急速に発展する宇宙産業の勢いを、ルクセンブルクに見た:カンファレンス「NewSpace Europe」現地レポート

米国と旧ソ連が宇宙開発で激しい競争を繰り広げたのも、いまは昔。イーロン・マスク率いるSpaceXに代表される、新しい宇宙産業が盛り上がっている。そんななか、欧州の小国ルクセンブルグに注目が集まりつつある。2017年に同国で開催されたカンファレンスで現地取材でわかった、宇宙ビジネスの「これから」とルクセンブルグが宇宙に賭ける訳とは。
急速に発展する宇宙産業の勢いを、ルクセンブルクに見た:カンファレンス「NewSpace Europe」現地レポート
2017年11月16日と17日に欧州のルクセンブルグで開催されたカンファレンス「NewSpace Europe」。米国が注目されがちだった宇宙テック界の目は、いま欧州に向きつつある。PHOTOGRAPH COURTESY OF NEWSPACE EUROPE

西欧の小国、ルクセンブルク。2017年11月、人口60万人足らずのこの国に400人を超える宇宙産業の関係者たちが集まった。彼らのお目当ては、宇宙ビジネスカンファレンス「NewSpace Europe」。過去10年以上にわたって米国で開催されている宇宙ビジネスカンファレンス「 NewSpace Conference」の初の欧州版だ。

ルクセンブルクと宇宙ビジネス。宇宙産業の流れを追ってきた人にとっては、納得の組み合わせである。なにしろ、宇宙テック企業にとってルクセンブルクは「すべてがお膳立てされた国」なのだから。


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30年の歴史をもつルクセンブルクの宇宙投資

2日間にわたって開催されたNewSpace Europeは、ルクセンブルク副首相兼経済大臣エティエンヌ・シュナイダーの基調講演で幕を開けた。

「地球上での生活の質を向上させるための宇宙利用を促進すべく、わが国は30年以上にわたって宇宙産業の最前線に立ってきました」とシュナイダーは言う。30年前というのは、ルクセンブルクが政府の支援と主導のもと、世界最大級の衛星企業SESの母体「Société Européenne des Satellites」を創設したときのことを指す。

「われわれは、地球上のあらゆる場所にリーチする手段としての衛星技術に大きな可能性を見出しました。SESの最初の衛星打ち上げの際には、当時の政府予算の5パーセントを使って打ち上げの政府保証を出しました。保証をしたがる民間企業がいなかったからです。当然ながら大きなリスクでした。しかし、いま十分に元がとれています」

SESを育てるため、同国はさまざまな財政支援や法改正を行った。そして、宇宙産業の可能性を引き出すための施策は現在まで続いている。16年、ルクセンブルクは小惑星などの地球近傍天体(NEO)の資源の探査と商業利用を目的とする「SpaceResources.lu」を発表[日本語版記事]。さらに17年には、小惑星から抽出した資源の権利を宇宙採掘会社に与える新法を制定している[日本語版記事]。

基調講演を行う、ルクセンブルク副首相兼経済大臣エティエンヌ・シュナイダー。同国の宇宙戦略を主導する人物だ。PHOTOGRAPH COURTESY OF NEWSPACE EUROPE

すべてがお膳立てされた国

そんなルクセンブルクの取り組みに応えるように、各国政府や企業が同国との連携を発表している。

直近では、ルクセンブルクはアラブ首長国連邦(UAE)と、宇宙資源の探査と活用に重点を置いた宇宙活動に関する二国間協力を開始する覚書を締結。シュナイダーいわく、さらに中国や日本とも宇宙産業における協力をすべく協議を行っているという。

「SpaceResources.lu」の発表以来、ルクセンブルクには世界各国から続々と宇宙テック企業が拠点を設立している。そのなかには、グーグル創業者ラリー・ペイジからも投資を受けている米国の小惑星採掘企業Planetary Resourcesや、「Google Lunar XPRIZE」にも参加する日本のiSpace[日本語版記事]も名を連ねている。さらにカンファレンス期間中にも、衛星ヴェンチャー企業のSpireが同国に欧州拠点を設立し、ルクセンブルク政府から出資を受けることが発表された。

「わたしたちはこの国を拠点とするすべての宇宙テック企業に対し、整備された法律とよいビジネス環境を提供しているのです」とシュナイダーは言う。

リスクを恐れず、惜しみない援助を行うルクセンブルク。すべてがお膳立てされたこの国で、宇宙産業はどんどん成長を続けている。1人当たりGDPで世界1位を誇るルクセンブルクだが、そのGDPのおよそ2パーセントは現在宇宙産業が占めているという。

