VISITING PAGANI FACTORY

スーパーカーの中のスーパーカー、パガーニの本社を訪ねる──第5回 パガーニ・ファクトリー

世界の名所をクルマ好き男子がひとりで訪ね歩く連載「クルマ名所図会」。ちょっとマニアな視点で名所を切り取り、いつもの旅にクルマのエッセンスを加えたい人へ向けてレポート。第5回は、前回のパガーニ・ミュージアムに引き続き、工房内を見学できるファクトリーツアーをご紹介。 文・尾崎春雪 編集・iconic
スーパーカーの中のスーパーカー、パガーニの本社を訪ねる──第5回 パガーニ・ファクトリー
オラチオの魂が細部にまで宿る

パガーニのヘッドオフィスは、ガラスと金属でできた極めてモダンな建物だ。ウアイラのコクピットを見たことがある人ならば、その世界観がそのままヘッドオフィスに通じていることが分かるだろう。

「魂は細部に宿る」とは、建築家ミース・ファン・デル・ローエの言葉。まさしくパガーニのヘッドオフィスの建物は、細部に至るまでオラチオの美意識を反映している。

オラチオはアルゼンチンの大学で工業デザインを学び、卒業後は家具などをデザイン、製作していた時期もあった。そうした経験が十二分に活かされているのだろう。家具はもちろんのこと、ドアの取っ手やサッシまで、すべてオリジナルのデザインで構成している。

ランボルギーニ在籍時代にカウンタック・エボルツィオーネ開発チームにいたオラチオは、このときカーボンファイバー(以下、CFRP)という素材に初めて出会った。パガーニは、これでもかといわんばかりにCFRPを素材として採用しているが、ヘッドオフィスの建物にも様々なところで使用している。たとえばミニカーを飾るショーケースの一部や、ミュージアムの床の一部などにアクセントとしてCFRPのプレートをあしらっている、といった具合だ。

パガーニの車両は、ボルト1本にも刻印を施すほど徹底したこだわりを貫いている。ヘッドオフィスの建物もそれは同じだ。こうした建物の細かい部分にまで既製品ではないものを使用している自動車メーカーは、まずないだろう。

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典型的なイタリアの街にいるような演出

パガーニ本社建物の外観から受ける印象は、鉄とガラスの極めてモダンな近未来的なイメージだ。しかし、エントランスの扉を開いて中に入ると、そうした無機質な印象と微妙にズレがあることに気づいた。

イタリアでは古い建物をよくリノベーションして利用している。かつての貴族の別荘や農家の納屋などがホテルやリストランテに生まれ変わっている例は数多い。パガーニ本社に足を踏み入れた際に感じるのは、そうしたリノベーションによって現代に蘇った建物に入ったときに感じるなにかと通じるものがある。その理由は、床に敷かれた石畳にあった。

どうして屋内に石畳を採用しているのかを広報担当に聞くと、「典型的なイタリアの街並み──広場をモチーフにしている」とのこと。確かに、ショールームに置いてあるベンチは、街角でもよく見かけるものと一緒だ。

いわゆる「表」であるショールームやミュージアムと、「裏」にあたるファクトリーをむすぶ通路はいくつかある。その通路のひとつは、まさにイタリアの街のどこにでもある公園のような雰囲気だ。さらにミュージアム側からファクトリーへ抜ける通路は、まるで古い建物の回廊を思わせる。それらを抜けてファクトリーエリアに足を踏み入れると、パッとあたりの景色が開けた。シエナのカンポ広場やボローニャのマッジョーレ広場のように、イタリアの旧市街地の中心には必ずと言ってよいほど広場があるが、まさにそうした広場に出た時のような感覚だ。

エレベーターは時計塔を模した外観で、照明はガス燈に似たデザインだ。このガス燈のような照明に四隅を囲われたエリアで、車両が組み立てられている。パガーニではフェラーリのファクトリーのようにエンジンを鋳型からつくるようなことはしない。エンジンはAMGから供給されており、ファクトリーでは人の手によってアッセンブリーすることがメインの作業となっている。

