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赤城山の旅の新拠点「スノーピーク ランドステーション 赤城」がオープン
2026.10.9
カフェやショップ、野遊びの提案まで。赤城山の自然と地域の魅力をつなぐ場所
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県立赤城公園内に、スノーピークが手がける「スノーピーク ランドステーション 赤城」がオープン。観光案内を中心に、カフェやショップ、多目的ルーム、コインシャワーなどを備えた複合施設だ。
登⼭や湖畔散策に出かける前に情報を得たり、地元食材のメニューを楽しんだり、買い物を楽しんだり。⾷・買い物・体験を⼀つの場所でつなぐ「スノーピーク ランドステーション 赤城」。
「ヒュッテ ハヤシ カフェ」
福豚ソーセージのクリーミードリア 1,400円
バスクチーズケーキ 600円
施設内の「ヒュッテ ハヤシ カフェ」では、群馬県産ブランド豚「福豚」と地元食材を使ったホットドッグをはじめ、自家製ソーセージとトマトのドリア、チーズケーキやテリーヌショコラなどを提供。散策やアクティビティの前後に、赤城の自然を感じながらひと息つくことができる。
⾚城だるま (大)6,710円 (中)4,840円(スノーピーク ランドステーション ⾚城 限定品)
SP LAND STATION AKAGI Water Bottle 全2色 各3,960円(スノーピーク ランドステーション ⾚城 限定品)
スノーピーク直営店には、アウトドアギアやアパレルに加え、赤城ならではの限定アイテムも登場。高崎だるまとコラボレーションした「赤城だるま」や、赤城山の自然をモチーフにしたボトルや手ぬぐい、冬の赤城大沼で見られる「アイスバブル」をイメージしたサイダーなど、旅の記憶を持ち帰るお土産としても注目したい。
同エリアにある「スノーピーク ⾚城 キャンプフィールド」
さらに、隣接する「スノーピーク 赤城 キャンプフィールド」では、キャンプ道具一式のレンタルとスタッフによるサポートがセットになった「手ぶらCAMPプラン」も用意。食材や着替えを持参するだけで1泊2日のキャンプを楽しめるので、アウトドア初心者にもぴったりだ。
大沼でのカヤックやボート、黒檜山の登山・トレッキング、覚満淵でのネイチャーウォークなど、本格的なアクティビティはもちろん、小沼で自然の音に耳を澄ませたり、星空を眺めたりと、特別な道具がなくても楽しめる赤城山。「スノーピーク ランドステーション 赤城」を起点に、この地の多彩な魅力に触れてみては。
◆スノーピーク ランドステーション 赤城
【営業時間】9:00~18:00 ※12月~3月は9:00~17:00
【定休日】水曜日
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栗、松茸、鹿肉。軽井沢の秋を映す「山の懐石」
2026.10.8
星のや軽井沢「日本料理 嘉助」で味わう、秋限定の懐石料理
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木々が色づき、山の恵みが豊かさを増す秋の軽井沢。「星のや軽井沢」のメインダイニング「日本料理 嘉助」では、2026年10月31日(土)まで、秋の味覚を堪能する「山の懐石」の秋限定メニューを提供している。
「山の懐石」は、信州の山菜や高原野菜、きのこ、ジビエ、川魚など、この地が育んだ山川の幸を用い、軽井沢の季節の移ろいを一皿一皿に表現した日本料理。山の素材は、時に主役にも、時に脇役にもなり、食材や調味料の組み合わせの妙が織りなす調和を楽しめる。
豊かな秋の恵みを楽しめる前菜
秋限定メニューは、毬栗を器に見立てた前菜「実りの秋」からスタート。香ばしいマコモダケの玄米香煎揚げ、鮮やかな翡翠銀杏、やさしい甘みの栗茶巾絞りに、パリッと仕上げた鹿節せんべいを添え、秋の恵みを楽しめる一皿だ。
「中秋の名月」を表現した椀盛
続く椀盛「中秋月」は、その名の通り「中秋の名月」を表現。もっちりとした「すっぽん黄身葛豆腐」を月、花びら茸を雲、白葱を星に見立て、器の中に秋の夜空を描き出す。
松茸と蕪を使い重陽の節句の「被綿」を表現した進肴
進肴「着せ綿」は、不老長寿を願う重陽の節句の風習「被綿(きせわた)」がモチーフ。秋の冷涼な気候で甘みを増した蕪を菊の花に見立て、中にはふんわりとした鹿肉の真薯を忍ばせ、深まる季節を繊細に表現している。
メインダイニング「日本料理 嘉助」
料理を通して秋の情景を辿る「山の懐石」。深まりゆく軽井沢の自然に包まれながら、秋を五感で味わうひとときを過ごしてみては。
◆「山の懐石」秋限定メニュー
【期間】提供中~2026年10月31日(土)
【場所】星のや軽井沢 メインダイニング「日本料理 嘉助」
【料金】1名 21,780円(税・サービス料込、宿泊料別)
【予約】要予約(ホテル公式サイトにて受付)
【対象】星のや軽井沢宿泊者
※仕入れ状況により、料理内容や食材が一部変更になる場合があります。
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界で巡る、温泉と土地を味わう2泊3日のゆっくり旅
2026.10.2
温泉街を歩き、湯をめぐり、宿でくつろぐ。「界 草津」で楽しむ2泊3日の旅
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取材/文:中嶋千祥(Premium Japan編集部)
日本を代表する温泉地のひとつ、草津温泉。湯畑を中心に広がる温泉街には白い湯けむりが立ち上り、湯もみや外湯など、長い年月をかけて育まれてきた温泉文化が今も息づいています。2026年6月、ここに誕生したのが「界 草津」です。木立に囲まれた静かな宿と風情ある温泉街を、森の小径と約80メートルのトンネルが結んでいます。
宿でくつろぎ、森とトンネルを抜けて町へ出る。湯畑や外湯をめぐり、裏草津のカフェに立ち寄ったら、再び森を抜けて静かな宿へ。土地の食を味わい、上州文化の手仕事に触れ、温泉について学び、草津の魅力を少しずつ知っていく旅。温泉だけにとどまらない「界 草津」の2泊3日の楽しみ方を紹介します。
◆界 出雲&界 玉造 出雲大社、日御碕神社、八重垣神社など出雲路の開運スピリチュアルスポットと温泉旅はこちらへ
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涼風に癒される山岳温泉と上高地の旅~界 奥飛騨 避暑旅2泊3日
- ・ 木立の静けさと温泉街のにぎわい ふたつの草津を行き来する宿「界 草津」
- ・ シルクアートの間 群馬の絹文化が息づく客室
- ・ ふたつの源泉を引く大浴場で湯あみの後は暖炉ラウンジへ。 湯も湯上がりも楽しむ
- ・ 上州の味を一つの会席に仕上げた「上州豊伝会席」
- ・ 繭から一本の糸を引く ご当地楽「シルクを紡ぐ上州座繰り」
- ・ 「温泉文化いろは」で知る 湯が形づくった草津の町
- ・ 外湯も、寄り道も。「界 草津まちめぐりセット」を手に町へ
- ・ 湯畑とは違う草津の顔。裏草津のカフェ「月の貌」で、湯めぐりの合間にひと休み
- ・ 2泊目の夜は「蕎麦割烹 SAI」へ。連泊で広がる夕食の選択肢
- ・ 旅の最後に。「界 草津」で見つける上州のお土産
- ・ 界 草津を拠点にすると草津温泉の時間が広がる
木立の静けさと温泉街のにぎわい ふたつの草津を行き来する宿「界 草津」
草津といえば湯畑を中心ににぎわう温泉街を思い浮かべると思います。「界 草津」に到着して最初に感じたのは、温泉街とはまるで異なる静けさでした。草津温泉バスターミナルからタクシーで5分ほどに位置する「界 草津」は、なんと標高約1200メートル。エントランスに降り立ったとたん、気温がすっと変化したのを感じます。エントランスの向こうには、白根山のなだらかな稜線が霧の合間を縫って遠くに見えてきました。取材当日は朝から小雨が続き、周辺は霧が立ち込め、木々の向こうが白くかすんでいましたが、かえって風情を感じさせてくれます。温泉街のにぎわいを知っているからこそ、同じ草津にこの風景があることが意外に思えます。
森の中へと誘われるように歩く、森の小径。進んでいくとトンネルへ。
森の小径を抜けて、エレベーターで降りると目の前にはトンネルが現れます。
さっそく、オープン後に話題となった界 草津の温泉街へ続くトンネルへ行ってみることに。客室棟を出て、木々の間を縫うように歩道をたどり、森の中へと入っていきます。絹糸のように細い小雨が、森の木々を濡らし、鮮やかに蒼く輝いています。すでに色づいているのはカエデ、それともナナカマドでしょうか?思わず深呼吸したくなるような空気の中、緩やかに下っていく森の中の歩道の先にエレベーターが見えてきました。エレベーターでさらに下へ。扉が開くと目の前に約80メートルのトンネルが現れます。
トンネルの中は、さらにひんやり。冷房ではなく、土と岩が蓄えた自然の冷たさです。その先へ進めば、西の河原公園を経て、湯けむりとにぎわいに包まれた温泉街へとつながります。静かな木立の中にある宿と、店が軒を連ね、人々が行き交う温泉街。そのふたつを隔てているのは、森と一本のトンネルでした。街のにぎわいと森の中の静けさ、よくばりに草津を楽しむことができる、最高の立地に「界 草津」はあります。
シルクアートの間 群馬の絹文化が息づく客室
界の客室には、その土地の文化や工芸を取り入れた「ご当地部屋」があります。「界 草津」のご当地部屋は「シルクアートの間」です。客室の壁面の意匠は、草津の自然と湯けむりをシルクで表現したもの。上州は、絹などの織物の産地として日本の近代化を支えてきた土地です。「界 草津」は壁面や照明、ファブリックの一部として、空間の中へさりげなく溶け込ませ、上州文化へのリスペクトを表現しているのです。
館内の布製品にも群馬の織物が取り入れられ、客室に置かれた工芸品は色やデザインが少しずつ異なります。土地の文化を現代の客室に違和感なくなじませているところが印象的でした。
全94室のうち、露天風呂付き客室は21室。スタンダード客室と露天風呂付き客室では、照明や壁面の見え方も異なります。
ふたつの源泉を引く大浴場で湯あみの後は暖炉ラウンジへ。 湯も湯上がりも楽しむ
もちろん、草津へ来たからには、やはり主役は温泉。宿泊棟から湯小屋へと向かいました。「界 草津」の大浴場では、万代鉱源泉と西の河原源泉と、ふたつの性質の異なる源泉を引いています。万代鉱源泉は湧出量が多く、力強い湯。一方の西の河原源泉はなめらかな感触が特徴です。同じ草津の湯でありながら、ひとつの宿で湯めぐりをするように入り比べられます。
大浴場で印象に残ったのは、大きな窓の向こうに広がる木々でした。夏は新緑、秋は紅葉、冬には雪景色へと移り変わり、季節ごとにまったく異なる顔を見せてくれますし、一日の中でも朝日が差し込む朝風呂や、日が落ちて瞑想的な夜も雰囲気がガラッと変わります。湯に身体を預け、じんわりと心まで解放されていく感覚を堪能できます。
万代鉱源泉と西の河原源泉、異なる温泉を楽しめます。
外気に触れる露天風呂は、内湯とは違った感触が生まれます。清々しい気分でいっぱいになる朝風呂がお勧めです。
湯小屋のそばに建つ暖炉ラウンジは、大浴場から客室へ戻る途中に、つい足を止めたくなる場所です。暖炉の前に座り、炎の動く様子をただぼんやりと眺めます。濃い夜の闇を背景に、炎の揺らめきを見ているだけで、心が鎮まるようです。温泉に入り、すぐに部屋へ戻っていたら、通り過ぎてしまったはずの時間ですが、暖炉の前では、時計もスマートフォンも見る必要もなく、次に何をするかを考える必要もありません。ライブラリーも隣接しているので、本や写真集を読みながらお茶を飲んだり、静かに低く流れるピアノのBGMを聞きながら、思いのままに過ごしました。
旅先では、名所を訪ね、食事をし、次の予定へと動き続けてしまいがち。そんな旅の途中で、ただ暖炉の炎を眺めて過ごした時間が、後になって不思議なほど鮮明に思い出されます。日常と切り離された時間を作ることができる、貴重なひとときです。
宿泊棟を出て歩道を進むとすぐ見えてくるのがご当地楽棟。中央に暖炉ラウンジ、左奥に見えるのが湯小屋です。
上州の味を一つの会席に仕上げた「上州豊伝会席」
1日目の夕食は、上州の食文化を取り入れた「上州豊伝会席」です。最初に運ばれてきたのは、猪肉のリエットに花豆味噌を合わせた先付け。湯畑の湯の色を思わせる器、湯もみをする板に模したスパチュラがかわいらしい。リエットの上には、辛味を抑えたネギのペーストが添えられ、花豆味噌のやわらかな甘さとぶつからないように仕立てたそう。バゲットではなく、温泉せんべいにのせていただくところもユニーク。せんべいの軽い歯触りに、リエットと味噌の甘みが重なり、見た目の楽しさだけではない一皿でした。
先付けに合わせたのは、土田酒造の日本酒「土田生酛」。口に含むと舌の上ではほのかな甘さを感じますが、喉ごしはすっきりとしていて食事にもぴったり。メロンやバナナを思わせる香りもあり、ひと口目から好みに合いました。
続く宝楽盛りには、鮭のきのこ味噌焼き、さつまいものおかき揚げ、鶏肉と柚子の松風、小蛸の甘露煮、渋皮栗の白和えなどが並びます。お造りはマグロのたたき、カンパチ、鯛に、梅味と青のり味の刺身こんにゃく。中でも印象に残ったのがこの刺身こんにゃくでした。梅味と青のり味、それぞれの風味が生き、これまで抱いていた素朴な食べ物という印象が変わりました。新鮮さと歯ごたえがたまりません。
宝楽盛りには、浅間酒造の「草津節」を。上品でまろやかな甘さが印象的です。土地の料理に土地の酒を重ねることで、旅をしていることを実感します。小箱の蓋には上毛かるたがプリントされています。
メインの上州常夜鍋には、鶏肉や豚肉、舞茸、うどんなどが入り、鰹節を中心にしただしが全体をまとめます。だしは滋味深く、身体に静かに染みていくような味わいです。途中で加えるのが、梅とごまを合わせた「梅ごま」。練り梅の酸味にわずかな甘みを加え、鍋に合う配合になるまで試作を重ねたオリジナルです。梅の酸味で後味が変わり、一つの鍋を最後まで飽きずに楽しめます。
デザートは、界 草津特製 繭玉ムースです。丸い玉のような愛らしい姿の中はマスカルポーネや生クリーム、花豆の餡、ココアを使い、軽いムースというより、しっとりしたチーズケーキを思わせる濃厚さ。料理の最後まで、群馬の文化と食材を現代的に見せる工夫が続きました。
こんなにおしゃれな常夜鍋は初めて見ました。鶏肉はホロホロで、だしとマッチしています。
ころんとした可愛らしいルックスの草津特製 繭玉ムース。
繭から一本の糸を引く ご当地楽「シルクを紡ぐ上州座繰り」
「界 草津」のご当地楽では、群馬で盛んだった養蚕を背景に、繭から糸を引く上州座繰りを体験しました。あらかじめ処理された繭を温め、糸口を取り、座繰り器のハンドルを回して糸を巻き取っていきます。見ているだけなら滑らかな作業に思えますが、実際にやってみると、回す速さと糸をすくう手の動きを合わせるのが難しい。隣の参加者さんが迷いなく糸を取っていく様子を見て、その手際のよさに驚きました。
右手で繭玉を絡め、左で座繰り器で糸を巻き取っていく作業を体験。
座繰り器で糸を巻き取ったあと、タッセル作りのために、糸を巻いていきます。
引いた糸からタッセルを作りました。自分だけのお土産になります。
引いたばかりの白い糸にはタンパク質が残っているため、触れると硬く、ざらりとしています。一方、コブナグサで黄色く染めた糸は、タンパク質を除く工程を経ているため、やわらかく、さらさらとした感触です。同じ絹糸でも、工程によってここまで手触りが変わることを、自分の指で確かめられます。
最後は、自分で引いた白い糸と草木染めの糸を何度も巻き、結び、穂先を切りそろえてタッセルに仕上げます。完成品だけを見ていたのでは気づかない糸の硬さや扱いにくさを知ると、客室のシルクアートも、それまでとは違ったものに見えてきました。
「温泉文化いろは」で知る 湯が形づくった草津の町
「界 草津」の温泉文化いろはのために制作された飛び出す絵本は、ダイナミックなイラストと大きさにびっくり。説明もとてもわかりやすいので、ぜひ体験してください。
全国の「界」では、その土地ならではの温泉文化に触れる「温泉文化いろは」が行われています。「界 草津」でひもとくのは、温泉と草津の町の関係。泉質や入浴法を知るだけでなく、温泉が町の景観や暮らしをどう形づくってきたのかを学びます。
草津温泉は自然湧出量日本一を誇り、絶え間なく流れ続ける温泉が、町のいたるところに湯けむりを生み出しています。一方で、強い酸性の湯は鉄を錆びさせ、長く浸ければ溶かしてしまうほど。源泉に浸けた釘や錆びた銅板を使った実験では、その性質を目で確かめることができました。
温泉街で鉄よりも木や石が多く使われていることにも、この泉質が関係しています。普段は気に留めない看板や柵の根元に目を向けると、町の素材の選び方にまで温泉の影響が及んでいることがわかります。湯畑は、高温の源泉に水を加えず、木樋を流しながら空気に触れさせ、温度を下げるために発達したものです。かつて湯治に訪れた人々が、一歩でも早く湯へ入りたいと湯畑の近くに宿や家を建てた。その積み重ねが、現在の曲がりくねった温泉街につながったといいます。
温泉は浴槽の中だけにあるのではありません。建物の素材や道の形、人の集まり方にまで影響を与えながら、草津の町をつくり続けてきたとのこと。とても記憶に残る温泉文化いろはのひとときでした。
外湯も、寄り道も。「界 草津まちめぐりセット」を手に町へ
界 草津では、風呂敷バッグに手荷物をまとめて草津散策と外湯めぐりへとお出かけするためのセット、「界 草津まちめぐりセット」を用意しています。
2日目は「界 草津まちめぐりセット」を手に、再びトンネルの向こうへと出かけてみました。3,500円(税込)のセットには、風呂敷バッグ、「ちょいな三湯めぐり手形」、界スタッフのおすすめをまとめたマップ「草津めぐりのすすめ。」、ドリンク引換券、タオル引換券が入っています。
「ちょいな三湯めぐり手形」で巡れるのは、大滝乃湯、御座之湯、西の河原露天風呂の三湯。タオル引換券があるので、濡れたタオルを持ち歩かずに湯めぐりできるのも便利です。手形には有効期限がなく、今回入り切れなくても、次に草津を訪れたときに使えます。
界 草津の風呂敷に革ベルトのハンドルを付けると、可愛いバッグに早変わり。
写真左から大滝乃湯、御座之湯、西の河原露天風呂の3つの温泉に入れるチケット、裏草津のカフェ月の貌のドリンク引換券も付いている、とてもお得なセットです。
私がいいと思ったのは、「草津めぐりのすすめ。」が単なる観光マップではないこと。外湯の場所、美味しい温泉まんじゅう屋さん、地酒が豊富に揃う酒屋さんなど、地元の人に教えてもらえたらうれしいと思うような情報が詰まっています。界のスタッフが地道に開拓されたことがわかる力作です。開業準備に加わったスタッフのひとり、池谷綾さんは「それぞれ個人的に好きな店や、実際に歩いたからこそわかった場所を持ち寄り、一軒ずつ掲載の相談をしながら作りました」と教えてくれました。決められた順番をなぞるのではなく、その日の気分で寄り道先を選ぶ。街歩きの選択肢を増やしてくれる一冊です。
「マップ作りには15人ものスタッフが携わっています。地図としての機能性と、自分たちが見つけた好きな草津を紹介したいという、純粋な想いを持ち寄ったことで、企画そのものに熱量が加わりました」と池谷綾さん。その熱量は、掲載許可を求める際にも自然と相手に伝わり、街の方々との温かな交流を生んでいます