欧州だけでなく、日本や中国などのアジア圏、米国などから400人以上の来場者が訪れていた。PHOTOGRAPH COURTESY OF NEWSPACE EUROPE

地球の問題を宇宙で解決する

カンファレンスで声高に叫ばれた、宇宙ビジネスの可能性。そこには火星への移住[日本語版記事]や小惑星での鉱物発掘だけでなく、「地球の問題を宇宙で解決する」ことも含まれている。

欧州宇宙機関(ESA)長官のヨーハン・ディートリッヒ・ヴァーナーは、トークセッションのなかで聴衆にこう語りかけた。「みなさんに知っていただきたいのは、宇宙で起こっていることは宇宙以外の場所でも重要性をもつということです」

例として彼が挙げたのは、ESAの彗星探査機ロゼッタのために開発されたカメラだ。「宇宙空間では彗星の色の識別は非常に難しい。濃さの違う無数のグレーを判別するようなものです」とヴァーナーは言う。彗星探査のために開発されたロゼッタのカメラには、遠くの距離からグレーの濃淡を識別する技術が備わっている。そして、いまその技術は商業用の山火事発見システムに応用されているという。山火事初期のグレーの煙を遠くから識別するのに、このカメラの技術がぴったりだったのだ。

欧州宇宙機関が開発する彗星探査機ロゼッタは、科学技術の結晶。搭載されたカメラは、彗星を発見するために開発された。

地球上のある特定の問題を解決するために、衛星を打ち上げた企業もある。ルクセンブルクやオランダなどに拠点を置く通信衛星企業LeoSatだ。

共同創業者クリフ・アンダースは、17年間油田サーヴィス会社でデータネットワークマネジャーをしていた人物。彼は北アメリカ全域のデータネットワークの管理を担当していたが、場所によってネットワークの速度が大きく違ったり不安定だったりと、通信の質に大きな差があることに不満をもっていたという。

石油・天然ガス採掘事業のために、高速で安定したユビキタスなネットワークがほしい。会社を辞めた後に彼が思いついたのは、衛星通信会社を立ち上げることだった。

カンファレンスに登壇したLeoSatのCEO、マーク・リゴルはこう話す。「初めて会ったとき、クリフはわたしにこう言いました。『ぼくは自分が完全に理解している問題の、完璧なソリューションをデザインしようと思ったんだ』と。それゆえLeoSatのシステムは『膨大なデータを世界各国とやり取りする企業や研究組織』という非常に限定された顧客のためにつくられているのです」

特定の用途のためのシステムをつくることで、同社はほかの通信衛星企業との差別化に成功しているという。「競合はいません」と、リゴルは言いきった。

宇宙での発見は、農業から医療、エンターテインメントまで、あらゆる生活にかかわるのだととESAのヴァーナーは話す。「宇宙産業の真の美しさは、異なる産業との組み合わせによって発揮されるのです。わたしたちは、宇宙産業とは直接関係のないセクターにも、ぜひ自分たちの目的達成のために宇宙を利用してほしいと呼びかけています」

「宇宙の公用語はルクセンブルク語」

どんどん分野横断的になっていく宇宙ビジネス。プレイヤーが増えるなかで、カンファレンスでたびたびその重要性が訴えられたのが、PPP(官民の連携)だった。

例えばイーロン・マスク率いるSpaceXも、PPPの恩恵を十分に受けている。SpaceX社長のグウィン・ショットウェルは、カンファレンスでこう語った。「わたしたちはPPPによってその可能性を伸ばしてきました。NASAが投資した4億600万ドルは、NASAと政府にとって過去最高の資金の使い道のひとつだったはずです。そこから得たものは多かったのですから」

30年前にPPPによってSESを軌道に乗せたルクセンブルクも、その重要性は身をもって知っている。シュナイダーは基調講演のなかで、同国初の宇宙機関を18年に創設すると発言した。彼いわく、新設される宇宙機関は個人投資家やVC、政府を一堂に集めたものになるという。「これは既存の組織のコピーなどではありません」とシュナイダーは強調した。

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国による手厚い支援だけには飽き足らず、ルクセンブルクはありとあらゆるプレイヤーを巻き込んで、さらなる「お膳立て」を進めようとしている。その徹底ぶりをみれば、宇宙ビジネス界がなぜこれほど西欧の小国に惹きつけられるのか理解するのはたやすいだろう。

宇宙産業という新しい舞台で、常に一歩先を見据えて動くルクセンブルク。シュナイダーがスピーチで好んで使う「宇宙の公用語はルクセンブルク語」という冗談も、いつか真面目に受け取らなくてはならない日が来るのかもしれない。


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TEXT BY ASUKA KAWANABE