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2026.03.25
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和食とは何か ― 京都から世界へ伝えたい日本の美意識 ―
2026.3.25
京都の料亭「菊乃井」三代目、日本料理アカデミー名誉理事長 村田吉弘氏講演
京都の料亭「菊乃井」三代目、日本料理アカデミー名誉理事長 村田吉弘氏。
2026年3月4日、日本外国特派員協会(FCCJ)で、京都の料亭「菊乃井」三代目であり、日本料理アカデミー名誉理事長でもある村田吉弘氏を迎えた講演が開催された。本講演はFCCJとオンラインメディア「Premium Japan」の共催によるもので、日本料理の本質や旨味の科学、発酵文化、そして世界への普及活動までを横断的に語る内容となった。
日本料理界を代表する料理人の講演とあって、参加希望者は多数にのぼり、当初予定していた50名から80名に拡大して開催された。
受付開始前から多くの人々が会場に集まり、村田氏の登壇を心待ちにしていた。姿が見えると、会場からは自然と拍手が沸き起こる。インタビュアーはPremium Japan編集長であり、日本文化発信機構(JCCO)専務理事でもある島村美緒が務めた。
1. 日本料理の中心は、水と米にある
講演の冒頭、村田氏は「日本人であっても、日本料理について意外と知らない人が多いのではないでしょうか」と切り出した。そして日本料理は「引き算の料理」であると定義する。
引き算の料理とは、素材の不要な部分を水で浄化し、火を入れ、本質を壊さないように最小限の味を添えるという考え方だ。
「素材はすべからく神から頂戴したものです。私は、それ自体がすでに完璧だと考えています」
例えば一本の大根があるとする。それは神の創造物であり、そのままで完全な存在だという。大根は中身を守るため外側に硬い皮を持つため、まず皮を剥く。そして生では辛味や苦味があるため、清らかな水につけて灰汁を抜き、そこに火を入れる。
「神からいただいたものに、人間ごときが味をつけすぎてはいけない。味は添える程度で十分なんです」
そこに柚子味噌を少し添えれば、ふろふき大根ができあがる。
「さあ食べてください、と言える料理になる。それが日本料理です」
素材の本質を尊重するこの思想こそが、日本料理の大きな特徴であり、他国の料理との違いでもあると語った。
2. 日本料理を支える“水”の力
日本料理において最も重要なのは水であると村田氏は強調する。
「日本は北海道から沖縄まで、美味しく飲める水が豊富にあります」
水の硬度を例に挙げると、京都は約40、東京は約60程度。ヨーロッパの水道水は500程度に達することもあるという。
日本の柔らかな水の環境で育つ稲が米を生み、その米を水で炊き上げて食べる。これこそが日本人の主食文化の基盤である。
水の違いは料理にも大きく影響する。関東の水はやや硬いため昆布の旨味が出にくく、鰹節と醤油を中心とした味になる。一方、関西の水は柔らかく昆布の出汁がよく出るため、より繊細な味わいが成立する。
会場からは「京都と赤坂の菊乃井では水が違うが調理方法は変えているのか」という質問が出た。
これに対して村田氏は、菊乃井では京都の井戸水を赤坂店に運んで使用していると明かし、会場を驚かせた。
「水は米を育て、麹を使うことで酒や味噌、醤油といった日本の発酵調味料の基盤になります」
近年は麹が世界的に注目され、ヨーロッパのミシュランシェフたちが独自の味噌や醤油を作る動きも出ているという。
「私は発酵について世界各地で指導もしています」
3. 世界の共通語となった“うまみ”の正体とは?
