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奥嵐山で、自分だけの24時間を過ごす
2026.8.10
【星のや京都】美食と静寂に浸る、オールインクルーシブのひとり旅
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星のや京都では、2026年8月31日まで、24時間滞在のオールインクルーシブプラン「奥嵐山の夏ひとり旅」を提供中。14時のアーリーチェックインから翌日14時のレイトチェックアウトまで、自分だけの時間にゆっくりと浸れる、夏限定のひとり旅プランだ。
庭路地
客室
星のや京都が位置する奥嵐山は、かつて平安貴族が避暑に訪れた地。京都市街地より最大4.9度も気温が低い冷涼な気候で、豊かな自然に包まれながら心身を整える滞在を楽しめる。
目の前に小倉山と大堰川を望む空中茶室
朝日が降り注ぐ朝のストレッチ
滞在中は、京都の老舗書店「恵文社一乗寺店」が選んだ本を片手に読書に没頭したり、大堰川にせり出す「空中茶室」で、お盆の上に自分だけの情景を表現する「盆景菓子」を体験したりと、静かに自分と向き合う時間が過ごせる。さらに、青もみじに囲まれた庭で朝と夜に行うストレッチも開催。呼吸を意識しながらストレッチをすることで、心と体をゆるやかに整えていく。
ペアリングドリンクと共に愉しむ美食
客室で味わう朝鍋朝食
食事も、この滞在の大きな魅力のひとつ。夕食には、日本料理の本質を大切にしながら革新的な技法を取り入れた会席料理「真味自在」を、料理人の所作を間近に感じるカウンター席で堪能。厳選されたペアリングドリンクとともに、季節の味覚をじっくりと味わえる。朝食は、旬の野菜や魚を香り高い出汁でいただく「嵐峡の朝鍋」を客室に用意。嵐峡の景色を眺めながら、誰にも邪魔されない優雅な時間を過ごすことができる。
出発の際は貸し切りの船を用意
本プログラムは、朝夕の食事やダイニングでのペアリングドリンク、客室のミニバーなどがすべて含まれるオールインクルーシブスタイルで、気兼ねなく過ごせるのもうれしい。誰にも急かされることなく、自分のためだけに時間を使う贅沢。静寂に包まれる奥嵐山で、、心を満たす夏のひとり旅に出かけてみてはいかがだろうか。
◆「奥嵐山の夏ひとり旅」
【期間】2026年8月31日(月)まで
【料金】1室1名189,078円~
【含まれるもの】宿泊料、アーリーチェックイン(14:00)、レイトチェックアウト(14:00)、本(貸出し)、盆景菓子、夜・朝の貸切ストレッチ、夕食(ペアリングドリンク込)、朝食、ミニバー
【定員】1日1名
【予約】公式サイトにて7日前まで受付
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Features
夏の竹富島で、暮らすような滞在を
2026.8.7
【星のや竹富島】ゆったりと心満たされる、夏の滞在プログラム
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沖縄・竹富島の文化リゾート「星のや竹富島」では、2026年8月31日まで、竹富島の夏の暮らしを体感する季節限定プログラムを開催。遊び、眺め、語らう──「なちゆくい*」を彩る4つの催しを用意する。
農業が生活の中心だった時代、夏の竹富島は、秋から始まる新たな農事や祭事に向けて暮らしを整える季節であり、島の人々が交流を深めることで「ウツグミ(一致協力)」の精神を育んできた。そんな自然と寄り添う文化に触れながら、島で暮らすような滞在を楽しめるのが、夏限定の本プログラムだ。
島の植物を乾燥させた材料で作る民具
強い日差しが降り注ぐ竹富島では、早朝や夕方に畑仕事を行い、日中は家の中で民具づくりや農作業の準備をして過ごしてきた。その暮らしに触れられるのが、島に伝わる民具づくりを継承する「クージの会」の協力による手仕事体験。アダンやマーニの葉を乾燥させた素材を使い、昔ながらの民具を作りながら、島の暮らしに思いを馳せることができる。
緑豆ぜんざい(2026年8月31日までの期間限定)
【時間】14:00~15:50 【料金】無料 【場所】ゆんたくラウンジ
館内のゆんたくラウンジでは、八重山で親しまれてきた緑豆を使った「冷やしぜんざい」を無料で提供。さらに夕暮れ時にはコンドイ浜への送迎(1日3組限定・無料)も実施され、水平線に沈む夕日を眺めながら、波や風の音に耳を澄ませる島ならではの豊かな時間を過ごせる。
「島の唄い手と過ごすひととき」
毎週火曜の夜には、島の唄い手と泡盛やおつまみを囲んで語らう「島の唄い手と過ごすひととき」も開催。島の唄や人々との交流を通して、竹富島の文化や歴史をより深く感じられる。
見晴台から望む集落景観
観光地を巡るだけでは出会えない、その土地の日常や営みに身を委ねる旅。竹富島に受け継がれてきた夏の時間を体感しながら、心をゆるめてみてはいかがだろうか。
*島言葉で「なち」は「夏」、「ゆくい」は「休暇」という意味
「島の唄い手と過ごすひととき」
【期間】2026年8月31日(月)までの毎週火曜日
【時間 19:15~21:30
【料金】1名7,560円(税・サービス料込)
【場所】喜宝院蒐集館
【対象】年齢制限なし
【定員】2組 4名まで
【予約】前日17:00までに公式サイトにて予約
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PREMIUM JAPAN AWARD 2026
2026.8.5
ジャパニーズウイスキーを、ブームから文化へ 三郎丸蒸留所が挑む「次の100年」
2026年5月に発売になった「三郎丸Ⅷ(エイト)STRENGTH(ストレングス)」。タロットカードのデザインは大アルカナ22枚の9番「力(STRENGTH)」が採用されている。
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世界から熱い視線を集めているジャパニーズウイスキー。このブームを一過性のものにせず、100年先へ続く文化へ育てたい。そんな思いを胸に挑戦を続けているのが、富山県砺波(となみ)市の三郎丸蒸留所を擁する若鶴酒造代表取締役社長 稲垣貴彦さんだ。「The Ultimate Peat(ピートを極める)」を掲げ、世界初の鋳造製蒸留器「ZEMON」の開発や樽工房の設立、ボトラーズ事業、蒸留所同士の連携など、日本のウイスキー文化の土台づくりに取り組んでいる。その挑戦が評価され、「PREMIUM JAPAN AWARD 2026」を受賞した。目指しているのは、一つの蒸留所の成功ではない。日本のウイスキーを次の100年へ受け継ぐ仕組みをつくることだ。その思いを聞いた。
ジャパニーズウイスキーブームの先にある課題
世界的なジャパニーズウイスキーブームを背景に、日本の蒸留所は急速に増えてきた。2013年には10カ所ほどだった蒸留所は、この10年余りで約100カ所以上へと拡大した。一方で、設備や樽、職人の不足、人材育成など、産業基盤の課題も顕在化している。一時のブームで終わらせず、文化として次の100年へつないでいけるのか。今、日本のウイスキー産業は大きな岐路に立っている。
その課題に真正面から向き合っているのが、三郎丸蒸留所を率いる稲垣貴彦さんだ。
北陸新幹線新高岡駅からJ R城端線油田(あぶらでん)駅から徒歩1分、新高岡駅からタクシーで約20分の場所にある若鶴酒造。
三郎丸蒸留所 大正蔵入り口にある若鶴酒造と三郎丸蒸留所ののぼりや樽。「三六〇」は、2025年12月に就任した北陸最若手の杜氏、田村幸作氏が手がけた三郎丸蔵の新ブランド。
若鶴酒造の創業は1862(文久2)年。砺波平野の豊かな伏流水に恵まれ、この地で160年以上酒造りを続けてきた。ウイスキー造りを始めたのは戦後間もない1952年。米不足で日本酒を十分に造れなかった時代、二代目であり、稲垣さんの曾祖父にあたる稲垣小太郎氏は、「米以外の原料で酒を造る」という挑戦に踏み出した。
翌年発売した「サンシャインウイスキー」は、その名に、戦後の日本に再び明るい時代が訪れてほしいという願いが込められていた。その後、蒸留棟の火災や市場の低迷など幾度もの危機に見舞われながらも、地域に支えられ、ウイスキー造りの灯は守られてきた。
昭和27年にウイスキーの製造免許を取得後、初めて発売したのが「サンシャインウイスキー」。
受け継ぐためには、変えなければならない
大学卒業後、東京のIT企業で働いていた稲垣さんが富山へ戻る決心をしたのは10年前のこと。当時の若鶴酒造は日本酒が事業の中心で、ウイスキー造りは夏場だけ細々と続けられ、売り上げも全体のわずか5%に過ぎなかった。大きなリスクを伴う設備投資や新たな挑戦に踏み切ることはなく、昔ながらの製法を守り続けていた。
「この先、ウイスキー事業をどうするべきか」
そんな岐路に立っていたとき、蔵の奥に1960年蒸留の若鶴モルトが残されていることを知る。半世紀以上眠っていたそのウイスキーを口にした瞬間、稲垣さんは「脳天を突き抜けるような衝撃」を受けた。
「これほどのウイスキーを、曾祖父が造っていたのか」
その瞬間、単なる家業ではなく、曾祖父が始めたウイスキー事業を未来へ受け継ぐ使命を感じたと話す。
「曾祖父と私は同じ時代を生きていません。でも、一本のウイスキーを通じて、その時代につながれたような気がしました。半世紀を超えて、子孫から先祖につながれるお酒って、ほかにはあまりないと思うんです。今日仕込んだ原酒が商品になるのは数年後、時には数十年後。造り手がいなくなっても樽の中では熟成が続き、その酒を飲む人へと時間が受け継がれていく。ウイスキーは、時間を閉じ込める酒だと思います」
まるでギャラリーのような雰囲気を漂わせる三郎丸蒸留所の熟成庫と、そこを歩く稲垣さん。これまでCharや田島貴男、元ちとせをはじめとする多彩なアーティストがここで演奏を披露しており、その模様はYouTubeチャンネル「BLUES& BARRELS」で公開されている。
三郎丸タロットシリーズでは、切り絵作家の加野由希絵氏(氷見市出身)のカードの切り絵が使用されており、それらが並ぶシアタールーム。
しかし、その思いだけで蒸留所をよみがえらせることはできない。
老朽化した建物の修復や設備の更新には莫大な資金が必要だった。ウイスキーは仕込んでも、商品として売り上げになるまで何年もの熟成期間を要する。設備に投資しても、すぐに利益は生まれない。長い時間を見据えた経営判断が求められる産業だった。
そこで立ち上げたのが、蒸留所の名を冠したシングルモルトブランド「三郎丸」。当時、若鶴酒造では二級ウイスキーもシングルモルトも「サンシャインウイスキー」の名で販売されていたが、ブランドの価値を考えるなら、シングルモルトでもっと蒸留所の個性を前面に打ち出すべきだと稲垣さんは考えたのだ。
最初に世に送り出したのは、曾祖父の時代に銅製ポットスチルで蒸留された原酒をボトリングした「三郎丸1960」だった。ちょうどその頃、同じ1960年蒸留の「軽井沢1960」が香港のオークションで高額落札されるなど、世界では長期熟成のジャパニーズウイスキーへの注目が急速に高まっていた。
半世紀以上の眠りから目覚めた「三郎丸1960」にも販売予定数の4倍を超える応募が集まり、1本55万円で発売された。この一本をきっかけに、富山発のシングルモルトブランド「三郎丸」の名は、国内外のウイスキー愛好家の間で広く知られるようになった。
2020年に完成したウッドラック式を採用した樽貯蔵庫の中。
貯蔵樽からウイスキーを汲み出す、稲垣さん。
「三郎丸1960」の売り上げに加え、クラウドファンディングで寄せられた支援を原資として、蒸留所の改修に着手する。
「資金集めはもちろんですが、なぜ蒸留所を残したいのか、なぜ未来へつなぎたいのか。その思いを多くの方と共有できたことが大きかったですね」
クラウドファンディングは資金調達の手段であると同時に、三郎丸蒸留所の未来に共感する仲間を集めるプロジェクトでもあった。蒸留所は少しずつ、新しい時代へ歩み始めた。
その象徴となったのが、2019年に完成した世界初の鋳造製ポットスチル「ZEMON(ゼモン)」である。
