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2025.05.31
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Portraits
日本のエグゼクティブ・インタビュー
2025.5.30
羽田未来総合研究所代表取締役執行役員・大西洋 ヨーロッパブランドに肩を並べるジャパンブランドの確立は日本の未来の光になる
羽田未来総合研究所(羽田未来総研)の代表取締役社長執行役員を務める大西洋さんは、かつては“ミスター百貨店”と呼ばれた人物であり、日本の消費や価値観の変革に大きく貢献し、本当の豊かさは何かを日本人に伝えてきた。その大西さんが、現在の日本の国力低下から、このままでは後進国になると警笛を鳴らし、そのために取り組むべきこととして、地方創生や日本のモノづくり、また日本のブランド価値の向上に向けた取り組みについて語ってくれた。
オーバーツーリズムが叫ばれる中、
観光国日本へ向けた不可欠な施策の必要性を訴える
オーバーツーリズムが社会課題となっている中、日本の空の玄関口である羽田空港に携わる大西さんに現況を聞いた。
「羽田空港のお客さまはどんどん増えていますが、2024年には3,600万人が訪日し、2025年は確実に4,000万人を超えてくるでしょう。さらに今後は6,000万人などという数字も耳にしますが、正直言って、現在の日本ではその数を受け入れることは難しいと思います。特に地方都市ではタクシー不足などの二次交通の課題も大きく、いま以上にインバウンドを受け入れるプラットフォームが日本には整っていません。日本は、観光を産業として成立させていくためには早急な環境づくりが必要です」と政府の対応策を訴えた。
無論、日本企業がより元気になることも必要である。大西さんは現在の事業の未来を見据えた施策を次々に行っている。
百貨店業界をけん引してきた大西さんは、日本の伝統や文化を守り、生活文化の産業化、観光のビジネス化を通じて、日本の国力向上につなげる活動をライフワークにしている。
日本の経済を支えられる企業ポートフォリオをどう描くかで、企業の将来は変わる
「企業が生き残っていくためには、企業ポートフォリオをどう変革させていくかが大切です。日本空港ビルデングという会社は、羽田空港の旅客ターミナル運営をしている会社ですが、それだけやっていたのでは企業としての存続が難しくなります。コロナの時がいい例だと思いますが、飛行機が飛ばない、お客さまがいらっしゃらないとなると、もう会社としてはビジネスが遂行できなくなるわけです。つまり企業ポートフォリオとして、どうリスクヘッジしていくのかが非常に大事なんだと思います。そこで新しい企業ポートフォリオを作る一因として生まれたのが羽田未来総研だと私は解釈しています」。
現在、大西さんが社長を務める羽田未来総研は、羽田空港の旅客ターミナルの建設、管理・運営を担う日本空港ビルデングが2018年に創設したシンクタンクである。羽田空港を軸として、人や地方をつなぎ、新たなビジネスやブランディングなどの価値を創出する「地方創生」「観光開発」事業をはじめ、日本発のアート・文化の発信「アート事業」などを幅広く展開している。
日本は世界とどう向き合うべきか、また世界の中でどう勝ち抜いていくのか
「まだ実感のない日本人もいらっしゃるかもしれませんが、日本は後進国、いや中進国になってしまったのです。日本のGDPは2025年にインドに抜かれる見通しですし、2030年には東南アジアの伸びている国に追いつかれる。日本が国力を上げていくためには地方創生も大切な一つの施策であると考えています。日本のGDPの半分は地方が生み出します。地方にはたくさんの匠の技や技術力、それらが生み出す素晴らしいモノがあります。それらを産業化していくこと、これを私は『生活文化産業』と呼んで、事業の一つとしています。日本の文化や技術が世界から高い評価を受けて、それらを輸出すれば、地方は活性化し、その結果日本のGDPにも貢献することができます」。
日本のアートもひとつの産業である。
企業がアートや文化を支援することで日本は変わる
現在、大西さんは将来の日本空港ビルデングや羽田未来総研のビジネスにつながっていくことを想定し、文化事業などを行う財団や団体などの支援活動にも多数携わっている。その中で日本のアートや文化への評価の低さについて課題を感じている。
「日本のアートマーケットの市場は3,000億円ほど。しかし欧米では1兆、2兆もあります。アートや文化も、日本の産業の一つの柱として企業も支援をしていく体制が必要です。ただ、いまの若い人たちはアートへのポテンシャルが高いので、日本のアートや文化に対するあり方は変わってくることを期待しています」。
羽田未来総研では、羽田空港第3ターミナル出国エリア内の免税店舗として、2023年12月に地方創生型日本発ラグジュアリーブランド『JAPAN MASTERY COLLECTION(ジャパン マスタリー コレクション)』をオープンさせた。“守るべき日本の美と技”を世界へ発信し、地方創生につなげていく、そしてこれは日本伝統文化のブランディングであり、ジャパンブランド確立への足掛かりとなる取り組みと言える事業である。
「トラベル」「上質な日常」「趣味」「プロモーションエリア」の4区画に分けられている。
日本の職人や日本のブランドからセレクトしたもののほか、オリジナルアイテムも揃っている。
「現在は地方自治体との連携も活発に行っています。自治体が抱える課題を解決すべく、地方のブランディングや海外への展開などのお手伝いもしています。日本の素晴らしい文化やアートを世界に知ってもらうには大切な活動になります。もちろん、ジャパンラグジュアリー『ジャパン マスタリー コレクション』の展開もまだ始まったばかりですので、これらをどうやって海外へ発信するか、あるいは国内に広げていくのかにも取り組んでいます」。
「このジャパンブランドの存在が地方創生をはじめとして、アートや文化、さらには流通業の課題解決など、すべてに通じていく事業です。さらに商品をご覧になった方が、地方のモノづくりに興味を持ち、その場所を訪ねたり、また体験したりすることで、地方にお金を落としていく、よりよい循環にも期待しています」。
なぜ銀座には欧米ブランドばかりが並ぶのか。
ジャパンブランドを世界的ブランドに育てるために必要なこととは?
