2019.01.11

ポルシェ911とビジネスエリート

ポルシェ911の特異性はいまさら語るまでもないだろう。スーパースポーツにして、ユーティリティ性を併せ持つというその開発コンセプトは非常に先進的で、いまもその唯一無二野存在感は変わらない。そんなポルシェにもうひとつのポイントがあった?

CREDIT :

文/岡崎宏司(自動車ジャーナリスト) イラスト/溝呂木 陽

ポルシェ911の名を聞くとき、僕が直感的に抱くのは、「ユーティリティに優れたハイパフォーマンスカー」のイメージ。

ウィークエンドの山岳ワインディングロードで、最高の刺激と喜びを味わわせてくれる「素晴らしき友」のイメージ。

クルマにはまるで興味のない人でも絶対知っている「スーパーブランド」のイメージ。

そしてもう一つ加えたいのは、ウィークデイのオフィス街にも馴染む「スーツが似合うスポーツカー」のイメージ、、、。

911が、柔軟で多才な能力を備える希有のスポーツカーであることに、異論を唱える方はいらっしゃらないだろう。そんな911の魅力の中でも、とりわけ僕が強く惹かれてきたのは、「スーツが似合う」というところだ。
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このイメージは昔からずっと持ち続けている。僕が初めてポルシェに深く触れたのは1963年。兄が最終型356Cを買った時だから、55年前からそう思っていることになる。

兄はポルシェクラブに所属していて、僕もクラブのミーティングには度々連れて行ってもらった。しかるべき場所で行われる夜のミーティングには、みんなスーツとタイで参加した。ダーク系の仕立てのいいスーツ姿と356の馴染みはほんとうによかったし、憧れた。

僕自身で初めて911を買ったのは1987年。白の930型だった。当時はスーツを着る機会も多かったので、911のスーツとの馴染みの良さはありがたかった。

スーツが馴染む、、それは911がスポーツシーンだけでなく、ビジネスシーンにも馴染む、、そう解釈していいと僕は思っている。最高のスポーツカーでありながら、なおかつビジネスシーンにも馴染むクルマは、、911を置いて他にない。

こんな、911への僕の見方の裏付けになる証拠もある。

裏付けになる証拠を掴んだのは十数年前のフランクフルト。ロンドンと並ぶ、欧州金融ビジネスの中心地だ。

きらびやかなミラーガラスの高層ビルが林立するビジネス・エリアと、郊外の高級住宅地を結ぶ道路で、僕は、トレンドを探るための定点チェックをしていた。時間は、夜のビジネスラッシュアワーが始まる17時半を回った頃から。フランクフルトを拠点にするエリートビジネスマンが、どんなクルマに乗っているかをチェックするためだ。

近くには、フランクフルトでもっとも高級なショッピング街もある。なので、プレミアム、ラグジュアリー・クラスのクルマが多く見かけられる場所でもある。

フェラーリ、アストンマーチン、ジャガー、ベントレーといったクルマも見かけたが、やはり多いのはメルセデス、BMW、アウディ。ドイツのプレミアム御三家だ。
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同じ場所で昼もチェックしたが、昼は車種も車格も幅が広く、雑多な印象が強い。ボディカラーもまた同じ。ところが、夜のビジネスラッシュアワーになると印象は一変する。ドイツ・プレミアム勢が多いことに変わりはないが、その多さには「断然」という言葉が加わるようになる。

それも、Eクラス、5シリーズ、A6といった中位クラスが多い。ドイツで一般化しているカンパニーカー制度のもたらす現象だろう。

ボディカラーも変わる。赤とか黄色とか明るい青とかはほとんど見かけなくなる。白や明るいシルバー系は見かけはするものの少ない。断然多いのは、黒、濃紺、濃いグレイ系。

そして、ここから、この話の主役であるポルシェ911が登場するのだが、、登場の仕方がハンパではなかった。

ほぼ1時間ほどの間に目の前を通り過ぎた911は、、数えてはいなかったものの、40〜50台にも及んだように感じた。カブリオレが目立ったのも驚きだった。

996型から997型に移行して間もなく、といった頃だったが、目の前を通り過ぎるのはほとんど997ばかり。さらに加えれば、ターボやGT3等、大きなリアウィングを纏ったモデルは皆無だった。理由はおわかりだろう。
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欧米のエリートビジネスマンは、ビジネスの能力に優れるだけでなく、自分を磨くことにも熱心とはよく聞く。シェイプアップに努め、身だしなみを正し、清潔さを心掛け、所作にも気配りする、、911のコクピットに座る人たちは、まさにそのサンプルのように思えた。

走りすぎる911のガラス越しに見ただけだが、僕がイメージするビジネスエリート像から大きく外れたような人はいなかった。スーツ姿のままの人、タイは着けて上着を脱いでいる人、シャツのボタンを一つ外し、ちょっとだけタイを緩めている人、、ざっとこんな括りができる。スーツの、シャツの、仕立てのよさもひと目でわかった。

上記のように、ボディカラーはほぼ、黒、濃紺、濃いグレイ系で占められ、一様にピカピカ。しっかり磨き上げられている。クルマにも身だしなみと清潔さを課しているわけだ。

カブリオレもダーク系ボディとダーク系幌の組みあわせにしか出会わなかった。そんな中、濃紺のボディ、濃紺の幌、グレイのインテリア、ちょっと明るめの紺のスーツ、白いシャツ、水色のタイ、グレイの髪、、このコンビネーションのカッコよさには痺れた。

「ポルシェを着る」という言葉があるが、これは、着慣れたジャケットのような着心地のよさ、言い方を換えると、ポルシェ(911)の居心地の良さを示す言葉だ。

つまり、この言葉は、フランクフルトで出会ったシーンには相応しくない。フランクフルトのビジネスエリートには「ポルシェを着こなす」という言葉こそ相応しいと思った。

日本でも、例えば丸の内界隈辺りで、「ポルシェを着こなす」ビジネスマンが闊歩するようになったら、、と思う。

● 岡崎宏司 / 自動車ジャーナリスト

1940年生まれ。本名は「ひろし」だが、ペンネームは「こうじ」と読む。青山学院大学を経て、日本大学芸術学部放送学科卒業。放送作家を志すも好きな自動車から離れられず自動車ジャーナリストに。メーカーの車両開発やデザイン等のアドバイザー、省庁の各種委員を歴任。自動車ジャーナリストの岡崎五朗氏は長男。

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