発想の原点は、富山県高岡市で400年以上受け継がれてきた高岡銅器だった。梵鐘づくりの鋳造技術をウイスキー造りに生かせないか──。その着想から老子製作所との共同開発によって誕生したのが、世界初の鋳造製ポットスチル「ZEMON」である。
昭和20年の富山大空襲を逃れた数少ない建物。<wbr />現在は三郎丸蒸留所として、1階でウイスキーを蒸留、<wbr />2階から見学ができる。
画像提供:三郎丸蒸留所
中央に見えるのが「ZEMON」だ。
「従来の蒸留器は銅板をたたき、曲げて造ります。一方、ZEMONは梵鐘と同じ鋳造技術を使うので、十分な厚みを持たせることができます」
銅には蒸留液中の硫黄成分を除去する働きがあり、錫には酒質をよりまろやかにする効果が期待される。銅と錫、それぞれの特性を活かした銅錫合金によって、三郎丸らしい力強さと滑らかさを兼ね備えた酒質を実現した。さらに、高寿命化やメンテナンス性の向上、製造期間の短縮、コストダウンなど、従来の蒸留器が抱えてきた課題も解決した。
「ZEMONは三郎丸だけのために造ったものではありません。日本の蒸留所が、国内で設備を調達できる選択肢を増やしたかったんです」
伝統産業は、昔と同じものを作り続けるだけでは先細りしてしまうこともある。だからこそ、高岡銅器という地域の技術を現代のものづくりへ生かし、新たな産業へとつなげる。その挑戦は、三郎丸蒸留所だけでなく、日本のウイスキー産業全体の未来を見据えたものだった。
蒸留所を守ることが目的ではない。蒸留所を起点に、日本のウイスキー文化を次の100年へつないでいく。その視点に立ったとき、稲垣さんの挑戦はさらに広がっていく。
後期乳酸菌発酵を行う木桶発酵槽。木の表面に独自の乳酸菌が住み着き、豊かな発酵へと導く。
蒸留所では、主にネズミや鳥などの害獣からウイスキーの原料である大麦を守るため、猫(ウイスキーキャット)を飼う習慣があった。現在は、蒸留所で動物を飼うことはできないために、その名残から置物を置いている。
産業は、一社だけでは育たない
稲垣さんが目指しているのは、三郎丸蒸留所だけの発展ではない。日本のウイスキー産業全体が、100年先まで続くための土台を築くことだ。
「一社だけが成功しても、文化にはなりません。産業全体が元気になってこそ、日本のウイスキー文化は次の世代へ受け継がれていくと思っています」
その考えを象徴する取り組みの一つが、三郎丸樽工房「Re:COOPERAGE(リクーパレッジ)」である。
「貴重なジャパニーズウイスキーの一滴たりとも漏らさない。それが私たちの使命だと思っています」
ウイスキーにとって樽は、単なる容器ではない。熟成によって香りや色、味わいを育む「もう一つの原料」ともいえる存在だ。しかし世界的なウイスキーブームを背景に樽不足は深刻化し、価格は高騰。品質のばらつきも大きくなっている。
さらに日本では樽職人の減少が進む一方で、クラフトウイスキーの蒸留所は急増している。その結果、多くの蒸留所が自前で樽の修理や修復ができず、大切な原酒を守るための環境づくりが課題となっている。
樽工房において、「新たに蒸留された無色透明の原酒は、樽の中で長い年月を過ごすことで、琥珀色の色合いや豊かな香りを生み出すんです」と話す稲垣さん。
「10年前と比べると、価格は高い時で4倍ほどになりました。しかも漏れる樽が本当に増えました」
長い年月をかけて育てた原酒が、樽の隙間から失われてしまう。その損失を防ぐため、三郎丸蒸留所は樽工房を設立した。傷んだ樽板を交換する「リペア」、用途に応じて組み替える「リメイク」、内側を削って焼き直す「リチャー」。一本一本異なる状態を見極めながら、樽に新たな命を吹き込んでいる。
「樽は容器ではなく、原料なんです。ウイスキーを造っているのは、樽でもあるんですよ」
樽を守ることは、原酒を守ること。そして、日本のウイスキーの品質を守ることでもある。
「新しく造るより、直す方が難しいんです。どこが悪いのかを見極め、その樽に合わせて修復しなければならない。一本として同じ状態の樽はありません」
現在、日本で樽職人はごく限られている。
三郎丸樽工房「Re:COOPERAGE」で樽の修復・修繕を担っているのは、29歳でキャリア10年の樽・木桶職人、祝迫智洋さんだ。
「樽と木桶の両方を扱える職人は、世界でも祝迫さんだけだと思います」
そう語る稲垣さんは、祝迫さんに絶対の信頼を寄せる。
樽工房では、全国の蒸留所から修理を引き受けるだけでなく、技術者の育成にも力を入れている。樽工房は三郎丸のためだけにあるのではない。日本のウイスキー産業全体を支えるインフラとして、その役割を広げている。
敷地内にある樽の修理・再利用する樽工房「Re:COOPERAGE」。樽のリペア・リメイク・リチャーなどを専門に行なっている。
ここではバーボン樽を中心に、シェリー樽、赤ワイン樽、ミズナラ樽、スパニッシュオーク樽など、様々な樽が集まってくる。
廃材となるはずの木材は、時計や小さな樽など、別のアイテムに生まれ変わらせている。
その発想は、ボトラーズ事業にもつながっている。
2021年には、ウイスキー専門店「モルトヤマ」の下野孔明さんとともに、ボトラーズブランド「T&T TOYAMA」を立ち上げた。
ボトラーズは蒸留所から原酒を買い取り、独自に熟成やブレンドを行い、新たな価値を加えて市場へ送り出す存在だ。原酒が商品になるまで長い年月を必要とする蒸留所にとって、資金面や販路を支える役割も果たしている。
「スコットランドでは、自分たちにない原酒は交換するのが当たり前です。それぞれが得意なものを持ち寄ることで、多様性が生まれる。日本もそういう産業になってほしいと思っています」
クラフト蒸留所が一社だけで世界へ挑むには限界がある。しかし、それぞれの個性を生かしながら協力することで、新しい価値は生まれる。
「ボトラーズ事業を通して、世界各地の蒸留所が集うイベントや販売会で、それぞれの蒸留所の特徴や魅力を紹介する機会も増えました。一社ではできないことでも、数社が集まることで、多角的な発信ができるようになります」
競争するだけでは文化は育たない。互いに支え合い、それぞれの強みを生かしながら成長していくことで、産業は厚みを増していく。
昨年新設された、三郎丸蒸留所のブレンダー室・ワークショップルーム。日本の伝統工芸である組子建具とガラスを融合させた「ガラスシリンダー」が美しい。
たくさんの保有する原酒を新たな魅力ある製品づくりへとつなげていく作業がなされている。
一番いいのは、実際に来てもらうこと
「一番いいのは、実際に来てもらうことです。蒸留所へ来れば、その土地の空気も、人も、ものづくりも伝わります」
その思いから、三郎丸蒸留所は開かれた蒸留所として見学を受け入れている。蒸留設備を間近で見ながらウイスキー造りの工程や歴史を学ぶことができ、ショップやテイスティングスペース、レストラン「竈 flamme 炭三郎」も併設する。
屋外のBBQスペースにも釜が置かれている。
レストランでは、役目を終えたウイスキー樽を燃料に炊き上げるご飯をはじめ、三郎丸の仕込み水や富山の食材を生かした料理を提供している。酒造りを支える水や土地の恵みを、食を通して体感できる場所でもある。
取材当日も、見学者だけでなく地元の人々が次々と訪れ、食事を楽しんでいた。蒸留所は観光施設にとどまらず、地域の日常に溶け込む交流の場にもなっていた。
レストランの入り口の横には仕込み水が出る蛇口がある。その柔らかくてミネラル感ある水質が、三郎丸のウイスキーの味わいを支えている。
そして、稲垣さんは新たな試みスタートとして、クラフトウイスキー蒸留所をより多くの人に知ってもらう試みをはじめた。
「私が戻ってきた頃、日本の蒸留所は10カ所ほどでした。それが今では約100カ所以上になりました。せっかくなら、三郎丸だけでなく全国の蒸留所を巡ってもらいたいんです」
その思いから始まったのが、全国の蒸留所を巡る「Japanese Whisky Passport 銅印帳」プロジェクトだ。鉄道を巡る「鉄印帳」のように、各地の蒸留所を訪れ、銅印を集めながら旅を楽しむ仕組みである。
「目指したのは、ウイスキー好きだけの企画ではありません。建築やものづくり、地域文化や食に興味を持つ人たちにも、日本各地の蒸留所を訪れるきっかけをつくりたかったんです」
蒸留所を巡る旅は、その土地の文化や食、伝統工芸と出会う旅でもある。蒸留所という「点」を旅という「線」で結び、日本のウイスキー文化という「面」へ広げていく。それもまた、産業を未来へつなぐための大切な仕組みだ。
「Japanese Whisky Passport 銅印帳」全国28ヵ所のクラフト蒸留所が紹介されており、各蒸留所で銅印を購入し、指定のページに貼って集めることができる。
稲垣さんが目指すのは、曾祖父から受け継いだ酒造りの志を起点に、高岡銅器の技術、樽職人の仕事、蒸留所同士が支え合う関係、そして地域へ人を呼び込み文化を育てる仕組みまで、日本のウイスキー産業を支える土台そのものを未来へ残そうとしている。
日本の蒸留所の数は増えた。だが文化は数だけでは育たない。今問われているのは、「増やすこと」ではなく、「育てること」なのである。
100年前、曾祖父が始めた挑戦は、いま「次の100年」を見据えた挑戦へと姿を変えた。三郎丸蒸留所で生まれたその挑戦は、一つの蒸留所の未来ではなく、日本のウイスキーをブームで終わらせず、次の100年先へと受け継ぐための取り組みだ。
稲垣さんは富山の地で日々思いを巡らせ、そして格闘をしている。
樽貯蔵庫では、夏場は上段温度管理のために、屋根散水システムを導入している。
若鶴酒造(三郎丸蒸留所)
富山県砺波市三郎丸208
Photos by Hidehiro Yamada
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2026.8.1
伝統産業の「有松鳴海絞り」から、グローバルブランド「suzusan」へ
上質なカシミヤを素材としたストールは「suzusan」の人気アイテムのひとつ。2008年、ドイツの学生寮にあった数枚の有松鳴海絞りのテキスタイルが、ブランドの出発点となった。
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400年以上前から伝わる伝統工芸「有松鳴海絞り」。時代の流れとともに衰退の道を歩んでいたこの伝統産業に、遠くドイツから一筋の光が差し込んだ。その光源は、有松鳴海絞りの技術を用い、アパレルを中心としてさまざまなアイテムを展開するブランド「suzusan」である。日本の伝統産業をベースにしてグローバルブランドへと成長し、「有松鳴海絞り」の復興にも貢献した「suzusan」の取り組みが高く評価され、この度「PREMIUM JAPAN AWARD 2026」を受賞する運びとなった。有松で生まれ育ちながらも、ドイツのデユッセルドルフを本拠地としてブランドを立ち上げた村瀬弘行さんに、現在にいたる道程と、日本の伝統工芸品に対する思いをうかがった。
衰退の一途を辿っていた、伝統産業「有松鳴海絞り」
一枚の布地に浮かび上がるさまざまな柄。それは、滲んでいたり、擦れていたり、ぼやけていたりする。そして不均一。その不均一が揺らぎを生み、懐かしくも心地よい美しさを醸し出す。
国の伝統工芸品に指定されている「有松鳴海絞り」の美しさを言葉にするならば、こんな表現が相応しいだろうか。ただ残念なことに、産業としての有松鳴海絞りは衰退の一途を辿っていた。そこに新たな風を吹き込んだのが、株式会社スズサンが発信するブランド「suzusan 」である。
愛知県名古屋市の有松地域で、400年以上前から行われている絞り染めの総称、それが有松鳴海絞りだ。木綿布を糸で括(くく)る、あるいは縫ったりたたんだりした後に染料に浸すことで、その部分だけが染まることなく、生地色がそのまま柄として残る。職人が手作業で括るため、微妙な力加減の変化で染まり具合は不均一となり、個々の柄には「滲み」や「擦れ」などのグラデーションが生じる。さらに「シボ」と呼ばれる独特の凹凸が布地に現れ、浴衣にした場合は心地よい清涼感が生まれる。また、括り方や縫い方によって柄は千差万別となり、有松鳴海絞りには技法として100種類以上の柄があると言われている。