最後に、なぜ欧米ブランドに匹敵するジャパンブランドが育っていかないのか、その理由についても聞いてみた。
「ブランドが育たない理由には2つあるように思います。1つはヨーロッパには、ラグジュアリーブランドを大事に育てる文化が根付いています。ブランド価値をキープするために、人気デザイナーとコラボレーションするなど、常に新たな息吹を意識して、ブランド力やその価値を守っているのです。それに対して日本は、クリエイティビティとしては世界的にも高く評価されているのですが、それはファッションのクリエイティビティではなく、やはりモノづくりなんです。日本は昔から、自動車産業を含めた製造業が基軸ですし、地方に素晴らしい手仕事のテキスタイルなどがあるものの、あくまでの素材の一つ。ブランドとして育てて来なかった歴史があります」。
「ジャパン マスタリー コレクション」の店頭に並ぶ、香川県「讃岐かがり手まり」。
温暖な気候が育んだ木綿を使って、地域の女性が受け継ぐ手仕事。
最高レベルのオーガニックコットンを用いて、岡山県にある人気ブランドのデニムを製造する工場で生産した、「ジャパン マスタリー コレクション」オリジナルデニムパンツ90,000円(免税価格)。
日本人の積み上げ方式の価格設定では欧米ブランドには太刀打ちできない
さらにジャパンブランドがうまく確立できない背景には、日本人の気質が大きく関係していると大西さんは語る。
「日本の小売業に携わっている人たちは残念ながら交渉力が無さすぎるのです。たとえば、日本で絶大な人気を誇る世界的ブランドは、本国の営業利益率が26%もあります。しかし日本の小売業とか流通業は、だいたい商品利益率が15%程度ですから、営業利益で見ればわずか3~4%程度です。こういう商売をしていては絶対にダメ。日本の小売業、流通業に携わる人は、もっと日本のブランドに自信を持って、オールジャパンでブランディングをしていくという気概や意識が必要だと思います。利益は外には出さないくらいの強い想いで交渉していかないと、世界的な有名ブランドには並べません」と大西さんは語気を強める。
小売業に長く携わっていた大西さんだからこそ知り尽くしている価格設定にも日本人の気の弱さがあると語る。
「日本のブランド商品はそもそも安すぎです。日本はモノづくりからスタートしている文化があるので、価格は素材の原価や職人さんへの報酬、さらに製造費などを足して原価が3,000円だとすれば、それに利益をプラスして1万円で売ろうと、積み上げ方式で価格を決めていきます。しかし海外ではブランディングが先にあるので、まずこの商品は1万円で売ろうと決めます。実は原価が1,000円だったとしても、ブランド価値がそこにはあるのでOKなんです。ここは感性の違いで、日本人は真面目だから機能的価値で価格を決めますが、海外の人は、製品やサービスが消費者の心に感動や満足感などを与える感性価値を重んじているわけです。ただ日本人はこういう発想はやっぱり苦手。でも欧米のように付加価値をつけて売ることをしていかないと、海外のブランドには太刀打ちできなくなります」と大西さんは語気を強める。
そして、銀座には海外ブランドがずらりと並んでいる状況に対しても、オールジャパンでジャパンブランドの確立に取り組めば、10年後には必ずジャパンブランドが並ぶ銀座になると語ってくれた。大西さんは自身の事業の成功はもちろんであるが、それ以上によりよい日本をつくりたいとの思いが常に強くあることが通じてくる。
「昭和20年に戦争で負けて、私の2世代上くらいの方々の努力で日本は経済大国になれたんだと思うんです。だからこそ、私たち世代が、今の20~30代の若者に、誇りある日本を託していくことが役割だと思っているんです」。
大西さんの日本愛はここから始まっているのかと、強く胸が打たれた。
大西 洋 Hiroshi Onishi
東京生まれ。1979年慶應義塾大学卒業、同年 伊勢丹入社。三越 常務執行役員百貨店事業本部MD統括部長、伊勢丹 常務執行役員等を経て、2012年三越伊勢丹ホールディングス代表取締役社長執行役員、三越伊勢丹 代表取締役社長執行役員に就任。2018年7月より羽田未来総合研究所 代表取締役社長執行役員。
島村美緒 Mio Shimamura
Premium Japan代表・発行人兼編集長。外資系広告代理店を経て、米ウォルト・ディズニーやハリー・ウィンストン、 ティファニー&Co.などのトップブランドにてマーケティング/PR の責任者を歴任。2013年株式会社ルッソを設立。様々なトップブランドのPRを手がける。実家が茶道や着付けなど、日本文化を教える環境にあったことから、 2017年にプレミアムジャパンの事業権を獲得し、2018年株式会社プレミアムジャパンを設立。
Text by Yuko Tannigucho
Photography by Toshiyuki Furuya
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