ロボットが人間から学び、器用に物をつかめる時代がやってくる

ロボットが未知の物体に触れるとき、その扱い方をどうやって学べばいいのか──。こうした問題の解決に向けたプロジェクト「Dex-Net as a Service」が、ロボットが物体をいかにつかむべきかを計算するベータプログラムを公開した。その進化の先には、家にあるロボットがクラウドを呼び出し、未知の物体をどのように扱えばよいか助言をもらうような時代が想定されている。
ロボットが人間から学び、器用に物をつかめる時代がやってくる
PHOTO: GETTY IMAGES

1枚のトランプをテーブルから取るという簡単な行為を想像してほしい。やり方はいくつかある。トランプの下に指の爪を差し込んで持ち上げる、あるいは、トランプをテーブルの端まで滑らせるなどだ。

では、同じことをロボットにやらせたらどうなるだろうか。これは難しい問題だ。たいていのロボットには爪がない。人間は指の腹で摩擦をうまく使いこなせるが、ロボットにはない。つまりこのような細かい操作は、現在のロボット制御の対象外だ。

それでも技術者は日常の世界において、物事を機械に対処させ、確実な進歩を遂げつつある。そしてついに、一般人の誰もが自宅でくつろぎながら、ロボットの技術者を支援できるようになったのだ。

カリフォルニア大学バークレー校と独シーメンスの研究者が立ち上げた「Dex-Net as a Service」(DNaaS)は、花瓶やタービンハウジング(エンジン部品)などの物体を、ロボットがどのようにしてどこをつかむべきかを計算するベータプログラムだ。自分でデザインした物体をアップロードすることもできる。

目指しているのは、いつの日か家にあるロボットがクラウドを呼び出して、未知の物体をどのように扱えばよいか助言をもらえるようになることだ。繊細なものを壊されないように扱うことも可能になるかもしれない。

DNaaSのシミュレーターを試してみよう。まず表示されるのは、ロボットが見るスプレーボトルの画像だ。ボトルを突き抜けている各色の線は、ロボットアームの先でつかめる位置を示している。

線が物体に入るところは、ロボットの片方の指先を置ける場所だ。線が出るところは、もう片方の指先を置く場所になる。基本的にはこれが「挟む」という動作になる。線の色は、この場所でつかんだときの成功率を表している。緑は望ましい場所。赤は望ましくない場所。黄色はその中間だ。

ANIMATIONCOURTESY OF DEX-NET

ロボットは「下をつかむのが安定する」

つかみ方が適切かどうかは、複数の要因に左右される。ロボットのセンサーを完璧に調整するのは不可能だ。センサー自体にも、わずかなノイズが含まれる。このため、ロボットが物体にどのように近づくかについては、常に多少の不規則性がある。ロボットが物体に近づくときに、完全に命令された通りに動く保証はない。

「空間内のある一点に行けとロボットに命令すると、完璧に到達することは決してありません。かなり近くまでは行きますけれどね」と説明するのは、カリフォルニア大学バークレー校でロボットを研究しているケン・ゴールドバーグだ。物質界には変異性がある。テーブルの上でペンを指で押すと、ペンの動きは毎回違うはずだ。

そのためこのシミュレーターは、すべての要因について「安定している」位置を探す。「言い換えると、たとえロボットがわずかにズレたとしても、物体がわずかにズレたとしても、物理的な現象がわずかにズレたとしても、高い成功率でつかめるのです」と、ゴールドバーグは語る。

このような不確実性があるため、システムはロボットが特定の位置で物体をつかんだときに何が起きるかを計算する。そこに隣接する多くの位置についても同様だ。

「わたしたちが考えるのは、『それを混乱させたらどうなるのか。周囲にあるすべての物を少し動かした場合でも、そのつかみ方は有効か』ということです」とゴールドバーグ教授は話す。

もう一度スプレーボトルを見てみよう。「grasp robustness」(つかんだときの安定性)のスライダーを左端まで動かすと、赤い線が現れる。これらは望ましくないつかみ方だ。赤い線が出ているのは、ボトル上部の頭の部分であるのがわかるだろう。

これはつまり、この部分は混乱には十分に耐えられない位置だと判断されていることを意味する。一方で、ボトル下部の膨らんだところから出ている緑の線は、うまくつかめる可能性が高い。

興味深いのは、こうした計算結果はわれわれが無意識のうちに取る行動と異なる点だ。ほとんどの人は、首の部分をつかむだろう。ここは指でつかみやすいように設計されているからだ。しかしシミュレーションに登場するロボットの二本指では、下の部分をつかむことが最も望ましい。

さらに現実の世界では、例えばロボットが物体の一部に届かない場合などに備えた選択肢も必要になる。たった1本のスプレーボトルであっても、これをつかむ数多くの異なるやり方に付随する混乱を計算するには、かなりの知力が必要だ。「ひとつの物体あたりの計算数は、あっという間に数十億になります」と、ゴールドバーグは説明する。

ロボット自体とクラウド上で作業を行う

そこで登場するのが「フォグロボティクス」と呼ばれる手法だ。一部の計算はロボット自体が行い、一部はクラウドで行われる。クラウド(雲)よりも近くにあるのでフォグ(霧)というわけだ。

ゴールドバーグはDNaaSを、「Googleドキュメント」などのSaaSのように機能するものだと考えている。計算はクラウド内で行い、個々のコンピューターに送られてくる仕組みだ。

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例えば、新しいピカピカの家庭用ロボットが床の掃除に取りかかったときに、初めてテディベアを見つけたとしよう。「ロボットが行うのは画像を撮影するか、3次元でスキャンして、そのデータをクラウドにアップロードするまでです。分析はクラウドが行うのです」と、ゴールドバーグ教授は語る。

ロボットはクラウドからその物体が何であるか、どのようにしてつかめばよいか、家のどこに置くべきかなどを指示されるのだ。

このシステムは、工場でも利用できる可能性がある。ロボットが取り扱う新しい部品に対して、生産ラインがより柔軟に適応できるようになるかもしれない。

誰もが「ロボットの改善」を手助けできる

機械学習テクノロジーを利用して、ロボットが物体を扱う方法の向上に取り組む企業キンドレッド(Kindred)で、エンジニアリング部門のシニア・ヴァイスプレジデントを務めるアヌラーグ・マウンダーは。「UCバークレー校がこのように率先して、さまざまな製品の効率的なつかみ方のクラウドソーシングをやってくれるのを見て嬉しく思っています」と語る。

「彼らがつくったシミュレーターは、さらに高度な状況に向けたトレーニングセットをつくるための基礎になります」

DNaaSにはいくつかの限界がある(しつこいようだが、これはベータ版なのだ)。ひとつは、ロボットと物体の間に存在する摩擦が正確にモデリングされない点だ。物体の重心の計算も行われない。ハンマーのようなものをロボットが扱うときには、この計算ができたほうがよいだろう。

一方で、誰もが自分のデザインをDNaaSにアップロードして自由に操作できるため、ゴールドバーグらがロボット工学における、最大の問題のひとつに取り組むのに役立つ。「これらの例を調べることによって、学べるのです」と同氏は言う。

「どのようなときに失敗し、どのようなときに成功したかを調べるのは、システムの微調整に役立ちます」

ロボットが人間並みの器用さで物体を扱えるようになるには、まだかなり長い時間がかかるだろう。少しずつだが、われわれ全員は力を貸せる。次の目標は、うまくできずにパニックになって発作を起こすのではなく、トランプの札を上手に配ってくれるロボットかもしれない。


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TEXT BY MATT SIMON

TRANSLATION BY MAYUMI HIRAI/GALILEO