湯畑とは違う草津の顔。裏草津のカフェ「月の貌」で、湯めぐりの合間にひと休み
まちめぐりセットを手に向かったのが、湯畑から少し離れた「裏草津」。古い旅館の面影を残しながら、木を基調とした新しい施設が点在し、にぎやかな湯畑周辺とは空気が変わります。地蔵源泉のそばには足湯や手洗乃湯、全国的にも珍しい顔湯もあります。
写真左:甘さと酸味が絶妙なワイルドベリーハイビスカスに自家製スコーンを合わせて。湯めぐりの途中に食べるおやつにどうぞ。写真右:トゥルシーを使ったハーブティーも人気です。
裏草津散策の途中で立ち寄ったのが「地蔵カフェ 月の貌」です。木を生かした明るい店内に加え、外の空気を感じられるテラス席もあり、「界 草津まちめぐりセット」のドリンク引換券も利用できます。このカフェの近くにある「大滝乃湯」でひと風呂楽しんだ後、冷たいドリンクで水分補給しながら、くつろぐのに最適です。
おすすめされたのは、草津で育てられたトゥルシーを使ったハーブティー。スパイスを思わせる香りが立ち上がります。「新月」と「満月」、その日の気分に合わせて選ぶ趣向です。味は同じだそうですが、新月は新しいことを始めるときのアクティブなイメージ、満月はリラックスの意味があるそう。店内で焼く日替わり手作りスコーンもあり、湯めぐりの合間に立ち寄るのにちょうどいい一軒でした。
月の貌スタッフの山城未来さんと池谷さん。界 草津のスタッフは地元にすっかりなじんでいます。
2泊目の夜は「蕎麦割烹 SAI」へ。連泊で広がる夕食の選択肢
2泊目の夕食は、トンネルを出てすぐの「蕎麦割烹 SAI」へ。「界 草津」に併設され、「界」の施設として初めて、宿泊者以外も利用できるダイニングです。外来客はランチやディナーのアラカルトを楽しむことができます。
今回は「地粉生粉打ち 蕎麦会席」にしてみました。酒肴を盛り合わせた前菜やからすみ蕎麦から始まります。台の物は「和牛サーロインのしゃぶしゃぶ」を選択。そば湯と昆布茶を合わせただしにさっとくぐらせ、ポン酢でさっぱりといただきました。締めの十割蕎麦は、冷たいざる蕎麦か温かいかけ蕎麦を選ぶことができ、天ぷらも添えられます。ふたりで訪れれば、台の物も蕎麦もそれぞれ違うものを選べるのもいいと思いました。
1泊目は会席料理で、2泊目はカジュアルにアラカルトでお蕎麦を、というニーズにも応える、新しい界の過ごし方の提案です。
4品の先付と、からすみ蕎麦。
台の物は「和牛サーロインのしゃぶしゃぶ」をチョイス。
旅の最後に。「界 草津」で見つける上州のお土産
フロントに隣接するショップには、アクセサリーや袋物、菓子など、群馬の文化やものづくりを感じる品が並びます。なかでも目を引くのが、織物の土地らしい布のアイテム。スタッフが話してくれたのは、群馬が織物とともに発展してきたことも、お土産を通して伝えたいという思いでした。
客室の「シルクアートの間」から、ご当地楽の上州座繰り、そして最後のお土産選びまで。滞在のあちこちで触れてきた絹文化が一本の線につながります。温泉まんじゅうだけではない、今の群馬らしいものを探すのも旅を締めくくる、思い出作りになりました。
写真左:Jacquard Works キャラメルポーチ(fpink triangle × green stripe)4,400円(税込)、写真右:SAKASO ミニバッグ(界 草津オリジナルカラー)5,880円(税込)
写真左:トリプル・オウ ネックレス(ゴールド)5,500円(税込)、写真右:SAKASO ピアス・イヤリング(界 草津オリジナルカラー)6,380円(税込)
界 草津を拠点にすると草津温泉の時間が広がる
今回の滞在で印象に残ったのは、「界 草津」が宿の中だけで旅を完結させていないことでした。界 草津には、性質の異なるふたつの湯、暖炉ラウンジ、絹文化を取り入れた客室、上州の食を味わう会席、そして上州座繰りなどの体験があります。でもそれだけではありません。森とトンネルの向こうには、湯畑や外湯、裏草津のカフェ、「蕎麦割烹 SAI」まで、宿の外へ出るからこそ出合える楽しみが広がっています。静かな森とにぎやかな温泉街、その両方に滞在したような、もりだくさんの3日間でした。
◆界 草津
歴史ある草津温泉と自然豊かな木立に包まれた温泉宿を敷地内のトンネルで行き来する格別な滞在。二つの草津を巡る、新たな過ごし方を堪能できます。
界 草津 2泊のすすめ
温泉を存分に楽しみ、心身ともにリフレッシュするには1泊ではもったいない。ゆっくりのんびり滞在する2泊3日をおすすめ。心ゆくまで旅の時間を楽しむ連泊滞在をご提案します。
界 2泊のおすすめ https://hoshinoresorts.com/ja/brands/kai/sp/renpaku_kai/
◆界ブランドとは
界は、星野リゾートが運営する日本初の温泉旅館ブランドです。現在、全国 25か所に展開しており、今後数年かけて日本有数の温泉地に約 30 か所展開し、日本旅の拠点となることを目指しています。「王道なのに、あたらしい。」をテーマに趣のある心地よく快適な空間で、ホスピタリティ溢れるスタッフが旅の醍醐味である「地域」や「季節」へこだわり、その土地ならではの旅の提案をするブランドです。
photos by Makiko Nawa
text by Chisa Nakajima
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界で巡る、温泉と土地を味わう2泊3…
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投稿 温泉街を歩き、湯をめぐり、宿でくつろぐ。「界 草津」で楽しむ2泊3日の旅 は PREMIUM JAPAN に最初に表示されました。
Features
重要文化財に刻まれた、過去と現在を知る
2026.9.30
「星のや奈良監獄」で、再生の軌跡を紐解く館内ツアー「刻のプロムナード」がスタート
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国の重要文化財「旧奈良監獄」を保存・再生し、2026年6月に開業した「星のや奈良監獄」。歴史ある建築の機能美と、ラグジュアリーホテルへと生まれ変わるまでの物語を紹介する、宿泊者限定の館内ツアー「刻(とき)のプロムナード」がスタートした。
1908年に誕生した旧奈良監獄は、赤レンガ造りの建築や、中央看守所から複数の舎房が放射状に延びる「ハヴィランド・システム」など、当時の姿を今に伝える貴重な建造物だ。
ツアーでは館内を巡りながら、明治時代の建築技術や監獄ならではの構造、そして歴史的建造物を未来へつなぐために施されたデザインを体感。歴史をありのままに受け継いだ場所から、大胆な再生を試みた空間までを辿っていく。
全てを見渡す看守台も残す「中央看守所」
なかでも見どころのひとつが、近代監獄を象徴する放射状の構造「ハヴィランド・システム」を見渡せる、かつての「中央看守所」。歴史的価値を守りながら、塗装やライティングによって建築そのものが持つ機能美を際立たせた空間を、スタッフの解説とともに鑑賞できる。
西洋のインテリアをふんだんに配置した「メインラウンジ」
かつての倉庫に大きな窓を設けた「ダイニングラウンジ」
このほかにも、天井を取り払うことで高さ9mの大空間へと生まれ変わった「メインラウンジ」や、かつての倉庫を再生した「ダイニングラウンジ」など、歴史の面影を残しながら大胆に手を加えた空間にも注目したい。
漆喰を剥がし、レンガのテクスチャーを活かした客室
何を遺し、何を変えるのか──。文化財の新たな可能性を切り拓いた「星のや奈良監獄」の知られざるストーリーに触れるガイドツアー。保存と活用の狭間で重ねられた試行錯誤や再生の物語を知ることで、この場所での滞在がより充実したものとなるはずだ。
◆星のや奈良監獄「刻のプロムナード」
【時間】毎日8:00~ ※所要時間約45分
【料金】無料
【対象】星のや奈良監獄 宿泊者
【定員】10名
【予約】公式サイトにて前日21:00までに要予約
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2026.9.25
和食と共に歩み続ける昆布商「奥井海生堂」。日本の「だし」文化を世界へ伝える
奥井海生堂が所有する最も古い平成元年香深産のヴィンテージ昆布。
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椀物をひと口含んだときに広がる、澄んだ旨味。野菜を炊いたときに感じる、素材そのものの滋味深さ。日本料理のおいしさの根底には「だし」があり、そこには「旨味」がある。それを生み出すものの一つが昆布だ。
近年、海水温の上昇や磯焼けなどによって、「昆布が採れない」「良質な天然昆布が少なくなっている」という話を耳にすることが増えた。和食には欠かせない昆布は、料理の中で強く自己主張することなく、素材の持ち味を引き出し、味の輪郭を整える存在である。昆布を多くの料理人に提供し、さらには和食文化を守る御昆布司「奥井海生堂」。代表取締役の奥井隆さんは、日本の「だし文化」を世界へも伝えたいと考え、各国で講演を行うなど、和食文化の普及にも尽力している。これらの活動が評価され、「PREMIUM JAPAN AWARD 2026」を受賞した。
北海道から敦賀へ。昆布が辿った「海の道」
奥井海生堂は、明治4(1871)年の創業以来、150年以上にわたり昆布を扱い、大本山永平寺をはじめとする全国の僧堂や、京都を中心とした料理人たちへ上質なだし昆布を届けてきた。料理の世界では、知らない人はいないほどの昆布商である。
その四代目、代表取締役・奥井隆さんに話を伺うと、昆布と日本の食文化のつながりや、収穫後も昆布をおいしくするために重ねられてきた努力が見えてきた。
福井・敦賀の昆布商と聞くと、「敦賀ではいい昆布が採れるんですね」と言う人もいるという。しかし、昆布の国内生産量の約95%は北海道産である。
昆布のほとんどは北海道で育っているのに、なぜ敦賀に昆布商が根づいたのか。昆布の収穫地は遠く北海道である一方、かつて昆布の一大消費地だったのは、京都や大阪を中心とする関西だった。現在のように交通網が整っていなかった時代、千数百キロ離れた北海道から関西まで、大量の昆布を運ぶのは大仕事だった。
特に太平洋側の東北沿岸は気象条件が厳しく、海路で越えるのは容易ではない。そこで発達したのが、比較的海の穏やかな日本海側を通る交易路だった。当時、昆布やニシンなどを積んだ北海道からの北前船の重要な荷揚げ港となったのが、敦賀港であった。
奥井海生堂の引札。引札とは現在のチラシ広告にあたるもので、北前船の寄港地で配られたと思われる。
さらに、敦賀の背後には琵琶湖がある。港に揚げられた物資は陸路で琵琶湖の北岸、海津や今津へと運ばれ、「丸子船」と呼ばれる和船に積み替えられ、そこから大津、堅田などを経て京都へと届けられた。江戸時代の最盛期には、琵琶湖を約1,400艘もの丸子船が行き交っていたという。
こうした歴史的背景のもと、1871年、初代・奥井半吾さんが敦賀の地で昆布商・奥井海生堂を創業した。150年余の歴史は、まさにこの「昆布の道」の上にある。
「昆布は浜」。一枚を見極める専門店の目
昆布は、大きく四つの種類に分けられる。
北海道北部、宗谷岬周辺の利尻昆布。知床半島を中心とする羅臼昆布。えりも岬周辺の日高昆布。そして道南、恵山岬周辺で採れる山出し昆布。北海道を囲む海域ごとに、異なる昆布が自然に育つ。しかし奥井さんの話を聞いていると、「利尻昆布」「羅臼昆布」といった種類だけでは、その世界を十分に語れないことがわかる。
昆布蔵で昆布を確認する、四代目、奥井隆さん。
重要なのは「浜」なのだという。
「同じ利尻昆布であっても、どの島の、どの浜で採れたものなのかによって、幅や厚み、形、そしてだしの味わいまで異なります。函館では養殖昆布も増えていますが、奥井海生堂が長年、仕入れに力を注いできたのが、礼文島の香深(かふか)浜、船泊(ふなとまり)浜、利尻島の仙法志(せんほうし)浜、沓形(くつがた)浜など、名のある浜で採れる天然利尻昆布です」
とりわけ香深産は、奥井さんにとって特別な存在である。しかし環境問題などもあり、こうした良質な昆布が採れなくなっているのも事実だ。
「これほどの良質な昆布を多く持っているのは、弊社以外にないと思いますよ。香深の昆布をワインにたとえるなら、『ロマネ・コンティ』です」
ワイン好きの奥井さんらしいたとえだが、昆布もワインと同様、産地のわずかな違いが品質を左右することを言い当てているのだろう。
敦賀の冬が生んだ「蔵囲昆布」
奥井海生堂を語るうえで欠かせないものが、「蔵囲(くらがこい)昆布」だ。その始まりにも、敦賀という土地が深く関わっている。
夏に北海道で収穫された昆布は、その日のうちに天日で一気に乾燥させ、端を整え、種類によっては幾重にも折りたたみ、出荷に適した荷姿に仕上げられる。そうして敦賀へ到着する頃には、季節は晩秋を迎えていた。
雪深い北陸では、冬になると大量の荷物を伴って旅をすることは難しい。そのため、敦賀に荷揚げされた昆布はそのまま蔵で冬を越し、春になってから京都や大阪へ運ばれることになる。これが「蔵囲昆布」の始まりとされている。
「父がよく言っていましたが、翌年『桜の花の散るころ』に昆布蔵を開けると、新昆布を蔵に入れた時と香りが違っていた」。
北海道から関西へ昆布を運ぶ流通事情と、雪深い敦賀の冬。その二つが重なった結果、時間が昆布をおいしくすることを、昔の人は発見したのである。
昆布蔵の入り口。
昆布蔵には産地が書かれた段ボールにむしろが掛けられて保管されている。
現在は北海道から新潟や福井まで船で運び、そこから敦賀までは陸送となっているが、奥井海生堂では、この蔵囲の技を今も受け継ぐための専用の昆布蔵をいくつか所有している。
秋に入ってきた上質な利尻昆布を、最低でも1年。長いものでは2年、3年と専用の昆布蔵で寝かせる。外気の影響を受けにくい蔵の中で、昆布をむしろに包み、光や風から守る。温度や湿度を管理しながら、静かに時間を重ねていく。
「2年も経つと、昆布が枯れて、ますます深い色を帯びてくる。風格が出てくるんですよ。昆布が生きているんです」と奥井さん。
昆布は乾物でありながら、決して変化を止めた食品ではない。湿気を吸い、匂いを吸い、置かれる環境によって状態を変えていく。
時間をかければ、どんな昆布でもおいしくなるわけではない。長期間の熟成に耐えられるのは、もともと力のある上質な昆布だけである。
蔵の奥に眠る、少し特別な昆布
そして奥井海生堂の蔵には、さらに長い年月を重ねた、特別な昆布が大切に保管されている。
昆布蔵の奥にはヴィンテージ昆布が保管されている。昆布蔵に一歩足を踏み入れた瞬間、昆布の香りに包まれる。
ここには年代物の昆布が静かに時を経ている。
もっとも古いものは、平成元年の礼文島・香深産。実に36年前のものだ。
ここまでのヴィンテージ昆布を所有している昆布商は、ほかにはないのではないだろう。しかし、これらの長期熟成の昆布は売り物ではない。
ワイン好きの奥井さんが、ワインの熟成のように昆布でも実験を続けているのである。長い時間を経ると昆布がどのように変化するのか。その変化を見続けてきた結果、今も残されている貴重なものだ。
そしてこの昆布蔵には、誰もが知る日本料理の名店とのつながりも刻まれている。日本の老舗料理店の味が、この蔵から始まっていることの証でもある。
ごく一部ではあるが誰もが知る料亭の名が連なっている。
良質な昆布が、料理人の味を支える
こうして時間をかけて昆布の価値を高めることは、商売として見れば決して効率的ではない。
現在、奥井海生堂が扱う昆布は、地元敦賀の3カ所と北海道の1カ所、計4カ所の倉庫で管理・保管されている。近代的な専用蔵では、温度や湿度などの環境を徹底的に調整しながら、昆布を守り続けている。
その年に収穫された昆布は、従来、9月中旬頃までに、漁協や流通関係者、消費地の問屋、浜の代表者などが加わる値決め委員会によって価格が決められてきた。大量に採れた昆布を売れ残らせないようにするための仕組みでもあった。
しかし近年は、徐々に入札へと切り替わっている。その背景には、生産量の減少がある。なかでも香深産のように料理人からの人気が高く、生産量の限られた天然昆布は、入札でも高値になりやすい。
高価な昆布を仕入れ、1年、2年、3年と販売せずに持ち続ける。その間も、蔵の整備や管理には費用がかかる。温度や湿度を見ながらカビを防ぎ、煙や異臭からも守らなければならない。
奥井さんによれば、昆布の仕入れは今も現金が基本だという。入札後、すぐに全額を支払う。それから数年間、現金化されない昆布を蔵で抱えることになる。奥井海生堂のような老舗であっても、資金繰りは決して楽ではないだろう。ましてや体力のない昆布商では、商売が立ち行かなくなる。
「在庫の昆布は、もうお金に見えてきます(笑)。しっかりとした仕入れ資金環境がなければ、何年も現金仕入れの昆布を寝かすという『蔵囲昆布』の伝統は守っては行けなくなります」
それでも続けるのは、「良質な昆布が欲しい」という料理人がいるからだと奥井さんは話す。
良い昆布を見極めて仕入れ、すぐに売らず、さらに良くなるまで待つ。時間を抱えることまで含めて、昆布商の仕事なのである。
時を経ることで昆布には風格が増し、だしは甘みを増していくと言う。
「料亭さんというのは、出汁屋なんですよ」
では、なぜそこまでして昆布に手をかけるのか。
答えは、日本料理における「だし」の存在にある。
「高級料亭って、高級食材を並べたら高級料亭になるわけじゃないんです。しっかりしただしを取って、芋ひとつをおいしく炊ける技術がないといけない」といわれている。
そして続けた。
「料亭さんというのは、出汁屋なんですよ」
昆布と鰹節から引いただしを、野菜や魚、豆など、さまざまな素材へ含ませておいしくする。
たとえば黒豆。
「豆を“煮る”とは言わないでしょう。“炊く”って言うんです。お米を炊くのと一緒で」
ただ火を通して柔らかくするのではない。素材の状態を見ながら、だしの旨味を内部へ静かに含ませていく。奥井さんは、それを「だしをインプットする」と表現する。料理が完成したとき、昆布そのものの姿はどこにもない。けれど、一椀、一皿のおいしさの根底には、確かに昆布がいる。自らが前へ出るのではなく、相手の持ち味を引き立てる。昆布という食材のあり方は、日本料理が大切にしてきた美意識とも、どこか重なって見える。
奥井さんは、長年付き合ってきた京都の料理人たちから学んだのは、料理の技だけではないと話す。
「京都の料理人たちは、商いで得たものを、店そのものを守るためにも注いできてるんです。畳を変え、襖を整え、庭を守る。一日たった一組のお客様だけを受け入れるお座敷の効率だけを考えれば、合理的とは言えないかもしれません。しかし、その積み重ねが料理と空間、季節、もてなしをひとつにし、世界の人々を魅了する日本の料亭文化を育ててきたんだと思います。それが日本の美意識です」
その日本料理の美学や料理人の努力をみてきたからこそ、昆布商を続けると奥井さんは語る。
一方で、昆布を使わない和食もある。
「たとえば日本のカレーも和食の一つだと思います。和食の定義はそんなに堅苦しいものではないんですよ」とも語る。
創業当時からある、奥井海生堂の神楽本店。気比神宮に程近い神楽通りにあり、商品の販売を行っている。
昆布を使った商品も数多く販売されている。羅臼昆布80g¥2,430円、羅臼利尻昆布昆布80g¥2,430、昆布とかつおの出汁パック10g×15包(大)¥2,592、太白おぼろ40g¥1,728、昆布おぼろ昆布40g¥972、とろろ昆布40g¥777。オンライン購入も可。
