊維産業は長い分業の連鎖で成り立ち、一般的なデザイナーは、出来上がった生地を選ぶところから仕事を始めることが多い。しかしA-POCの現場では、デザイナー自身がもっと制作工程の上流へ入り込んでいく。なぜこの糸なのか。なぜこの織り方なのか。この工程は本当に必要なのか。別の方法はないのか。工場や職人と直接対話しながら、工程を分解し、もう一度組み立て直す。宮前さんはそこで繊維の知識を徹底的に叩き込まれた。
同時に、日本のものづくりの現実も見てきた。繊維産業は縮小してきたが、各地には高度な技術を持つ職人や工場が残り、顔を合わせて試作と改善を重ねられる距離感もある。これを日本の弱さではなく、まだ活かし切れていない強さだと見るようになった、と宮前さんは語る。
2012年春夏から2019年秋冬まで、宮前はISSEY MIYAKEのデザイナーとしてパリ・コレクションブランドを率いた。半年ごとに大きなテーマを構築し、服を作り、世界に発表する。デザイナーとしてこれ以上ない濃密な経験である。一方で、続けるほどに、ある種のもどかしさも膨らんだ。本当に新しいものは、半年で生まれるのだろうか。もちろん、既存の素材や技術を編集して新しいイメージを提示することはできる。
しかし、産地の作り手と工程から見直すこと、専門領域の研究者と未知の技術を育てることには、もっと長い時間が必要だ。 三宅一生さんとも、そんな話を重ねた。イッセイ ミヤケの服作りで度々、使われてきたA-POCの技術だが、三宅さんはこの技術はまだ完成しておらず、時代が変わろうとする今だからこそ、もう一度発展させるべきだと思っていた。
こうして2020年、横尾忠則さんとのプロジェクト「TADANORI YOKOO ISSEY MIYAKE」が始動する。横尾さんの複雑な絵の世界を、布の上にプリントするのではなく、限られた色の糸を組み合わせて織りで表現したプロジェクトだ。印刷したのではなく、織りで表現しているため、裏地を見ると、まるで絵のネガフィルムのような不思議な表情が現れる。
できあがった服を見た横尾忠則さんも、三宅一生さんも大変満足し、宮前さんもこの体験でA-POCをもう一度発展させられる感触を得たという。こうして宮前さんは2021年、チームを作ってA-POC ABLE ISSEY MIYAKEという新しいブランドを始動させることになった。
A-POC ABLEのブランドは、横尾忠則さんと共に発表した「TADANORI YOKOO ISSEY MIYAKE」というプロジェクトの成功を受けて誕生した。それ以後、横尾さんとは継続的にプロジェクトを続けている。2022年に発表された第2弾では東洲斎写楽の役者絵をモチーフに意図的な版ズレを強調した作品をユーモラスで多彩なブルゾンにした。なお、黒いマネキンはMagnaRecta(マグナレクタ)と言う会社と共同開発し「130」(ワンサーティー)の名でブランド化している壊れても修復しながら使い続けられる3Dプリンター技術で作られている。画像提供:©︎ ISSEY MIYAKE INC.
「ABLE」は可能性を示す言葉。実際、ブランドの活動はファッションの領域を越え、アーティスト、素材メーカー、デザイナー、研究者、音楽家、建築家へと広がっている。
「最近は一言で何をやっているのか説明するのが難しい」と宮前は笑う。だが、軸はぶれていない。常に「一枚の布」から考えること。そして、作り手と受け手の関係を広げること。そのシンプルな原点があるからこそ、領域はいくらでも広がっていく。
TYPE-XIII Atelier Oï projectでは、スイスを拠点とするデザインスタジオatelier oï(アトリエオイ)と協業して、衣服という枠を飛び越えてスチームストレッチ素材で作った照明を開発。ミラノ、東京に続いてコペンハーゲンで展示され好評を得た(照明技術では日本を代表するポータブル照明メーカー、Ambientecが協力している) 画像提供:©︎ ISSEY MIYAKE INC.
