パリのグルメシーンに異変あり。肉の最前線から続々誕生するおしゃれなフードコートから伝統回帰するレストランまで、ヨーロッパのグルメトレンドを牽引するパリの注目店をピックアップする連載。2019年、パリの最新飲み食い事情を網羅する。
タイユヴァン──若き才能
8区シャンゼリゼ通りから少し入った細道にひっそりと佇む瀟洒な館がある。「タイユヴァン」だ。1946年の創立以来、「食とワインとの調和」の哲学のもとに、ワインと食事が織りなすテーブルアートの伝統を今に伝えてきた。
このフランスを代表するグランメゾンに、いま大きな改革が起こっているのをご存知だろうか?
昨年、総支配人と料理長の入れ替えがあり、料理があたらしくなった。由緒ある老舗メゾンに新たな風を吹き込んだのは35歳の総支配人アントワーヌ・ペトリュスと、41歳の料理長ダヴィッド・ビセのふたりである。
アントワーヌ・ペトリュスは2011 年にソムリエとして27歳の若さで、MOF(フランス国家最優秀職人章)を獲得したトップソムリエである。彼はさらに2018年、メートル・ドテルの部門で2つ目のMOFを得て、過去4人しかいない2冠のMOF所持者になった。いまやパリ、ロンドン、東京、ベイルートにあるタイユヴァン系列の店に勤務する110名を統括するトップランナーだ。
かたや7代目料理長に就任したダヴィッド・ビゼは、かつてフォーシーズンズホテルのレストラン「ロランジュリー」をオープン1年で1ツ星に導いた気鋭の料理人。伝統的なソースやジビエを使った高級フランス料理に精通していて、2016年、ジビエの最高峰といわれる「野うさぎのロワイヤル」の世界大会で優勝した。そもそもビゼは遡ること20年前、タイユヴァンで新人の料理人として修行をした経験を持つ。彼にとって、ここは初めてのグランメゾンであり、20代のはじめで「タイユヴァン」の哲学とスタイルを徹底的に学んでいる。
「僕の使命はクラシックなフランス料理を現代の嗜好に合わせて軽やかに変化させることです。よりエレガントで優美なプレゼンテーションも、こんにちのあたらしいタイユヴァンのスタイルです」
メニューには海の幸を使った料理がぱっと目をひくが、仔羊やリ・ド・ヴォーなどクラシックなフランス料理や、ジビエの季節はヤマバトや子鹿なども続々と登場する。
特筆すべきはビゼならではのクリエイティブな料理も前面に打ち出している点だ。前菜からデザートまで6品のおまかせコース(220ユーロ)からシグネチャーを紹介しよう。
手長エビのひと皿は、マリネした手長エビを甘辛く味つけした海藻の上に置き、食卓で仕上げる。客の前でエビの殻からとったコンソメブイヨンを注いで瞬間で“調理”するのだ。外側はふっくらと火が通り、内側は生の状態。シルクのような滑らかさで独特の甘みが舌の上に広がる。繊細なのに力強い。まるで海のほとりで獲れたてのエビを頬張っているような新鮮さである。
ヒメジのコンフィはフレンチの王道ともいえる料理だ。これは野生のうさぎをていねいにさばいて血と赤ワインで煮込んだ古典料理「野うさぎのロワイヤル」から着想を得た。秋から冬にかけての3カ月しか手に入らないジビエではなく、1年中新鮮なものが見つかるヒメジにという、才気が光る逸品だ。
ビゼはこの料理で2017年、年配の美食家に好まれるレストランガイド「ルベイ」で最優秀魚料理賞を受賞した。
素晴らしく豪華なワインリストは約3000種類。フランス全国の産地を網羅していて、銘柄品や年代物だけでなく、目立たぬシャトーや知る人ぞ知るドメーヌのワインにまで目配りが十分に利いている。ここでは選りすぐりのワインとともに、ゆったりと時間をとって過ごしたい。
Taillevant タイユヴァン
15 rue Lamennais 75008 Paris
TEL: +33.(0)1 44 95 15 01
営: 月〜金 12:15〜14:00、19:15〜22:00
土曜・日曜休み
ランチメニュー 90ユーロ、6皿からなるメニュー“カンテサンス”220ユーロ、アラカルト55〜102ユーロ ネット予約 https://letaillevent.com/en/book-en.html
凱旋門とモンソー公園の中間地点。在仏日本大使館から目と鼻の先の「レ・サンディス・ドゥ・タイユヴァン」は110種類のワインをグラスで楽しめるブラッスリーだ。
ボワズリーで統一されスッキリと洗練された内装は、フォーシーズンズ・ホテルや銀座の「ロオジエ」などを手がけた、ピエール=イヴ・ロションによるもの。店に入るとぱっと目を惹くのはカウンターに設置された大きなワインサーバー。ボトル内の空いた空間に窒素を充填させることでワインの酸化を防ぐシステムで、各ボトルに専用のストッパーがついている。
