ポルシェ 356を普段使いする!

絶版名車とは「今もその当時の存在感や魅力があせることなく、現在のクルマにはない“味”をもち続けるクルマ」である。クラシックカー市場が高騰し続けるいま、そんな先取りしたい絶版名車を紹介する。 文・伊達軍曹 写真・ポルシェ ジャパン 編集・iconic
ポルシェ 356を普段使いする!
高騰する911シリーズ。その中であえて356を選ぶ

現代のクルマとは少々、あるいは大きく異なる味わいを持った絶版名車を普段使いする──と考えたとき、おすすめしたいカテゴリーのひとつは「930(キューサンマル)」「964(キューロクヨン)」と呼ばれるポルシェ、つまり80年代から90年代初頭にかけて生産された空冷エンジン搭載のポルシェ911だ。

だがそれらの中古車相場は昨今、世界的なネオクラシックブームの影響でかなり高騰している。まぁ一時の狂騒的な異常相場から見れば落ち着いてきたとも言えるのだが、それでも、ごく普通のカレラ(いわゆるベースグレード)でもコンディションの良い個体は800万円台から900万円台となるのが一般的である。

そんなプライスタグを見たときにふと脳裏に浮かぶのが、「……そこまでのお金を出すならば、いっそ356(サンゴーロク)までさかのぼったほうがシアワセになれるのでは?」という危険思想だ。

ここで言う356とは、正確には「ポルシェ356」。

あまりにも有名なポルシェ911がこの世に誕生する遥か以前の1948年に初号機がデビューした、「ポルシェ」という名が冠された世界で初めてのクルマである。

ポルシェ356は、1931年創業のポルシェ社が第2次大戦終結後に開発を始めた小型スポーツカー。創業者であるフェルディナント・ポルシェ博士は1947年まで連合国軍側に勾留されていたため、356の開発と設計はフェルディナントの息子であるフェリー・ポルシェが主に担当した。

まずは1948年6月8日に試作1号車が完成。この試作車は「ポルシェ 356 No.1 ロードスター」と呼ばれ、現在でもシュトゥットガルトのポルシェ本社ミュージアムに展示されている。

ポルシェ356のモデル変遷をマニアックに詳述するのが本稿の目的ではないため、かなりざっくりと書かせていただくが、その後何種類かのプロトタイプを作ったのち、1950年に市販バージョンの第1世代が完成。これが今日「356プレA」と呼ばれているものだ。

そして356は1956年モデルとして大きな改良を受け、「356A」と呼ばれる世代に進化。さらに1960年モデルからは完全に新設計となった「356 B」に生まれ変わり、大型化されたリムガード付のフロントバンパーなどを装着。この356Bのカタチが、「ポルシェ356」と聞いたときにパッと思い浮かぶ形である──という人は多いだろう。また、今日の中古車マーケットにおいてもっとも一般的なポルシェ356でもある。

ポルシェ 356|PORSCHE 356 長い生産企画の中で生まれたボディバリエーションも豊富。通常のクーペボディに加え、オープンモデルのカブリオやコンバーチブル、ロードスター、ハードトップモデルも存在していた。
ポルシェ 356|PORSCHE 356 1948年から1965年まで製造された356。タイプA、B、Cと年代によって進化を続けた。写真は1964年製の356C。現在日本中古車市場で一番見かけるモデルだ。
ポルシェ 356|PORSCHE 356 実用性を損ねない最低限の装備だけで構成される車内。ハンドル下にはドアの左右いっぱいに収納スペースを設けてあり、実は非常に使いやすい。
ポルシェ 356|PORSCHE 356 ポルシェ創業者であるフェルデナント・ポルシェ(右)と息子のフェルディナント・アントン・エルンスト・ポルシェ(左)をおさめた有名な1枚。
911シリーズとの価格差はおよそ200〜300万円

そんなポルシェ356の現在の中古車相場は、ほとんどの個体が「ASK(価格応談)」と表記されているため、今ひとつわかりにくい。だが「おおむね1200万円ぐらい」とイメージしておけば、当たらずといえども遠からずではある。

