GT-Rはいつの時代も、総合性能を重視していた。
第1世代と呼ばれる「ハコスカGT-R」は、数々のレースで優勝を重ね通算50勝を記録した。途中、トップスピードに優れるロータリー勢に対し苦戦を強いられていたものの、日産ワークスは足まわりやシャシーを改良し続け、総合性能で速さを絞り出した。
続く第2世代の「R32 GT-R」は、総合性能を高めるべく電子制御トルクスプリット4WD「アテーサE-TS」を搭載した。600ps近い最高出力を誇るRB26DETTエンジンのパワーを、確実に路面に伝えるためだ。まだレースの世界で、4WDが珍しい時代である。
そして、第3世代の現行「R35 GT-R」も総合性能を重視し、開発されている。しかし、単にハイパフォーマンス化するのではなく、いつでも、どこでも、誰でも高性能を楽しめるよう、マルチパフォーマンスも重視し、開発コンセプトにそう掲げられている。
R35 GT-Rも、デビューから12年が経過した。当初、“ミスターGT-R”と呼ばれた、開発者・水野和敏氏のこだわりによって、標準車もスポーツ走行を相当意識したセッティングであったが、2013年から商品企画を担当する田村宏志氏に変わって以降、GT-RはGT(グランツーリスモ)要素を高めた標準車と、標準車ベースのハイパフォーマンスグレード「NISMO」と、グレードによって個性を明確化した。
今回試乗した2020年モデルの「GT-R NISMO」は、2017年モデル以来の改良だ。前回が小規模な変更だったのに対し、今回は大幅に改良された。
商品企画を担当する前述の田村氏は、2020年モデルの開発コンセプトについて、「GT-Rの使命は『究極のドライビングプレジャーの追求』です。ただし、エンジン・パワーはこれまでとおなじ600psにとどめ、ほかの部分の性能を高めていくこととしました」と、述べた。
とはいえ、2020年モデルは、エンジンにも手がくわえられている。パッと見は変化した部分がわかりにくいかもしれないが、知れば知るほど変更箇所は多岐にわたる。
搭載する3.8リッターV型6気筒ツインターボ・エンジン(VR38DETT)のスペック(600ps/652Nm:欧州仕様)に変更はないものの、過給立ち上がりのレスポンスをあげるべく、タービン形状を最適化した新型ターボ・システムを採用した。くわえて、6速DCT(デュアル・クラッチ・トランスミッション)のシフト・プログラムも変更している。
また、コーナリング性能を引き上げるため、グリップ力と接地面積を向上させたタイヤに変更し、かつ従来品よりも軽量かつ高剛性が特徴のアルミホイール(9本スポーク)を装着する。
さらに、超高速域やサーキットでも安心できるブレーキ性能を確保するべく、カーボン・セラミック・ブレーキ(R35史上最大の大径ディスクと専用の高剛性キャリパーを組み合わせる)も採用した。同時に、サスペンション・セッティングも見直されている。
ボディは、ルーフ、ボンネット、フロントフェンダーがカーボン・ファイバー製に変更されている。これにより、軽量化を実現しつつ剛性を高めた。ちなみに、フロントフェンダーのエア・アウトレットは、エンジン冷却とダウンフォース向上に寄与するという。
インテリアにも一部手がくわえられた。とくにレカロ製カーボンシートは、形状および骨格も見直され、結果、ねじれ剛性を20%引き上げつつ、約2.8kg/台の軽量化を実現した。
田村氏は改良についてサラッと話していたが、フルモデルチェンジに匹敵するほど、実は改良箇所が多い。
今回筆者は、2020年モデルの「GT-R NISMO 2020」に、ドイツ・ベルリンで試乗した。まず、DTMが開催されたこともあるサーキット「ユーロスピードウェイ・ラウジッツ」を目指す。ベルリン市街から約135kmだ。
走り始めて、まず驚いたのは乗り心地の良さである。従来モデルは、一般道で相当な硬さであったが、2020モデルは、“ちょっと硬め”程度になった。
スプリングやスタビライザーはハードな設定ゆえ、大きな凹凸はそれなりの衝撃をともなうが、それでも短いストロークのなかで、従来モデル以上に衝撃を吸収している印象を受けた。おそらく、バネ下重量の低減とダンパーの最適化が効いているのだろう。
ちなみに、バネ下重量低減に大きく寄与するカーボン・セラミック・ブレーキは、繊細なコントロール性と優しいタッチが魅力だった。また、高性能ブレーキ特有の“鳴き”についても、今回乗試乗した限り、ほとんどなかった。
一般道からアウトバーンに走行シーンが変わっても、好印象は変わらない。加速のためアクセルを踏むと、ピックアップの良さと加速の爽快感が高まっているのに気付く。
ちなみに、今回の試乗車はサーキット走行向けのアライメント値だったものの、それを差し引いても、アウトバーンでの直進時安定性は高かった。
気になるサーキット走行では、クルマがひとまわり軽く・小さくなったかのような印象をまず受けた。2020年モデルは、従来モデルに対し、素直にノーズが入るうえ、アンダーステアの量が明らかに少ない。とくにS字カーブのような切り返しは、ドライバーの細かな操作に対し、クルマが忠実に反応する。
また、一般道やアウトバーン以上に、アクセル操作に対するリニアな反応、トルクの滑らかな立ちあがり、そしてトップエンドまで一気に吹け上がるレスポンスの良さを味わえた。
6速DCTは、「Rモード」のシフト・プログラムが変更された。Rモードを選択すると、スポーツ走行や超高速走行で適切なギアを自動選択する。 試しに、Rモードに設定したうえDレンジのまま走行してみたが、従来モデル以上に各コーナーで適切なギアを選択するので、積極的に使いたくなる。サーキット走行に慣れない人は、Dレンジ+Rモードのままのほうが、手動変速よりスムーズかつ速く走れると思う。
カーボン・セラミック・ブレーキは、コントロール性の高さもさることながら、何周走ってもタッチとフィーリングがまったく変わらなかった。従来モデルに装着されていたスチール・ブレーキも、それなりの性能だったが、それを明らかに凌ぐ高性能ブレーキだ。
以上のように、2020年モデルの進化は単純な走行性能の向上に留まらず、高性能を誰でも楽に、安心して引き出せるようになった。その結果、GT(グランツーリスモ)要素とR(レーシング)要素を高次元で両立したのである。
ちなみにGT-R NISMOはNISMOロードカーのフラッグシップ・モデルだ。NISMOロードカー・シリーズのコンセプトは「ニスモの魅力をより多くの人へ」、「日産車に更なるワクワクを」と、掲げられているが、2020年モデルは、今まで以上にそれらを体現した1台である。
先進安全装備がまったく備わらないなど、設計年次の古さを感じる部分もちらほらあるが、約2500万円の価格は十分納得出来る完成度だ。ただし、残念ながら今から注文しても2019年中の納車は厳しいそうだ。