パガーニの内外装色やマテリアルのセレクト・組み合わせは、1台として同じではない。各車両のパーツはすでにオーナーの決まっている車両ごとにキャビネットに整然と並べられ、組み付けられるのを静かに待っている。パガーニの車両はここで、まるで工芸品のように生み出されていくのだ。

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パガーニは、工場ではなく工房だ

車両を組み立てているエリアの奥は、ガラスで仕切られた部屋となっている。実はパガーニ・ファクトリーのハイライトはここにある。

ガラスの向こうの1階をおおまかに説明すると、向かって右手にR&D部門があり、そして左手にオートクレーブでプリプレグ(炭素繊維織物に樹脂を含浸させたシート)の樹脂を高温・高圧下で硬化し成形するエリアがある。そして2階はプリプレグをカットし、形状に合わせて積層化する作業のエリアとなっている。

1984年にオラチオは初めてカウンタック・エボルツィオーネ開発チームでCFRPを活用する。その後、1991年にモデナデザイン社を設立してからは、さらにゾンダ・プロジェクトと並行して、CFRPでパーツを製作し開発を続ける。1997年にはダラーラのCFRP素材を用いたF3用コンポーネンツの製作を請け負うなどした後、ついに1999年ジュネーブモーターショーにCFRPを内外装にふんだんに用いたゾンダC12を発表する。現行車種であるウアイラに至っては、ボディパネルや内装のほとんどにCFRPが採用されている。

これまでCFRPパーツは軽量・高強度・高剛性など機能面で優れていることが注目され、レーシングカーに多く採用された。そのためレーシーな印象をクルマに与えていたが、パガーニはそれにエレガントさを加味し、ラグジュアリーな素材としての価値を印象づけた。

そう、パガーニはCFRPとともに発展してきたメーカーと言っても過言ではないのだ。

ファクトリー内はとてもクリーンで、チリひとつ落ちていない。おそろいのユニフォームを着て作業に従事しているスタッフは、みな仕事に対する矜持をもっているようだった。それでいて、非常に明るくて、仕事自体を楽しんでいることがその表情を見ているだけで伝わってくる。

2階のファクトリーを一望できる見晴らしのよいエリアは、フィットネスジムとなっている。ここはパガーニで働くスタッフならば誰でも利用できるジムだ。ジムに置かれているフィットネスマシンは、パガーニと同じくイタリアのブランドであるテクノジム製だ。スタイリッシュなデザインで部屋のインテリアとしても通用するため、セレブに人気の高級フィットネスマシンである。

ファクトリーをすべて見学して受けた印象は、日本の自動車メーカーの生産ライン工場とはまったくイメージが違うということだった。1台1台、ハンドメイドで組み立てられていく作業を見ていると、工場というよりも工房というイメージに近い。

オラチオ・パガーニが尊敬しているレオナルド・ダ・ヴィンチが活躍していた時代は、画家は王侯貴族や教会からの依頼で絵を描いていた。絵画は一人で仕上げるのではなく、工房で分業して仕上げられることが多かった。ダ・ヴィンチもヴェロッキオの工房に入り、芸術家としてのキャリアをスタートさせている。

オラチオ・パガーニをレオナルド・ダ・ヴィンチに見立てるならば、パガーニのファクトリーが雰囲気だけでなく精神性にいたるまで工房に近いこともうなずける。この素晴らしい空間をぜひ、自分の目で確かめてみて欲しい。

INFORMATION
PAGANI FACTORY TOURS
パガーニ・ファクトリー・ツアー

ミュージアム:大人/€18、団体またはグループ/€15、12歳以下/無料
ミュージアム ファクトリー・ガイドツアー(要予約):大人/€50、グループ(15人)/€45(ひとり)、18歳以下/€25、12歳以下/無料

住:Via dell’Artigianato, 5 – Vill. La Graziosa 41018 San Cesario sul Panaro (MO) Italy
TEL: 39 059 4739201
Guided tours: 39 059220022
URL:https://www.pagani.com