「手蜘蛛絞り」、「織り縫い絞り」、「杢目縫い絞り」など、有松鳴海絞りの柄は、100パターン以上存在する。写真は「巻き上げ絞り」と「帽子絞り」と呼ばれる模様。©SUZUSAN
このような有松鳴海絞りは江戸初期に生まれ、主に手拭として爆発的な人気を呼び、有松が東海道沿いであったことから、街道を行き来する旅人が土産物として買い求め、その名は全国に広まった。しかし、明治から大正期にかけて最盛期を迎えたものの、近代化に伴う日本人の生活様式の変化や、その独特の柄が「古臭い」とも言われ、前述するように昭和後半ころからは、衰退の一途を辿りつつあった。




上は安藤広重による「東海道五十三次」の鳴海宿の浮世絵。色とりどりの手拭が店先に掛けられている様子が克明に描かれている。下は街道筋の面影を残す、現在の有松の街並み。有松で作られた絞り染めは、江戸時代には隣の宿場町である鳴海宿で主に売られたため、「有松鳴海絞り」という名称が広まった。©SUZUSAN
「布が山のように溢れている家の中で食事をし、布に囲まれて寝る。そんな少年時代でした」
「父が模様の原型となる型を彫る工程に携わる職人でしたので、布が山のように溢れている家で食事をして寝る。幼いころからそんな生活で、朝から晩まで型を彫るコンコンという音を聞いて育ちました」
株式会社スズサンのCEO兼クリエイティブディレクターの村瀬弘行さんは、自身の幼少期をそう語る。物心ついた時から有松鳴海絞りに囲まれていた村瀬さんだが、10代後半となり世の中がバブル崩壊に見舞われていたころ、有松に忍び寄る衰退の気配も感じていた。
「僕らの世代の職人の子どもたちには、家の仕事を継ぐという発想は、僕も含めてまったくありませんでした。父も家業は自分の代で途絶えてもよい、くらいの覚悟は持っていたと思います」
「日本の美大受験に失敗して名古屋へ帰るバスの中で、ヨーロッパへ行くことを決断しました」と村瀬弘行さん。その決断がやがて「suzusan」へつながるとは、当時は知る由もなかった。
アートを学ぶために一念発起してイギリスへ、そしてドイツへ
日本の美大受験に失敗した村瀬さんは、アートを学ぶために一念発起してイギリスへ渡る。海外へ出ることに対して、父親は何も反対しなかったが、経済的な援助は受けず、1年間のアルバイト代を貯めて渡航費と学費に充てた。「何しろ当時、家計はドン底の状態でした。僕のアルバイト代まで、一部を家に渡していたくらいです」
イギリスの美術学校で学ぶも、1年間で学費が底を尽いた。ドイツのデュッセルドルフにある美術学校は学費無料。そんな情報を耳にした村瀬さんは、イギリスからドイツへ移る。学費は無料であるものの、「クンスト・アカデミー」と称されるその美術学校は、かつてヨーゼフ・ボイスやゲハルト・リヒターという錚々たる現代美術アーティストが席を置いた、ドイツ国内でも有数の美術学校だった。
「クンスト・アカデミー」の正門前で、若き日の村瀬さん。この美術学校で学んだことが、やがて「suzusan」での商品プロデュ―スに大いに役立つこととなった。©SUZUSAN
イギリスで開催したテキスタイル展示会が大好評
「お金の心配をせずに、のびのびとアートを学ぶことができる、とても面白く楽しい時期でした」
そんな村瀬さんに、父から「イギリスでテキスタイル展示会をするから手伝いに来てほしい」という依頼が入った。デュッセルドルフに住み始めて3年ほど経ったときのことだった。
「幼いころから嫌というほど見てきた有松鳴海絞り。日本で『古臭い』とまで言われた柄でしたが、異国の地で改めて接すると、とても新鮮なものに見えました。イギリスの方々にもその柄はかなり好評で、自分自身でもその好評具合には驚きました。調べてみると、染色というのは、なぜかヨーロッパでは発達せず、専ら刺繍や織り、編みが中心なのです。そんな背景もあって、有松鳴海絞りの独特の風合いが新鮮で好評を博したのかもしれません」
「ヒロユキ この素晴らしいストールは一体なんだ」
展示会を終え、余った数点のストールを、村瀬さんは当時住んでいたデュッセルドルフの学生寮へ持ち帰った。好評だったという感触はあったものの、それをビジネスにする発想はまだ芽生えていなかった。
しばらく経ったある日の夕方、学生寮のルームメイトとキッチンでビールを飲んでいたときのこと。無造作に置かれていたストールを目にしたルームメイトが言った。「ヒロユキ、この素晴らしいストールはいったい何なんだ!」
ビジネスを専攻していたそのルームメイトは、「この素晴らしいストール」を用いた事業をデュッセルドルフで立ち上げることに着手する。こうして、2008年にはドイツを本拠地とした法人と新ブランドが産声をあげた。村瀬さんがヨーロッパに渡ってから5年の歳月が流れていた。
村瀬さんの父が、100年以上続いた有松鳴海絞りの「鈴三商店」を4代目として引継ぎ、屋号を「スズサン」と改めていたことから、ブランド名は自ずと「suzusan」となった。
「suzusan」はドイツの学生寮のキッチンから始まった。世界企業「アップル」が、ガレージから始まったように。
「手で作る」「有松で作る」 最初に決めた二つの大切なこと
「手で作る。有松で作る。ブランドを立ち上げる際に、この二つのことは守ろうと決めました。手仕事によって生まれる製品は、マスマーケットには不向きですので、ラグジュアリーをターゲットにするべき、という考えも当初からありました」
ラグジュアリー層をターゲットにする方策として、従来は木綿を染めるだけだった絞り染の技術を、カシミヤやシルク、あるいはアルパカなどの高級素材に応用することに着手した。木綿とは異なり、こうした柔らかい素材に絞り染めを施すのは、至難の業だった。
「suzusan」の代表的な技法のひとつである「まだら絞り」。「日本の伝統」から離れた抽象画のようでもあり、水墨画をも思わせる。また、カシミヤに施された絞り染めが、独特の風合いを生む。
「最初のころは、失敗の連続でした。しかしさすがは400年続いた技術。試行錯誤を重ねるうちに木綿以外の素材も染めることができるようになりました」
品質の高い商品を作る目途はたったが、まったく無名ブランドの、しかもかなり高価格の商品をショップに置いてもらうにあたっては苦労の連続だった。
「小さなオンボロ車に商品を積み、ヨーロッパ中を回りました。セレクトショップやデパートなどに飛び込み営業です。1日に10軒断られたこともあります。メールを送っても返答無し、というのも日常茶飯事。車の走行距離も嵩み、最後には車体の床が抜けましたよ」
従来の有松鳴海絞りでは到底考えられなかった華やかなカラーリングと可憐な柄のドレスをはじめ、カーディガン、パンツ、プルオーバー、カットソーなど、「suzusan 」はさまざまなアイテムで展開されている。
こうした努力が実を結び、上質なニットを貴ぶ服飾文化が流れるヨーロッパで、「suzusan」ブランドは次第に一定層からの熱い支持を受け、広まっていった。「飛び込み営業」から始まった販路は、今や29か国80都市にまで広がり、扱い店舗数は120店以上となっている。また2014年には日本の「鈴三商店」も「株式会社スズサン」へと法人化された。
「クリエイティブディレクターを名乗っていますが、僕自身はファッションやテキスタイルの勉強をしたことはありません。ですので、ファッションブランドを立ち上げたつもりはなく、あくまでも有松鳴海絞りを未来へ残していくことに、企業としての存在意義を置いています。
ブランドを立ち上げた際に、有松鳴海絞りの現状を、『素材』『技法』『用途』の三つに分類し、守るべきは『技法』であり、『素材』と『用途』は柔軟に考えていくことにしました。ですので、素材は世界各地から調達しています。でも必ず有松で絞る。それを守り通しています」
柔軟な発想が生んだ、さまざまなアイテム
「用途」を柔軟にとらえる思考は、さまざまなアイテムを生み出した。ブランドの原点であるストールをはじめ、カーディガン、プルオーバー、シャツ、カットソーなど幅広く、しかもジェンダーレスであることも大きな特徴だ。展開はアパレルだけではない。照明器具、クッションカバー、テーブルウェアなどにまで及ぶ。
「用途を考えるにあたっては、ミラノやパリの街角、またヨーロッパの住宅の室内で、柄がどのように映えるかを考えました。技術は日本の伝統ですが、それが生み出す柄を日本テイストのみにこだわっていては、海外では受け入れてもらえません」
昨年は新たに「鈴三」ブランドが産声をあげた。漢字表記が物語るように和装のブランドである。有松鳴海絞りが衰退の一途をたどっていた当時、主な商品は浴衣だった。その浴衣は時として「お婆ちゃんが着るような」と揶揄された。
そうした過去の歴史もふまえながら誕生した「鈴三」は、「suzusan」で培われた新たなデザイン感覚と、400年続いた伝統の柄が融合し、まったく新たな和装の展開となっている。
上質なアルパカに絞り染めを施したクッションカバーをはじめ、インテリアやライフスタイルに特化したホームコレクションラインも展開。このラインには、ホテルや商業施設などからのオーダーも多い。
絞りの技術を応用し、防火ポリエステルに襞(ひだ)や凹凸をつけてランプシェードとした照明器具。不規則な襞や凹凸が独特の陰影を生み出す。
100種類以上存在する有松鳴海絞りの柄は、やはり大半がどこか日本的である。その一方で「suzusan」ブランドのアイテムが纏っている柄は、抽象化されモダン。そんな柄だからこそ、多くの人に受け入れられた。
その柄のベースとなるのは、有松に綿々と伝わり、幼いころから村瀬さんが目にしてきた数多くの有松絞りだ。その柄が、ヨーロッパで学んだアートというフィルターを通し、国境を越えた独創的な柄へと昇華され、アイテムに落とし込まれていく。
海外での時間が多い村瀬さんと有松の現場とのやりとりは、専らオンラインだ。村瀬さんが思いついたアイデアスケッチと、それをもとに現場で仕上がったサンプルとが、幾度となく飛び交い、やがて商品となっていく。
「絞り染めに携わりたい。そんな思いで有松にやってきました」
スズサンの現場スタッフは20名前後。うち10名以上が作り手として工房に立つ。かつては分業制だった絞りの工程が、この工房では一貫して行われている。一軒家を改装して設けられた2階建ての工房は、拍子抜けするほどコンパクトだ。けして広いとは言えないこの工房から、全世界へ「suzusan」ブランドの商品が羽ばたいているとは、なかなか信じがたい。
工房では2027年春夏として発表される新作が手がけられていた。布の上に型を置き、その上から括る場所を示す目印を刷毛で刷り込む「絵刷り」、その目印をもとに糸で括る「括り」。若い人が多い。しかし素早く鮮やかな手捌きで、絵を刷り糸を括っていくその姿は職人そのものだ。
「有松鳴海絞りの美しさ、とくにスズサンのモノづくりに携わりたいと思いここにやってきました」
スタッフの一人からは、そんな声が聞かれる。その声には、ものを作る喜びと、自身の仕事ぶりに対する誇りが漲っていた。
型の上から刷毛で目印を刷り込む「絵刷り」。かつては型紙を用いていたが、現代ではセルロイドとなった。スズサンには代々伝わる型紙が大量に保管され、それが新しい柄のヒントとなることもある。
「絵刷り」で刷り込まれた目印をもとに糸で括る「括り」の工程。手際よさが求められる一方で、括る際の力の入れ加減で、柄の滲みやぼけ具合が左右されるだけに、熟練の技術を要する。
工房で働くスタッフの面々。手作業は黙々と進められているが、いったん仕事から離れればこの笑顔。みんな若い。
日本各地の伝統工芸品産地をつなぎ成功体験情報をシェア
「経産省が指定している伝統工芸品は全国で244品目あります。そしてこれらの伝統工芸は世界から大きな注目を集めています。ところが伝統工芸の産地では、後継者不足や製品のアップデイトの遅れ、あるいは海外への発信手段がわからないなどが要因となり、かつての有松がそうだったように、衰退の道を辿っているところが大半です。日本全国に散らばっている産地をつないで成功体験情報をシェアし、どの産地にも明るい未来が訪れるようにするにはどうすればよいか。今はそんなことができたらと思っています」