つまり、冒頭付近で申し上げた930型あるいは964型ポルシェ911の相場である「800万円台から900万円台」との差は、おおむねではあるが「200万円か300万円ぐらい」なのだ。

この価格差をデカいととるか、意外と小さいと感じるかは人それぞれだろう。だが仮に「意外と小さい」としてみたうえで、話を進めてみる。

911との小さな価格差によって手に入るのは「圧倒的な存在感」だ。

もちろん930型や964型のポルシェ911も、今の時代においてはかなりの存在感を発揮するクルマではある。だが356はその比ではない。

世代やグレードによって細かな違いはあるものの、だいたい全長4010mm×全幅1670mm×全高1330mmぐらいという、今の時代ではあり得ない小ささ。ちなみに最新世代のポルシェ911カレラは全長4499mm×全幅1808mm×全高1294mmである。

そしてこれまた細かな違いはあるのだが、車両重量はおおむね1000kgほどという、現代の基準でいうと実用コンパクトカーより断然軽い車重。ちなみに最新911カレラのそれは1570kgだ。

さらには少数生産のスペシャルモデルであったため(今日と違って高価なスーパースポーツを買う人間の数が少なかったため、ポルシェ356は必然的に「ほぼ完全手づくりの工芸品」だったのだ)、細部の作り込みにおける迫力というか執念のようなものは、その後「ある程度の大量生産車」となったポルシェ911とは次元が異なる。

それらが手に入るならば「200万円や300万円の差など小さいものだ」と考える人は、もちろん世の中の多数派ではないものの、決してゼロではないはず。そんな人に、ポルシェ356という歴史的名車の“普段使い”をおすすめしたいのだ。

もちろん、普段使いといっても「ちょっとそこのスーパーマーケットまで毎日乗っていきます」というような使い方をする人はいないだろう。それはあまりにももったいないし。

だが──もしもその気になれば──そのような使い方ができなくもないのがポルシェ356というクルマだ。

ポルシェ 356|PORSCHE 356 1948年から1965年まで製造された356。タイプA、B、Cと年代によって進化を続けた。写真は1964年製の356C。現在日本中古車市場で一番見かけるモデルだ。
ポルシェ 356|PORSCHE 356 実用性を損ねない最低限の装備だけで構成される車内。ハンドル下にはドアの左右いっぱいに収納スペースを設けてあり、実は非常に使いやすい。
ポルシェ 356|PORSCHE 356 ポルシェ創業者であるフェルデナント・ポルシェ(右)と息子のフェルディナント・アントン・エルンスト・ポルシェ(左)をおさめた有名な1枚。
実用車として356を推すこれだけの理由

「ガレージに飾っておくためのクルマ」という側面が実は強い往年のイタリア製スーパースポーツと違い、そもそもポルシェというクルマは「普通にガンガン使う」ということを前提に設計されているから──というのが、その気になればスーパーマーケット通いもできる理由のひとつ。

そしてもうひとつの理由は、熱心な愛好家が世界的に大勢いるため、サードパーティ製を含む補修用パーツの供給にまったく問題がなく、そしてそれを使って補修するスペシャリスト(専門店や専門工場)の数も多いということ。

もちろんポルシェ356は、最初の段階で徹底的なレストアと整備をしないことには普段使いもクソもない年式のクルマではある。だが一度しっかり直せば、その後は意外とフツーに使えてしまうのだ(だからといって356でのスーパーマーケット通いを推奨したいわけではないが)。

さらには、もしも「すべてを当時のオリジナル状態にキープすること」にさほどのこだわりがないのであれば、現代の交通事情に合うようにさまざまな「改変」を加えることもできる。

例えば、発電量が心もとない昔ながらの直流式発電機を、現代のクルマに使われている交流式の大容量オルタネーターに替えてしまう。そして同時にエアコンも後付けし、ヘッドライトも明るいタイプに変更するなどして、夏場や夜間もフツーに乗れるようにする……なんてことも楽勝なのだ。

「空冷ポルシェ911の良質物件にプラスすること数百万円」という現在のポルシェ356のプライスは、決して安くはない。だがもしも問題なくそれを支払えるのであれば……一生モノのコレクションとして、いや普段使いもできる「自家用車」として、ぜひポルシェ356に注目していただきたい。