世界が驚いた、日本の「だし」。海外から学ぶ、日本文化の素晴らしさ
昨今、海外で昆布についての講習会を行ってほしいという依頼が増えているという。その背景には、日本のだし文化への関心の高まりがあるようだ。
「海藻でスープを作るなんていう食文化は、世界でも珍しいんですよ」
約20年前、奥井さんは日本政府の依頼を受け、パリで昆布について講演した。当時のフランスでは、海藻を食材として捉える文化はまだ一般的ではなかった。ところが実際に昆布だしを味わってもらうと、現地の料理人たちは強い関心を示した。彼らを驚かせたのは、その旨味だけではない。
「西洋料理のブイヨンが時間をかけて煮込むのに対し、日本のだしはごく短い時間で旨味を引き出す。日本のだしは簡単でいいですねっていうんです」
しかし、その一椀のだしが生まれるまでには、長い時間が流れている。
昆布は海で育ち、漁師が収穫し、その日のうちに天日で乾かす。昆布商が浜と品質を見極めて仕入れ、さらに1年、2年、3年と蔵で寝かせる。そうして何年もの時間を重ねた昆布が、料理人の手に渡り、だしとして役目を終える。
「昆布や鰹節を、だし素材に仕上げていくまでには、何年もの膨大な作業時間がかかります。そのすべては『一瞬でだしを引く』という仕事のためにあります。役目を終えた昆布や鰹節の、その潔さの中から生まれるからこそ『うま味だし』なんです。決して楽な調理作業ではなく、長い時間と手間の積み重ねがあってこそ、その一瞬の味が立ち上がるんだと思います」。
海外の料理人との出会いは、奥井さん自身にとっても、自らの仕事を見つめ直す契機になっていると話す。世界的な料理人たちが昆布に関心を持ち、その背景にある日本の文化まで知ろうとする。外から高く評価されて初めて、身近すぎて見えなくなっていた価値に気づくこともある。
「海外から遠回りして入ってくると、日本の若い人たちも考えてくれる。自分のやっていることはすごいことなんだなって、自覚できた幸せがありますよね」
世界的なシェフ、アラン・デュカスさんも、精進料理などへの関心から奥井海生堂を訪れ、昆布に触れている。
「日本を含めて世界の料理人が敦賀まで足を運び、昆布蔵を見てくれれば、私たちが昆布にどれほど手をかけ、そして大切にしているかを理解していただけると思います」
そう話す奥井さんの言葉からは、家業への深い愛情が伝わってくる。
大本山永平寺の作務衣を着る、奥井さん。
昆布が採れない時代に、何をつなぐのか
そしていま、昆布を取り巻く海そのものが変わり、昆布の未来に不安を抱く人も少なくない。海水温の上昇や磯焼けによって、昆布が育たない海域が増えている。しかし奥井さんは、「海には、海本来の力があると思っています。楽観視はできませんが、これからも海の力が昆布を育ててくれると私は思っています」と語る。
奥井さんが家業を受け継いだとき、ある取材を受けた。その取材のテーマは『消えゆく業界』だった。そんな時代を経て、今では世界の著名なシェフが昆布を求めて敦賀にまで足を運ぶ時代となった。
これからについて尋ねると、その答えは驚くほど静かだった。
「普段通りの、こういう伝統や歴史文化を、ずっと次の時代につなげていく。ただそれだけです」
新しいものを生み出すことだけが、未来をつくることではない。長い時間をかけて磨かれてきたものの価値を知り、必要な手間を惜しまず、次の世代へ手渡していく。昆布から取っただしは、完成した料理の中では目に見えない。けれど、それがなければ生まれない味がある。奥井海生堂が150年以上続けてきた仕事もまた、そんな昆布のだしによく似ている。
目立つことなく、けれど確かにそこにある。
Photos by Katsuo Takashima
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2026.9.28
歌舞伎俳優 中村隼人さん 歌舞伎というコンテンツの30年、40年先を見据えて
2025年9月のトルコ公演で、「三番叟(さんばそう)」を舞う中村隼人さん。世界遺産で知られるカッパドキアで特設舞台が組まれた。
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2025年1月の『新作歌舞伎 大富豪同心』、さらに2026年1月の『女殺油地獄』(いずれも歌舞伎座)と、2年連続で新年の幕開けを飾る新春歌舞伎で主役を務めた、歌舞伎俳優の中村隼人さん。隼人さんは、人気を博したNHKテレビドラマ『大富豪同心』をはじめ、昨年の大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』では重要な役回りを担い、歌舞伎の世界だけでなく俳優としても注目を集めている。そんな中村隼人さんは昨年秋、トルコ、サウジアラビア、アメリカと3回もの海外公演を、立て続けに行った。歌舞伎俳優としての成長に加え、日本の伝統文化を世界に発信するために、過酷なスケジュールを縫って実現させた3度もの海外公演。こうした近年の精力的な活躍が、「PREMIUM JAPAN AWARD2026」を受賞する大きな理由となった。
トルコ、サウジアラビア、そしてアメリカ。海外公演が続いた2025年秋
「昨年秋から年末にかけては、とても充実した、でも目の回るような忙しさでした」
中村隼人さんは2025年の後半をそう振り返る。それも無理もない。9月上旬にトルコ公演、11月にはサウジアラビア公演、12月にはアメリカ公演と続いた。しかもサウジアラビアから帰国後の翌日にはアメリカへ出発したのだから、まさに過酷なスケジュールと言ってよい。トルコでは気球で有名なカッパドキアの世界遺産を特設ステージにして、サウジアラビアでは和太鼓や津軽三味線などともに、そしてアメリカではニューヨークのカーネギーホールでと、いずれも現地で大きな話題を集めた公演となった。
トルコ公演本番直前。舞台に踊るスペースが無い!!
「トルコ公演では、孤高の天才ピアニストと言われている、ファジル・サイさんとの共演でした。前日の舞台稽古の時にまだ舞台が完成していなく、当日はぶっつけ本番です。踊りはある程度稽古してきたので、まあなんとかなると思って会場に行ってみると、特設ステージのセンターにはグランドピアノがどんと置かれ、踊るスペースがありません。ピアノを動かしてくれと頼んでも、サイさんや現地スタッフは聞き入れてくれません。開演時間も迫ってくるし、もう埒が明かないので、サイさんとスタッフの前で、僕の踊りを見せたのです。そしたら全員が納得し、ピアノを移動させ、踊るスペースを設けてくれました」
「そんなハプニングはありましたが、いざ本番となると、サイさんは僕の動きを見ながら、それに合わせて即興でピアノを弾いてくれました。あらかじめ日本に送っていただいた音源とはまったく異なるアドリブです。これには感動しました。ああ、音楽と踊りが共鳴していると、つくづく感じました」
トルコ公演でのメインプログラムは、孤高の天才ピアニストといわれるファジル・サイさんとの共演。さまざまなハプニングはあったものの、公演は大成功に終わった。
予期せぬ出来事が多々ありながら、親日国でもある人々の温かい心に触れることができたトルコ公演。日本とは時間感覚が異なり、万事が鷹揚なことで戸惑うことも多かったサウジアラビア公演。40度という灼熱のサウジアラビアから一転してマイナス6度という極寒に見舞われたニューヨーク公演。まさに、東奔西走の昨年秋だった。
サウジアラビア公演では、チームラボボーダレス ジッダ(ジッダ・サウジアラビア)を会場とし、和太鼓(音間大誠さん、石井ひかるさん)や津軽三味線(二代目佐々木光儀さん)をはじめとする和楽器を融合したパフォーマンスが披露された。
満員のカーネギーホールが喝采に包まれたニューヨーク公演
「ニューヨークでは、能楽囃子大鼓方の亀井広忠さん、歌舞伎囃子方の田中傳左衛門さん、田中傳次郎さんのご兄弟による「三響會」に出演させていただきました。僕が白獅子を演じた三響會版『獅子』は、僕には身に余る方々との共演で、とても緊張しましたし、勉強にもなりました」
三響會版『獅子』では、能楽シテ方観世流の観世喜正さんと、隼人さんが獅子を演じて共演し、満員のカーネギーホールはスタンディングオベーションの大喝采を浴びた。
音楽の殿堂、ニューヨーク・カーネギーホールでの三響會版『獅子』。右は観世喜正さん、左が中村隼人さん。at Carnegie Hall ©Frederic Aranda
ニューヨークではワークショップも開催された。このワークショップでも、中村隼人さんは得難い経験をした。
「生徒さんは、俳優志望というより、舞台演出や裏方を志望する人が多かったのですが、一番多かった質問が、『歌舞伎はなぜ男性だけで演じるのですか』というものでした。それに対しては、400年以上前の創設期には女性も演じていたものの、江戸時代になって人々に与える影響が大きく、幕府の命令で男性のみになったこと。また、衣裳などが極めて重く、女性が演じるのに体力的になかなか厳しいことなどを理由として説明しました」
「ただ、現代においてはスーパー歌舞伎をはじめ、女性が歌舞伎の舞台に登場することも徐々に始まっていることや、今後はどうするか、いうことも自分たちの課題だとも補足しました。このようなことを人前で語るには、自分自身がきちんとした考えを持っていなければならず、僕にとってはよい経験となりました」
歌舞伎というコンテンツの30年、40年先を見据えて
3か国を駆け廻った中村隼人さんは、海外での経験と現状の日本を見て、こう振り返る。
「日本の伝統芸能は、海外ではとても興味深く受け取ってもらえますが、アニメなどのサブカルチャーにくらべると、まだまだ行き渡っていない、ということを今回実感しました。また、日本国内を見ても、映画の『国宝』熱は、少し落ちついた、という気がします。そんななかで、『国宝』に感動してくれた10代や20代の若者たちが、40代、50代になる30年、40年先に、どうすれば歌舞伎というコンテンツを見てくれるか、ということを僕たちが真剣に考えなければならないと思います」
「また、海外へはさまざまな形で発信していくことが大切で、昨年の海外公演のような活動が、少しでもそのお役に立つことができれば、と考えています。そういった意味では、今回の「PREMIUM JAPAN AWARD2026」受賞は、海外も含めた多くの方への認知のきっかけにもなるので、とても有難いことと感謝しています」
ニューヨーク公演(左)と、サウジアラビア公演(右)でのポスター。印象的なビジュアルデザインのポスターは、現地でも話題を集めた。
「軸足を歌舞伎に置く。その考え方は変わりません」
冒頭で触れたように、ここ2~3年は日本での歌舞伎公演でも、隼人さんには絶えず大きな役の声がかかる。また、「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」では1年間ほぼ通して登場し、従来の長谷川平蔵と異なる人物イメージを創り上げ、話題となった。
近年の隼人さんは、若手歌舞伎俳優の域から、まさに役者としての大輪の花が開き始めていると言っても過言ではない。そんな隼人さんは、コンテンツとしての30年後、40年後の歌舞伎の姿を視野に入れる一方で、歌舞伎俳優としての自身の今後を冷静に見つめている。
「去年の自分よりも、今年の自分は少しでもよくありたい、よい役者になっていたいと、それだけをシンプルに考えています。ですので、目標というような大それたことを掲げているわけではありません。ただ、あくまで歌舞伎に軸足を置く、という考え方は変えようとは思わず、最近では片岡仁左衛門のおじさまの元で修業させていただいています。歌舞伎に限らず、伝統芸能は、まず基本が最も大事だと思います。ですので、大先輩の方に教えていただき、ご一緒する時間は、僕にとっては宝物のようなありがたく貴重な時間です」
あくまでも歌舞伎に軸足を置くという中村隼人さん。来る11月の歌舞伎座では、名作のひとつとされる『通し狂言 仮名手本忠臣蔵』の夜の部『五段目・六段目』で、物語の鍵を握る大役である早野勘平を演じる。美しく、哀切のヒーローといわれる勘平を、隼人さんがどのように演じるか。11月の舞台に期待が高まる。
中村 隼人(なかむら はやと)
1993年、二代目中村錦之助の長男として生まれる。屋号は萬屋(よろずや)。2002年、歌舞伎座『寺子屋』<wbr />の松王丸一子小太郎で初代中村隼人を名のり初舞台を踏む。古典歌舞伎のみならず、『スーパー歌舞伎II ワンピース』や『新作歌舞伎NARUTO』といった話題の新作歌舞伎にも精力的に出演し、若手花形役者として存在感を示す。さらに、NHK BS時代劇『大富豪同心』シリーズや大河ドラマ『べらぼう』などテレビドラマや映像作品でも幅広く活躍。現代の歌舞伎界を担う期待の役者の一人。
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深まる秋、富士北麓の森に身をゆだねる
2026.9.29
星のや富士「秋の森 グランピング滞在」。自然の営みを感じ、穏やかな時間を過ごす
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空気が澄み、木々が鮮やかに色づく秋。河口湖を望むグランピングリゾート「星のや富士」では、2026年12月2日(水)まで、富士北麓の自然に浸る「秋の森 グランピング滞在」を提案している。
標高840~940mほどの丘陵地に位置する星のや富士。秋が深まるにつれて森には木の実やキノコが姿を見せ、生き物たちの気配を感じることができる。そんな一年でもひときわ自然の恵みに満ちた季節に、自然の心地よさを楽しむ5つの体験が用意されている。
「秋の森 ディスカバーウォーク(無料・予約不要)」時間 :16:10集合、16:30集合(1日2回開催)
昼下がりには、グランピングマスターとともに森を散策する「秋の森 ディスカバーウォーク」へ。落ち葉を踏みしめながら、スギやヒノキなどの木の実やキノコを探し、鳥や生き物たちの気配に耳を澄ませる。柔らかな陽射しや穏やかな風など、刻々と表情を変える森を間近に感じられるひとときだ。
「森のひととき(無料・予約不要)」時間 :14:30~17:00
散策の後は、色づく木々に囲まれながらコーヒータイムを堪能。薪が爆ぜる音に耳を傾けながら、焚き火で煮出したフィールドコーヒーと、山梨ならではの葡萄を使った小菓子を味わえる。お気に入りの場所を見つけて、森を眺めながら何もしない時間を過ごすのもいい。
「月光ラウンジ(無料・予約不要)」時間 9:00~22:00
※10月25日~27日、11月23日~25日(満月とその前後1日)のみ開催
さらに、毎月の満月とその前後の1日だけ現れるのが、澄んだ月明かりの下で夜長を嗜む「月光ラウンジ」だ。月をイメージした限定カクテルを片手に、月にまつわる本を開いたり、焚き火を眺めたり、思い思いの時間を楽しめる。
「薫る森の蒸留(無料・予約不要)」時間 9:00〜10:00
さらに朝には、森の香りを楽しむ「薫る森の蒸留」を開催。ヒノキやヨモギの花、松ぼっくりなど富士北麓を彩る素材から蒸留水を抽出。嗅覚からも森の奥深さに触れる体験だ。
「山麓の赤ワインすき焼き鍋(通年提供・公式サイトにて前日まで受付)」時間 17:50〜20:10 料金 18,160円(1名あたり・税サ込)
夕食には、キャビンで味わう「山麓の赤ワインすき焼き鍋」を提供。柔らかな和牛と季節の野菜を、赤ワインをベースにしたコクのある特製割り下で味わう。ひんやりとした空気の中で温かな鍋を囲む時間もまた、秋のグランピングならではの楽しみだ。
色付く森の景色や焚き火のぬくもり、澄んだ月明かり──都会では見過ごしてしまいそうな小さな季節の変化に耳を澄ませながら、秋が深まる富士北麓の森に身をゆだねてみてはいかがだろうか。
◆星のや富士「秋の森 グランピング滞在」
【期間】2026年9月11日(金)~12月2日(水)
【場所】星のや富士
【対象】宿泊者
※各体験により開催日時、料金等が異なる。
※天候や仕入れ状況により、提供内容や食材が一部変更になる場合あり。
◆「山麓の赤ワインすき焼き鍋」
【時間】17:50~20:10
【料金】1名 ¥18,150(税・サービス料込)
【予約】公式サイトにて前日まで
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投稿 星のや富士「秋の森 グランピング滞在」。自然の営みを感じ、穏やかな時間を過ごす は PREMIUM JAPAN に最初に表示されました。
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日本酒ペアリングの先駆者「ふしきの」で識る、「日本料理・日本酒・器」の唯一無二の饗宴。
茶室を模した店内と、宮下幸子女将。
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「ふしきの」――2011年に創業し、日本で初めて、会席料理のコース全体を通して一皿ごとに日本酒を一種ずつ合わせ、酒器の形状による味わいの違いまで含めた「日本酒ペアリング」を提唱・実践してきた店である。季節の旬を器に移す日本料理、それに最も合う日本酒を温度を変えて、形状や季節感から選んだ酒器で合わせる。そんな三位一体の歓びを味わえる稀有な体験がここにはある。2011年の開業翌年に初めて一つ星を獲得し、以来、掲載を継続している。日本酒の真価が分かる――その噂が噂を呼び、連日、常連や海外の客で賑わう。そうした日本料理店のあり様が高く評価されて、「PREMIUM JAPAN AWARD 2026」を受賞した。夏の盛りの神楽坂に女将の宮下幸子さんを訪ねた。
創業の経緯と「日本酒ペアリング」
2011年9月、当時32歳だった創業者である宮下祐輔氏が、会社員として働く傍ら立ち上げたのが「ふしきの」である。
以下、女将の宮下幸子氏が話す。
「当時、西洋料理とワインを合わせる『マリアージュ』は行われていましたが、会席料理のコース一品一品に日本酒を合わせる専門の店はありませんでした。日本酒でマリアージュと言うと違和感ががあり、『日本酒ペアリング』と名付け、日本酒との食べ合わせをコース全体を通して提供するという発想をしたのが主人の宮下でした。
主人は会社員として働いていましたが、茶人であり、日本酒を含めた日本の伝統文化を非常に大切にしていました。器を集めておりましたから、『料理、日本酒、器』という三要素を掛け合わせることによって、それぞれの良さを更に楽しめる夢のような店が作れるのではないかという強い信念のもとで、自ら事業計画書を作成してこの店を立ち上げました」
それはまさに飲食業界を専門としていないがゆえに発想し得たものだ。今でこそ「日本酒のペアリング」を謳う店は増えたが、新しい道を拓くのはいつも、既成概念に捕らわれない独自の視点と思想を持った〝変人”なのである。
そもそも「ふしきの」の由来からして、そのことを物語っている。
「店名は千利休居士が珍しい竹の花入れを見て『不思議のものなり』と感嘆した故事や、禅語の『不識』に通じる言葉です。お客様に思いがけないもの、日本酒ペアリングのように、今までにないものを提供するという、店を立ち上げた当時の理念を象徴したものです」
創業者が設計し発注した有田焼の酒器。左の酒器だとより濃醇さを感じる。右の平盃だと酸味をより感じやすく、重ための酒も軽やかになる。真ん中はその中間の味わいだ。
日本酒のポテンシャルを最大限に引き出す
三要素をもう少し詳しく掘り下げる。
「当店の核心部分は、創業者が考案した『日本料理・日本酒・器』を三位一体で愉しむコンセプトにあります。私どもにとって重要なのは、有名な銘柄であるかどうかではありません。『すべての日本酒は等しく美味しい』のです。