アートが技術を要求し、技術がアートを刺激する
A-POC ABLEは、この5年間、さまざまなアーティストやクリエイターと協業をしてきた。
宮前さんは、アートは美術館の壁だけではなく、もっと日常的な場にもあるべきものだと考えている。服なら身体に最も近い場所で毎日触れられ、着ることで気分や意識も変わる。アートの力を借りて、日常の感覚を少し押し広げられるのではないか。
横尾忠則さんの後にも、現代美術家の宮島達男さん、デザイナーの狩野佑真さん、グラフィックデザイナーの小林一毅さん、写真家の西野壮平さん、写真家の梅本健太さん、グラフィックデザイナー/クリエイティブディレクターの花原正基さん、東京都現代美術館での個展で一躍有名になった現代美術家・寒川裕人 / ユージーン・スタジオさんなどさまざまなクリエイターと協業を行ってきた。
最新のプロジェクトの1つが現代美術家・松山智一さんとの「TYPE-XII Tomokazu Matsuyama project」で、2026年夏、ニューヨークでも大々的に披露され好評を得た。
このようにA-POC ABLEは、最新のテクノロジーとも協業し、アーティストとも協業する。宮前さんは、アートとテクノロジーの関係を「振り子」のようだと表現する。高い表現を目指すアーティストと向き合えば、これまでの技術では足りなくなる。もっとできないか、という要求が研究を前へ進める。逆に、新しい技術と出会えば、それまで思いつかなかった表現が見えてくる。アートだけでも、テクノロジーだけでもない。その往復運動の中に、A-POC ABLEの創造がある。
ニューヨークを拠点に世界で活躍する現代美術家・松⼭智一さんと取り組んだプロジェクト。京都の工房で鮮やかにプリントしたベース生地に、特殊な技法による三角形のパターンをプリントしました。身体の動きに応じて表情が立体的に変化する独自のテクスチャーが特徴。今年、ニューヨークにオープンしたISSEY MIYAKE / NEW YORKでもお披露目が行われ大好評を得た。画像提供:©︎ ISSEY MIYAKE INC.
アルゴリズムと職人技が、一枚の布で出会う
テクノロジー企業との協業で最も象徴的なのが、冒頭でも触れたNature Architectsとのプロジェクトだ。Nature Architectsは、東京大学での折紙工学研究の知見を発展させ、変形する素材(メタマテリアル)でもものを作る技術を開発している。
メタマテリアルで作りたいものの形を入力すると、そこから逆算して、設計図を作ってくれる。イッセイ ミヤケには特殊な糸を使って布を織り、蒸気を当てて変形させるスチームストレッチという独自のメタマテリアルの技術があったが、さまざまな立体状を折りの設計図に転換するためには、膨大な計算や折紙工学に基づいたシュミレーションが必要となり、人間の頭で考えて設計するには限界があった。
Nature Architectsによる折り紙の設計技術と出会ったことで、「一枚の布」をジャケットのような複雑な立体形状に変形させることが可能になった。この技術はミラノデザインウィークで発表されて以後、世界のデザイン雑誌やコンピューター関連の学会で紹介され、Nature Architectsの名を世界に広めた。
A-POC ABLEのチームは、ただ素材選びやテクノロジーの面白さだけを追求しているのではなく、日々、手を動かして布を織っては新しい美しい形を模索している
他にも、東京大学大学院の研究グループと富士フイルムが開発した変形するフィルム素材でアクセサリーを作るプロジェクトや、テキスタイルの廃棄を減らすアルゴリズムを持つデザインラボラトリーのSynflux(シンフラックス)とのプロジェクトなども進めている。
宮前さんは、こうした先端テクノロジーのプロジェクトを自動車レースのF1にたとえる。限界まで性能を追い込み、新しいエンジンを作るような研究。一方で、それだけでは事業は続かない。そこで磨いた技術を、街中を快適に走る乗用車のような日常のプロダクトへ還元していく必要がある。研究と商品開発。尖った実験と安定した生産。その両輪を回すことが、工場の機械を継続的に動かし、日本のものづくりを次へつなぐことにもなる。
米の籾殻が、演奏家の「特別な黒」になる
A-POC ABLEが模索し挑戦しているのは服作りの技術だけではない。
日本の一次産業と深く結びついた素材に関する取り組みも多い。宮前さんが特に熱心に取り組んでいるのが、高知県土佐市で和紙を作るメーカー、三彩と協業したプロジェクト「TYPE-Ⅶ Kouzoshi project」だ。
土佐地方で作られる楮(こうぞ)。この素材で作られた和紙は繊維が長く強靱で、世界的な文化財修復などにも使用されている希少な和紙。三彩は、この日本が誇る貴重な原料を途絶えさせないように衣服という日常的に触れるものに使ってもらうべく、この楮から糸を作り、A-POC ABLEがそれを布に起こしプロダクトを作った。
決して簡単ではない楮からの糸作りだが、三彩が専用の機械を作り、和紙らしい風合いや柔らかさ、ハリと言った特徴をどのように出すかをA-POC ABLEのチームと議論を重ねながら形にしていった。産地を“素材提供者”として捉えるのではなく、作り手と一緒に価値の見せ方までを考えるA-POC ABLEのチームの姿勢がよく現れたプロジェクトでもある。
高知県土佐市にある三和製紙グループの会社、株式会社三彩と協業で誕生した楮絲(こうぞし)を使ったストール。紙らしいハリ感をどこまで残すかなど両者で話し合いを続けながら布を作ったという。画像提供:©︎ ISSEY MIYAKE INC.