「どの産地にも明るい未来が訪れるようにするにはどうすればよいか。最近はそんなことも考えています」
めざすは「from local、 to local」
そう語る村瀬さんは、「from local、 to local」という言葉を口にする。
「有松で言うならば、『フロームローカル』はある程度実現し始めているのではないかと思います。その次に着手すべきことは、『トゥローカル』。つまり有松という地に世界から人が訪れること。その手段として実は、海外からの旅行客向けに、有松を一日で巡るツアーを実施しています。古い街道の面影が残る有松の街並みを散策し、絞りのワークショップを体験する。そんなツアーが思いのほか好評で、少しづつではありますが、有松という土地に、世界からも注目が集まりつつあります。日本が誇る素晴らしい伝統工芸品を媒介として、こうした取り組みをほかの産地でも実現することができれば……。いうなれば、ローカルに複数形の「s 」がついた、フロームローカルズ・トゥローカルズです」
デュッセルドルフで立ち上げた法人を拠点に、ヨーロッパ各地はもとより、最近では北米やアジアでも「suzusan」に注目が集まり始めている。村瀬さんが海外で過ごす時間は、以前よりも増してより多くなってきた。
「僕は、有松にほとんどいない社長、と有松の人からも言われています」
村瀬さんは苦笑いする。しかし、村瀬さんの心はいつも有松を、そして日本の伝統工芸にある。
Photos by Azusa Todoroki
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旅館の矜持 THE RYOKAN COLLECTIONの世界
2026.7.28
50年の老舗に加わった和モダンのヴィラとメゾネット。
日本文化に滞在する「坐漁荘」の総支配人代理・井戸伸治氏
本館脇の庭園にて。生い茂る樹木と年月を感じさせる苔が素晴らしい。
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「ザ・リョカンコレクション」に加盟する旅館の女将や支配人を紹介する連載「旅館の矜持」。今回は静岡県の伊豆・浮山温泉郷にある「ABBA RESORTS IZU – 坐漁荘」の井戸伸治・総支配人代理兼総料理長を紹介する。
富士箱根伊豆国立公園内の手つかずの自然のただなか、瀟洒な建築が点在する伊豆高原の別荘地の一画に「ABBA RESORTS IZU – 坐漁荘」はある。約6000坪もの敷地を擁し、50年以上の歴史を連綿と紡いできた老舗旅館である。
国立公園の中に位置するだけあって、敷地内には樹木が生い茂り、緑は目映いほどだ。それはちょっとした小山のようであり、広大な庭園には清流や滝がしぶきを上げ、色とりどりの錦鯉が戯れる。濡れそぼった苔が風情を醸し出している。
以下、井戸伸治・総支配人代理に話を聞いた。
新築のファミリーメゾネットは天井が高く気持ちが良い。万葉集を意匠にした装飾がここかしこに配されている。
新オーナーが推進させたハイブリッド戦略
「本館である東館につらなる南館に、ファミリーメゾネットとヴィラを合わせて6室を増築したばかりです。それぞれの客室が『万葉集』にある柿本人麻呂の和歌や与謝蕪村の俳句をテーマにしておりまして、それらの世界観をインテリアや色彩などに織り込みました。これらの客室は7月7日から稼働しています」
新築された6つの和モダンな客室は、いずれも日本文化を体現した落ち着きのある空間となっている。
そもそも井戸総支配人代理は今から28年前に、副料理長として「坐漁荘」に入社した。当時は創業者でもある先代のオーナーが所有する旅館だった。当時から伊豆半島では頭一つ抜き出た本格的な会席料理を供する高級料理旅館として、その名を馳せていた。
大きな転機は2012年に訪れる。
「現在の外国人オーナーの手に渡りました。経営譲渡の話は2008年ぐらいから始まっていたのです。しかし、譲渡が成立する1年前の2011年3月に、東日本大震災が起きまして、当旅館も先行きは、存続すらまったく分からないような状況に陥りました。
この話は立ち消えになるかもしれないなと思っていたのですが、当初の計画通り、現オーナーは事業を引き継いでくれたのです。『旅館というのは世界の中でも日本にしかない文化なのだから、そういうものを衰退させないでやって行きましょう』というのがオーナーの気持ちでした。当時、私は料理長をしておりましたが、本当にありがたくて、感謝しかなかったですね」
もちろん、不安がないわけではなかった。
「とは言え、外国人オーナーですから、日本旅館がどのように変わって行くのだろうかという不安はありました。ところが、オーナーが最初に宣言したのは、『日本文化の継承』だったのです」
プール付きのヴィラ。周囲はまるでウブドの杜のようだ。
建物に関しては、残す部分は残し、刷新する部分もあった。
「運営方針としては、伝統的な和風旅館の良さは残しつつ、現代の顧客ニーズに対応するハイブリッド戦略を採用しました。本館の歴史的価値は最小限の改装で維持しつつ、プライベートプールの付きのヴィラや、ペット同伴可能な客室、メゾネットタイプの客室も作りました」
ヴィラ棟は16室もあり、本館から少し離れた大自然の中に点在し、とりわけプライベート感に優れている。バリ島のウブド辺りにあるヴィラを思い起こさせるものだ(他に新築されたヴィラ2棟は本館の横にある)。ヴィラに限らず、すべての部屋に温泉の露天風呂が完備している点もゲストにとっては非常に嬉しいポイントだ。
部屋付き露天風呂の類を見ない開放感。
魅力的な3つのレストラン
この宿の第一の魅力が、施設を囲む大自然であるとすれば、二番目の核となる魅力は多彩な食事にある。新オーナーは食事には大幅に手を入れた。
「食事のスタイルは従来の部屋食からレストラン食にしました。会席料理は継続して、コンテンンポラリーフレンチと鉄板焼きを導入しました。このことによって、富裕層や旅慣れたお客様、連泊するお客様が増えました」
この日のお造りはすべて地魚で、金目鯛やアオリイカ等。やはり格別に美味しい。
伊豆は食材の宝庫でもある。
「和食は50年以上にわたる会席料理の伝統を現在も継承しています。私は総料理長も兼任しておりますので、献立は私が考えています。今は旅館全体の仕事で忙殺されていますが、腕が鈍るといけないので、時々は厨房に立ったりしています。
何と言ってもありがたいのは、伊豆の食材の豊富さです。それは地産地消を基本にできるほどなのです。
まず、伊東市場や静岡県内から仕入れる新鮮な魚介類、特に金目鯛、クロムツ、伊勢海老、カサゴ、赤ハタ、アオリイカ等です。特に伊東市場は車で30分の距離ですから、そこから来た魚は鮮度が抜群です。冬季には浜名湖産の天然トラフグのプランもあります。実は浜名湖は、天然トラフグに関して、日本でもトップクラスの水揚げ量なんですよ。
それと、地元農家と連携した野菜です。少し離れても三島野菜で、ミニ大根、ニンジン、ラディッシュ、ジャガイモ、玉ねぎ、トマト、ルッコラ、原木シイタケなど、厳選して使用しています。
実は私の自宅は近くの山の中にあるので、週に2、3回は近所の農家さんから野菜を仕入れて、朝の出勤の時に私が運んだりしています(笑)」
低温調理された黒毛和牛。茄子、ミニ人参、コリンキー、シャドークイーン等々、付け合わせの野菜が主役に匹敵するほどの味だ。
晩の会席メニューには牛肉も出るが、肉はどうなのか?
「牛肉は以前は静岡のものを使っていましたが、仕入れが安定しないので、今は宮崎の黒毛和牛に落ち着いています。和食の料理人は肉焼きを教わることはないんですね。ですから、当館では低温調理をしてみたり、牛肉や合鴨の研究も熱心にやっています。
それから、フレンチで使っている地元の天城シャモは、肉質がプリプリで素晴らしいです。鹿肉も美味しいので、それを使うことに注力しようとしています」
和食、フレンチ、鉄板焼きの3つのレストランはいずれもが美味しく、評判はすこぶる上々である。2017年には、世界的な「ワールド・ブティック・アワード」の和食・洋食の料理部門で受賞もしている。
「あの時は、フレンチのシェフと私で、ロンドンの授賞式に行ってきました。
献立は、和食が2カ月に一回、フレンチは季節ごとに変えています。和食、フレンチともに、3連泊されるお客様で和食やフレンチや鉄板焼きだけを選ばれても、献立を替えて対応できます。ベジタリアンやヴィ―ガンにももちろん対応しております」
伊豆のど真ん中で、これほど食に特化した旅館も珍しい。地域との関係も深い。
「『地域と共に栄える』ことがオーナーの考え方でもあり、運営方針でもありますから、食材の仕入れ先は地元の生産者や市場が中心となります。いわば、地域経済との共存共栄を目指しております」
フレンチレストランでの朝食。地元の温野菜と自家製のトーストが驚きの美味しさだ。
厨房での優れた教育方針
「厨房の現場というのは、師匠が若手を仕込むに当たっては、『見て覚えろ』というのが慣例でした。非常に厳しいのが当たり前で、ややもすると、激しい????責や手が出ることも珍しくなかったのが料理の現場です。私は副料理長としてここに来たのですが、料理長である大将は、当時の静岡県の調理師会の会長をやっておられるような有名な方でした。その方の考えは慣例とはまったく違っていて、『僕らが若い時に受けたような指導をしちゃダメだよ』とよく言われました。『若手は宝だよ』というのが彼の考え方の根本にあったのです。
勿論、怒る時は怒るのですが、『納得のいくような怒り方をしなさいよ』と言われていました。当時としては、非常に珍しいことでしたね。その精神は今でも受け継がれていて、丁寧な指導はこの宿の伝統になっています。その結果、人材の確保も安定していますし、なにしろ、組織力が上がりますね」
調理師学校との連携も強化している最中だ。業界では、料理の修業先や就職先として、「坐漁荘なら間違いない」というのが定説になっているとのことだ。
地域随一の風格を感じさせるエントランスにて。
稀有な着物や刀剣と日本文化体験
最後に触れておきたいのは、宿の三番目の魅力についてである。それは日本文化の体験であり、触れ合いである。
「オーナーが日本文化に深い敬愛を寄せる人物であることはすべに述べましたが、それはある意味、日本人以上とも言えるほどです。彼は元々、途轍もない着物のコレクションを持ち、また、博物館レベルと評される刀剣のもの凄いコレクターだったのです。
着物は玄関を入ったすぐにところに季節ごとに展示していますし、刀剣はいつでも見学が可能な刀剣ギャラリーに陳列してあります」
着物のごく一部を紹介すると、手描き友禅の逸品である訪問着「京友禅」疋田染(ひったぞめ)鬘帯(かずらおび)、「京都西陣織」で全て手織りの袋帯、世界的に活躍した加賀友禅の巨匠・由水十久(ゆうすいとく)の訪問着などである。
刀剣の一部を紹介すれば、人間国宝天田昭次刀匠が生涯をかけた集大成といえる作品です。天田刀匠の最後を飾る精華といえる作品など、三十振り余りが所蔵されている(展示はその一部)。
「平成二十三年秋吉日 現代・新潟」
刀/刃長:39.4(一尺三寸)、反り:0.4cm 脇差/刃長:75.0cm(二尺四寸七分半)、反り:2.0cm
また、希望があれば、お茶や香り袋づくりなどの文化体験もできる。
「日本人がちょっと忘れつつある文化――刀剣であり着物であり、茶道や香道に触れられるのがこの宿の良さだと思っています」
現在の宿泊客の構成は、日本人6割、インバウンド4割。価格帯は1名8万~20万となっている。
「幾度かの増改築を経て、宿のハードウェアとしては完成に近づいたのではないかと思っています。今ある最優先課題は人材育成です。それによって、サービスの品質の段階をさらに上げて行くことです。そのためにはスタッフが意識を一つにして、常に勉強をしながら上を追い求めていくことが大事ですね」
ロビーにある囲炉裏にて。背後の庭園に広がる苔が美しい。
井戸伸治(いどしんじ)
静岡県伊東市出身。20代前半、「東京パレスホテル」内「和田倉」及び他店にて修業。1999年、「坐漁荘」副料理長として入社後、2007年、料理長。2014年、リニューアル期に総料理長に就任。2025年より総支配人代理を兼任、現在に至る。