ここではフランスの名だたる銘醸品だけでなく、飲みごろのヴィンテージワイン、小さな造り手の希少なワインなど、110種もの銘柄をグラスで味わうことができる。メニューを広げると前菜からデザートまで各料理にあわせて、4種類のワインが、4つの価格帯でラインナップされている。その日の気分や懐具合で決めるシステムだ。もちろん自由に注文するのでもいい。量はグラスに半分の70ccかグラス1杯分の140ccかのいずれかを選択する。料理はパテ・アン・クルート、フォアグラのテリーヌ、タラの丸ごとフライ“コルベール風”、牛肉のカベルネ・赤ワイン煮込み、牛の背肉ロースト、Tボーンステーキなど、伝統的なブラッスリーのメニューが並んでいる。昼夜ともに3品からなる46ユーロのプリフィクスのコースもあるが、あれこれと迷いながらアラカルトから選ぶのが楽しい。前菜と肉料理を組み合わせてもいいし、魚料理とチーズだけいただいてもかまわない。いろいろと銘柄を試すならば70ccを、ゆったりと時間をかけて味わうならば140ccを選択してはいかがだろう。
例えば、ワインには合わせにくいといわれる卵料理のラインナップをみる。65℃の低温でゆっくりと火を通した温泉卵にも似た「ルッフ・パルフェl’oeuf parfait」にはメドックの赤ワイン(いずれも70ccと140cc 4,5ユーロ/9ユーロ)を。風味豊かで親しみやすい飲み口から間違いなしの組み合わせだ。または南仏ラングドッグ地方で革新的な造り手として注目されるオリヴィエ・ジュリアンの「ル・トレスコル」(7ユーロ/14ユーロ)を。パリのいまどきのビストロで好んでサーブされる銘柄だ。よりシックな味を求める向きには知る人ぞ知るシャンパーニュを。シャンパーニュ地方の南側「 コート ド ヴァル」で少量生産を心がける醸造家セドリック・ブシャールの「ローズ・ド・ジャンヌ」(12ユーロ/24ユーロ)。ピノ・ノワールから造られる、ブラン・ド・ノワールのピュアな味わいとまろやかさで卵料理によくあう。
そして特別な日に特別な時間を過ごすのに最適な1本、世界最高峰の白ワインを生み出す醸造家として知られるドメーヌ・ルフレーヴのバタール・モンラッシェ 2009年グランクリュ(55ユーロ/110ユーロ)を。バタール(非摘出の雑種の意)という名前がついているが、化学薬品を使用しないビオディナミのブドウ栽培で造られたピュアな味わいだ。繊細で豊かな風味といい柔かな口当たりといい、見事に調和がとれた1級品である。
チーズの盛り合わせは、フランスからボルドー、アルザス、ローヌの各地方と、シチリアのワインがラインナップされている。
メルロー90%でプラムケーキのようなしっとりとした滑らかな飲み口のフルボディ、シャトー・フルール・オ・ゴーサンのボルドー・スペリュール(4ユーロ/8ユーロ)は定番の組み合わせである。ライチ、生姜や花のニュアンスと独特の甘味と苦味をもちあわせるアルザスの白ワイン、ゲヴュルツトラミネール(7,5ユーロ/15ユーロ)もラインナップされている。これはアルザスで今もっとも注目を集める生産者アルベール・ボクスレのビオディナミの栽培によるワインで、洗練された口当たりが特徴だ。チーズに最適な力強い味わいを求めるワイン愛好家にはシチリアとローヌ北部コルナスの赤ワインを提案している。
シチリアの土着品種フラッパート種100%で造られたイル・フラッパート(10,5ユーロ/21ユーロ)は、自然派醸造家アリアンナ・オッキピンティによる赤ワインで、レッドチェリーなどの果実味に程よくタンニンのきいた深い味わいだ。もう1種、フランス南東部ローヌ地方を代表する生産者のひとり、アラン・ヴォージュのコルナス「レ・シャイユ」(13,5ユーロ/27ユーロ)はシラー100%、ダークベリーやスミレの香りと黒胡椒のスパイスがきいていて、肉厚で豊潤な味。生産者が少ないため、希少価値の高い品種だ。
ここは料理とワインとの絶妙な組み合わせが冴える、思いがけない発見に満ちた店である。
110 de Taillevent レ・サンディス・ドゥ・タイユヴァン
195 rue du Faubourg Saint Honoré 75008 Paris
TEL: +33.(0)1 40 74 20 20
営: 12:15~14:15 19:30~22:15
定休日 無休
http://www.les-110-taillevent-paris.com/