日本料理のもう一つの特徴は、「うまみ」を中心に体系化された料理であることだ。
うまみは昆布のグルタミン酸、鰹節や肉のイノシン酸、椎茸のグアニル酸などによって構成され、これらを組み合わせることで相乗効果により旨味は大きく増幅される。
さらに、うまみは0kcalで満足感を高めることができるため、油の使用量を抑えた料理が可能になる。
「フレンチのコースをデザートまで食べると25品目で約2500kcal。そこにチーズやデザートを追加すると約3500kcalになることもあります」
イタリア料理も同様で、昼にパスタを食べるだけでも約900kcal程度になるという。一方、懐石料理は約65品目ありながら、ご飯を半分ほど食べてもおよそ1000kcalに収まる。
「毎日懐石料理を食べたらお財布には響きますが、体重は減りますよ」
村田氏のユーモアに、会場には笑いが広がった。
4. 日本人の食生活の変化
しかし近年、日本人の食生活は大きく変化しているという。
「この20年で、日本は米の消費量は約半分程度に減少し、肉の消費量は何倍にも増加しました」
肉を焼くだけの料理は、日本料理を丁寧に作るよりも簡単であることも一因だという。
かつて日本人は、うまみを中心に野菜や魚、米を食べる食生活を送っていた。しかし脂質とタンパク質の多い食生活へ変化したことで、生活習慣病が増加していると指摘する。
村田氏は1977年にアメリカ上院栄養問題特別委員会のジョージ・S・マクガバン委員長が発表した「マクガバンレポート」にも言及した。
この報告では、元禄時代の日本人の食生活が理想的な食事モデルとして評価されている。未精白穀類を主食とし、魚、豆、野菜、海藻を取り入れた一汁三菜の食事である。
「これこそが日本料理の本質なんです」
食の嗜好は遺伝ではなく教育によって形成されるものであり、日本の伝統的な食文化を食卓に戻すことが重要だと語った。
同時に、日本の食料自給率が約40%にとどまる現状にも警鐘を鳴らした。
彩が豊かな菊乃井のお弁当は、わずか450kcal。
お弁当と共に参加者に配られたのは、素敵なボトルに入った、京都宇治玉露「玉兎(TAMAUSAGI)」。
食事の際には、京都・増田德兵衞商店の純米大吟醸 祝40も振る舞われた。
5. 大阪・関西万博を舞台にした食の国際交流
さらに島村より、村田氏の最近の活動について話題が向けられた。まず取り上げられたのは、2013年に和食がユネスコ無形文化遺産に登録された経緯である。
「フランスの著名なシェフ、アラン・デュカスが一足先に、フランスが食に関する無形文化遺産登録されました。次に登録されるのは和食しかないと言われてね。京都府知事、その時の山田知事に相談したところ“それはやるべきだろう”と。そこからメディアを集めて嘆願書を出すことを発表したことで世間に知られるようになり、各省庁が動き出したんです」
もちろん登録までの道のりは簡単ではなかった。料理界の多くの関係者が集まり議論を重ね、「日本料理」という言葉を申請に使うのかについても検討が行われた。その結果、「和食(WASHOKU)」という言葉がふさわしいのではないかという結論に至ったという。
村田氏自身もユネスコ本部へ何度も足を運び説明を重ねた。アラン・デュカスのサポートもあり、ヨーロッパのメディアに和食を振る舞うなどの活動も行われた結果、2013年に和食の無形文化遺産登録が実現した。その後、日本の農水産物輸出額は4倍以上に増加するなど、大きな経済効果も生み出している。
さらに話題は、2025年大阪・関西万博に関連する取り組みへと及んだ。村田氏は食を通じた国際交流の一環として、世界文化遺産に登録されている京都・仁和寺において、海外のトップシェフを招いた食の国際交流イベント「おいしさでつながる世界」を開催した。
このイベントは2025年6月、大阪・関西万博と京都をつなぐフラッグシップ・アクションの一つである「和食と世界の食サミット」の取り組みとして実施されたもので、万博のメインテーマである「いのち輝く未来社会のデザイン」を、国内外のトップシェフたちによる“夢のチーム”によって体現する試みでもあった。
世界の“最高峰のおいしさ”を体験できる機会とあって、会場には溢れるほどの人々が集まり、大きな注目を集めた。
「アメリカからはカイル・コノートン、フランスからはマウロ・コラグレコ。二人ともミシュラン三つ星のシェフです。タイからは二つ星の女性シェフ、チュダリー・デバカム=タムちゃんにも来てもらいました」
彼らを招いた理由について、村田氏はこう説明する。
「なぜ彼らに来てもらったかというと、皆、自分の農園を持っているからです」
自らの農場で食材を育て、その食材を使って料理を作る。環境再生型の農業と料理を実践する世界のトップシェフたちが、このイベントのために京都に集まった。
一方、日本からも次世代の日本料理界を担う料理人たちが参加した。