大事なことは、日本酒のポテンシャルの引き出し方と提供の仕方。どのようなお酒でもそれぞれの魅力を持っています。ですから、いかに個々の日本酒が持つその特徴を引き出すか、料理と合わせるかを常に考えています」
具体的にはどうなのか。
「日本酒には料理の旨味に寄り添い、余韻を豊かにする合わせ方があります。この特性を最大限に活かすために、料理との相性はもちろん、提供温度を調整し、そして器の形状がもたらす味わいの変化を大切にしています。
例えば、同じ酒でも器の形状によって濃醇さや甘みが強く感じられたり、逆に酸が立って軽やかに感じられたりと、味わいは大きく変わります」
温度で言えば、日本酒は、冷酒から常温、燗酒まで、幅広い温度帯で楽しめる。出し手が調整できる幅が広いお酒なのだ。
そして、日本料理と日本酒のペアリングに関して、ここ以上の極みに達している店はない。一片の疑念もなく、そう断言できる。
日本酒文化をこよなく愛した創業者は、そうした日本酒に関する知見を、セミナー等を通じて啓蒙にこれ努めた。
「お燗も重要な要素なのですが、口内が温かい方が旨味を感じやすいという要素がありまして、温かいお椀には必ず燗酒を合わせております。全体の流れの緩急まで計算して、最適な温度と酒器を選定します」
この手法は、まさに先駆的な試みであり、その結果、料理と日本酒のコンビネーションにおいて、最適化された奥深い食体験を創出している。
店での食体験は、まさに驚愕の連続と言ってもいい。というか、自分は日本酒について何も知り得ていなかったことを痛感する。「これは旨いとか不味い」とか言っていたのは、ほぼ無意味であったことを知るだろう。
酒器は平安時代末期のもの、古唐津から現代まで。惜しげもなく日常使いしている。
器への情熱とギャラリーの役割
さらに、この店の会席料理の流れで興味深いのは、最後に抹茶を必ず出すことだ。
「主人は茶人でもありました。茶懐石ではお食事と共にお酒もありながら、最後のお抹茶をいかに美味しく飲ませるかに重きを置きます。そうした懐石の流れも汲んでおります」
では、酒器を替えるのはどうしてなのだろうか。
「器一つ取っても、個々に物語性があります。一方で、お酒の名前には、漢詩や禅語が出典元になっているものがあります。そこから読み解いたり、季節感やお好みの味わいも考えながら、器を合わせていくところに面白味を感じています」
「ふしきの」は、創業当初から店内に器の展示販売を行うギャラリーを併設し、器文化の発信に力を入れている。そのような日本料理屋は、日本ではここだけなのではないか。そして、そのコレクションは圧巻だ。
店の一隅にあるギャラリー。人気作家のもとへ直接足を運び、選んだ作品が並ぶ。展示作品は購入できる。
「店内に置いてある器は、平安末期の古陶磁から安土桃山時代~江戸初期の古唐津、さらには人間国宝や気鋭の現代作家の作品までと、多岐にわたります。これらの貴重な器を日常の営業で惜しみなく使用し、お客様に食事を通じてその魅力に触れていただいています。お食事をしながら器をご紹介したり、ギャラリーでは別途、作品を展示・販売しており、お気に召した作品はその場で購入していただけます」
極めてユニークなシステムと言えよう。
一部を紹介すれば、京都金閣寺の古材から作られた酒器や、木を一切使わず漆の樹液だけで10年から15年かけて作られる「芯漆(しんしつ)」と呼ばれる漆器など、物語性豊かな作品が並ぶ。
この取り組みは、作家に継続的な制作活動の機会を提供し、日本の器文化の継承に貢献している。
「店での体験をきっかけに器のコレクターになられたり、茶道を始められたり、さらには自らギャラリーを立ち上げられたお客様もいらっしゃいます」
その影響力たるや極めて甚大なのである。
創業者の理念継承と店の現在
2011年9月の創業から10年目、軌道に乗っていた店は、創業者である主人を突然、事故で失うという大きな試練に見舞われる。
「その時は、本当に途方に暮れました。しかし、この店をなくしてしまうのは余りにも惜しい。なので、『なくすのは一瞬。もがくだけもがいてみよう』と決めました。店に残ってくれた料理人たちも支えてくれました」
店はその理念と共に存続の道を歩み始めた。店の革新的なコンセプトは創業後1年足らずで評価され、ミシュランガイド2013年版で一つ星を獲得して以来、1年も途切れることなく星を維持している。
「現在では常連のお客様に加えて、アメリカ、ヨーロッパ、アジア、南米など、世界中からゲストがいらっしゃいます。
海外からのお客様には、単なる食事提供に留まらず、日本酒の背景にある里山文化や米文化、自然を敬う感覚や美意識といった日本の精神性を英語で伝えることを重視しております。
そうした店の在り方に興味を抱く大学生たちが文化伝達の担い手として、接客しながら外国のお客様に日本について意欲的に伝えています」
「カマスの焼き霜とイチジクの酢の物」に合わせた酒器は山崖松堂作。
料理と日本酒の具体的なペアリング
店のコンセプトを体現する料理と日本酒のペアリングを体験させてもらった。
一品目は「カマスの焼き霜とイチジクの酢の物」である。料理人であり日本酒を担当する武田幸大氏が話す。
「皮目をちょっと炙ったカマスの下に、焼きレンコンと舞茸とイチジクを配した、三杯酢のゼリーの酢の物です。酒器は漆だけを使って作った石川県輪島市の山崖松堂(やまぎししょうどう)作のものです。お酒は千葉県香取郡・寺田本家の代表銘柄の一つである墾を選びました。
この日本酒は熟成させることで、酸味が和らぎ旨味が増すのです。甘みがありますが、こちらはアミノ酸由来の旨味です。ちなみに今回出させて頂いたものは当店で抜栓して1年ほど熟成させております。乳酸のヨーグルトっぽさがあるので、酢の物には合いますね」
まず、「日本酒は低温保存するもの」という常識が覆される。熟成の末にもたらされる旨味は尋常一様のものではない。最初に旨味に襲われるが、やがて、辛味、甘味、酸味といった全方位での美味しさを感じる。
しかし大事なのは、あくまでもその酒と料理との合体でどうなるかだ。ペアリングとは、料理と酒の足し算ではなく掛け算なのだが、まさに口の中で大化けした。
「抜栓した後でまろやかに変化するようなお酒を、多く使っていますね」
ただし、すべてを常温で置いておくわけではないという。
「日本酒は、お酒ごとに適した保存温度や熟成のさせ方が違います。20℃以上で味わいがよい方向に変化するものもあれば、繊細さを保つためにマイナス5℃で管理するものもあります。さらに、燗の温度によっても味わいは変わります。一つひとつのお酒の変化を見ながら、その魅力を引き出していく。時には、予想していなかったおいしさに出会えることも、楽しさの一つです。
器にも、形のゆらぎや焼き上がりの表情を、その器ならではの魅力として楽しむ見方があります。お酒も器も、それぞれの違いに目を向け、個性を活かすところに面白さがあると思います」
「海老真丈と松茸のお椀」に合わせた酒器は辻村史朗作。
二品目は「海老真丈と松茸のお椀」である。
「海老真丈と松茸、その上にミョウガとユズを載せました。酒器は辻村史朗作のものです。合わせたお酒は、福岡県久留米市の「独楽蔵 沁(こまぐら しん)」、純米大吟醸です」
低温でゆっくりと熟成させた辛口の純米大吟醸は、口中から体に沁(し)みるようだ。熱々のお椀の出汁、海老と松茸に、輪郭の冴えた液体がよく馴染み、相乗的に美味しさが増してゆく。
「うなぎの白焼き」には骨董の古唐津を合わせた。
三品目の「うなぎの白焼き」である。
「白焼きに銀杏と丸十(さつまいも)を添えました。酒器は安土桃山時代の古唐津で、お酒は愛知県津島市の「長珍」を合わせました。
このお酒は日光による劣化を防ぐため新聞紙で包まれていますが、その丁寧な扱いに蔵の姿勢が表れています。かなり個性的な強めの酸が特徴です。その中にもしっかりとした複雑で厚みのある旨みがあります」
うなぎを噛み締めたところに酒を流し込むと、それぞれの旨味と旨味が掛け合わさってゆく。旨味の波状攻撃だ。
「ふしきの」では、お酒の選定だけでなく、提供方法にも深い意図がある。
例えば、しっかりとした造りの大吟醸はあえて常温で管理し、味わいの変化を促す。また、器も季節感を考慮し、涼しげなガラス器や温かみのある土物などを使い分ける。
これらの緻密な計算によって、料理と日本酒、そして器が一体となった「ふしきの」にしかない唯一無二とも言える食体験が創り出されている。
最後に宮下女将に、この度のアワード受賞についての感想を聞いた。
「私は宮下祐輔の世界観がとても好きです。料理も日本酒も器も、そしてそれらを生み出す人々や地域やその伝統も、全体の掛け合わせの妙で、互いが引き立て合い、様々な相乗効果を生み出していくという世界です。かなりマニアックなことをしていると思いますが、今回の賞で、宮下祐輔とふしきのが行なってきたことを評価してくださり、とても嬉しいです。これを機に、日本料理と日本酒と器の三位一体を、より楽しんで頂けるように、もっと精進したいと思います」
ふしきの
東京都新宿区神楽坂4-3-11 神楽坂つなしょうテラス2階
℡03-3269-4556
Photos:Toshiyuki Furuya
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鹿児島の「宝」を巡る旅
2026.9.24
奄美大島旅紀行 触れる・食べる・泊まる、島の文化をめぐる旅
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鹿児島県本土と沖縄県のほぼ中間に位置する奄美群島は、奄美大島、加計呂麻島、請島、与路島、喜界島、徳之島、沖永良部島、与論島の8つの有人島からなる。今回旅した奄美大島はその中で最も大きく、面積は700平方キロメートルあまり。東京23区や琵琶湖よりも広く、南北を車で縦断するにもおよそ2時間を要する。
奄美大島は、徳之島、沖縄島北部及び西表島とともにユネスコの世界自然遺産に登録され、2026年7月には5周年を迎えた。ここでしか見られない独自の生態系が守られ、ルリカケス、アマミノクロウサギなど絶滅危惧種も暮らす貴重な自然を宿す島だ。
東シナ海と太平洋、ふたつの海と亜熱帯の森に恵まれた島には、長い歴史の中で育まれた独自の文化が、今も暮らしの中に息づいている。「触れる・食べる・泊まる」をテーマに、奄美大島を旅した。
強い日差しと深い緑。奄美大島の第一印象
奄美空港からレンタカーを走らせると、まず目に飛び込んでくるのは、強烈な太陽の光と、その下に広がるさとうきび畑の濃い緑である。光と影のコントラストが、驚くほど鮮明だ。集落が現れては途切れ、その合間に小さな入り江が姿を見せる。海はエメラルドグリーンに輝きながら、波一つ立てずおだやかだ。クルマから降りて入り江を歩いてみる。容赦なく照りつける日差しに肌を焼かれながら、木陰に入れば、ふっと救われるような涼しさに包まれた。
神に捧げた飲み物をルーツに持つ 奄美大島のソウルフード「ミキ」
レンタカーで島を巡る道すがら、地元のスーパーマーケットに立ち寄るのも旅の楽しみだ。棚を眺めているだけで、この土地ならではの食文化が見えてくる。中でも目を引いたのが、「ミキ」と呼ばれる飲み物である。米とさつまいも、砂糖を原料に発酵させた乳酸菌飲料で、奄美大島を代表するソウルフードのひとつ。島では数社ほどが製造販売しており、島の人たちはそれぞれにお気に入りがあるという。ひとつ購入して「ミキ」を飲んでみる。おかゆを思わせるとろりとした舌触りに、ほのかな甘みとかすかな酸味が重なった。
かつて奄美では「ノロ」と呼ばれる女性祭司が祭祀を司っていた。「ミキ」は、豊年祭などで神に捧げるためにつくられた口噛み酒を起源とするともいわれ、その名も「お神酒」に由来するとされる。かつては各家庭でもつくられていたそうだ。スーパーの棚にごく普通に並ぶ飲み物の中にも、島で受け継がれてきた文化が宿っている。そんな発見もまた、奄美大島を旅する面白さである。
「触れる」奄美大島の伝統産業を知る、大島紬村を訪ねて
さとうきび畑と空と海を横目に、奄美空港から車でおよそ20分。奄美を代表する伝統工芸、大島紬を訪ねて「大島紬村」へ向かった。約1万5,000坪の敷地には、ヤシやアダン、ソテツ、ヒカゲヘゴなどの亜熱帯植物が生い茂り、まるで植物園のよう。夏にはシークワーサーが実り、秋にはシャリンバイが赤い実をつける。
「ルリカケスの声がしますね。姿を見せてくれるかもしれません」。そう教えてくれたのは、大島紬村の社長で、自らも伝統工芸士である越間得晴さんだ。代々大島紬の製造に携わってきた家に生まれた越間さん。この村は父の代に、奄美の自然に触れながら大島紬を知ってもらいたいという願いからつくられたという。現在では制作工程の見学に加え、泥田での絞り染め体験も行われている。
泥と植物が生み出す、大島紬の深い黒
越間さんと庭園を歩いていくと、泥染めの作業場にたどり着く。大島紬を象徴する「泥染め」は、シャリンバイに含まれるタンニンと泥の鉄分を化学反応させ、独特の黒褐色を生み出す伝統技法である。染めて、泥につけ、洗う。これを何度も繰り返し、2〜3週間、時には1か月以上をかけて深い黒を定着させていく。
「江戸時代に始まった技法で、一説には、薩摩藩の武士から紬を隠すため泥の中に入れたところ、独特の黒に染まったことが始まりともいわれています。技法として確立されたのは、明治から大正時代です」
工房では、シャリンバイ染め、摺込捺染(すりこみなっせん)、締機(しめばた)、手織りなど、大島紬が完成するまでの工程を見ることができるのだが、その複雑さと緻密さに圧倒される。一つひとつの工程に熟練の技と時間を要し、その積み重ねによって一反の大島紬が生まれる。目の前で手仕事を見ると、その貴重さが実感として伝わってくる。
初めて泥染めの様子を見た。大島紬の独特の黒はこうして染められていたのだ。
大島紬の緻密な柄は、織りながら描いていくものではない。実は、織り始める前の糸の段階ですでに図案が仕込まれている。設計図に沿って、一本一本の糸に柄の一部分となる染め分けを施し、その絣糸(かすりいと)を経糸(たていと)と緯糸(よこいと)に使って、染め分けた位置を正確に合わせながら織っていく。つまり、一本の糸だけを見ても柄はわからない。それぞれに仕込まれた柄の一部分が、織り進めるにつれて重なり合い、やがて緻密な文様となって現れるのである。一反の大島紬の柄は、織機にかけるよりも前から、すでに無数の糸の中に分解されて存在しているのだ。
奄美大島・龍郷町発祥とされる「龍郷柄(たつごうがら)」。幾何学的な文様が印象的な、大島紬を代表する伝統柄のひとつ。ハブの背模様やソテツの葉など、島の自然をモチーフに発展してきた伝統柄である。幾何学的な文様は遠目には端正に、近くで見ると驚くほど緻密。大島紬ならではの絣の技術がよくわかる柄のひとつだ。
大島紬を、いまの暮らしへ
園内には、白を基調としたモダンなショップも併設されている。伝統的な龍郷柄から、ドット柄が印象的な白大島まで着尺が並ぶほか、アロハシャツや蝶ネクタイ、バッグ、財布など、現代の装いに取り入れやすいアイテムも揃う。反物を仕立てた際に生まれる端切れも、くるみボタンや帯留め、シュシュへ。長い時間をかけてつくられた布を、最後の一片まで生かす。伝統工芸をぐっと身近に感じさせるものが並び、あれこれ手に取っているうちに時間が過ぎていく。
「古典柄だけでなく、現代的な絵柄やオリジナルデザインも積極的に取り入れています。また、職人の手仕事が詰まった反物を一つも無駄にしない『ゼロウェイスト』の姿勢も大切にしています」と越間さん。
コロンとしたオーバル形がかわいい、大島紬の帯留め。柄も色もさまざまで悩んでしまう。
シックな大島紬の蝶ネクタイ。ハリ、ツヤのある大島紬ゆえ、装いをランクアップしてくれそう。
「食べる」奄美の食文化を次世代に手渡したい、なつかしゃ家の食卓
ビジネスや観光の拠点である名瀬は、奄美大島の中心地だ。多くの飲食店が軒を連ねる屋仁川通り(やにがわどおり)は、地元では「やんご通り」の愛称で親しまれている。その通りから少し入ったところに「なつかしゃ家」はある。店というより、田舎の親戚の家を訪ねるような一軒家の郷土料理レストラン。初めて訪れたのに、どこか懐かしさが込み上げてくる。その名の通り「なつかしゃ家」なのだ。この日も予約でいっぱいの店内を切り盛りしていたのが、女将の恵上イサ子(えがみ いさこ)さんである。
席に着くと、テーブルいっぱいに郷土料理が並んだ。鮮やかなピンク色のハンダマご飯、ピーナッツ豆腐、豚骨料理、祝い事に欠かせないもち米天ぷら。一品一品に島の知恵が詰まっている。
奄美大島のお料理の特徴は?と聞いてみた。「味の決め手は、サトウキビから作られるザラメと黒糖の巧みな使い分け。ほとんどの料理にザラメを使い、黒糖はお菓子に用いるのが奄美流。ザラメと黒糖だとやっぱりその味わいがお料理に使った時違うんです。全然コクが違うから」と恵上さんが説明してくれた。
奄美には「塩豚」の文化も根付いている。冷蔵庫のなかった時代、豚肉にたっぷりと塩をまぶして保存し、正月前に仕込んだものを翌年5月頃の田植えの時期に食べていたという。
「昔はそれぞれの家で米を作っていたので、豚肉にたっぷりと塩をして、その藁に包んで軒下に下げておくんです。それを田植えの頃に外して、煮て食べるんですよ」
肉を長く保存するための知恵でありながら、米を作る暮らしとも結びついていた塩豚。奄美の郷土料理には、島で暮らしてきた人々の生活が映し出されている。
鮮やかなピンク色が目を引くハンダマご飯。島のお料理は茶色になりがちだから、色どりのきれいなもので目も楽しんでもらいたいと恵上さんが考案した。島野菜のハンダマをお米と一緒に炊き込んで作る。
島の米作文化と強く結びついていた塩豚。
恵上さんは元中学校の教員。定年まで勤め上げ、退職したのち郷土料理の店を開くのが夢だった。3歳の時に父を亡くし、料理は母の手伝いをしながら自然と覚えた。小学校5年生になる頃には運動会に自分で手巻き寿司を作るほど。
「家は貧しかったけれど、『貧乏はしても心の貧乏はさせない』という母の口癖だった言葉が、私の生き方の根底にあります」。
そして教員時代のある出来事も「なつかしゃ家」を開く原動力になった。夏休み直前の暑い日のことだった。
「数十年前、まだ奄美大島内でも生活水準に差があった頃のことです。中学一年生を筆頭にした3人兄弟が問題行動を起こし、鹿児島の教護院に送られることになりました。名瀬港へ見送りに行った私は、『どうして親元を離れて行くの?』と彼らに尋ねたんです。すると、『先生、俺たち兄弟3人、朝昼晩のご飯が食べられたら、どこでもいいんだ』。そう答えたのです」
何十年も前のことだというのに、恵上さんは少し涙ぐんでいる。あの日の言葉は、「子どもたちに二度とあのようなひもじい思いをさせてはいけない」という使命感へと変わった。退職後、かつての教え子たちが「先生」と言って帰ってこられる館を作りたい。その思いの原点となった出来事だった。
次なる夢は「体験の館」。奄美の文化を未来へつなぐ
「おいしいよ、食べてみて。疲れも取れるから」と恵上さんが勧めてくれた「ふくらかん」。奄美大島で古くから親しまれている黒糖を使った伝統的なお菓子。農作業の合間や、お祭りの際のお茶請けとして長く愛されてきたという。やわらかい感触と黒糖の優しい甘みが、おやつにぴったりだ。恵上さんが作るふくらかんは非常に人気があり、お土産として持ち帰られることも多いそう。単なるお菓子としてだけでなく、恵上さんと人との縁をつなぐ大切な役割も果たしている。