長い分業の歴史の中では、高度な技術を持つ職人でさえ、自分の仕事が最終的に何になったのかを知らないことがある。
工程のブラックボックス化は、時に新しい発想を阻む壁にもなる。だからA-POC ABLEのチームは協業者と膨大な議論を重ねる。
なぜこの布が必要なのか。どんな服を作りたいのか。完成後には展示を見てもらう。
自分の技術が最終的にどう人の身体を包み、どう評価されたのか。すると作り手からも、「次はこうしてみよう」という提案が返ってくる。イノベーションとは、新しい機械を導入することだけではない。分断された人と工程を、もう一度つなぎ直すことでもあり、A-POC ABLEは服飾業界において、これを最も真摯に行っているブランドの1つだろう。
素材に関わる取り組みでもう1つ面白いのが、ソニーグループが開発したトリポーラス(Triporous™)を使ったプロジェクトだ。
これは米の籾殻を原料とする多孔質カーボン素材で、A-POC ABLEはそれを糸に練り込み、色落ちがしにくい独特の深い黒を持つ衣服へ展開してきた。やがて、このプロジェクトが宮前さんの頭の中で、三宅一生さんから投げかけられた別の課題に重なった。
「クラシックの演奏家たちは、なぜあれほど身体を大きく動かすのに、窮屈そうな正装で演奏しているのだろう。もっと自由に動け、美しく、音楽の場にふさわしい服は作れないのか」というものだ。 これが指揮者・井上道義さんとの協業へつながり、「TYPE-I MM project」が生まれた。
トリポーラスを練り込んだ黒い生地にスチームストレッチを組み合わせ、指揮者や演奏家の身体を心地よく包みながら、正装としての端正さを保つ衣服づくりだ。プロジェクトの工程は、演奏とものづくりを重ね合わせたドキュメンタリー映像として記録された。
トリポーラス素材の深い黒が印象的なオーケストラ用スーツの「TYPE-I MM project」。指揮者の井上道義さんだけでなく、オーケストラの全楽団員の演奏中の動きなどを調査し、動きやすい服づくりを目指した。その様子はドキュメンタリー映像となって一部公開されている。画像提供:©︎ ISSEY MIYAKE INC.