髙橋拓児(木乃婦3代目)、髙橋義弘(瓢亭15代目)、村田知晴(菊乃井4代目)、栗栖熊一(たん熊北店4代目)、荒木裕一朗(魚三楼10代目)、中村元紀(一子相伝なかむら7代目)、徳岡尚之(京都吉兆4代目)、小西雄大(萬亀楼11代目)といった、京都の老舗料亭の若主人たちである。(敬称略)
「世代交代を考えている今、若い連中が本当によく頑張ってくれました」
イベントで使用された食材にも強いメッセージが込められていた。健康や海洋環境の保全といった持続可能性の観点から注目される海藻類などの代替食材、地域特性を守るGI制度登録食材、地元京都の食材、そして被災地復興を応援するための食材などである。
海外のトップシェフと京都の若手料理人がコラボレーションした料理の数々は、まさにここでしか生まれないものだった。伝統の継承と革新が融合した料理が並び、昼は立食、夜は着席形式で開催された会は終始大きな盛り上がりを見せた。
単なる食イベントにとどまらず、食の未来を世界へ提言する場として大きな意味を持つ取り組みとなったのである。
左から、マウロ・コラグレコ氏、カイル・コノートン氏、チュダリー・デバカム=タム氏。
6. 日本の海を再生する「オーシャンフォレストプロジェクト」
講演では、近年村田氏が理事長を務める活動の一つである「オーシャンフォレストプロジェクト」についても話題が及んだ。
「ここ十数年で、日本の海は急に弱っていることをご存じでしょうか」
村田氏はそう切り出し、実際に目の当たりにした海の変化について語った。
「先日も静岡県の三島に行きましたが、三島湾の漁船が一艘しかないんです。一緒に活動しているレフェルヴェソンスの生江史伸シェフが海に潜ったら、海中に藻も魚もほとんどいないと言うんです」
現在、日本各地の海では藻場の消失、海藻の生育環境の悪化が深刻化している。海藻が急速に減少することで海の生態系が崩れ、私たちの食卓にも大きな影響を与え始めているという。
この現象は「磯焼け」と呼ばれ、西日本ではアイゴやブダイ、北日本ではウニなど、海藻を食べる生物の増加によって藻場が消失することで起こる。藻場は魚の産卵や幼魚の育成の場となるだけでなく、有機物を分解し、炭酸ガスを吸収して酸素を供給するなど、海の生態系を支える重要な役割を担っている。
「日本は世界で6番目に長い海岸線を持つ海洋国家です。リアス式海岸も多く、本来は魚が非常に住みやすい海なんです」
しかし藻場が失われることで海の豊かさは急速に失われつつあるという。
「日本の豊かな海をもう一度取り戻さないといけない。そのためにはまず、日本の海が今どういう状態になっているのかを国民が知らないといけません」
村田氏が取り組むオーシャンフォレストプロジェクトは、こうした危機感から生まれた活動である。海藻を中心とした海の森=「オーシャンフォレスト」を再生し、日本の海の生態系を回復させることを目的としている。
「海洋国家である日本が、藻を食べる習慣を取り戻さないと日本の海は戻ってきません」
日本料理にとっても海藻は欠かせない存在である。昆布や海苔、わかめなど、日本料理の基礎となる食材はすべて海の恵みだ。
「これからの子どもたち、そして孫たちのためにも、今なんとかしないといけない」
そう語る村田氏の言葉には、日本料理人としてだけでなく、日本の自然環境を守ろうとする強い責任感がにじんでいた。
7. 日本料理を“苗木”として“大きな木”へと育てる
講演の最後、参加者から「世界各地で独自の和食が生まれていることをどう考えるか」という質問が寄せられた。
村田氏はこう答えた。
「それぞれの国で、その国の日本料理ができてきてもいい時期だと思います」
日本料理はいま苗木の段階であり、これから枝や葉を広げていく存在だという。
「今それを切ってしまったら、日本料理は盆栽になってしまう」
伝統を守るだけでなく、世界の中で育てていくことが重要だと語った。
「日本料理を苗木から大きな木に育てていきたい」
科学的な知識とともに日本料理の価値を世界へ共有し続ける。その姿勢が強く印象に残る講演となった
村田吉弘氏(右)とPremium Japan編集長・日本文化発信機構(JCCO)専務理事の島村美緒。
村田吉弘 Yoshihiro Murata
1951年京都生まれ。立命館大学在学中にフランス料理研究のために渡仏。半年後帰国。料亭で修行を積んだ後、1993年「菊乃井」三代目主人になる。2004年「赤坂 菊乃井」開店。2007年「赤坂 菊乃井」がミシュラン2つ星を獲得。2009年京都本店がミシュラン3つ星、「露庵 菊乃井」が2つ星を獲得。シンガポール航空の機内食「花ごよみ」を提供、2017年お弁当や甘味を提供する「無碍山房」を開店。2013年「和食 日本人の伝統的な食文化」のユネスコ無形文化遺産登録、および2022年「京料理」の国の登録無形文化財への登録に尽力した。「文化功労者」など受賞歴多数。「特定非営利活動法人 日本料理アカデミー」名誉理事長。
Text by Yuko Taniguchi
Photos by Toshiyuki Furuya
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