「なつかしゃ家」を実現した恵上さんには、次なる夢がある。郷土料理を食べて「美味しかった」で終わるのではなく、自ら作り、その背景にある文化まで体験できる「館」を作ることだ。黒糖を使った蒸し菓子ふくらかんや天ぷら作りなど、誰もが参加できるクッキングクラスも思い描いている。
女将の恵上イサ子さん。厨房からお客さまのおもてなしまで大活躍。
中でも伝えていきたいのが、正月に一年の健康や繁栄を願っていただく奄美大島の伝統料理「三献(さんごん)」である。一の膳、二の膳、三の膳と順に供される儀式的な料理で、同じ三献でも、お吸い物の出汁には豚骨や魚など地域による違いがあるという。
しかし若い世代では、準備や作法を簡略化する家庭も増えている。恵上さんは伝統を絶やすまいと、奄美高校の家政科で年に一度、4時間をかけて三献料理を教えている。
「高校生たちが『こんな伝統があるんだ』と知り、家族に話して、『じゃあ来年のお正月はやってみようか』という家庭が一つでも増えてくれたらいいなと思っています」
今日は奄美の唄者、 前山真吾さんが島唄を披露してくれる賑やかな夜だ。まずは「朝花節」で座が開く。三線(三味線)を弾きながら、ファルセットと節回し、音階は、初めて聞くのになぜか郷愁を掻き立てる。心が浮き立つような「ワイド節」で店内が温まってきた。恵上さんは配膳しつつ踊りつつと、見ているこちらも笑顔に。この店には、ここが自分の帰る場所だと思わせる安心感があふれている。
「76歳にもなってね、体験施設を作りたいとか、まだ夢を追いかけているから、人から見たらアホと思われるかもしれないでしょ」
恵上さんは少々自虐的に言うけれど、それでも夢を諦めたりはしない。今度は恵上さんの教え子たちが、先生を応援してくれている。奄美の食文化を次世代へつなぐために、恵上さんの挑戦は、まだ続く。
なつかしゃ家
鹿児島県奄美市名瀬柳町11-26
0997-57-1980
完全予約制
音楽と酒造りが出合う、奄美大島 西平酒造
奄美大島を旅するなら、黒糖焼酎は欠かせない。本来、黒糖を原料とする蒸留酒は、日本の酒税法では税率の高い「スピリッツ」に分類される。戦後、米麹を使用することを条件に、奄美群島(奄美大島・喜界島・徳之島・沖永良部島・与論島)に限り黒糖を原料とする焼酎造りが認められ、現在まで続く。黒糖焼酎は、奄美群島だけで造ることのできる、この土地ならではの酒なのである。
その黒糖焼酎に、新しい感性で向き合っている蔵がある。まもなく創業100年を迎える西平酒造だ。4代目の西平せれなさんは、東京の音楽大学へ進学後、ミュージシャンとして活躍していた経歴を持つ。現在も酒造家であると同時にミュージシャンでもある。さらに社員の半数もミュージシャン活動をしているというから面白い。
音楽と酒造り。一見異なるふたつの世界が、この蔵ではごく自然につながっている。それぞれが役割を担い、互いの感性を響かせながら黒糖焼酎をつくり上げる。そのものづくりは、バンド活動にも似ている。
創業当時からの主要ブランドは「珊瑚(さんご)」。「珊瑚」は最も古くからあり、従来はもっと力強い味わいだった。西平さんが帰郷後、女性や若者にも飲みやすいものを作りたいという蔵を刷新する機運があり、杜氏を説得して現在の味わいに改良。ラベルデザインも3年前に一新した。ポップなデザインが魅力的。
音楽で熟成する黒糖焼酎「Sonic Aging(ソニック・エイジング)」
音楽家が集まる西平酒造らしさを象徴するのが、「Sonic Aging」というユニークな試みだ。専用の音楽室に熟成樽を置き、それぞれの樽に異なるジャンルの音楽を聴かせる。選ばれたのは、ロック、レゲエ、ヒップホップ、ハウス、ラテン、そして奄美の島唄の6種類。ジャンルによって異なる周波数やリズムの振動が樽の中の原酒を揺らし、熟成や味わいにどのような変化をもたらすのかを探るプロジェクトである。
単に「音楽を聴かせた酒」として売り出したのではなく、6種類をそれぞれ商品化していること。島唄を聴いて熟成した酒、ロックを聴いて熟成した酒。それぞれを飲み比べ、香りや色、口当たり、風味の違いを自分の舌で確かめることができる。
「音楽をつくるように醸し、奏でるように発信する」を掲げる西平酒造。音楽と酒造りという自分たちが持つふたつの個性を、単なるイメージではなく、実際の酒造りにまで結びつけたのが「Sonic Aging」なのである。
ソニック・エイジング中の蔵を案内してくれる西平せれなさん。音楽を取り入れるというアイデアのキーマンとなったのは、当時スタッフだったオーストラリア出身のジョンさんだった。実際に使用しているスピーカー(ハードウェア)については、島に住んでいる知り合いのエンジニアの方に相談し、その方に製作してもらったとのこと。
黒糖焼酎を、まず島の人たちに知ってほしい
西平酒造がいま力を入れていることのひとつが、蔵見学ツアーである。当初は島外から訪れる人に黒糖焼酎を知ってもらうために始めたが、意外にも地元からの参加が多かった。とりわけ若い世代には、黒糖焼酎がどのような酒なのか、よく知らない人も少なくないという。
そこで、まずは地元の人たちに、自分たちの土地で造られている酒を知ってほしいと、見学ツアーを増やした。酒造りの現場を実際に見てもらい、さまざまな飲み方を提案することで、黒糖焼酎をより身近に感じてもらおうとしている。
西平さんの視線は、酒蔵の外にも向いている。
「ゆくゆくは地域の情報誌を作りたいんです。屋仁川のエピソードやお店の情報をアーカイブとして残し、地域の歴史や文化を伝えていくための媒体ができたらと考えています」
造り続けるだけではなく、まず知ってもらうことから始める。西平酒造の新しい試みの根底には、黒糖焼酎という奄美の文化を、島の次の世代へ手渡したいという思いがある。
「珊瑚」「加那」など西平酒造に古くからあるブランドとともに、新しい黒糖焼酎造りにもチャレンジし続ける。
西平酒造株式会社
鹿児島県奄美市名瀬小俣町11−21
蔵見学は要予約 2,500円お土産付
0997-52-0171
「泊まる」奄美の自然と文化に包まれる、ティダムーン
旅の滞在先に選んだのは、奄美空港から車で約10分、太平洋に面して建つ「ティダムーン」。目の前には青い海が広がり、その沖には「立神(たちがみ)」と呼ばれる岩が浮かぶ。奄美では古くから、海の彼方に豊穣の神々が住む「ネリヤカナヤ」があると考えられてきた。立神は、そこからやって来る神々の道標とされてきた、島の信仰と深く結びついた存在である。
ホテルの名は、奄美の方言で太陽を意味する「ティダ」と、英語の「MOON」を組み合わせたもの。太陽と月、海、そして立神。ホテルに身を置いているだけで、奄美の自然と、その奥にある島の文化を身近に感じられる。大島紬の織元がオーナーを務めるだけあって、館内には「大島紬美術館」を併設。島の食材を生かした料理も楽しめる。泊まることそのものが、奄美の文化に触れる時間になる。そんなホテルである。
太平洋と過ごす、ふたつのスイートルーム
ティダムーンには全23室の客室があり、そのうち6室がスイート。中でも太平洋に面した「衣-gin-」と「縁-en-」は、ともに66平方メートルのゆったりとした空間と、目の前に広がる海が印象的なスイートルームである。
「衣」のテーマは、その名が表すように大島紬。室内の随所に大島紬が取り入れられ、空間の中で身近に感じられるように設えられている。落ち着いた色調の室内の先には大きな窓が広がり、その向こうは太平洋。海と空が刻々と色を変えていく様子を、部屋にいながら眺めて過ごすことができる。
この部屋でひときわ目を引くのがバスルームだ。海に向かって開かれた空間にバスタブを備え、湯に浸かりながら太平洋を一望できる。朝には水平線から昇る太陽を、夜には月明かりに照らされた海を眺めながらのバスタイム。日常ではなかなか味わえない時間である。
広大な太平洋の向こうに喜界島を望む「衣-gin-」のバスルーム。
もうひとつの「縁」は、太平洋に面した角部屋。窓の向こうには喜界島、沖合には立神を望む。室内は極めてシンプルで、大きなガラス窓の先には広いテラスが続く。朝日を浴びながらヨガをしたり、椅子に腰掛けて海を眺めたり。旅先だからと予定を詰め込まず、何もしない時間を楽しみたくなる。
この部屋の特徴はミニマルなインテリア。あえてテレビは置かれていない。この部屋で見るものは、一日の中で刻々と変化し表情を変える海と空があればそれでいいのだ。ゆっくりと昇る朝日のまばゆさも、夕刻から短い時間に現れるマジックアワーも、夜には海面に月明かりが帯のように伸びる「月の道」が現れることもある。見るべきものは奄美大島の自然が全部用意してくれているのだから。
「衣」と「縁」、趣は異なるが、どちらにも共通するのは、窓いっぱいに広がる奄美の海。テラスに出て潮風にあたり、海を眺めながらバスタイムを楽しむ。あえて予定を入れず、この部屋で一日を過ごす。そのために泊まりたくなるスイートである。
心を整えてくれるミニマルなインテリア、そして海と空。心身ともに癒されていく時間がここにある。
取材時はちょうど新月の時。潮が引いている様子はまるでモンサンミッシェルのよう。バスルームから「立神(たちがみ)」と呼ばれる岩が見え、スピリチュアルな気配を感じさせる。
大島紬の美を間近に。大島紬美術館
ティダムーンを語るうえで欠かせないのが大島紬である。オーナーは大島紬の織元で、現在も大島紬を織り続けている。館内の「大島紬美術館」には、皇室に献上されたものと同柄の貴重な作品をはじめ、歴史あるものから現代的な大島紬までが一堂に並ぶ。
さらに、奄美の自然を描き続けた日本画家・田中一村の原画や、その絵を大島紬で表現した作品など、ここでしか見ることのできないものも展示されている。絵画の世界を染めと織りによって表現した大島紬は、近くで見るほど、その緻密さ、ドラマティックな色彩に驚かされる。
ティダムーンに宿泊して、大島紬美術館でさまざまな時代や表現の大島紬に触れる。織元が手がけるホテルだからこそ、滞在の中で大島紬を身近に感じられるのである。
入ってすぐ目の前に現れるのは奄美大島を愛した作家・田中一村の屏風絵。八曲一双の屏風は大迫力。奄美の植物の生命力を写す。
大島紬の織元ならではの見事な作品が並び、大島紬の魅力を堪能できる。田中一村の絵画を着物柄に織り込める唯一の織元でもあり、従来の大島紬のイメージを一新する斬新な作品も多く並ぶ。
大島紬美術館の星加麗子さんは、きもののプロ。気軽にきものの楽しさを教えてくれる。
美しい海や森、この島ならではの文化、そして人々の暮らし。奄美大島には、観光地としてつくり込まれすぎていない素朴さが、今も残っている。旅を終える頃には、その飾らない心地よさがすっかり好きになっていた。また帰ってきたい。そう思わせてくれる奄美大島の旅だった。
鹿児島の宝を巡る旅は、これからも続く。これまでの「南の宝箱 鹿児島を巡る旅」は以下から。
Photography by Azusa Todoroki(Bowpluskyoto)
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投稿 奄美大島旅紀行 触れる・食べる・泊まる、島の文化をめぐる旅 は PREMIUM JAPAN に最初に表示されました。
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京都通信
2026.9.21
京都で月を愛でる──平安から続く観月の文化と美意識
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秋の夜、ふと見上げた空に浮かぶ月。その美しさに足を止める時間は、昔も今も変わらないのかもしれません。
京都では平安時代から、月を愛でる文化が育まれてきました。月そのものだけでなく、水面に映る姿や、移ろう表情、周囲の景色とともに月を楽しむ。そこには、日本ならではの美意識が息づいています。
今回の京都通信では、平安時代〜現代にいたる観月の風習から、月見団子に見る地域の違いまで、月をめぐる文化をたどりながら、お月見の魅力を紐解いていきたいと思います。
平安貴族が愛でた月
月を愛でる文化は、いつ頃から親しまれてきたのでしょうか。
古くから、日本人にとって月は身近な存在。月の満ち欠けを基準とした暦、月の神様への信仰、そして文学や情緒の源泉として、日本人の暮らしや文化に深く根付いてきました。
そこへ中国の観月文化が加わったのが平安時代。以来、お月見の風習が宮廷を中心に広まったといわれています。
日本人は、月の満ち欠けや月齢に合わせて、十六夜、立待月、寝待月など、美しい名前をつけて親しんできた。
広く親しまれるきっかけとなったのが、嵯峨天皇による観月の宴。現在、大覚寺の東に位置する大沢池がその舞台となりました。
嵯峨野のなだらかな山並みを借景に水をたたえるこの池は、嵯峨天皇の離宮・嵯峨院の苑池として造られた日本最古の人工林泉。中国の洞庭湖を模したことから「庭湖」とも呼ばれ、唐風文化を好んだ嵯峨天皇の趣向が随所に感じられます。
中秋の名月の夜、嵯峨天皇は文化人や貴族らとともに、色鮮やかな龍頭鷁首を浮かべて詩歌を詠み、管弦を奏でながら月を愛でる——そんな風雅なひとときを過ごしたとされています。
月を映して味わう。観月の美意識
観月の楽しみは、夜空に浮かぶ月を見上げることだけではありません。
実は、お月見の風習が広まった平安時代、月をじっと見つめることは良くないことと考えられていました。
平安時代初期に書かれた『竹取物語』には、月を眺めて物思いに耽るかぐや姫が「月の顔見るは忌むこと」とたしなめられる場面があります。また、『源氏物語』宿木の巻にも、「月見るは忌みはべるものを」という表現が。
それでも、人々は月を愛でてきました。
平安貴族たちは、月を直接見るのではなく、池の水面や盃のなかのお酒に映る“逆さ月”を愛で、風流を楽しんだとされています。
静かな水面に美しい姿を映した“逆さ月”。
このように、古くから人々は、月そのものだけでなく、月がつくり出すさまざまな景色にも心を寄せてきました。
日が暮れて、空の青が少しずつ深まり、やがて月が昇る。
十五夜に近づくにつれ、満ちていく月。
雲に隠れていた月が、ふと姿を見せる、その瞬間。
情景の美を見出すだけでなく、満ち欠けする月の姿に、時の移ろいやもののあわれを感じ取っていたのではないでしょうか。
今年のお月見は、そんなことに思いを馳せながら、月を眺めるひとときをゆっくりと味わってみるのもよいかもしれません。
現代に受け継がれる月見の文化 京都で楽しむ観月会
平安時代の貴族たちが楽しんだ観月の文化は、長い年月を経た今も受け継がれています。中秋の名月の頃になると、各地で観月会が催され、月にまつわる行事を楽しむことができます。もちろん、それは京都でも。
普段は見ることのできない夜の神苑と、秋の味覚、京都の情緒を一度に楽しむ特別な一夜です。
ライトアップされた神苑の幻想的な景色とともに、名月を愛でる秋の夜。
まずは、ライトアップされた名勝庭園「平安神宮神苑」へ。昼間とは異なる趣の庭園をゆっくりと散策し、静寂に包まれた秋の夜を堪能します。ディナー会場となるのは、神苑を臨む会館。旬の味覚をふんだんに取り入れた、この夜だけの特別なコースで、実りの秋を五感で味わいます。食事の時間には、舞妓さんによる舞も披露。艶やかな装いと優美な舞を間近で鑑賞したあとは、舞妓さんとの写真撮影も可能です。
美しい月を愛でながら、京都ならではの秋の風情と、古都の伝統文化に触れる特別なひとときを過ごしてみてはいかがでしょうか。
〈~中秋の名月を愉しむ~観月ディナー〉
開催日程:2026年9月25日(金)
公式サイト:https://www.heianjingu.com/party/afternoontea/usual/kangetsu-heian/
国の重要文化財に指定されている仁和寺の「二王門」と美しい満月。
そのほか、月にちなんだ法要や雅楽・舞楽を楽しめるものから、茶席や食事とともに付きを愛でるものまで、さまざまなイベントが。大覚寺・大沢池では毎年、3日間にわたって「観月の夕べ」が開かれます。1,000年以上の時を経てもなお、同じ場所で月を眺められることに、昔と今とが月を介してつながっているような感慨を覚えます。
こうした観月会をきっかけに、古くから続く月見の文化に触れてみるのも一興です。
月見団子に見る地域の文化
江戸時代になると、お月見の風習は庶民にも広まります。ただ月を愛でるだけでなく、秋の収穫を祝い、翌年の豊穣を祈るための行事として定着。月に見立てたお団子をお供えするようになったのは、この頃からだといわれています。
関東の月見団子は、満月に見立てた丸い形。まん丸だと、死者の枕元に供える「枕団子」と同じになってしまうため、ほんの少し潰してつくる。
実は、この月見団子には地域による違いがあります。関東では、白く丸い団子を積み上げる形が一般的。一方、関西では、里芋を思わせる細長い形の団子にあんを巻いたものがよく見られます。
そのほか、静岡には「へそもち」と呼ばれる中央がくぼんだ団子を供する地域も。沖縄には細長いお餅に小豆をまぶした「フチャギ」を供える風習があります。
十五夜(中秋の名月)は「芋名月」とも呼ばれ、里芋などを供える風習とも結びついてきました。関西で見られる里芋形の月見団子も、こうした風習を背景にしたものとされています。
関西の月見団子。里芋の形を模しているという説のほか、雲がかかった月を表しているという説も。
また、名月は十五夜だけではありません。
旧暦8月15日にあたる十五夜の約ひと月後、旧暦9月13日を「十三夜」と呼びます。
十五夜が中国伝来の行事であるのに対し、十三夜は日本独自の月見の風習。
十五夜に次いで美しいとされるこの夜の月は、満月ではなく少し欠けた姿をしています。この月を名月として愛でるところに、不完全なもののなかに美を見出す、日本らしい美意識を感じさせます。
十三夜は、栗や豆が収穫できる時期であることから、「栗名月」や「豆名月」とも呼ばれ、月見団子のほか、栗や枝豆、柿、南瓜など、季節の収穫物を供えるのが習わし。
かつては十五夜と十三夜、どちらか一方の月だけを見ることを「片見月」といって、縁起が悪いとされていたそう。人々にとって、十三夜も、それほど身近なものであったことがうかがえます。
月とすすきが彩る、秋の夜。古くから日本人が親しんできたお月見の風景。
今年の中秋の名月は9月25日。でも実は、満月を迎えるのは翌々日の27日なのです。名月と満月の日付がずれることは、しばしば起こるそうですが、2日ずれることは稀。次に起こるのは2043年なのだとか。
さらに、今年は中秋の名月と金運の吉日とされる寅の日が重なる年。そんな夜に月を眺めれば、何だか良いことが起こりそうな気がしてきます。
千年以上の時を超えて、今も私たちの暮らしに残る月見の文化。少しだけ立ち止まって、月を眺めてみる。秋の京都で、そんな時間を楽しんでみてはいかがでしょう。
Text by Erina Nomura
野村枝里奈
京都在住のライター。大学卒業後、出版・広告・WEBなど多彩な媒体に携わる制作会社に勤務。2020年に独立し、現在はフリーランスとして活動している。とくに興味のある分野は、ものづくり、伝統文化、暮らし、旅など。Premium Japan 京都特派員ライターとして、編集部ブログ内「京都通信」で、京都の“今”を発信する。
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「一枚の布」から未来を切り拓く A-POC ABLE ISSEY MIYAKEへ、高まる世界からの期待
ISSEY MIYAKEの変形素材の技術「スチームストレッチ」で作られた布に蒸気を当てて変形させている様子(「TYPE-I MM project」の制作風景から)。画像提供:©︎ ISSEY MIYAKE INC.
