パリのグルメシーンに異変あり。肉の最前線から続々誕生するおしゃれなフードコート、伝統回帰するレストランまで、ヨーロッパのグルメトレンドを牽引するパリの注目店をピックアップする連載。2019年、パリの最新飲み食い事情を網羅する。
健康志向
近年、新鮮な野菜とオリーブオイルを使った地中海沿岸の料理が脚光を浴びるパリ。そのムーブメントは拡大中で、イタリアやギリシャのみならず、レバノン、イスラエル、中東の料理も注目の的だ。
人気店の共通点としては、伝統のレシピを見直し素材の美味しさを引き立てるシンプルな調理法によって、いまの時代にあったモダンな料理を提案していることだ。さらに一皿をシェアする自由なスタイルを打ち出している。店内には大きなテーブルがしつらえられ、2人がけのテーブル席もバーもある。カウンターでカクテルだけ飲んだり、ひとりで食事を楽しむ常連客も少なくない。今のパリは以前に増して軽やかで自由な空気を求めている。
鶏小屋もあり
2018年、16区の閑静な住宅街にフィリップ・スタルクが手がけたホテル・ブラックがオープンした。1階の地中海レストラン「ブラック」は、オレンジ色を基調に、革や木の素材を多用した内装で、スタルクと娘のアラ・スタルクが作り出したあたたかみのある世界観だ。
ここでふるまわれるのはレバノン、ギリシャ、モロッコ、イスラエル、南仏など地中海沿岸の料理。ヘッドシェフのアダン・ベンタラ氏は、「リッツ」や「シャングリラ」「ロワイヤルモンソー」といったパラスホテルで経験を積んだ優秀な人材だ。「人々はいま太陽がさんさんと輝く国々の料理を求めています。太陽の光を浴びて育った野菜を使ったのびのびとした料理。この店で使うオリーブオイルはエクストラバージンを厳選。できるだけ脂分と砂糖を控えて、自然でヘルシーな料理に仕上げています。パリ近郊の生産者たちと直接やりとりし、とびきり新鮮な最上の素材を仕入れています。ハーブはホテルの屋上の菜園で採れたものなんですよ」
ここの菜園ではハーブや野菜、フルーツを栽培し、なんと鶏小屋まであるというのだ。
メニューはアラカルトのみ。シャルキトリーの盛り合わせ、ひよこ豆のペースト“フムス”、タコのプランチャ焼き、仔羊のコンフィ、鶏のグリルなどをシェアするスタイル。ザタール、スマックといった中東のスパイスが効いていて、バジル、オリーブ、トマトのコンフィ、シトロンキャビアでアクセントを加える。ホームメードのパンは地中海の名物を3種類そろえた。モッツアレラと黒トリュフ入りのピタパン、ピスタチオとミントを入れた「バルバリ・ブレッド」、三つ編み状のブリオッシュ「ハッラー」。ご飯はサフラン、カルダモン、フレッシュレーズンを入れたイランのピラフ「ザハッシュ・ポロ」を。
例えば2人の場合、ひよこ豆のペースト「フムス」やナスのピューレ「ババガナーシュ」、スモークサーモンの乗ったサフラン味のライスコロッケ「アランチーニ」など小皿料理の後に、肉か魚料理を1品か2品、注文してはいかがだろう。春から夏にかけてはレバノン風牛肉のタルタルステーキがおすすめだ。4カ月熟成した牛肉のフィレ肉をハンドカッティングし、フレッシュなローズマリー、パセリ、コリアンダーをミックス、ザクロの実で甘酸っぱさとプチっとした食感を加え、自家製ハリッサで味を引き締めた。「ビストロ料理の定番の牛肉のタルタルステーキに地中海の風を吹き込みたかったのです。レバノンでは牛肉や仔牛を味づけしたりマリネしたりしてよく食べる。それを再構築して現代の味に変化させようと思いました」という。甘みと辛みのバランスが絶妙でスパイスの香りが心地いい。といってもスパイスやハーブは素材の持ち味を尊重するよう、あくまでもソフトに仕上げてある。