構成/執筆:石橋俊澄
Toshizumi Ishibashi
「クレア・トラベラー」「クレア」の元編集長。現在、フリーのエディター兼ライターであり、Premium Japan編集部コントリビューティングエディターとして活動している。
photo by Toshityuki Furuya
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投稿 50年の老舗に加わった和モダンのヴィラとメゾネット。
日本文化に滞在する「坐漁荘」の総支配人代理・井戸伸治氏 は PREMIUM JAPAN に最初に表示されました。
Experiences
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長崎の魅力と未来戦略を鈴木史朗市長が語る
2026.7.27
長崎市長が語る ニューヨーク・タイムズ紙「2026年に行くべき52カ所」に選出した長崎の今
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2026年6月、東京・有楽町の外国特派員協会(FCCJ)で開催された講演会に、長崎市の鈴木史朗市長が登壇した。
アメリカの有力紙『ニューヨーク・タイムズ』が毎年発表する「52 Places to Go(行くべき52ヶ所)」。2026年版では、日本から長崎と沖縄が選出され、長崎は17番目に紹介された。さらに読者投票では5位に選ばれ、世界的な注目を集めている。
冒頭、鈴木市長は、「日本と世界を結ぶ玄関口として発展してきた都市として長崎ですが、長崎には世界遺産もありますし、美しい景観もあります。しかし、それだけで選ばれたとは思っていません」と語った。
「長崎には交流の歴史があり、平和への願いがあり、人々の暮らしがあります。そうした一つひとつの物語が評価されたのではないでしょうか。今の時代は、単に有名な観光地を見るだけではなく、その土地が持つ背景やストーリーに価値を感じる旅行者が増えています。長崎はそうした意味で非常に魅力的な都市だと思います」
世界から評価されたのは、観光資源の豊富さだけではない。そこに息づく歴史や文化、人々の営みを含めた「物語」そのものだと市長は選出の理由を分析した。
世界に開かれた港町が育んだ多文化共生のDNA
長崎を語るうえで欠かせないのが、出島を中心とした国際交流の歴史である。
江戸時代、日本が鎖国政策をとる中で、長崎は唯一西洋へ開かれた窓口だった。特に出島はオランダとの交易拠点として機能し、海外の人・モノ・文化・知識が流入する重要な場所となった。
その結果、長崎には日本、中国、ヨーロッパの文化が融合した独自の文化が育まれた。
「長崎では、日本、中国、オランダの文化が混ざり合い、『和・華・蘭(わからん)文化』と呼ばれる独自の文化を形成してきました。多様な価値観を受け入れてきた歴史こそが長崎の財産です」
異文化との共生は、長崎の街並みにも色濃く表れている。石畳の坂道の先に教会があり、その近くには寺院や和風建築が並ぶ。和洋中が自然に共存する風景は、日本国内でも極めて稀有なものだ。
「長崎の歴史を振り返ると、異なる文化や宗教、価値観を持つ人々が共存してきました。その経験は今の時代にも大きな意味を持っています」
さらに市長はこう続ける。
「世界では分断が課題になっていますが、長崎は交流によって発展してきた都市です。異なるものを受け入れながら共に生きるという価値観は、これからの社会にも必要ではないでしょうか」
長崎の人々に感じる穏やかさや寛容さも、こうした歴史の積み重ねの中から生まれたものなのだろう。
「日本のサンフランシスコ」と称される独特の景観
長崎の魅力は文化だけではない。
港を囲むように山々が連なり、その斜面に住宅が建ち並ぶ独特の地形は、しばしば「日本のサンフランシスコ」とも称される。
「港から山へと続く街並みは、長崎ならではの風景です。海と山が近接していることで、歩くたびに異なる景色と出会うことができます」
グラバー園から望む港の風景、稲佐山から見下ろす夜景、異国情緒漂う東山手や南山手エリアなど、長崎にはコンパクトな街の中に多彩な表情が凝縮されている。
「長崎は大都市のような規模ではありませんが、その分、人と街との距離が近い。ゆっくり歩きながら街の魅力を発見できる都市だと思います」
被爆地としての使命と平和への発信
鈴木市長は講演の中で、被爆地としての長崎の役割についても話した。
1945年8月9日、長崎は人類史上二度目となる原子爆弾の被害を受けた。
「1945年末までに約7万4千人が命を失い、市民の約3分の1が犠牲となりました。被爆者の皆さんは、その後も放射線被害や偏見と向き合いながら生きてこられました」
しかし長崎は、その悲劇を乗り越えて復興を遂げる。
被爆から間もない時期に長崎くんち(長崎の氏神様「諏訪神社」の秋季大祭)が再開され、1955年には平和祈念像が建立された。毎年8月9日には平和祈念式典が開催され、世界へ向けて平和のメッセージを発信し続けている。
また、1981年にはヨハネ・パウロ2世、2019年にはフランシスコ教皇が長崎を訪れ、信仰と平和の尊さを訴えた。
「長崎は人類最後の被爆地です。だからこそ核兵器廃絶を訴え続ける責任があります」
鈴木市長自身も核兵器不拡散条約(NPT)関連会議に合わせてニューヨークを訪れ、国際社会へメッセージを発信している。
「被爆者の高齢化が進む中で、私たちは何を次世代に残せるのかを真剣に考えなければなりません」
さらに市長はこう続ける。
「長崎が伝えたいのは悲惨な歴史だけではありません。その経験を経て、人類がどう平和を築いていくのかという未来へのメッセージです」
「数字や政策だけでは伝わらないことがあります。映像や物語には、人の心を動かす力があります。だからこそ私たちは様々な形で発信を続けています」
参加者と交流する鈴木市長。
「量より質」を追求する観光戦略
観光政策について、市長は明確なビジョンを示した。
「私たちは観光客数だけを追い求めるつもりはありません。地域の暮らしが犠牲になってしまっては意味がないからです」
京都などでオーバーツーリズムが課題となるなか、長崎はまだ十分な受け入れ余地があるという。一方で目指しているのは、単純な人数の増加ではなく、高付加価値型観光への転換だ。
「私たちが重視しているのは、一人ひとりの旅行者により深く長崎を体験していただくことです」
長崎市は欧米豪市場へのアプローチを強化している。
「欧米豪の旅行者は滞在期間が長く、地域での消費額も高い傾向があります。日帰り観光ではなく、二泊三泊、あるいはそれ以上滞在しながら文化や食を楽しんでいただきたい」
また、長崎観光を象徴する存在の一つが、世界文化遺産に登録されている端島、通称「軍艦島」だ。
かつて海底炭坑によって栄え、日本の近代化を支えた島は、現在では国内外から多くの観光客が訪れる人気スポットとなっている。
「軍艦島には、日本の近代化の光と影の両方があります。その歴史を体感できることが大きな価値だと思います」
長崎には、原爆による被害を受けた地域と、地形や気象条件によって被害を免れた地域が共存している。
「長崎は平和の尊さを実感できる街です。過去を学び、未来について考えるきっかけを与えてくれる場所でもあります」
鈴木市長は長崎の歴史から食文化、新たな食の提案まで幅広く紹介。
食文化にも息づく国際交流の歴史
長崎の魅力は食文化にも色濃く表れている。
出島を通じて伝わった砂糖文化から生まれたカステラは、長崎を代表する銘菓として知られる存在だ。
また、中国文化の影響を受けたちゃんぽんや皿うどん、和洋中が融合した卓袱料理なども長崎ならではの食文化である。
「長崎の食文化は、海外との交流の歴史そのものです。ちゃんぽんも卓袱料理も、多様な文化が交わる中で生まれました」
さらに市長は、新たな名物として「ながさき刺しゃぶ」を紹介した。
「まずは刺身として味わい、その後しゃぶしゃぶにし、最後は旨味が溶け込んだ出汁で麺を楽しむ。長崎の豊かな海の幸を存分に味わえる料理です」
長崎近海は一年を通じて豊かな漁場に恵まれている。
「長崎の海は非常に豊かで、質の高い魚介類が一年中手に入ります。食を目的に訪れていただいても十分満足していただけると思います」
旬の魚の刺身をしゃぶしゃぶにして、薬味と共にいただく「ながさき刺しゃぶ」。
旬の魚を各お店の出汁やタレでしゃぶしゃぶにすることで、刺身とは違う長崎の魚の旨みを楽しむことができる。
長崎の名産品。日本三大珍味と呼ばれる「からすみ」。長崎半島の先端部に位置する野母崎地方で捕れる鯔(ボラ)の卵で製造。「角煮まんじゅう」は中国から伝えられたトンポーロウを長崎風にアレンジ。「カステラ」は室町時代末期にポルトガル人から伝った西洋洋菓子が長崎で独自に進化。「長崎かんぼこ」はかまぼこの長崎弁。(左上から時計回り)
講演の最後に鈴木市長は、改めて長崎の未来像について語った。
「長崎は過去の歴史だけで語られる街ではありません。今も新しい魅力が生まれていますし、未来へ向けて進化し続けています」
そして最後にこう呼びかけた。
「ぜひ長崎を訪れ、この街が育んできた文化や食、そして平和への思いを体感していただきたいと思います。長崎で過ごす時間が、訪れた方にとって新たな発見や学びにつながることを願っています」
世界から注目を集める今、長崎は過去と未来を結ぶ都市として、新たなステージへ歩み始めている。そこには、観光地としてだけではない、持続可能な地域成長のモデルとしての可能性も秘められている。
Text by Yuko Taniguchi
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Features
ガールズグループTWICEとのコラボレーション・アフタヌーンティー
2026.7.24
ウェスティンホテル東京「ザ・ラウンジ」で8月末まで期間限定開催中
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ウェスティンホテル東京のロビーラウンジ「ザ・ラウンジ」は、マリオット・インターナショナルの旅行プログラム「Marriott Bonvoy」と世界で活躍するガールズグループTWICEによるコラボレーション「Candy Dream(キャンディー・ドリーム)」をテーマにした「TWICEアフタヌーンティー」を、2026年8月30日(日)までの土・日・祝休日限定で提供中だ。
TWICEのコンセプトである「二度感動を与える」という世界観に着想を得て、“一度は目で、もう一度は舌で楽しむ”アフタヌーンティーが登場。華やかで遊び心あふれるビジュアルと繊細な味わいが響き合う特別なメニューを通して、五感を満たすひとときを満喫できる。
スイーツには、TWICEのマジパンプレートを添えたグラスデザート「カラフルフルーツとピンクヨーグルトのグラス」や「マンゴー風味のチーズケーキ」、「苺とラズベリーのティラミス カラフルマシュマロ」をはじめ、、ホテルで人気の「シグネチャーシュークリーム」をアフタヌーンティー限定サイズでラインアップ。
セイボリーには、「2色のミニドッグ」をはじめ、「チキンムースとオレンジのカナッペ」や「牛肉ときたあかりのコロッケ」など、彩りと味わいのバランスにこだわったメニューが並んでいる。
ドリンクは、TWGティーより厳選した8種類のティー・ポットのほか、マンゴーアイスティーやピーチアップルなどを含む全17種類からチョイスでき、さらに、ウェルカムカクテル付きプランでは、スパークリングカクテルと、ノンアルコールカクテルの2種のTWICEオリジナルドリンクも用意されている。
あなたもここでしか味わえない心躍るアフタヌーンティー体験を楽しんでみてはいかが。
◆「TWICEアフタヌーンティー」
【期間】2026年8月30日(日)までの土・日・祝休日限定(1日あたり100食限定)
【場所】ウェスティンホテル東京 ロビーラウンジ「ザ・ラウンジ」(1F)
東京都目黒区三田1-4-1
【時間】①14:00~ ②14:30~ ③15:00~ ④16:30~ ⑤17:00~ ⑥17:30~
※2時間制(30分前にL.O.)