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A-POC ABLE ISSEY MIYAKE(以下、A-POC ABLE)は、コロナ禍の2021年に誕生したイッセイ ミヤケのブランドだ。美しい服を生み出すだけのブランドではない。伝統の素材や職人技を受け継ぐ産地、変形素材やコンピューターアルゴリズムを扱う研究者やスタートアップ、第一線のアーティストから若手クリエイターまで——分野の異なる企業や個人との協業を重ね、これまでにない服作りのあり方を次々と生み出し、日本発のデザインの発想を世界へ届けている。「PREMIUM JAPAN AWARD 2026」では、同ブランドが手がけてきた数々のプロジェクトの革新性と、日本のものづくりの地平を広げてきた貢献。その両面を評価し、同賞を贈ることとした。
熱を加えると、一枚の布が自ら立ち上がる
平らな一枚の布に、高温の蒸気を当てる。すると、布が自ら折れ、ふくらみ、やがて身体を包む立体へと変形していく。まるで布そのものが、これからなるべき形を記憶していたかのようだ。これは魔法ではない。イッセイ ミヤケのブランド「A-POC ABLE ISSEY MIYAKE」(以下、A-POC ABLE)が得意とするスチームストレッチという技術だ。
同ブランドは、2023年、この技術を軸に、Nature Architectsと協業し「一枚の布」が変形し立体的なジャケットやワンピースになる「TYPE-V Nature Architects project」を発表し世界的に話題となった(2025年には同技術で作ったブルゾンを製品化)。
イッセイ ミヤケが1970年代から追い続けてきた「一枚の布」の理想が、一段進化した。
下のカエデのような葉のような布がスチームストレッチの技術で1着の服へと変化する。画像提供:©︎ ISSEY MIYAKE INC.
最先端の服作りを手掛けながら、もう一方では17世紀に京都で生まれた友禅染の系譜を受け継ぐ手捺染(てなっせん)の技で現代美術家、宮島達男さんの作品を描いたブルゾンを作り、京都市京セラ美術館で展示もしている。最近ではコペンハーゲンのデザインイベントで、布とワイヤーで作った光を纏う照明を出品し大きな話題をさらった。 テクノロジー、伝統の職人技、一次産業、現代アートとA-POC ABLEの活動領域は縦横無尽だ。
産業革命後、大量生産されるようになった西洋の服作りが日本にも広まり定着したのは20世紀になってから。A-POC ABLEは、それが服作りの唯一の答えでも、最終形でもないと世界に示すように、日本各地に眠る素材、技術、アーティストの想像力を見つけ出し、それまで交わらなかった点と点を「一枚の布」という概念の上でつないで、世界に届くプロダクトに変えてきた。
新進気鋭の写真家・梅本健太さんと取り組んだプロジェクト「TYPE-VIII Kenta Umemoto project」。光と影を巧みに駆使し新たな写真表現を追求した代表作「FLŌRA」シリーズのビジュアルを大胆な構図でワンピースやジャンプスーツに熱転写プレスし再構築した。 画像提供:©︎ ISSEY MIYAKE INC.
A-POC ABLEとプロジェクトを共にすることで、協業先とイッセイ ミヤケが手を携えて世界に羽ばたいてきた。Premium Japan Awardでは、こうした前例のないチャレンジや協業したクリエイターたちと高め合う姿勢の両方を評価して、2021年に誕生したこのブランドに賞を贈ることにした。これまでの取り組みにブランドを率いるデザイナーの宮前義之さんに話を聞いた。
A-POC ABLE ISSEY MIYAKEのチームを率いるデザイナーで三宅デザイン事務所のデザインディレクターの一人である宮前義之さん。2011年より “ISSEY MIYAKE”の4代目デザイナーとしてパリコレクション発表に関わる衣服制作を手掛けていた。最近ではアップル社との協業で開発した「iPhone Pocket」で中心的役割を果たすなど八面六臂の活躍をしている。
A-POC――服づくりの工程そのものをデザインする
A-POC ABLEを理解するには、まずA-POCの話から始めなくてはならない。
A-POCは「A Piece Of Cloth」の頭文字、すなわち「一枚の布」のことだ。通常の服は、生地を選ぶところから始まり、その布をデザイナーが設計した服のパーツの形に裁断して、縫い合わせていく。これに対してA-POCでは、あらかじめコンピューターに服のパーツの形、柄、構造、例えば熱で収縮する糸をどこに使うかなどの設計図を先にプログラムしておき、コンピューター制御で布を作るところから始まる。
できあがった布にはあらかじめ服のパーツが切り取りやすい形で織り込まれているので、あとはそれを切り出して、プラモデルのように組み合わせていくことで服が作れる。
1998年、三宅一生さんが藤原大さんと共にコレクションとして発表するや、服のシルエットだけではなく、製造のプロセスそのものを変える画期的な服づくりの技術として大きなニュースとなり、その後、ニューヨーク近代美術館(MoMA)やメトロポリタン美術館にも永久収蔵された。
このA-POCの登場は、当時、アパレルデザインを学び、これから服作りの仕事をしようと考えていた宮前さんにとっても衝撃的な事件だったという。
「今まで自分が学んできたことは何だったんだろう、と思うくらいショックでした。でも同時に、すごくワクワクしたんです」
1998年と言えば、インターネットの普及が始まり、アップルが最初のiMacを発表した年。コンピューターが生活へ入り始めたタイミングで、服づくりもテクノロジーとつながり、新しい時代が幕開いた。その中心にA-POCがあったと、宮前さんは振り返る。
一般の服は既成の布に型紙を当てて服のパーツを切り出して作る。これに対してA-POCでは、最初から服の各パーツの形が埋め込まれた状態の布をつくるところから始める。このため一般の服作りと比べて無駄になる布(裁断ロス)が少ない。写真の「TYPE-IX Synflux project」ではデザインラボラトリーSynfluxの「Algorithmic Couture」というAIとアルゴリズムのデジタル技術でこの裁断ロスを最小に留めている。画像提供:©︎ ISSEY MIYAKE INC.
A-POC ABLEに限らず、イッセイ ミヤケの各ブランドの服作りでは「一枚の布」を出発点に、そこからさまざまな形のアイテムに展開させるという視点を大事にしている。
「用意された生地」から始めない
3年後の2001年、イッセイ ミヤケ入社を決心した宮前さんが最初に任されたのが、このA-POCのブランドだった。
繊維産業は長い分業の連鎖で成り立ち、一般的なデザイナーは、出来上がった生地を選ぶところから仕事を始めることが多い。しかしA-POCの現場では、デザイナー自身がもっと制作工程の上流へ入り込んでいく。なぜこの糸なのか。なぜこの織り方なのか。この工程は本当に必要なのか。別の方法はないのか。工場や職人と直接対話しながら、工程を分解し、もう一度組み立て直す。宮前さんはそこで繊維の知識を徹底的に叩き込まれた。
同時に、日本のものづくりの現実も見てきた。繊維産業は縮小してきたが、各地には高度な技術を持つ職人や工場が残り、顔を合わせて試作と改善を重ねられる距離感もある。これを日本の弱さではなく、まだ活かし切れていない強さだと見るようになった、と宮前さんは語る。
2012年春夏から2019年秋冬まで、宮前はISSEY MIYAKEのデザイナーとしてパリ・コレクションブランドを率いた。半年ごとに大きなテーマを構築し、服を作り、世界に発表する。デザイナーとしてこれ以上ない濃密な経験である。一方で、続けるほどに、ある種のもどかしさも膨らんだ。本当に新しいものは、半年で生まれるのだろうか。もちろん、既存の素材や技術を編集して新しいイメージを提示することはできる。
しかし、産地の作り手と工程から見直すこと、専門領域の研究者と未知の技術を育てることには、もっと長い時間が必要だ。 三宅一生さんとも、そんな話を重ねた。イッセイ ミヤケの服作りで度々、使われてきたA-POCの技術だが、三宅さんはこの技術はまだ完成しておらず、時代が変わろうとする今だからこそ、もう一度発展させるべきだと思っていた。
こうして2020年、横尾忠則さんとのプロジェクト「TADANORI YOKOO ISSEY MIYAKE」が始動する。横尾さんの複雑な絵の世界を、布の上にプリントするのではなく、限られた色の糸を組み合わせて織りで表現したプロジェクトだ。印刷したのではなく、織りで表現しているため、裏地を見ると、まるで絵のネガフィルムのような不思議な表情が現れる。
できあがった服を見た横尾忠則さんも、三宅一生さんも大変満足し、宮前さんもこの体験でA-POCをもう一度発展させられる感触を得たという。こうして宮前さんは2021年、チームを作ってA-POC ABLE ISSEY MIYAKEという新しいブランドを始動させることになった。
A-POC ABLEのブランドは、横尾忠則さんと共に発表した「TADANORI YOKOO ISSEY MIYAKE」というプロジェクトの成功を受けて誕生した。それ以後、横尾さんとは継続的にプロジェクトを続けている。2022年に発表された第2弾では東洲斎写楽の役者絵をモチーフに意図的な版ズレを強調した作品をユーモラスで多彩なブルゾンにした。なお、黒いマネキンはMagnaRecta(マグナレクタ)と言う会社と共同開発し「130」(ワンサーティー)の名でブランド化している壊れても修復しながら使い続けられる3Dプリンター技術で作られている。画像提供:©︎ ISSEY MIYAKE INC.
「ABLE」は可能性を示す言葉。実際、ブランドの活動はファッションの領域を越え、アーティスト、素材メーカー、デザイナー、研究者、音楽家、建築家へと広がっている。
「最近は一言で何をやっているのか説明するのが難しい」と宮前は笑う。だが、軸はぶれていない。常に「一枚の布」から考えること。そして、作り手と受け手の関係を広げること。そのシンプルな原点があるからこそ、領域はいくらでも広がっていく。
TYPE-XIII Atelier Oï projectでは、スイスを拠点とするデザインスタジオatelier oï(アトリエオイ)と協業して、衣服という枠を飛び越えてスチームストレッチ素材で作った照明を開発。ミラノ、東京に続いてコペンハーゲンで展示され好評を得た(照明技術では日本を代表するポータブル照明メーカー、Ambientecが協力している) 画像提供:©︎ ISSEY MIYAKE INC.
アートが技術を要求し、技術がアートを刺激する
A-POC ABLEは、この5年間、さまざまなアーティストやクリエイターと協業をしてきた。
宮前さんは、アートは美術館の壁だけではなく、もっと日常的な場にもあるべきものだと考えている。服なら身体に最も近い場所で毎日触れられ、着ることで気分や意識も変わる。アートの力を借りて、日常の感覚を少し押し広げられるのではないか。
横尾忠則さんの後にも、現代美術家の宮島達男さん、デザイナーの狩野佑真さん、グラフィックデザイナーの小林一毅さん、写真家の西野壮平さん、写真家の梅本健太さん、グラフィックデザイナー/クリエイティブディレクターの花原正基さん、東京都現代美術館での個展で一躍有名になった現代美術家・寒川裕人 / ユージーン・スタジオさんなどさまざまなクリエイターと協業を行ってきた。
最新のプロジェクトの1つが現代美術家・松山智一さんとの「TYPE-XII Tomokazu Matsuyama project」で、2026年夏、ニューヨークでも大々的に披露され好評を得た。
このようにA-POC ABLEは、最新のテクノロジーとも協業し、アーティストとも協業する。宮前さんは、アートとテクノロジーの関係を「振り子」のようだと表現する。高い表現を目指すアーティストと向き合えば、これまでの技術では足りなくなる。もっとできないか、という要求が研究を前へ進める。逆に、新しい技術と出会えば、それまで思いつかなかった表現が見えてくる。アートだけでも、テクノロジーだけでもない。その往復運動の中に、A-POC ABLEの創造がある。
ニューヨークを拠点に世界で活躍する現代美術家・松⼭智一さんと取り組んだプロジェクト。京都の工房で鮮やかにプリントしたベース生地に、特殊な技法による三角形のパターンをプリントしました。身体の動きに応じて表情が立体的に変化する独自のテクスチャーが特徴。今年、ニューヨークにオープンしたISSEY MIYAKE / NEW YORKでもお披露目が行われ大好評を得た。画像提供:©︎ ISSEY MIYAKE INC.
アルゴリズムと職人技が、一枚の布で出会う
テクノロジー企業との協業で最も象徴的なのが、冒頭でも触れたNature Architectsとのプロジェクトだ。Nature Architectsは、東京大学での折紙工学研究の知見を発展させ、変形する素材(メタマテリアル)でもものを作る技術を開発している。
メタマテリアルで作りたいものの形を入力すると、そこから逆算して、設計図を作ってくれる。イッセイ ミヤケには特殊な糸を使って布を織り、蒸気を当てて変形させるスチームストレッチという独自のメタマテリアルの技術があったが、さまざまな立体状を折りの設計図に転換するためには、膨大な計算や折紙工学に基づいたシュミレーションが必要となり、人間の頭で考えて設計するには限界があった。
Nature Architectsによる折り紙の設計技術と出会ったことで、「一枚の布」をジャケットのような複雑な立体形状に変形させることが可能になった。この技術はミラノデザインウィークで発表されて以後、世界のデザイン雑誌やコンピューター関連の学会で紹介され、Nature Architectsの名を世界に広めた。
A-POC ABLEのチームは、ただ素材選びやテクノロジーの面白さだけを追求しているのではなく、日々、手を動かして布を織っては新しい美しい形を模索している
他にも、東京大学大学院の研究グループと富士フイルムが開発した変形するフィルム素材でアクセサリーを作るプロジェクトや、テキスタイルの廃棄を減らすアルゴリズムを持つデザインラボラトリーのSynflux(シンフラックス)とのプロジェクトなども進めている。
宮前さんは、こうした先端テクノロジーのプロジェクトを自動車レースのF1にたとえる。限界まで性能を追い込み、新しいエンジンを作るような研究。一方で、それだけでは事業は続かない。そこで磨いた技術を、街中を快適に走る乗用車のような日常のプロダクトへ還元していく必要がある。研究と商品開発。尖った実験と安定した生産。その両輪を回すことが、工場の機械を継続的に動かし、日本のものづくりを次へつなぐことにもなる。
米の籾殻が、演奏家の「特別な黒」になる
A-POC ABLEが模索し挑戦しているのは服作りの技術だけではない。
日本の一次産業と深く結びついた素材に関する取り組みも多い。宮前さんが特に熱心に取り組んでいるのが、高知県土佐市で和紙を作るメーカー、三彩と協業したプロジェクト「TYPE-Ⅶ Kouzoshi project」だ。
土佐地方で作られる楮(こうぞ)。この素材で作られた和紙は繊維が長く強靱で、世界的な文化財修復などにも使用されている希少な和紙。三彩は、この日本が誇る貴重な原料を途絶えさせないように衣服という日常的に触れるものに使ってもらうべく、この楮から糸を作り、A-POC ABLEがそれを布に起こしプロダクトを作った。
決して簡単ではない楮からの糸作りだが、三彩が専用の機械を作り、和紙らしい風合いや柔らかさ、ハリと言った特徴をどのように出すかをA-POC ABLEのチームと議論を重ねながら形にしていった。産地を“素材提供者”として捉えるのではなく、作り手と一緒に価値の見せ方までを考えるA-POC ABLEのチームの姿勢がよく現れたプロジェクトでもある。
高知県土佐市にある三和製紙グループの会社、株式会社三彩と協業で誕生した楮絲(こうぞし)を使ったストール。紙らしいハリ感をどこまで残すかなど両者で話し合いを続けながら布を作ったという。画像提供:©︎ ISSEY MIYAKE INC.