小さなチームだからできる、終着点を決めないデザイン
このようにA-POC ABLEでは素材の選び方から、衣服の設計、製造工程、仕上げの工程、さらには服の目的に至るまで服作りのすべての工程を見直し、新たなチャレンジを重ねている。
最近では、そのデザインのプロセスを服作り以外にも広げ始めた。スイスのデザインスタジオatelier oïと進めた「TYPE-XIII Atelier Oï project」——「一枚の布」と「一本のワイヤー」でできた照明で、技術面では日本を代表するポータブル照明メーカーのAmbientecが協力している。スチームストレッチの布によるシェードは交換が可能で、花を生けるように光の表情を変えられる。服から始まった技術が、暮らしの空間へ広がりつつある。
取り組みは商品にとどまらない。店舗やそこで使う什器、マネキンなども環境に配慮した形でデザインをしている。特に革新的なのは修正や補修がしやすくリサイクルもしやすい3Dプリンターで作ったMagnaRecta(マグナレクタ)という会社と作ったマネキンで、3Dプリンターを使った特殊な製法で壊れてもすぐに修復ができたり、リサイクルがしやすかったりといった特徴がある。
こうした服作り以外のプロジェクトも含め、協業した各社との取り組みは、「ダイアローグ」としてA-POC ABLEのブランドのホームページで日英中の三言語で丁寧に紹介している。
宮前さんの話を聞いていると、決して本人が前へ出て強烈な作家性を押し出すタイプではないことに気がつく。彼がむしろ目を輝かせるのは、自分が知らなかった技術や、誰かの研究について話す時だ。
ものづくりの舞台裏を知ることが、物に愛着を持ってもらう上で重要と考える宮前義之さんとA-POC ABLEのチームは、最近では展覧会などに合わせてスチームストレッチを使ったワークショップを開催している。好きなスチームストレッチ素材の布に蒸気を当て変形をさせて、それを人形に纏わせるというもの。これまでにミラノ、パリ、コペンハーゲンなどで開催してきたが、老若男女問わず人気なようだ。
「知らないことを知るのは楽しい」。その素朴な好奇心が、活動を広げる最大のエンジンに見える。最初はファッションに興味のなかった研究者が、会ううちに服を着ることを楽しみ始めることもあるという。逆にA-POC ABLE側は、彼らの専門領域から世界の見方を教わる。
協業とは、互いの好奇心が感染していくプロセスのようだ。現在のA-POC ABLEは、企業の中にありながら、小さなベンチャーのようなチームで動く。判断が速く、右へ行くか左へ行くかをその場で決められる。その身軽さを宮前さんは大切にしている。
デザインミーティングでも、最初から「ジャケットを作る」「バッグを作る」とゴールを決めない。紙を折る。四角いものを畳む。形を反転させる。素材を変える。そこから「これは服になるかもしれない」「逆さにしたらバッグかもしれない」「将来は建築に使えるかもしれない」と可能性を広げていく。
好奇心旺盛な宮前義之さん。新しい技術やアートなどについての話題は目を輝かせながら熱く語る。
日本のものづくりを「過去」ではなく「未来」として見せる
海外での反応を尋ねると、宮前さんはまず三宅一生さんという存在の大きさを口にした。その土台の上で活動できることへの敬意と自覚が、言葉の端々にある。
海外の展示会ではワークショップも行う。完成品を見るだけでなく、布に触れ、変化を体験してもらうと、子どもから年配者までが集まる。デジタルで何でも見られる時代だからこそ、目の前で形が変わる実感が人の心を動かす、と言う。
宮前さんは、海外で日本のものづくりへの関心が高まっていることも感じているという。だが、それを「日本はすごい」と内向きに称揚するだけでは意味がない。重要なのは、まだ知られていない技術や人を見つけ、現代の価値へ翻訳し、実物を持って世界へ出て、直接対話することだと言う。 A-POC ABLEには近年、世界中の企業から「こんなことはできないか」との相談が届くようになったらしい。半ば『ものづくりの悩み相談室』のようだ、と宮前さんは笑う。
その言葉は、このブランドの現在地をよく表している。 A-POC ABLEは、日本の優れたものを並べるショーケースではない。古い技術と新しい技術、手仕事とアルゴリズム、アートと産業。その間の壁を低くし、「一枚の布」をコンセプトにしたプロジェクトやプロダクトに変えることで世界に発信するプラットフォームとして無視できない存在になってきている。
今回、Premium Japan Awardの受賞者として選出したのも、ファッションのブランドとして以上に、日本発の新しいものづくり文化を生み出すプラットフォームとしての可能性を評価してのことだ。
宮前義之 Yoshiyuki Miyamae
1976年東京生まれ。2001年 三宅デザイン事務所に入社し、三宅一生が率いたA-POCの企画チームに参加。その後ISSEY MIYAKEの企画チームに加わり、2011年から2019年までISSEY MIYAKEのデザイナーを務めた。2021年にスタートしたブランドA-POC ABLE ISSEY MIYAKEでは、エンジニアリングチームを率いて、A-POCの更なる研究開発に取り組む。
Photos by Hidehiro Yamada
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JCCO
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