【料金】TWICEアフタヌーンティー ¥8,400(税、サービス料込み)
TWICEアフタヌーンティー ウェルカムカクテル1杯付 ¥8,900(税、サービス料込み)
※詳細は予約サイトを要確認
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Features
「星のや京都」知的好奇心を満たす夏の旅
2026.7.22
京の文化を深く味わう「大人の自由研究」開催
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京都・嵐山の旅館「星のや京都」では、2026年8月24日(月)まで、京都の伝統文化を学びながら感性を磨く宿泊プログラム「大人の自由研究」を開催。平安時代から続く季節の風習や、伝統の真髄に触れる講座など、大人の知的好奇心を満たす文化体験が楽しめる。
8月15日(土)から19日(水)まで開催されるのが、梶の葉に願いをしたためる「七夕体験」。平安貴族が梶の葉に願い事を書き記した風習にならい、短冊ではなく梶の葉を使用。想いを綴り、川に流す体験は、忙しい日々の中で自分自身を見つめ直すきっかけになりそうだ。
「奥嵐山の暁天講座」は、早朝の朝日が差し込む「奥の庭」で開催
8月には、早朝の寺院で説法を聴く「暁天(ぎょうてん)講座」にならい、華道家元や香木の専門家、庭師らを講師に迎える「奥嵐山の暁天講座」を開催。伝統の背景にある歴史や美意識を学ぶことで、教養を深める機会となる。
通年開催の「京の家元に学ぶ華道」は、未生流家元 笹岡隆甫氏が指導。 2名145,200円、3名174,240円、4名203,280円(税・サービス料10%込)※場合によっては除外日有
通年開催の「朝のお勤め」は、大徳寺瑞峰院で体験できる。1名15,427円(税・サービス料10%込) ※場合によっては除外日有
このほか「星のや京都」では、伝統文化の体験プログラムを通年で開催。「聞香」「京の家元に学ぶ華道」「大徳寺瑞峰院での朝のお勤め」など実際の体験を通じて、日常では得難い豊かな学びをもたらしてくれる。
観光名所を巡るだけでは出会えない、京都の文化や美意識に触れる旅。静謐な時間が流れる“水辺の私邸”で、大人の学びを楽しんでみては。
【開催日】
「七夕体験」 2026年7月4日~7日、8月15日~19日
「奥嵐山の暁天講座」2026年8月3日、10日、17日、24日
【料金】無料
【予約】公式サイトにて事前予約必要な催しもあり
※屋外での催しは、天候により内容が変更・中止になる場合があります。
【暁天講座 講話スケジュール】
8月3日 山田松香木店社長 山田洋平氏「日本の香りと歴史・精神~現代へと繋ぐもの~」
8月10日 植彌加藤造園社長 加藤友規氏 「京の夏と庭涼み」
8月17日 未生流笹岡家元 笹岡隆甫氏 「いけばなと陰陽五行」
8月24日 亀屋良長社長 吉村良和氏・由依子氏「夏のお菓子で涼をとる」
※開催内容が一部変更になる場合があります
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Features
ワイキキで暮らすような滞在を
2026.7.10
「カ・ライ・ワイキキビーチ」で叶える、静けさと利便性を兼ね備えたハワイステイ
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ワイキキの中心部にありながら、喧騒から少し離れたサラトガ通りに位置する「カ・ライ・ワイキキビーチ」。旧トランプ インターナショナル ワイキキから、2024年にヒルトンのラグジュアリーブランドとして再始動した、オアフ島唯一のヒルトン ラグジュアリー ホテルだ。
デラックスルーム・オーシャンビュー
圧倒的な広さを誇る客室は、暮らすような滞在を叶える「レジデンシャルスタイル」。全室に充実した調理器具を備え、短期滞在はもちろんロングステイにも対応。ベビーベッドやキッズアメニティも用意され、小さな子ども連れでも快適に過ごせるなど、家族連れや三世代での滞在でも、自由度の高い時間を過ごせるのが魅力だ。
ロケーションも魅力のひとつ。ビーチやロイヤルハワイアンセンター、ラグジュアリーロウへは徒歩数分という便利さ。それでいて、繁華街の喧騒から離れた大人の隠れ家のような静けさを味わえる。
シグニチャー レストラン「ブルーム カフェ & レストラン」
館内には、ハワイの風を感じながら朝食を楽しめるオープンエアのレストランや、7月にオープンするシグネチャーレストラン、ロビーラウンジを用意。6階には22時まで楽しめるインフィニティプール、7階には「スパ・カ・ライ」を備え、ゆったりとしたリゾート時間を演出する。
さらに、35名以上の日本語を話せるスタッフが在籍し、きめ細かいサポートを提供。ビーチパラソルやチェアの無料レンタル、キッズアメニティ、スイート宿泊者向けのイン・スイート・シェフなど、ファミリーから大人の旅まで幅広いニーズに応えるサービスも充実している。
利便性と静けさ、ホテルならではの上質なサービスとレジデンスのような快適さを兼ね備えた「カ・ライ・ワイキキビーチ」。ワイキキの魅力を、自分らしいスタイルで満喫できる一軒となりそうだ。
日本でのお問い合わせ先:株式会社ジェイバ
Ka La’i Waikiki Beach, LXR Hotels & Resorts日本総代理店
https://www.kalaiwaikiki.jp/
TEL:03-5695-1770
Eメール:kalai@jeiba.co.jp
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界で巡る、温泉と土地を味わう2泊3日のゆっくり旅
2026.7.21
涼風に癒される山岳温泉と上高地の旅~界 奥飛騨 避暑旅2泊3日
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取材/文:中嶋千祥(Premium Japan編集部)
都会の暑さを離れ、北アルプスの涼風に迎えられる奥飛騨温泉郷へ。平湯温泉に佇む「界 奥飛騨」は、豊富な湯量を誇る名湯と、飛騨の文化を取り入れた滞在が魅力の温泉宿です。そして、実は上高地へのアクセスがよいことは、まだあまり知られていません。朝は上高地で清々しい空気の中をハイキングし、午後は宿に戻って温泉でゆったりと過ごす。そんな贅沢な時間を叶えてくれるのも、この宿ならでは。北アルプスの自然と温泉を満喫した2泊3日の旅をご紹介します。
◆界 出雲&界 玉造 出雲大社、日御碕神社、八重垣神社など出雲路の開運スピリチュアルスポットと温泉旅はこちらへ
<u>運も肌も整う島根旅|界 出雲と界 玉造で巡る開運パワースポットと温泉2泊3日</u>
◆界 加賀で味わう金継ぎ、九谷焼、加賀獅子舞……山代温泉でのんびり2泊3日の旅はこちらへ
<u>温泉と加賀文化を体験|界 加賀 2泊3日で巡る山代温泉の魅力</u>
◆北海道の森と湖に抱かれ、アイヌ文化に触れ、モール温泉でくつろぐ2泊3日旅はこちらへ
猛暑から逃れて北海道の森と湖へ。界 ポロトで過ごす涼やかな2泊3日旅
「界 奥飛騨」北アルプスに抱かれた山岳温泉の宿
早朝に東京・バスタ新宿を出発した高速バスは、約4時間半かけて北アルプスの麓、平湯温泉へと向かいます。高速道路を降りると、やがてバスは山道を進み、窓の外には北アルプスの山々と深い緑が広がります。標高が上がるにつれて空気は次第に涼しくなり、平湯温泉バスターミナルに降り立つ頃には、都会の暑さはすっかり遠いものになっていました。小さな平湯温泉街を歩くこと約3分。「界 奥飛騨」が姿を現します。
「山岳温泉にめざめ、飛騨デザインに寛ぐ宿」をコンセプトにした「界 奥飛騨」。北アルプスの自然と飛騨の文化を感じる温泉宿です。
「界 奥飛騨」の中庭を流れる湯の川。北アルプスの自然に囲まれながら、離れに併設された足湯なども楽しめ、奥飛騨温泉郷ならではの豊かな湯の恵みを感じられます。
飛騨の木工文化を現代的に表現した「界 奥飛騨」のフロント。木の温もりを感じる空間には、飛騨デザインの美意識が随所に息づいています。
中庭側から見た湯小屋棟。館内だけで完結するのではなく、棟から棟へ歩いて巡る造りも「界 奥飛騨」の魅力。平湯温泉街に溶け込むような滞在が楽しめます。
ご当地部屋 「飛騨MOKU(もく)の間」木の香ただよい匠の技が光る
「界 奥飛騨」ならではのご当地部屋「飛騨MOKUの間」は、飛騨の木工文化と職人の技を感じる客室です。古くから良質な木材に恵まれ、「飛騨の匠」と呼ばれる職人たちが木と向き合ってきたこの土地。その歴史を受け継ぐように、室内には木の質感や美しい曲線を生かしたデザインが取り入れられています。なかでも目を引くのは、飛騨木工の伝統技術「曲木(まげき)」をイメージしたヘッドボード。やわらかな曲線が、客室全体を包み込み、安らぎを生み出しています。飛騨春慶の艶やかな色彩や、木工細工を取り入れた装飾など、随所に飛騨ならではの美意識が息づいています。窓の外には奥飛騨の山々と豊かな緑。客室にいながら、木と自然に包まれるような静かな時間を過ごせます。
木の香りがただよう、やわらかな曲線が印象的な「飛騨MOKUの間」。木の質感や温もり、飛騨の匠の美意識を感じる空間です。温かな灯りと木の表情が調和し、穏やかな滞在時間を演出しています。
広々とした露天風呂スペースには、大きな湯舟とデイベッドを配置。好きな時間に温泉を楽しみ、湯上がりものんびり過ごせる、連泊したくなる客室です。
「連泊おこもりセット」では、ランチタイムに特製の「昼餉弁当」がお部屋に届きます。
2泊3日のおこもり旅を楽しみたい方には「連泊おこもりセット」もおすすめです。特製の「昼餉弁当」が客室に届き、外出せずに気ままな時間を過ごせます。さらに、飛騨の木工文化に触れられる「組子手づくりキット」も用意。木片を千鳥格子に組み上げ、自分だけのコースター作りを楽しめます。
奥飛騨温泉郷・平湯温泉の湯を満喫する「界 奥飛騨」の温泉時間
奥飛騨温泉郷の中でも、最も古い歴史を持つといわれる平湯温泉。焼岳の火山活動によって育まれた湯は、今も豊かに湧き続け、山あいの温泉地を潤しています。「界 奥飛騨」の大浴場があるのは、湯小屋棟。部屋を出て、湯の川が流れる中庭を抜け、湯へ向かう。そのわずかな時間にも、北アルプスの風や木々の気配を感じます。
湯小屋棟に足を踏み入れると、聞こえてくるのは静かな湯音。内湯には、ゆっくり長く浸かれる「ぬる湯」と、体の芯まで温まる「あつ湯」の2つの湯舟があります。その先に広がるのは、奥飛騨の雪景色から着想を得た露天風呂。昼は澄んだ空を、夜は星空を見上げながら、山岳温泉の恵みを感じる時間が流れます。
豊富な湯量を誇る平湯温泉を引く大浴場。内湯にはあつ湯とぬる湯の2つの湯舟を備え、その奥には自然を感じられる露天風呂も。山岳温泉ならではの湯浴みを楽しめます。
奥飛騨の豪雪地帯ならではの「雪の回廊」を表現した露天風呂。丸みを帯びた白い壁に包まれ、見えるのは空だけ。静かに響く湯音とともに、山岳温泉ならではのひとときを味わえます。
「界」では、地域ごとに受け継がれてきた温泉文化に触れる体験「温泉文化いろは」を用意しています。「界 奥飛騨」では、焼岳の恵みによって育まれた平湯温泉がテーマ。足湯に浸かりながら、豊富な湯量を誇る平湯温泉の歴史や、古くから伝わる湯花祭の文化について学びます。締めくくりには、源泉で茹でた名物「はんたい玉子」を味わうひとときも。奥飛騨温泉郷ならではの魅力に触れる時間です。
「温泉文化いろは」で温泉のことを学んだあとは、源泉でつくる温泉たまご「はんたい玉子」を食べに温泉街へと歩いていきます。黄身は固まっているのに白身は半熟になっているから「はんたい玉子」なんです。不思議!
奥飛騨の山の恵みを味わう「飛騨牛の玄武焼き会席」
夕食は、飛騨を代表する味覚を楽しむ季節の会席「飛騨牛の玄武焼き会席」。飛騨地方に伝わる郷土料理や旬の食材を取り入れながら、土地の食文化を感じられる会席料理です。始まりは、大豆をすりつぶして作る飛騨の郷土料理「すったてと牛しぐれ」。続く宝楽盛りには、季節を映した品々が美しく並び、ひと皿ごとに異なる味わいを楽しめます。そして会席の主役となるのが、台の物「飛騨牛の玄武焼き」。飛騨牛は、溶岩焼きと朴葉味噌焼きの2種類で味わいます。熱した溶岩プレートの上で肉が焼ける音、朴葉から立ち上る味噌の香ばしい香り。目の前で仕上げながら、飛騨牛の旨みを五感で楽しめる一品です。
飛騨地方の郷土料理「すったて」を取り入れた先付。「すったて」は大豆をすりつぶして作られる伝統の味。牛しぐれとともに、飛騨の食文化に触れる会席が始まります。飾られているのは代情(よせ)山彦人形。北アルプスの山並みを表した人形は、開運厄除を祈念して作られています。
器の中に季節を映す宝楽盛り。合鴨ロース 牛蒡味噌、海老と青菜の松風、稚鮎 煎り酒、丸十おかき揚げなど、ひと品ごとに異なる味わいと食感を楽しめます。
会席の主役となる「飛騨牛の玄武焼き」。溶岩プレートで焼く飛騨牛本来の旨み、朴葉味噌をまとった香ばしい味わい、その違いを食べ比べできます。
会席料理をより深く味わうアルコールペアリング。先付から甘味まで5品に合わせて、界スタッフが日本酒やワインなどをセレクト。飛騨の食文化と土地のお酒の魅力を一緒に楽しめます。
会席の締めくくりは「みたらし真珠麿(ましゅまろ)」。香ばしく焼いたマシュマロに、みたらしの甘じょっぱいタレを合わせ、黒ゴマ風味のアイスクリームや竹炭を練りこんだクッキー とともに味わいます。
「界 奥飛騨」から上高地へ。山岳温泉宿だから叶う北アルプスの休日
実は「界 奥飛騨」が位置する平湯温泉は、上高地へのアクセスに優れた場所。北アルプスの自然を満喫したあと、宿へ戻れば平湯温泉の湯が待っている。山歩きと温泉、どちらも楽しめるのが「界 奥飛騨」に連泊する魅力です。今回の旅ではプライベートガイドにアテンドをお願いし、上高地をゆっくり楽しむことに。朝9時に「界 奥飛騨」を出発し、タクシーで上高地へ向かいます。