長い分業の歴史の中では、高度な技術を持つ職人でさえ、自分の仕事が最終的に何になったのかを知らないことがある。
工程のブラックボックス化は、時に新しい発想を阻む壁にもなる。だからA-POC ABLEのチームは協業者と膨大な議論を重ねる。
なぜこの布が必要なのか。どんな服を作りたいのか。完成後には展示を見てもらう。
自分の技術が最終的にどう人の身体を包み、どう評価されたのか。すると作り手からも、「次はこうしてみよう」という提案が返ってくる。イノベーションとは、新しい機械を導入することだけではない。分断された人と工程を、もう一度つなぎ直すことでもあり、A-POC ABLEは服飾業界において、これを最も真摯に行っているブランドの1つだろう。
素材に関わる取り組みでもう1つ面白いのが、ソニーグループが開発したトリポーラス(Triporous™)を使ったプロジェクトだ。
これは米の籾殻を原料とする多孔質カーボン素材で、A-POC ABLEはそれを糸に練り込み、色落ちがしにくい独特の深い黒を持つ衣服へ展開してきた。やがて、このプロジェクトが宮前さんの頭の中で、三宅一生さんから投げかけられた別の課題に重なった。
「クラシックの演奏家たちは、なぜあれほど身体を大きく動かすのに、窮屈そうな正装で演奏しているのだろう。もっと自由に動け、美しく、音楽の場にふさわしい服は作れないのか」というものだ。 これが指揮者・井上道義さんとの協業へつながり、「TYPE-I MM project」が生まれた。
トリポーラスを練り込んだ黒い生地にスチームストレッチを組み合わせ、指揮者や演奏家の身体を心地よく包みながら、正装としての端正さを保つ衣服づくりだ。プロジェクトの工程は、演奏とものづくりを重ね合わせたドキュメンタリー映像として記録された。
トリポーラス素材の深い黒が印象的なオーケストラ用スーツの「TYPE-I MM project」。指揮者の井上道義さんだけでなく、オーケストラの全楽団員の演奏中の動きなどを調査し、動きやすい服づくりを目指した。その様子はドキュメンタリー映像となって一部公開されている。画像提供:©︎ ISSEY MIYAKE INC.
小さなチームだからできる、終着点を決めないデザイン
このようにA-POC ABLEでは素材の選び方から、衣服の設計、製造工程、仕上げの工程、さらには服の目的に至るまで服作りのすべての工程を見直し、新たなチャレンジを重ねている。
最近では、そのデザインのプロセスを服作り以外にも広げ始めた。スイスのデザインスタジオatelier oïと進めた「TYPE-XIII Atelier Oï project」——「一枚の布」と「一本のワイヤー」でできた照明で、技術面では日本を代表するポータブル照明メーカーのAmbientecが協力している。スチームストレッチの布によるシェードは交換が可能で、花を生けるように光の表情を変えられる。服から始まった技術が、暮らしの空間へ広がりつつある。
取り組みは商品にとどまらない。店舗やそこで使う什器、マネキンなども環境に配慮した形でデザインをしている。特に革新的なのは修正や補修がしやすくリサイクルもしやすい3Dプリンターで作ったMagnaRecta(マグナレクタ)という会社と作ったマネキンで、3Dプリンターを使った特殊な製法で壊れてもすぐに修復ができたり、リサイクルがしやすかったりといった特徴がある。
こうした服作り以外のプロジェクトも含め、協業した各社との取り組みは、「ダイアローグ」としてA-POC ABLEのブランドのホームページで日英中の三言語で丁寧に紹介している。
宮前さんの話を聞いていると、決して本人が前へ出て強烈な作家性を押し出すタイプではないことに気がつく。彼がむしろ目を輝かせるのは、自分が知らなかった技術や、誰かの研究について話す時だ。
ものづくりの舞台裏を知ることが、物に愛着を持ってもらう上で重要と考える宮前義之さんとA-POC ABLEのチームは、最近では展覧会などに合わせてスチームストレッチを使ったワークショップを開催している。好きなスチームストレッチ素材の布に蒸気を当て変形をさせて、それを人形に纏わせるというもの。これまでにミラノ、パリ、コペンハーゲンなどで開催してきたが、老若男女問わず人気なようだ。
「知らないことを知るのは楽しい」。その素朴な好奇心が、活動を広げる最大のエンジンに見える。最初はファッションに興味のなかった研究者が、会ううちに服を着ることを楽しみ始めることもあるという。逆にA-POC ABLE側は、彼らの専門領域から世界の見方を教わる。
協業とは、互いの好奇心が感染していくプロセスのようだ。現在のA-POC ABLEは、企業の中にありながら、小さなベンチャーのようなチームで動く。判断が速く、右へ行くか左へ行くかをその場で決められる。その身軽さを宮前さんは大切にしている。
デザインミーティングでも、最初から「ジャケットを作る」「バッグを作る」とゴールを決めない。紙を折る。四角いものを畳む。形を反転させる。素材を変える。そこから「これは服になるかもしれない」「逆さにしたらバッグかもしれない」「将来は建築に使えるかもしれない」と可能性を広げていく。
好奇心旺盛な宮前義之さん。新しい技術やアートなどについての話題は目を輝かせながら熱く語る。
日本のものづくりを「過去」ではなく「未来」として見せる
海外での反応を尋ねると、宮前さんはまず三宅一生さんという存在の大きさを口にした。その土台の上で活動できることへの敬意と自覚が、言葉の端々にある。
海外の展示会ではワークショップも行う。完成品を見るだけでなく、布に触れ、変化を体験してもらうと、子どもから年配者までが集まる。デジタルで何でも見られる時代だからこそ、目の前で形が変わる実感が人の心を動かす、と言う。
宮前さんは、海外で日本のものづくりへの関心が高まっていることも感じているという。だが、それを「日本はすごい」と内向きに称揚するだけでは意味がない。重要なのは、まだ知られていない技術や人を見つけ、現代の価値へ翻訳し、実物を持って世界へ出て、直接対話することだと言う。 A-POC ABLEには近年、世界中の企業から「こんなことはできないか」との相談が届くようになったらしい。半ば『ものづくりの悩み相談室』のようだ、と宮前さんは笑う。
その言葉は、このブランドの現在地をよく表している。 A-POC ABLEは、日本の優れたものを並べるショーケースではない。古い技術と新しい技術、手仕事とアルゴリズム、アートと産業。その間の壁を低くし、「一枚の布」をコンセプトにしたプロジェクトやプロダクトに変えることで世界に発信するプラットフォームとして無視できない存在になってきている。
今回、Premium Japan Awardの受賞者として選出したのも、ファッションのブランドとして以上に、日本発の新しいものづくり文化を生み出すプラットフォームとしての可能性を評価してのことだ。
宮前義之 Yoshiyuki Miyamae
1976年東京生まれ。2001年 三宅デザイン事務所に入社し、三宅一生が率いたA-POCの企画チームに参加。その後ISSEY MIYAKEの企画チームに加わり、2011年から2019年までISSEY MIYAKEのデザイナーを務めた。2021年にスタートしたブランドA-POC ABLE ISSEY MIYAKEでは、エンジニアリングチームを率いて、A-POCの更なる研究開発に取り組む。
Photos by Hidehiro Yamada
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Features
秋の軽井沢で愛犬と楽しむ生演奏&体験企画
2026.9.11
「あさま空山望 presents 愛犬と楽しむ紅葉コンサート」を2日間限定開催
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北軽井沢のヴィラリゾート「あさま空山望(くうざんぼう)」では、愛犬家のヴァイオリニスト・荒井桃子さんらによる「あさま空山望 presents 愛犬と楽しむ紅葉コンサート」を、2026年10月17日(土)、18日(日)の2日間限定で開催する。
4回目を迎える今年のコンサートでは、クラシックの名曲「子犬のワルツ」やハロウィンにちなんだ楽曲など、多彩なジャンルの音楽を演奏。さらに、撮影会やドッグマッサージ、ドッグヨガなど、音楽とともに、愛犬との心地よいひとときを過ごせる特別な2日間となる。
17日・18日開催の「森のハロウィン愛犬撮影会」は、秋色の花やパンプキンを飾ったハロウィン仕様の特別な撮影ブースが用意され、プロのフォトグラファーによる撮影で、愛犬との思い出を写真に残すことができる。
17日開催の「森の北欧ドッグマッサージ体験」は、北欧のアニマルケアマッサージをもとに開発されたドッグマッサージ。わんちゃんの骨格や筋肉に配慮し、手技のみのやさしい力で、血行促進や緊張の緩和、健康維持をサポートする。
このほか、「森のドッグヨガ体験」や「森のノーズワーク体験」、「森のミニマルシェ・ドッグラン一般開放」など、わんちゃんと楽しめるさまざまな体験イベントを実施する。
あなたも秋の軽井沢で愛犬との癒しのひとときを楽しんでみてはいかが。
◆あさま空山望 presents 愛犬と楽しむ紅葉コンサート
【開催日時】①2026年10月17日(土) 夕方公演 16:00開場 (16:30 開演)
②2026年10月18日(日) 昼公演 11:00開場 (11:30 開演)
【会場】あさま空山望内レストラン「天空柁(ダ)イニング」テラス
【予約方法】専用リンクより事前予約
※体験コンテンツなど詳細は専用予約リンクを要確認
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2026.9.6
なぜ日本の海から海藻が消えているのか。シーベジタブルが挑む海の生態系回復への道
カゴ網の中には赤い海藻、とさかのり。魚やウニによる食害から海藻を守るため、カゴの中で大切に育てている。画像提供:シーベジタブル
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「海藻で 海も人も すこやかに」――このスローガンを掲げる合同会社「シーベジタブル」は、海藻の「研究・生産・加工・販売」を行う会社である。海藻を研究し、陸上と海面での栽培方法を確立させ、食利用に加えて、海藻の新たな活用方法を提案する。日本の海域に生息する海藻は約1500種類以上もあり、そのすべてが毒を持たず、食用になり得る。だが、肝腎の海藻が激減しているのだ。会社名の「シーベジタブル(SEA VEGETABLE)」は「海藻=海の野菜」を意味する造語である。社には、研究者から料理人まで各分野のスペシャリストが集まり、栽培はもちろん料理開発まで行っている。無限の可能性を秘めた会社のあり様が高く評価されて、「PREMIUM JAPAN AWARD 2026」を受賞した。共同代表の友廣裕一氏に話を聞いた。
海藻資源の現状と「磯焼け」の原因
海の元気を取り戻すためには、海藻が極めて重要な位置にあることはあまり知られていない。理論だけではなく、実際に海藻の栽培に着手したところに、「シーベジタブル」の唯一無二の存在意義がある。
まず、海藻をめぐる海の現状を知ることによって、そこに喫緊の課題性があることが理解できるだろう。
以下、友廣氏が話す。
「天然海藻全般について言えるのですが、例えば、ひじき、昆布、とさかのり、天草なども収穫量が激減しています。とりわけ、ひじきの国産比率は10%程度まで低下し、輸入に頼っているのが現状です。すじ青のりにしても、天然物が市場から消え、ピーク時には価格が3〜4倍に高騰するなど、資源枯渇が深刻化しています」
共同代表の蜂谷 潤さんと出会い、海藻の豊かな未来を目指してシーベジタブルを創業した、と語る友廣さん。
一つひとつの海藻を見ると、色も形もさまざま。海藻の美しさに改めて気づく。
その原因はどこにあるのだろうか。
「海藻が減少する『磯焼け』の最大の原因は、魚やウニによる食害です。特に、温暖化のために冬の海水温が下がらなくなり、海藻を食べる生物が一年中活発に活動することで、芽が生えたばかりの海藻が食べ尽くされていまい、資源が回復できなくなっています。河川からの栄養減少も特定の海藻の成長が遅くなる原因にはなりますが、圧倒的な主因はやはり食害、とりわけ魚が海藻を食べてしまうからです」
海水温の上昇も、魚やウニの活動も御しがたい。現時点で、取られている対抗策はあるのか。
「現在の主な対策はダイバーによるウニの駆除ですね。一個ずつハンマーで叩くわけですが、広大な海域全体を網羅するアプローチとしては効率や継続性に課題が残るため、局所的・限定的な施策にとどまる側面があります。一方で、特に魚の食害に対しては有効な手立てがないのが現状です。既存の対策では、限界があると言わざるを得ません」
地元の漁師と協力し、海面栽培を続けている。画像提供:シーベジタブル
技術開発、天然依存からの脱却
そこで、「シーベジタブル」が成し遂げたことが三つある。
一つ目は、未利用海域の活用と栽培技術の確立である。
「漁師さんが種苗を調達して海で生産できる状態になっている海藻は、わかめ、昆布、海苔、沖縄もずくの4種程度に限られています。その結果、4種類の海藻が育つ海域は利用されていますが、それ以外の多くの海域が未利用な状態。つまり『海の耕作放棄地』のままとなっています。
当社が着手する時に最初にやることは、これらの未利用海域に適した海藻を見つけ出すことです。種苗研究所技術を確立した30種類以上の海藻の中から、海域に適した海藻を選びます。
私どもは種苗生産から量産までの技術をゼロから開発しましたが、海面栽培の場合は漁業権が必要になるので、自社で生産した種苗を漁師さんに譲渡して育ててもらいます。生産する海藻の一部を紹介しますと、すじ青のり、あつばアオサ、はばのり、とさかのり、みりん、若ひじき、スーナ、もずく、などです」
真上にあるガラスの小鉢に入っているのがシーベジタブルの「もずく」。このもずくは、市場に多く流通している「オキナワモズク」とは異なる、 一般にはほとんど出回っていない希少品種。画像提供:シーベジタブル
二つ目に挙げられるのが、世界初となる地下海水を使用した青のりの陸上栽培技術の成功だ。
「海洋環境(栄養塩不足など)に左右されない安定した高品質生産のために、地下海水を用いた陸上栽培技術を確立しました。全国に拠点を構えて、障害のある方や高齢者と共に、通年で安定した栽培を行っています。すじ青のりや黒のりに関しては、商業レベルでの陸上量産に世界で初めて成功し、2024年には黒のり生重量10万枚相当の生産を達成したのです。
私たちの基本方針は『海で作れるものは海で、海で作れないものは陸上で』と考えていますが、陸上栽培の場合は費用も大きくなるので、事業性(成長率×単価)も加味して進めています」
種苗生産の技術開発といい、陸上や海面での量産技術といい、世界に類のないことを成し遂げている企業であることは特筆に値する。
「海藻は生態系ピラミッドの底辺を成すものです。つまり、海面での海藻栽培は、小型葉上動物を増やし、それを餌とする魚の個体数を増加させるものでもあります。生態系ピラミッドの土台を広げることは、海の豊かさを回復させることでもあるのです」
全国的に青のりの供給が危ぶまれるなか、地域や企業からの「すじ青のりを作ってほしい」という声に応える形で、2016年にシーベジタブルが創業された。かつて一大産地だった高知県・四万十川でも水温上昇により1980年代以降から収穫量が激減しており、同社は創業当初から地下海水を用いた陸上栽培に着手。独自開発した設備と生産ノウハウによって高品質なすじ青のりの安定供給を実現した。その後、2020年に四万十川の出荷量がゼロにまで落ち込むなかでも、日本のすじ青のり文化を守り続けている。画像提供:シーベジタブル
地下海水を使用した海藻の量産型の陸上栽培では、異物混入が少なく、一年を通して水温が安定。シーベジタブルでは、全国各地で風味豊かなすじ青のりやあつばアオサを育てている。画像提供:シーベジタブル
事業展開と食文化のアップデート
実は、日本人の海藻消費は激減している。1人当たりの1日の海藻消費量は、平成6年で4.2グラムだったものが令和4年には2.1グラムと、28年間で半減してしまった。
かつてはワカメの味噌汁やひじきや酢の物を食べていた日本人の食卓が、欧化してしまったためだろう。
「日本において食が多様化するなかで、変化に対応できなかったのが海藻という食材じゃないかと感じています。そこで大事になってくるのは、料理開発です。従来の酢の物や味噌汁といった用途はもちろんあるのですが、大事なのは、例えば海藻をパンや焼き菓子と組み合わせたり、乳製品・油分と相性の良いイタリアン・フレンチでの活用など、新しいレシピや食べ方の提案です」
インタビューの際に出してくれたのは、北海道のチガイソを発酵させて作ったドリンク。深みがありながら、すっきりとした味わい。横にあるのが乾燥したチガイソ。
海藻が主役の「海藻サラダ」。画像提供:シーベジタブル
若ひじきを使った、ペルーを代表する料理「セビーチェ」。画像提供:シーベジタブル
「社内の料理開発チームや社外パートナーシェフたちとともに、家庭でも実践しやすい海藻の新しい食べ方や調理法を発信しています。
と同時に社内では、海藻×発酵といった研究開発も熱心に行っています。一例を挙げれば、『青のりしょうゆ』というまったく新しい海藻発酵調味料があります。そうした商品によって市場を再活性化させて、海藻の需要と消費を促しています」
ガストロノミーとのコラボレーションも盛んだ。
例えば、2025年のミシュランガイド東京および京都・大阪のセレモニーでは、三つ星に輝く「L’Effervescence」や「菊乃井 本店」が海藻を用いた料理を披露。「noma Kyoto」では、シーベジタブルの海藻を使用したメニューを2年連続で提供した。予約が極めて困難な「Pizza 4P‘s Tokyo」では、シーベジタブルの海藻を使用した2種類のメニューを常時出している。
これらは世界や日本のトップレストランだが、いずれも食材に対して極めて高い意識を持つシェフたちの店だ。
シーベジタブルの製品。「すじ青のり原藻(10g)」¥1,620、「とさかのり(22g)」¥810、「若ひじき(30g)」¥810
シーベジタブルが創業当時から主に生産している「すじ青のり」は、青のりの中で最も香り高く、最高級品種と言われる海藻です。画像提供:シーベジタブル
タンパク質を多く含む青のりを大豆の代わりに使用して発酵させた調味料。原料は、青のり、米麹、塩、水のみで、麹の甘い旨みと青のりの香りのバランスが調和した「青のりしょうゆ(200ml)」¥2,500。画像提供:シーベジタブル
多様なチャネルとの共創
外部企業との連携も盛んに行っている。
「百貨店関係ですと、2024年の9~10月ですが、伊勢丹新宿店と日本橋三越本店において、特別イベント『EAT & MEAT SEA VEGETABLE』を開催しました。それは全ジャンル横断の海藻フェアで、様々な店舗と弊社がコラボレーションしまして、約175商品が並びました。甘いお菓子との組み合わせからお酒がすすむ総菜まで、海藻の新たな食体験と言うべきものでしたね。今年10月から来年の春にかけて、複数の百貨店、デベロッパー、飲食事業者、料理人らと共に海藻フェアやイベントを仕掛ける予定です。
コンビニならセブン-イレブンとの協働では、『セブンプレミアム』で3商品『すじ青のり天ぷらうどん』『塩焼きそば』『豆腐とたまごのスープ』で、いずれもすじ青のりが主役の商品です。