「私はスークの香りが立ち上ってくるようなスパイスが大好きで、クミン、コリアンダー、パプリカをよく使います。一昔前は、それぞれのスパイスはきちんと用いられていなかった。そこにフォーカスを当てて、お客様に地中海の料理文化に親しみ、料理で旅をしていただきたいのです」
Restaurant Brach レストラン・ブラック
1-7 Rue Jean Richepin, 75016 Paris
☎+33.(0)1 44 30 10 00
営:7:00 ~翌00:00
https://brachparis.com/?lang=en
ギリシア料理
パリの多国籍の新店で、今年もっとも待ち望まれていたうちの一軒がここ「ヤヤ・セクレタン」だ。
2017年、パリの北郊外サントアンに突如あらわれた新感覚のギリシャ料理店がたちまち話題を呼ぶ。2018年は新しもの好きのブルジョワ・ボヘミアンから支持されるレストランガイド 「フーディング」で最優秀ギリシャサンドイッチ賞を受賞、ゴーミヨでは今の空気を表す店へ贈られる最優秀ポップ賞を受賞した。それによってパリからわざわざ足を運ぶ人々が続出したのだ。
そして2018年2月、待望のパリ店がオープンした。緑あふれるビュットショーモン公園近く、19区セクレタン通りの「ヤヤ・セクレタン」。以前はユーゴ・デノワイエの肉専門レストランがあった空間に、白と青が眩しいギリシャカラー100%のビストロが出現した。
「これまでパリのギリシャ料理といえば、最高級ガストロノミーの「マクロヴァティス」をのぞいて、本場の味を提供する店はなかったです。ナスやトマトなど夏野菜のイメージが強いギリシャですが、年間を通して食材に恵まれていて、煮込み料理やオーブン料理など多彩です。そこで共同経営者の兄弟ピエール=ジュリアン&グレゴリー・シャンズィオスと、彼らの生まれ故郷であるペロポネス半島のカラマタで代々伝わる家庭の味を現代的に蘇らせることにしました」と、語るのはオーナーでメニューの監修をするシェフのホアン・アルベレス氏。
メニューには前菜のメッゼがズラリと並ぶ。ベットラーヴのロースト、イワシの炭火焼、ギリシャ風レンズ豆、イカのプランチャ焼き、貝柱のカルパッチョなど、ハーブやナッツを多用した歯ごたえも楽しめる軽快な料理だ。ほうれん草のパイ“スパナコピタ”、オーブン焼きのチーズパイ“ティロピタ”など、ギリシャのクラシック料理が並んでいる。
メインはタラのプランチャ焼き、鯛の炭火焼、牛肉の肩肉煮込み、クレフティコ風仔羊の煮込みなど炭火焼や煮込みなどシンプルに調理されたものが多い。
「ギリシャの沿岸地区ではなく、内陸の村には大量の薪があります。オリーブオイルの収穫時は、薪をくべて羊や子羊を丸ごと一頭、何時間も何時間もじっくりと焼くんです。薪の火が温かみを加えて非常に香り高い料理になります」
同じ窯で焼かれた自家製のパンが素晴らしい美味しさだ。自然発酵のビオの小麦粉と古代麦を合わせ、オレガノとオリーブオイルを練りこんだ香り高い逸品。
2人なら4、5皿頼んでシェアするのがいい。長らくフランスでの外食文化は一人一皿主義だった。ここにはそんなコードも呪縛もない。2010年、ギリシャ料理はイタリア料理、スペイン料理、モロッコ料理とともに『地中海の食事』としてユネスコの無形文化遺産に登録された。ギリシャ料理に追い風が吹く今、クラシック料理を今っぽく食べるスタイルが求められている。
YAYA SECRÉTAN ヤヤ・セクレタン
33 Avenue Secrétan 75019 PARIS
☎+33.(0)1 42 41 12 86
無休
営:12:00~14:30 19:00~0:00(木〜土は01:00まで)
アラカルトのみ 前菜メッゼ6〜15ユーロ、メイン12〜28ユーロ、デザート6〜8ユーロ、グラスワイン6〜7,5ユーロ、ギリシャ各地の小売醸造者のボトルワイン30ユーロから
https://www.yayarestaurant.com/yaya-secretan