タクシーで上高地へ向かう途中、大正池に立ち寄りました。言葉をなくし、ただ眺めているだけで心がいっぱいになりました。
最初に訪れた大正池では、目の前に広がる景色にしばらく足が止まりました。静かな水面、その向こうにそびえる穂高連峰。山々が水鏡のように映り込み、上高地が特別な場所と呼ばれる理由を感じます。その後、上高地バスターミナルへ移動し、多くの人で賑わう河童橋へ。世界中から訪れた人々が、橋の上で足を止め、山並みを見つめ感歎しています。この眺めだけでも眼福なのですが、上高地の本当の魅力は梓川沿いを歩いてこそ。初心者でも楽しめるよう散策路が整備されており、北アルプスの自然をすぐそばに感じながら歩くことができるのです。
五千尺キッチン
ここでショートブレイク。河童橋の目の前にある「五千尺キッチン」でひと休みしました。窓際のカウンターは河童橋と穂高連峰、焼岳が一望できる特等席です。名物の山賊定食(2,180円)、焼岳溶岩ハヤシオムライス(2,980円)などが楽しめるカジュアルダイニングです。 gosenjakukitchen.jp
梓川左岸道からハイキングへ
いよいよハイキングへ。河童橋から梓川左岸道約2.5キロを、明神橋を目指して歩き出しました。小梨平キャンプ場を通り過ぎると、森の中は初夏の訪れを喜ぶように、木々の緑が日差しを受けてきらめいています。途中、小川が勢いよく梓川へと注ぎ、その透明な流れに心まで洗われていくよう。歩いては立ち止まり、清流の音に耳を澄ませ、水の美しさに目を奪われながら、ゆっくりと進んでいきます。上高地の魅力、それはただ目的地を目指すのではなく、立ち止まって目を、耳を、研ぎ澄ますひとときを持つことなのだと、歩き始めて気が付きました。
透き通った川に揺らめく美しい梅花藻。ただ美しく、ただ清冽で、言葉をなくす瞬間。
河童橋から2.5キロ、明神橋までやってきました。途中、風景を楽しみつつ、ゆっくり歩いて1時間くらいです。
穂髙神社奥宮
海神穂高見命を御祭神とする穂髙神社奥宮。上高地明神池のほとりに祀られています。神聖な雰囲気を湛える一の池は、伏流水が常に湧き続けているため、真冬でも全面凍結することがないそう。海神穂高見命は北アルプスの総鎮守、海陸交通の守り神、結びの神として信仰を集めています。https://hotakajinja.com/okumiya/
山のひだや カフェ・ド・コイショ
明神池からすぐの 山のひだやカフェ・ド・コイショ。山小屋の中にランプのあかりが灯る、クラシックな雰囲気が魅力。ひだやオリジナルブレンド焙煎コーヒー、パティシエール中谷衣里さんがつくるオリジナルケーキが大人気です。上高地ハイキングの途中にぜひ立ち寄りたいカフェです。https://yamano-hidaya.com/
明神池からは、梓川右岸道を通って河童橋へ戻るコースへ
行きの左岸道とはまた違い、右岸道には湿原や木道が続き、より深い森の中へ足を踏み入れるような趣があります。澄んだ水が流れる岳沢湿原では、立ち枯れの木々や水辺の植物が織りなす幻想的な風景に出合えます。森の気配や水音を感じながら歩いていると、2時間ほどの道のりもあっという間。上高地を歩いて実感したのは、河童橋の眺めだけで満足して帰ってしまうのは本当にもったいないということ。少し足を延ばして、梓川沿いをハイキングすれば、自然が見せてくれる美しさや荘厳さに圧倒されて、もっと上高地を好きになる。そんな経験になりました。
上高地を代表する景勝地の一つ、岳沢湿原。清らかな湧水と立ち枯れた木々が織りなす風景は、どこか神秘的な趣をたたえています。
界 奥飛騨に泊まって楽しむ、新しい上高地旅のスタイル
このツアーの魅力は、朝9時に出発し、午後2時半頃には「界 奥飛騨」へ戻れること。上高地をたっぷり楽しみながらも、混雑のピークを避けて戻れるので、午後の時間もゆったりと過ごせます。そして何よりうれしいのは、宿に戻れば平湯温泉の湯が待っていること。北アルプスの自然を歩いた後は、温泉に浸かり、湯上がりに冷えたビールを一杯、そんな贅沢な過ごし方も叶います。上高地を歩き、山岳温泉で寛ぐ。「界 奥飛騨」を拠点にするからこそ楽しめる、新しい上高地旅のスタイルです。
今回ガイドを担当してくださったのは、Raicho.inc の内山雄斗さん。正直なところ、インドア派の私は、内山さんのガイドがなければ河童橋だけを見て満足し、そのまま帰っていたかもしれません。しかし、一歩歩き始めると、上高地の自然が生まれた背景や歴史、この土地ならではの見どころを丁寧に解説してくださり、その景色が何倍にも魅力的に感じられました。参加者一人ひとりの歩くペースや体調にも細やかに気を配ってくださるので、無理なく安心して散策を楽しめたのも印象的です。私がこれほどまでに上高地を満喫できたのは、内山さんのガイドがあったからこそ。ガイドツアーはぜひ参加していただきたい体験です。
なお、「界 奥飛騨」の宿泊者は、Raicho.incのウェブサイトにあるお問い合わせ窓口から直接申し込むことで、夏の上高地ガイドを個人で手配することも可能です。上高地の魅力をより深く味わいたいなら、ぜひ利用をおすすめします。https://activity.raichoinc.jp/
飛騨の文化に触れるアクティビティ。「界 奥飛騨」で過ごす豊かな時間
2泊3日の滞在だからこそ楽しみたいのが、宿で過ごす時間。「界 奥飛騨」では、飛騨に受け継がれてきた木工文化や、木の香りに触れる体験も用意されています。温泉や食、上高地だけではない、奥飛騨という土地の魅力をゆっくり味わえるひとときです。
ご当地楽「飛騨の匠体験」
ご当地楽「飛騨の匠体験」は、1300年以上の歴史を持つ飛騨の匠の技に触れる体験です。飛騨の木工文化を学んだあと、実際に木を曲げ、界オリジナルの風呂敷に合わせて使える曲木のバッグハンドルを作ります。実はこのアクティビティに興味津々だったのです。それは各地の界を旅するごとに、界オリジナルの風呂敷をどうやって活用しようかと思案していたから。バッグなら大浴場やお食事に行く際にぴったり。楽しい体験でした。
「ブレンドオイル体験」
さまざまな精油から3種類を選び、自分だけの香りを作る「ブレンドオイル体験」。ローズマリーシオネールやベルガモット、クロモジなど個性豊かな香りを確かめながら、好みの組み合わせを探します。私はスイートオレンジ、ゼラニウム、ラベンダーアルパインをチョイス。さわやかで明るい気分にさせてくれる香りに仕上がりました。最後に自分だけの香りに名前を付けます。私は「清風」と名付けました。
旅が終わっても続く楽しみ。「界 奥飛騨」セレクトのお土産
旅の最後に楽しみたいのが、「界 奥飛騨」のショップでのお土産選び。飛騨の文化や自然、職人の手仕事を感じる品々が並びます。滞在中に触れた土地の魅力を、日常へ持ち帰ることができるのも「界」の旅の楽しみです。
写真左から、雉子舎の「一輪挿し 平タイプ」(3,630円)、osio craftの「木と真鍮の一輪挿し」(8,800円)、お山からこんにちわの「胡桃カゴバッグM」(37,400円)。いずれも「界 奥飛騨」のスタッフが選んだ、地元の作家による手仕事の品々。飛騨の自然や暮らしから生まれた、温もりあるものづくりに触れられます。
「界 奥飛騨」オリジナルの「野草グラノーラ入り味噌煎餅」(5枚入り1,200円)。昔ながらの味噌煎餅に、野草グラノーラが意外な出会い。客室のお茶菓子としても提供されており、滞在の思い出を持ち帰れる一品です。
北アルプスの自然と温泉に癒される。「界 奥飛騨」で過ごす新しい避暑旅
「界 奥飛騨」のある平湯温泉は、夏でも30度を超える日がほとんどないという冷涼な気候が魅力です。澄んだ空気、豊かな湯量を誇る温泉、そして昔ながらの風情が残る小さな温泉街で、都会の暑さを忘れるような時間を過ごせます。そして今回改めて感じたのは、「界 奥飛騨」を拠点にすることで広がる上高地の楽しみ方。朝からゆっくりハイキングを楽しみ、宿に戻れば名湯・平湯温泉の湯が待っている。上高地を日帰りで訪れるだけではない、山岳温泉宿ならではの旅のスタイルがありました。夏は北アルプスの涼風に包まれ、冬には一面の白銀に染まる奥飛騨へ。季節を変えて、また訪れたくなる場所です。
◆界 奥飛騨
北アルプスの名峰に囲まれ、溢れんばかりの湯量が魅力的な界 奥飛騨。コンセプトを「山岳温泉にめざめ、飛騨デザインに寛ぐ宿」とし、山あいの温泉の良さに気づくきっかけや、飛騨の匠の技を随所に感じる、モダンでアーティスティックな宿です。
界 奥飛騨 2泊のすすめ
温泉を存分に楽しみ、心身ともにリフレッシュするには1泊ではもったいない。ゆっくりのんびり滞在する2泊3日をおすすめ。心ゆくまで旅の時間を楽しむ連泊滞在をご提案します。
界 2泊のおすすめ https://hoshinoresorts.com/ja/brands/kai/sp/renpaku_kai/
◆界ブランドとは
界は、星野リゾートが運営する日本初の温泉旅館ブランドです。現在、全国 24か所に展開しており、今後数年かけて日本有数の温泉地に約 30 か所展開し、日本旅の拠点となることを目指しています。「王道なのに、あたらしい。」をテーマに趣のある心地よく快適な空間で、ホスピタリティ溢れるスタッフが旅の醍醐味である「地域」や「季節」へこだわり、その土地ならではの旅の提案をするブランドです。
photos by Makiko Nawa
text by Chisa Nakajima
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Stories
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界で巡る、温泉と土地を味わう2泊3…
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投稿 涼風に癒される山岳温泉と上高地の旅~界 奥飛騨 避暑旅2泊3日 は PREMIUM JAPAN に最初に表示されました。
Features
星のや沖縄、夏限定「みーくふぁやーマンゴー朝食」を提供
2026.7.12
オーシャンフロントの客室で、旬のマンゴーを味わい尽くす
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沖縄ラグジュアリーの最高峰「星のや沖縄」では、2026年8月31日まで、夏限定の「みーくふぁやーマンゴー朝食」を提供している。沖縄の言葉で「目覚めさせる」を意味する“みーくふぁやー”の名の通り、太陽を浴びて育った旬のマンゴーと、目の前に広がる海の絶景が心身を目覚めさせてくれる朝食だ。
マンゴーのヴォロヴァン
メインディッシュは、シェフが厳選したその日一番の食べごろのマンゴーを使用した「マンゴーのヴォロヴァン」。とろけるような舌ざわりの「アーウィン」や、濃厚で深い甘さのある「キーツ」など旬のマンゴーに、イーチョーバー(フェンネル)と軽い口当たりのチーズを合わせ、パイ生地に入れて焼き上げた一品だ。
フルーツジュース
フルーツジャー
このほか、爽やかなマンゴードレッシングを効かせた「マンゴーと鶏肉のハーブ仕立て」や、南国フルーツをジャスミンのシロップで合わせた「マチェドニア」など、6種類のアレンジでマンゴーの魅力を堪能できる。さらに、ダイス状にカットされた旬のフルーツは、そのまま味わうだけでなく、紅茶を加えたフルーツティーや、ヨーグルトと合わせたスムージーとしても楽しめる。
こちらの朝食は、自然海岸を目の前に臨む客室へお届け。窓を開ければ海風や波の音が届き、きらめく水平線を眺めながら贅沢な朝を過ごすことができる。朝食は前日の夕方のうちに届けられるため、翌朝好きな時間にゆったりと味わえるのも魅力だ。
沖縄の夏の美味を心ゆくまで堪能できる「みーくふぁやーマンゴー朝食」。海を近くに感じられる客室で、ぜひ楽しんでみてはいかがだろうか。
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JCCO
PREMIUM JAPAN AWARD
日本文化発信機構 JCCOが目指すもの
2026.7.7
ひらまつの次なる成長戦略 人財育成とブランド戦略で描く未来 株式会社ひらまつ代表取締役社長CEOの三須和泰が語る
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日本文化発信機構(Japan Culture Creation Organization/JCCO)が主催する「PREMIUM JAPAN AWARD 2026(プレミアムジャパン・アワード2026)」に、株式会社ひらまつがスポンサーとして参加することになった。代表取締役社長CEOの三須和泰氏に話を聞いた。
新たなパーパス「美しい味を、未来へ。」
Q 初めに、スポンサー参加を決められた理由を伺えますか。
A 昨年、中期経営計画2030を策定いたしましたが、その計画を立てるに当たって、まずは企業のパーパスを定めることにしました。
今までひらまつには企業のフィロソフィーはあったのですが、企業パーパスは策定されていませんでした。議論を重ね最終的にできあがったアウトプットが、「美しい味を、未来へ。」というものです。
「美しい味を、未来へ。」とは単に美味しい料理を作っていくことだけではありません。日本の食文化そのものを繋いでいくことです。その一端を担うのが料理人やサービス人であり、ひらまつの場合、そのどちらも約400人ずつおります。その料理人とサービス人が紡ぎ出す日本の食文化を将来に繋げていくことを、企業としてのパーパスとしました。
日本の人口が減っていく中で、必然的に飲食業に携わる人口も減っていきます。それに加えて飲食業には、労働時間や報酬など、解決するべき課題があります。それに対して、企業として人財育成や人事評価の基盤を整え、飲食業界へ携わる人財を増やしていくことが、ひらまつの役割であると考えています。