ほかにも「SEA VEGETABLE Co Creation Project」というプロジェクト創出を目指したプログラムを実施しており、パナソニック株式会社、株式会社テレビ東京、東京建物株式会社、株式会社みずほフィナンシャルグループなどの企業に参画していただいています」
海藻の可能性は食用品だけではない。そこをしっかりと捉えているところが、「シーベジタブル」の会社としての凄みなのだろう。
「海藻の用途は、食品だけではありません。飼料、肥料、バイオプラスチック、繊維、化粧品など、多くの用途に応用の可能性があります。例えば、東京・八重洲の常設拠点では海藻を主役にした飲食店『シーベジスタンド』を運営していますが、空間の壁や照明に海藻を使用しています」
2026年3月、東京・八重洲にシーベジタブル初となる常設飲食店「シーベジスタンド」をオープンした。海藻を味わう「海藻ラーメン」や海藻料理、さまざまな酒を提供。
「この展開に関して世界銀行は、2023年の報告書の中で、海藻の食品用途以外として、バイオスティミュラント(農業資材)、動物飼料、栄養補助食品、代替タンパク質といった10の新市場を特定しています。
世界の海藻の生産量は、2002年から2023年の間に約3倍に増加しました。世界銀行の同報告書では、2030年までに市場規模が最大118億ドル(約1.7兆円)に成長すると予測されています」
まさに、会社の未来には無限の可能性と成長が約束されたようなものだ。
共同代表の蜂谷 潤さん(左)。蜂谷さんは、海藻の種苗研究から、陸上・海面での栽培方法の確立まで、研究・生産部門を担当している。画像提供:シーベジタブル
今後の課題と展望
今後の課題はどこにあるのか。
「世界では海藻は成長産業と位置づけられていて、すごく盛り上がっています。現時点では海藻の利用において日本が世界の最先端にいるのですが、生産量も消費量も減っていて、食文化も衰退傾向です。気づいたらまた海外から逆輸入されるなんてことになりかねないので、オールジャパンで海藻産業を進化させて、世界に広げていくような立場を目指したいですね」
消費者の意識改革も必要だろう。
1階のシーベジスタンド、2階の料理人の視点で海藻を研究開発しているSEAVEGE- Kitchen Labには海藻を使ったシャンデリアがある。写真は2階の海藻シャンデリア。
「レストランに加えて、百貨店やコンビニを通して、海藻の多様な使い方は徐々に消費者の中に浸透し始めているとは思います。課題は魅力的なメニューを開発して、従来の和食だけではない海藻の使い方を広めていくことです。
海藻がカラダに良いことは、日本人のほとんどが知っている事実だと思うのです。さらに一歩進めて、『食べれば食べるほど海の環境が良くなる』という共通認識ができて、そうした好循環が実現できることを期待しています」
シーベジスタンド
SEAVEGE- Kitchen Lab
東京都中央区八重洲1-5-11
Photos by Hidehiro Yamada
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2026.9.30
松本市のライフスタイル・ストア「LABORATORIO」がリニューアルオープン
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長野県松本市のライフスタイル・ストア「LABORATORIO(ラボラトリオ)」がリニューアルオープン。1933年に建てられた歴史ある元薬局の建物を改装し、これまで市内の数カ所で展開していた店舗を集約して、新たに営業をスタートした。
1階の「MARKT(マルクト)」は、“食のクラフト”をコンセプトに、県内各地からセレクトした安心で美味しい食材やお酒、器や雑貨を扱うショップ。ポップアップイベントも随時開催していく。
2階の「LABORATORIO CAFE」では、創業以来人気のイングリッシュ・マフィンやスープなどの軽食、スペシャリティ・コーヒー、紅茶、信州のハーブティやジュース、スイーツを提供。パンやスイーツは、すべて店内のオーブンで毎日焼き上げる自家製のものだ。
また、今回のリニューアルに合わせ、同じ2階のフロアに新しく「IFUJI Matsumoto」もオープン。松本と穂高にある工房で作られた新しい木工製品がいち早く店頭に並べられる。
あなたも松本でゆったりと心地良い空間を楽しんでみてはいかが。
◆LABORATORIO(ラボラトリオ)
【住所】長野県松本市大手1-3-29 JR松本駅より徒歩8分
【定休日】火曜日、水曜日(秋以降は火曜日のみの予定)年末年始
【営業時間】1階10:00 – 18:00 2階カフェ11:00 – 18:00
2階IFUJI12:00~17:00
※詳細は公式サイトを要確認
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投稿 松本市のライフスタイル・ストア「LABORATORIO」がリニューアルオープン は PREMIUM JAPAN に最初に表示されました。
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編集部&PJフレンズのブログ
2026.9.3
「青森屋 by 星野リゾート」で体感する、祭りの熱狂と温泉の静けさ。 青森を体感する旅
「みちのく祭りや」のショーの様子。
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夜の街を、巨大なねぶたが進んでいく。
闇のなかに鮮やかな色彩が浮かび上がり、勇壮な表情をたたえた人形ねぶたが近づいてくる。「ラッセラー、ラッセラー」の掛け声に囃子の音が重なり、その後ろでは跳人(はねと)たちが力いっぱい跳ね踊る。
青森ねぶた祭を実際に目にして、まず感じたのは、「祭りを見る」という言葉では収まりきらないほどのエネルギーだった。
青森ねぶた祭は、毎年8月2日から7日に開催される。今回は、まさに祭りの真っただ中に青森を訪れる機会を得た。新幹線も飛行機もほぼ満席。全国から多くの人がこの祭りを目指してやって来ることを、青森へ向かう道中から実感した。
そんな旅の拠点となったのが、青森県三沢市にある「青森屋 by 星野リゾート」だ。
「のれそれ(青森の方言で“目一杯”の意味)青森~ひとものがたり~」をコンセプトに、祭りや方言、温泉、食、工芸など、青森の文化を滞在しながら体験できる温泉宿である。
かつて名馬の産地として知られた青森。公園を巡る馬車が毎朝運行している(予約制)。
22万坪の雄大な敷地を歩き、青森の景色を堪能する
東京から「青森屋 by 星野リゾート」へは、東北新幹線で八戸方面へ向かい、青い森鉄道に乗り換えて三沢駅へ。飛行機なら羽田空港から三沢空港へ向かい、空港から送迎バスで約20分だ。
奥に見えるのが「青森屋 by 星野リゾート」の宿泊棟。敷地内には大きな池がある。
到着してまず驚かされるのが、そのスケールである。
敷地面積は約22万坪。緑豊かな敷地の中央には大きな池があり、その近くには馬やポニーがいる牧場まである。館内だけで過ごすホテルというより、自然に囲まれた大きな公園のなかに泊まるような感覚に近い。
宿泊棟は本館・西館・東館の3棟、客室は全236室。温泉に入って終わりではなく、広い敷地や館内を歩きながら、さまざまな青森文化に出会える仕掛けがいくつも用意されている。
その中心となるのが、本館1階の「じゃわめぐ広場」だ。「じゃわめぐ」とは、青森の方言で「心が騒ぐ、ワクワクする」という意味。
エレベーターを降りると目の前に「五所川原立佞<wbr />武多『かぐや』」が現れ、さっそく心がじゃわめぎ始める。
ほかにも「ヨッテマレ酒場」や「じゃわめぐ売店」「うるほひ横丁」などがあり、まるで昔ながらの祭りの縁日に迷い込んだような賑わいだ。食事をしたり、買い物をしたり、写真を撮ったり、一杯飲んだり・・・それぞれの楽しみ方ができる空間になっている。
ホテル内には多くの方言が使われた場所があり、またスタッフの方々の方言で話すのが聞こえてくる。青森の文化である方言を敢えてお客様に触れてもらう、これもおもてなしになっているのだ。
じゃわめぐ広場と西館をつなぐ通路は、季節によってしつらえが変わる。
私が訪れた夏には、約300個の金魚ねぷたが彩る「しがっこ金魚まつり」や「金魚ねぷた灯籠回廊」などが登場。9月から11月には、約300個のりんご灯籠が並ぶ「りんご灯篭回廊」へと姿を変える。
思わず足を止め、写真に収めたくなる。季節を変えてまた訪れたくなるのも、青森屋の楽しさのひとつだ。
「金魚ねぷた灯籠回廊」の様子。
季節によってワークショップが開催されている。
わずか一室。「ねぶたの世界」に泊まる特別な客室
次に気になるのは、やはり客室だ。
青森屋には、わずか一室だけの特別室「青森ねぶたの間」がある。写真では見たことがあったが、今回は特別に室内を見学させてもらった。
主室にある、幅約3.2m、高さ約1.4mの天境立体ねぶた「東北の雄 阿弖流為(アテルイ)」。北方の守護神・毘沙門天(びしゃもんてん)の加護を得て、鬼神を従え奮闘する勇姿が表現されている。
中央にあるのは、主室のねぶた障子「津軽海峡 義経飛龍」。青森県や岩手県の一部では、源義経が奥州平泉の地より生き延び、<wbr />きたを目指したと古くから伝えられており、義経が荒れ狂う津軽海峡を渡ろうとする場面である。
扉を開けた瞬間、思わず「これはすごい」と声が出る。
玄関で迎えてくれるのは、高さ約2メートルの「田村麿と妙見宮の鬼面」。さらに主室へ進むと、「東北の雄 阿弖流為」を表現した立体ねぶたが圧倒的な存在感を放っている。
第7代ねぶた名人・竹浪比呂央氏の協力によって制作された造形は、単なる客室装飾というより、部屋全体がひとつの作品のようだ。
しかも、その仕掛けは目立つ場所だけにとどまらない。
洗面台や浴室の桶など、何気なく使う場所にもねぶたのモチーフが潜み、インターホンからは「ラッセラー、ラッセラー」という祭りの掛け声まで聞こえてくる。
どこを見ても、ねぶた、ねぶた、ねぶた。
わずか一室だけに予約のハードルは高そうだが、この圧倒的な迫力に包まれて過ごす一夜は、忘れられない思い出になるに違いない。
これだけ賑やかな空間で、果たしてぐっすり眠れるのだろうか。そんなことまで少し気になってしまう。
寝室の天井にあるねぶた絵は、見る位置によって表情が変わる。主室から寝室を望むと、義経の勇壮な顔が立体的に浮かび上がって見える。
2026年誕生。「ほっこりんご和室」に見る、もうひとつの青森
2026年にリニューアルして誕生したのが、りんごをモチーフにした「ほっこりんご和室」である。
りんごのアーチやクッションなど、まず目に飛び込んでくるのは、思わず写真に収めたくなる愛らしいデザインだ。
けれど、この部屋の魅力は、「青森といえば、りんご」という分かりやすさだけではない。
たとえば、室内に置かれたりんごのオブジェには、豪雪によって折れてしまったりんごの木が使われている。また、木片や皮などを漉き込んだ「りんご和紙」も室内に取り入れられている。
雪国でりんごを育てること。豪雪とともに暮らすこと。そして、本来なら捨てられてしまう木を、新たな形で生かしていくこと。
そうした土地ならではの自然環境やりんご産業の背景を知ると、愛らしい客室の見え方も少し変わってくる。
2026年8月に宿泊がスタートした「ほっこりんご和室」は、全35室。
各部屋に置かれている、りんごの木から生まれた「ほっこりんご」のオブジェ。
ベッドボードには、りんごの木から生まれた和紙で作られた、りんごの花の壁掛け。
青森文化との出会いは、客室だけではない。
館内を歩いていると、「BUNACO」や「津軽金山焼」といった青森の工芸が、ごく自然に目に入ってくる。展示品として並べられているのではなく、照明や器、インテリアとして実際の空間に溶け込んでいるのだ。
「あ、この照明も青森のものだったんだ」。
そんな小さな発見をきっかけに、土地の工芸へ興味を広げていくのも、旅の楽しみ方のひとつだ。
忘れられない、しっとりとした湯の心地よさ
青森屋を訪れたら、時間を取ってゆっくり楽しみたいのが、自家源泉の温泉だ。
内湯は天井や壁、浴槽に青森ヒバがふんだんに使われ、足を踏み入れた瞬間から清々しい木の香りに包まれる。
泉質はアルカリ性単純温泉。湯に身体を沈めると、肌を包み込むようなやわらかな感触があり、湯上がりにも、しっとりとした心地よさが残る。
青森ヒバをふんだんに使った、木の香り豊かな内湯。
水の上に浮かんでいるかのような「浮湯」。
露天風呂には「浮湯」という名がつけられている。その名の通り、まるで池の上に浮かびながら湯に浸かっているような開放感がある。
冬(12月〜2月)には、ねぶたの山車と、ゲストが願い事を書いた小灯籠が浮湯の周りの池に浮かび、この時期にしか見られない幻想的な景色が広がる。その光景を想像しただけで、今度は雪の季節に訪れてみたくなる。
原稿を書いている今も、あのやわらかな湯の感触を思い出すと、もう一度浸かりたいという気持ちが湧いてくる。
それほど、印象に残る温泉だった。
青森には、朝早くから湯に入る文化もあるという。
前夜の賑やかさが嘘のように静かな朝。やわらかな朝の光のなかで入る温泉には、夜とはまた違う心地よさがある。宿泊するなら、ぜひ朝風呂も楽しみたい。ホテルから歩いて10分ほどのところには、宿泊者以外も利用できる「元湯」がある。時間に余裕があれば、温泉のはしごをしてみるのもいい。
青森の朝風呂文化を体験できる「元湯」。
伝統工芸品「津軽びいどろ」の職人の協力によって作られたオリジナルガラス。
祭りの熱気をサウナで味わう「青森ねぶたサウナ」
もうひとつ見逃せないのが、「青森ねぶたサウナ」である。
青森ヒバを使用した香り豊かなサウナ室。その正面に設えられているのは、第7代ねぶた名人・竹浪比呂央氏が主宰する「竹浪比呂央ねぶた研究所」が制作した、「龍王」を題材とするねぶただ。
サウナのなかにまでねぶたがあることに、まず驚かされる。
さらに室内には祭囃子が流れ、その盛り上がりに合わせてオートロウリュが行われる。
熱気に包まれながら、目の前には迫力あるねぶた。
静かに“ととのう”サウナとはひと味違う、青森屋ならではの高揚感がある。サウナ室の前には、地下水を汲み上げた水風呂も用意されている。
祭りの熱気をサウナで表現してしまうあたりも、なんとも粋である。
サウナ室正面のねぶたは、青森ねぶた祭でもよく用いられる「龍王」。水や雨を司る神として知られている。
サウナストーンは、ねぶたの武者や青森の夏の風物詩「金魚ねぷた」をモチーフにしている。
サウナ室の目の前には、地下水を汲み上げた水風呂がある。
湯上がりのお楽しみは、蛇口から注ぐりんごジュース
温泉から上がったあとも、ここだけの青森体験は続く。
じゃわめぐ広場にあるのが、りんごの木に設えられた「りんごジュースが出る蛇口」だ。蛇口をひねると、4種類のりんごをブレンドした冷たいりんごジュースが注がれる。
「蛇口からジュースが出てきたら」。
そんな子どもの頃の夢をそのまま形にしたような演出に、大人でもちょっと嬉しくなってしまう。
温泉で火照った身体に、冷たいりんごジュース。
こんな何気ないひとときにも、青森らしさがしっかりと詰まっている。
無料で楽しめる「りんごジュースが出る蛇口」。提供時間:8時〜12時/15時〜20時
夜は「みちのく祭りや」へ。青森四大祭りの熱気を体感
夜になったら、「みちのく祭りや」へ出かけてほしい。
ここでは、五所川原立佞武多、弘前ねぷたまつり、八戸三社大祭、青森ねぶた祭という、青森を代表する4つの祭りを題材にしたオリジナルショーが繰り広げられる。
会場には6名のねぶた師が手掛けた作品が並び、映像や照明、囃子とともに祭りの世界を体感できる。座席は予約制なので、滞在が決まったら早めに予定へ組み込んでおきたい。
そして驚かされたのが、舞台に立つ演者が、日中は調理や客室など、それぞれの仕事を担う青森屋のスタッフだということ。
普段の仕事をしながら練習を重ね、夜になると演者として舞台に立つ。
だからこそ、単なるエンターテインメントとは少し違う熱量を感じるのかもしれない。
聞けば、青森出身のスタッフも多く、自分たちの土地の文化を、自分たち自身で伝えていきたいという思いがあるそうだ。
館内で聞こえてくる方言も含め、青森屋ではスタッフ自身が青森文化の伝え手になっている。
ショーの最後には観客も参加し、会場全体がひとつになって盛り上がる。
青森の祭りを実際に訪れることができない季節でも、その熱気の一端を感じられるはずだ。
※2027年4月より、16時30分〜17時30分に公演時間が変更になる。
毎日21時〜22時に開催される「みちのく祭りや」は宿泊者向けで、全席完全予約制。
青森屋のオリジナルショー「青森四大祭りショー」。
弘前ねぷたまつり「筆とねぶた」。
会場入り口にある、ねぶた師・立田龍宝(たつたりゅうほう)氏がデザインを担当した8枚の木製ねぶたの切り絵。
本物の青森ねぶた祭へ。宿で知った文化がつながる瞬間
今回の滞在では、「青森屋 by 星野リゾート」が用意する「青森ねぶた祭観覧バスツアー」に参加し、祭りの会場へ向かった。
到着すると、沿道にはすでに多くの人が座り、祭りのスタートを今か今かと待ちわびている。
やがて遠くから、夜の闇に浮かび上がる巨大な人形ねぶたが見えてきた。
近づくにつれ、細部まで描き込まれた鮮やかな色彩や、立体的な身体の動きがはっきりと見えてくる。
「ラッセラー、ラッセラー」。
掛け声と囃子が響き、跳人たちが跳ねる。
その熱気に押されるように、沿道の観客からも「ラッセラー、ラッセラー」と声が上がる。
映像で見ていた祭りからは想像できなかったほどの迫力と一体感だ。
私自身、青森ねぶた祭を体験するのは今回が初めてだった。
これほどまでに会場全体がひとつになり、人の心を高揚させる祭りがあるのか。
久しぶりに夏祭りの熱気に身を置いたことで、どこか忘れていた日本の夏の記憶まで呼び起こされたような気がした。
人生で一度は見てほしい祭りだ、と言い切りたくなる。
そして、祭りを終えてホテルへ戻ったとき、館内にあるねぶたの意匠も、「ねぶたの間」も、サウナの「龍王」も、「みちのく祭りや」で感じたスタッフの熱気も。本物の祭りを知ったあとでは、それまでとは少し違って見えるのだ。
宿で文化に触れ、本物の祭りへ出かけ、再び宿へ戻る。
ホテルの空間も、ねぶた祭体験も全てが一つにつながり、青森という場所を丸ごと体験したような気持ちにすらなった。
朝食は、青森屋 by 星野リゾートの「のれそれ食堂」でいただく。朝夕ともにブッフェスタイルで、豊富な海産物が並び、思わず笑みがこぼれる。帆立ラーメンに、刺身をのせたごはん、新鮮な野菜の蒸し物など、朝から食欲が止まらない。
「のれそれ食堂」に入ると、左右に飲食スペースが広がっている。
新鮮な海産物が並ぶ。
目の前で調理してくれる帆立ラーメン。
ホテルをチェックアウトしたあとは、元湯であの素晴らしい湯をもう一度楽しみ、帰途に着いた。
東京へ戻ってからも、青森で見た景色や祭りの音、温泉の心地よさは鮮明に残っている。
そして気づけば、次は青森のどこを旅しようかと考えている。
「奥入瀬渓流ホテル by 星野リゾート」で森と渓流の静けさに身を置くのもいい。「界 津軽」に滞在しながら、また違う青森の文化に触れる旅もしてみたい。
一度の旅が、次の青森への旅につながっていく。
「青森屋 by 星野リゾート」は、青森を楽しむ目的地であると同時に、もっとこの土地を知りたくなる入口でもあった。
青森屋 by 星野リゾート
青森県三沢市字古間木山56
Profile
谷口優子 Yuko Taniguchi
女性誌で長年、インテリアや旅、ライフスタイルをテーマに企画・編集・執筆を行う。人やものづくりの背景にある物語を伝えることを大切にしている。
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