日本の食文化は日本の文化の中でも、非常に重要な位置づけにあります。プレミアムジャパンは日本文化を発信していくメディアです。世界へ積極的に発信しており、その影響は還流されてまた日本に戻って来ます。日本の美意識や技術、文化的価値を次世代や世界へつなぎ、日本文化の更なる発展に貢献するという本アワードの理念が、ひらまつの目指す方向性にも通じることが、協賛を決めた理由です。
食を通じて日本の文化や美意識を未来に
Q では、御社について伺います。ひらまつはレストランから始めて、ウエディングそしてホテルへと事業を拡大してきました。ひらまつをどのような会社だと認識されていますか。
A 当社は高級レストランや高級ホテルを運営している会社として知られていますが、私どもとしましては、文化や美しさや体験価値を提供していく会社だと思っています。
「美しい味を、未来へ。」というパーパスに込めた想いは、単に飲食業という枠に収まるのではなくて、食を通じて日本の文化や美意識を未来につなげていく会社であるということです。
ひらまつのホテルはオーベルジュスタイルで、レストランの延長線上にあるものと考えています。全国各地に素晴らしい食材があり、素晴らしい生産者がいるとしたら、その魅力や想いを反映させた料理を提供したいと思うのは自然なことです。
しかし、そうした生産地に近い場所でレストランを開こうとすると、滞在できる施設がなければなりません。そこで、「泊まって食事もできるオーベルジュ」という発想になるわけです。これまでもひらまつは地域との共生や生産者との連携を大切にしてきましたので 、チャンスがあればそういう場所にホテルを作るのは必然的な流れでもありました。
18年ぶりに出店した「HRMT STAGE」
Q 富裕層の消費行動に関して、この10年ぐらいで変わってきたなと感じる部分はありますか。
A 富裕層そのものの変化というよりは、富裕層の中の世代交代は感じています。かつて50代であった方は、60代になっているわけですから。そして同じ富裕層でも、年代によって違いが出てきています。
年配の富裕層はフランス料理ならばオーセンティックなものを好まれる傾向にありますし、若い富裕層はもっとライトでモダンなフランス料理を好まれる。それは本国のフランスですらそういう傾向にあります。日本料理やアジアンなテイストを取り入れたようなフランス料理に国際的な注目と評価が寄せられています。日本の若い富裕層も、そうした世界の料理の潮流に関心が高いのではないでしょうか。
もちろん、年配の方で新しい料理に興味のある方もいらっしゃるし、若い方でたまにはオーセンティックな料理を食べたい方もいらっしゃるので、完全に二分化しているわけではありません。
2026年2月に恵比寿にオープンした「HRMT STAGE」。
Q この度、恵比寿に出店された「HRMT STAGE」はどのようなレストランですか。
A 2026年2月に恵比寿に新しく開業した「HRMT STAGE」は、新しいひらまつの料理はどうあるべきか、新しいひらまつのレストランはどうあるべきか、それを考え作り上げた、一つの挑戦でした。
実は2028年に青山に新店舗を出店予定です。「HRMT STAGE」はその前哨戦。ひらまつの新しい料理とサービスを作り出していくための場として「HRMT STAGE」 を位置付けています。
Q 新店舗の特徴を教えてください。
A 新しい料理とサービスの在り方を考えていくことを狙い、まず価格を抑えました。
内装は上質で洗練されたつくりですが、料金的にはあくまでもカジュアルラインのお店です。世の中のレストランはコース料理が主流ですが、もう少し自由に「あれも食べたい、これも食べたい」というお客様も多いと思うのです。よって、当店ではコース料理に加えアラカルトを用意しました。これは、当店舗の大きな特徴です。
加えて、提供スタイルも、店内奥のメインキッチンで料理を始めて、そこからつながるカウンターに料理人が出てきてお客様の目の前で最終仕上げをする。あるいは、お客様と会話をしながらサーブするようなスタイルにしました。これはひらまつとしては新しい試みとなります。
HRMTに込めた4つの意味
Q HRMTはブランド展開の一つですか。
A HRMTの文字は「ひらまつ」と結びつくと思いますが、そこにはこのお店ならではのコンセプトも込めています。
「HRMT STAGE」のメニューは、全国のひらまつのレストランやホテルで活躍する、フランス料理、イタリア料理、日本料理、イノベーティブの各ジャンルを代表する4名のシェフによる料理監修のもと創り上げられています。
HRMTのHは料理やスタッフを調和させるハーモニー。Rは今までのひらまつを脱皮して再構築していくリストラクチャー。Mはひらまつの元々のフィロソフィーでもある最高の時間をお客様に提供するという意味でのモーメント。最後のTはひらまつが築いてきた伝統も大切にしていくという意味でのトラディション。そういうHRMTでもあるのです。
HRMT にSTAGEを付けたのは、HRMTの今後の展開を考えた時に、この店舗を若い料理人やサービス人の登竜門的なステージにしたかったからです。3年ぐらいを目処にここで働いて羽ばたいていくわけです。
ひらまつとしては初のカウンター席中心のレストラン「HRMT STAGE」。
レストラン業界でひらまつにしかない価値
Q ひらまつにしかない価値があるとしたら何でしょうか。
A 現在のひらまつの中で高い価値のひとつであると思うのは、4名のフランス人シェフとの繋がりです。
「レストラン ポール・ボキューズ」のジル・レナルト氏、「オーベルジュ・ド・リル」のマルク・エーベルラン氏、「ジャルダン・デ・サンス」のジャック&ローラン・プルセル兄弟、「アルバンヌ」のフィリップ・ミル氏。いずれもフランスのレジェンドシェフたちです。
例えば日本で活躍している日本人シェフの多くが、渡仏して苦労して門戸をたたきフランスの有名レストランに飛び込んで修業してきた歴史があります。皿洗いから始めて苦労の末に名を上げた方もいる陰で、日の目を見なかった人たちもたくさんいるはずです。
左上から時計回り「レストラン ポール・ボキューズ」のジル・レナルト氏、「オーベルジュ・ド・リル」のマルク・エーベルラン氏、「アルバンヌ」のフィリップ・ミル氏、「ジャルダン・デ・サンス」のジャック&ローラン・プルセル兄弟。
ひらまつの料理人あるいはサービス人がフランスに修業に行きたい場合には、彼らのレストランへ研修という形で学びに行くことが出来る環境が整っているわけです。ひらまつにいながら、フランス本店の料理哲学や技術を、現地で直接学ぶことが出来る。それは大変なアドバンテージではないでしょうか。
もちろんこれらフランスにあるレストランだけではなくて、日本国内でも、ひらまつのフランス料理のシェフ、イタリア料理のシェフとの交流も可能です。
このように多岐にわたり学び、経験できる環境だと思います。また、「料理人を目指したんだけど、やっぱり僕はサービス人をやりたい」といった転向も認められているため、 幅の広いキャリア形成が可能です
また、レストランの料理人はホテルのレストランと相互に行き来ができますし、サービス人もレストランからホテルの相互の行き来があります。従って、人事・組織に関しては、レストランとホテルを一気通貫で見ています。
「HRMT STAGE」の料理長、志水厚太氏(右から2番目)とスタッフたち。
扉を開けると目の前に現れるウォータードリッパー。ここでは、はじまりの一品として提供される、鮪節やハーブなどを昆布出汁に通して抽出する「オリエンタル出汁」が作られている。
人事の柔軟性を追い求めて
Q 御社の人財育成に関しても教えてください。
A 人財育成は、中期経営計画2030の中でも柱の一つです。
一般的な人事制度は、係長、課長、部長、そして役員、そして最終的には社長へと昇進していくことを前提に設計されていることが多いと思います。ところが我が社の場合、まったく異なる人事制度を取り入れています。
例えば、料理人が役員を目指すかと言えばそうではない。ホテルの総料理長みたいになりたいかと言えば必ずしもそうでもない。ずっと料理をしていたいという人が多くを占めると思います。その中で、人に教えるのが好きだったり、新しい創造やメニューの開発が好きだったり、伝統的な料理や優れたレシピを継承していくことが好きだったりと、人それぞれです。何が好きで何をやりたいのかは、人事が細かく見ています。
サービス人に関しても、サービスそのものが好きだとか、ソムリエになりたいとか、店のマネジメントや経営を担いたいとか、色々な人がいます。あるいは先ほど触れたように、料理人からサービス人とかソムリエに転向したいとか、言わば人の志向は千差万別です。
ひらまつでは、そこに人事の柔軟性を持たせようと考えています。それを、自らキャリアを選択できる「複線化されたキャリアパス」と呼んでいます。キャリアを単線ではなく複線化させた上で、評価基準もきちんと設定して個人の報酬を高めていくわけです。
すると、社内外の研修自体も変わって来ます。それぞれのキャリアを目指すためにどのような教育制度が必要か、研修制度を見直している最中です。
いま活発に議論が行われているところでして、現場のスタッフからも意見を出してもらっています。それによってモチベーションも高まります。
私はレストランもホテルも従業員のモチベーションがとても大切だと考えています。平たく言えば、いつも笑顔で前向きであるということ。従業員のモチベーションの高さが、レストランやホテルの評価の高さに直結しているのですね。だから、人財育成戦略は、ひらまつとしては極めて重要なのです。
ひらまつにとって、コロナ禍によるパンデミックの影響は甚大でした。それが過ぎ去って、2025年ぐらいからようやく新しい事業や人財に投資できるようになりました。
会社としては今がいちばん新しい方向に向かっていく時期で、議論のエネルギーも集中していて、やり甲斐がありますね。
M&Aの第1弾は渋谷の「タロス」
Q 今現在、会社としての課題は何ですか。
A ブランディングです。さきほどお話ししたHRMT、既存の国内オリジナルブランド、そして4人のフランス人シェフによる海外ブランド、それぞれの役割や価値を明確化し、ブランド全体としてこの先どう展開していくのかが重要であり、当社の課題だと考えています。
そんな中、東京で18年ぶりの新店舗、その店舗を新たなるブランド「HRMT」としたことは一つの大きな決断でした。それによって当社独自のブランドの在り方を明確に示すことができ、ブランド戦略が大きく前進したように思います。
それとは別に、HRMIという子会社を設立しました。それは「ホテル・レストラン・マネジメント・インベストメント」という意味ですが、M&Aを展開していく上で受け皿となる会社です。
HRMI は2026年3月に設立した会社ですが、その第1号案件となるM&Aが渋谷にある「タロス」というサルデーニャ料理の店です。渋谷駅にも近くて、日常使いのカジュアルな店なので、従来のひらまつのレストランやホテルとはまったく別のものです。
これは何を意図して傘下に収めたかと言いますと、ひらまつの事業を拡大していく上では、高価格帯の展開だけではなくて、カジュアルな業態を通じて、若い世代を顧客に迎えていく必要性を感じていたからです。
シチリア料理の店は東京にいくつかあるけれども、サルデーニャ料理の店はあまり聞きません。イタリアが統一される前、サルデーニャ島はとても力のある王国で、独自の文化を形成した地域です。そして何よりも料理もワインも美味しい島です。
「タロス」の日本人オーナーはサルデーニャ料理をもっと広めていきたいという思いで、18年にわたり店舗経営を行ってきました。その想いの達成に、ひらまつがお役に立てればという合併なんですね。とは言え、「タロス」はすでに素晴らしい料理を提供しておりますので、ひらまつが料理に関して意見を出すということはしておりません。
この新設したHRMIによって、事業領域をどんどん広げて行こうと考えています。
10年後の未来予想図
Q では最後に、10年後にひらまつはどういう会社になっていたいですか。
A ひらまつはあくまでも、レストランを主軸に据えた会社でいたい、そこは不変です。冒頭でサラッと「日本の食文化」と言いましたが、和食だけがそれに該当するとは思っていません。むしろ今の日本の食文化には、和食だけにとどまらず、フランス料理もイタリア料理をも内包されているのですね。ひらまつのフランス料理もイタリア料理も、和の要素を取り入れることもあります。
食文化を継承するのは料理人だけではなくサービス人も含まれます。そうした食文化の担い手として、優秀な人財をより多く育成する基盤を整えていきたいと思っています。
さらに未来予想図としては、ファームや研修施設の設立も思い描いています。新しい料理を開発するラボがそこにあってもいい。
もちろん、研修施設もラボもそれだけでは利益を生みませんから、優先順位としては真っ先にくるものではありませんが、いつかは実現させていきたいことですね。
三須和泰 Kazuyasu Misu
1957年生まれ。静岡県伊豆市出身。一橋大学では体育会ホッケー部主将を務めた。三菱商事(株)に入社後、生活産業・食品分野で要職を歴任。日本ハム(株)、コカ・コーラセントラルジャパン(株)、三菱食品(株)等の社外取締役などを経て、2016年にカンロ(株) 代表取締役社長に就任。 2023年6月から、ひらまつ取締役、2024年6月には代表取締役社長CEOに就任。また公益社団法人 日本ホッケー協会の代表理事でもある。
Photos by Natsuko Okada
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憧れのアラスカクルーズの費用は想像以上に手ごろ。それでいてプライスレスな体験ができ、日本発着クルーズの次の選択肢としてもおすすめです。アラスカクルーズの魅力や見どころを、クルーズコンサルタントの筆者が新造船「スター・プリンセス」の旅で紹介。


























